平坦な?高校生活4


平坦な高校生活にも、イベントはある。
体育祭、文化祭、長期休暇。
けれど、今は、全ての学生が忌み嫌う、期末試験というイベントが開催されていた。

試験期間は来週からでも、今から勉強をしておかないと間に合わない。
休み時間も勉強している生徒が増えて、私もその中の一人だった。
教科書を読むだけならさほど苦痛ではないけれど、英単語をひたすら書き写す作業には嫌気がさしてくる。
覚えなければ後悔するのはわかっていつつも、ずらりと並ぶ単語を見ると、溜息をつきたくなった。

「セイラン」
ノートとにらめっこをしていたところで、名前を呼ばれて顔を上げる。
そこには、今日もボーイッシュな格好をしたアキがいた。

「珍しいね、こっちのクラスに来るなんて。何か用事?」
一年生のとき、アキとはクラスが一緒だったけれど、二年生になったら離れてしまった。
しかも、私は一組でアキは五組と、一番離れていので、アキがわざわざここまでやって来るのは珍しかった。


「あのさ、来週、テストあるじゃん。
それで、今度の休みに教えてほしいとこあるんだけど・・・」
「いいよ。どこまで協力できるかわからないけど。どこで勉強する?アキの家?」
「いや、できればセイランの家に行きたい」
初めての申し出に、私は一瞬だけ目を丸くする。

「いいよ。じゃあ、土曜日に来てもらっていい?」
私がすんなりと答えると、アキは嬉しそうに笑った。
「ありがと!また、メールで連絡する」
会話が終わったとき、ちょうどチャイムが鳴ったので、アキは自分のクラスへ戻って行く。
そんな二人の様子を、一人の女子生徒がこっそりと見ていた。


そうして、土曜日の午後1時。
アキが、見るからに重たそうなボストンバッグを抱えて家にやって来た。
「勉強道具たくさん持ってきたんだね。どうぞ、上がって」
「ん、おじゃましまーす」
私は先導して、リビングへアキを招いた。
部屋は、クーラーがきいていて涼しい。
一人でいるときはいつも扇風機ですませているけれど、今日はアキが来るから特別につけておいた。

「じゃあ、早速始めようか」
私は、足の低いテーブルの前へ行き、カーペットの上に座る。
アキはどさりとボストンバッグを下ろし、隣に座った。
「数学がさっぱりわかんないんだよなー」
「今回、範囲広いもんね。一緒に頑張ろう」
アキは机の上に数学の教科書とノートを広げ、勉強する体制になった。


「うーん・・・セイラン、これ、どんな答えになった?」
「あ、これはこの公式を使って・・・」
「公式使って・・・どうすんの?」
「えーっと・・・」
二人がかりでも、勉強は難航していた。
基礎的な問題は手伝えても、応用問題になるとお互い頭を悩ませてしまう。
一問解くのも、十分はかかってしまって。
特に、今悩んでいる問題は得に難解で、さっきから二人して唸っていた。

「・・・ごめんね、教えてほしいって、頼ってきてくれたのに・・・」
期待に応えられず、とたんに申し訳なくなってしまう。
「いや、謝らなくていいって!もう十分教えてくれたし」
励まそうとしてくれているのか、アキが笑顔で言う。

「でも、これ、問題に出てくるかも・・・」
「完璧にしなくてもいいって、満点取らないと死ぬわけじゃないんだしさ」
アキは相手を励ますように、軽く背を叩いてくれた。
「一旦、休憩にしようか。実は、おやつ作ってあるんだ」
「お、また、セイランの手作り食べられんの?じゃ、ここ片付けとく」
待ってましたと言わんばかりに、アキのテンションが上がったのがわかる。
私はそれを嬉しく思いつつ、用意していたお菓子を台所へ取りに行った。


「はい、今日は午前中にチョコマフィン作っておいたんだ」
片付いているテーブルの上に、お茶とお菓子を並べる。
甘いものに目がないのか、アキは瞳を輝かせていた。
「今、甘いもの食べたかったんだよ。いただきまーす」
二人して、同時にマフィンを頬張る。

「甘くてうまい!何か、疲れがふっとぶ感じがする」
「気に入ってくれてよかった。自分で言うのも何だけど、甘くて幸せになるね」
ココアとチョコレートを使ったマフィンは十分に甘くて、脳が喜ぶ感じがして。
アキはよほど気に入ってくれたのか、早々に二つ平らげる。
そして、お茶をぐいと飲み干すと、満足気な表情をした。

「セイランって、料理うまいんだ。市販に出しても通用するんじゃないかな」
「そんな、褒めすぎだよ」
大げさな褒め言葉だけれど、嘘には聞こえなかった。
それは、アキが言ってくれていることだからかもしれない。

「セイランさ・・・何か、いろいろとしてくれて、ほんと、ありがと」
お礼の言葉と共に、距離が縮まる。
そして、アキは私にもたれかかるように、体をひっつけていた。
「だ、だって、アキ、去年より、仲良くしてくれてるし・・・」
服に覆われていない、お互いの腕が触れている。
そのとき、私は少し動揺していた。
アキは、どちらかというと集団で行動するタイプではなくて。
最低限の友好関係を保ちさえしていればいい、という雰囲気があった。
そのアキが、こうしてひっついてくるなんて意外で、驚いていた。


「・・・そろそろ、勉強、再開しよっか。テストは、数学だけじゃないんだし」
私は、しんとした空気を破るように言った。
「ん、そうだね」
アキはすんなりと身を離し、鞄から保健体育の教科書を取り出した。

「教えてもらうばっかりじゃなく、教えられそうなやつ持ってきたんだ」
「ほ、保体・・・ね」
それは、思春期の学生には少し抵抗のある教科。
そんなことを、アキは口に出して教えるつもりなのだろうか。

「筋肉の名称とか、部位とか、不思議と覚えやすいんだよなー」
「あ、ああ、そういうこと」
アキの言葉に、私は自分の考えが恥ずかしくなった。
何も、保健体育はそんな言いづらい内容ばかりではないのだから。


数学のときとは打って変わって、今度は私が教わる側になる。
長い用語を覚えることは英単語の暗記に似ていて、覚えやすいものじゃなかった。
「人の肋骨の数覚えて、何になるんだろう・・・」
教科書に載っているガイコツの絵を見て、私は嫌そうに呟く。
「そんなこと言っても範囲は範囲。ほら、ここから数えて」
目印のない、細かい骨の絵に目を細める。

「見づらい・・・」
私は身を乗り出し、教科書に近付く。
そうやって移動したとき、床についたはずの手が人肌に重なっていた。
「あ、ご、ごめん」
それがアキの手だとすぐにわかり、私は反射的に手を退けた。

「いや、別にいいよ。こっち来た方が見やすいと思うし」
離した手が掴まれ、ぐいと引き寄せられる。
距離がまた近くなると、アキと手が重なっていた。
目を丸くしてアキの方へ顔を向けると、その視線は教科書ではなくて、私へ向けられていた。
なぜかその視線を見ていられなくなって、教科書へ目を落とす。


「えーっと、骨の本数は・・・」
わざとらしく、ひとりごちる。
そのとき、重なっている手が、やんわりと握られた。

「セイラン」
すぐ傍で、名前を呼ばれる。
私は、完全に硬直していた。
緊張して、動揺して、握られた手をどうすればいいのかわからなくなる。

そのまま硬直していると、ふいに、頬に温かな吐息がかかって。
私の焦りは、そこで最高潮に達した。
「あ、あのさ」
私は、まるで教科書に語りかけるよう、視線を落したまま言う。

「この、骨の数って24本でしょ?やっと数えられたし、もう保険の教科書見るの嫌だな・・・」
私は焦った末にそんな場違いなことを言って、この場の雰囲気を壊していた。
「・・・合ってるよ、肋骨の数」
「え?」
アキの体が離れ、握られていた手も解放される。

「今日はもう疲れたし、やめにしよっか」
そう言うと、アキは教科書を片付け始めた。
「・・・そうだね。あんまり根詰めすぎても、はかどらないしね」
私は隣で、筆記用具を片付ける。
お互いの動作は、どこかぎこちないように思えた。

「じゃ、今日は帰るし。マフィン、ありがと」
アキは、ボストンバッグを提げて立ち上がる。
「あ、ううん、どういたしまして」
つられて私も立ち上がり、ぎこちなく返事をする。
その後、私たちは何事もなく別れ。
家に残された私は、もやついた思いを抱えていた。




―後書き―
読んでいただきありがとうございました!
やっと、いちゃつきシーンが書けた・・・!
まだまだ、こんなとこで自重するサイトじゃないので←。
これから、どんどん展開させて行こうかと思ってます。