平坦な?高校生活6


休日の午後、私はアキの家に泊まりに行くための準備をしていた。
着替えにパジャマ、その他小物を鞄に詰める。
一泊だけで、いざとなったら取りに帰ってもこられるので、それほど荷物は多くない。
あらかた整理し終わって、鞄のファスナーを閉めようとしたけれど。
ふと、忘れ物に気が付いて手を止めた。

「・・・あれ?」
試合を見るときに持って行ったはずの、携帯がない。
知らない間に、落としてしまったんだろうか。
携帯がないと、アキと連絡が取れなくて困る。
もう一度体育館に行こうかと思ったとき、家の電話が鳴った。
すぐに取ると、どこかで聞き覚えのあるような、ないような声が聞こえてきた。

『あなたの携帯は、体育館倉庫にあります。すぐに、取りに来て下さい』。
電話は、そこで切られた。
名前も名乗らない、早急な電話が気味悪い。
だけど、倉庫に携帯があるとわかったからには、取りに行かないわけにはいかなくて。
私は、また体育館へ向かていった。


体育館には、もう誰もいなかった。
けれど、倉庫の扉は無用心に開いている。
中を覗いてみると、奥の方にあるマットの上に、ぽつりと携帯が置いてあるのが見えた。
明らかに怪しいけれど、ここまで来て帰るわけにはいかない。
私は訝しみつつも、倉庫の中に入った。

中に人がいる様子はなく、さっと携帯を取る。
そのとき、誰かが駆けてくる足音がして、とっさに振り向く。
人影がちらりと見えたとき、倉庫の扉は閉められていた。
嫌な予感がして、ノブに手をやる。
案の定、扉は押しても引いても、びくともしなかった。

他の出口はないだろうかと、倉庫内をうろつく。
けれど、それほど広くない倉庫に出入口がいくつもあるはずはなく。
窓は、小学生も通れないような小ささだった。
それなら、アキに連絡を取ろうと携帯の電源を入れる。
けれど、スイッチを押しても画面が表示されない。
放置していたから充電が切れたんだと、私は肩を落とした。

マットの上に横になったまま、どれくらい時間が経っただろう。
人がやって来る気配はなく、あたりはずっと静まりかえっていた。
一日くらいなら、何とかもつかもしれないけれど。
このまま、数日放置されてしまうかもしれないと思うと、ぞっとする。
今は、なるべく体力を使わないように、こうして寝転んでいるしかない。

このまま、誰にも気づかれなかったら、アキの家に行けなくなってしまう。
一番に心配していたのは、アキとの約束を破ることになってしまうい、落胆させかねないなんてことだった。
私は、電源の入らない携帯を握りしめ、不安な時間を過ごした。




だんだんと陽が落ちてきて、外が暗くなってくる。
こうなると、もう誰かが来ることは絶望的で、マットの上で一晩過ごすことになりそうだった。
一日くらいなら大丈夫だと、私は自分を励ます。
それよりも気掛かりになったのは、アキのことだった。
約束を破って、連絡もとれなくて、怒っているだろう。
そんなことを思うと、不安感は、どっと大きくなっていった。

「アキ、ごめんね・・・」
ほとんど無意識に、ひとりごちる。
こんなとこで謝っても伝わらないとわかっていても、口に出さないとやっていられなかった。
閉じ込められた不安感と、アキに会えない不安感が混じり合って泣きたくなってくる。
瞳に涙がにじみそうになったとき、突然、倉庫の扉がガチャガチャと音をたてた。

私は驚いて飛び起き、扉の方を見る。
誰かが開けようとしているのか、しきりにドアノブが動く。
何もできずに硬直していると、今度は小さい金属音が聞こえてきて。
ゆっくりと、扉が開いていった。

薄闇の中に、長身の相手の姿が浮かぶ。
それは、今、最も会いたいと思っていた相手だった。


「・・・セイラン」
聞こえてきたのは、一番聞きたがっていた人の声。
私は呆然として、その相手を見上げていた。
「アキ・・・」
開いた口が塞がらないまま呟くと、アキが駆け寄ってきてくれる。
目の前に来てくれたと思ったとき、すぐさま抱き留められていた。

「連絡つかないし、家にもいないし・・・心配した」
言葉と共に、アキの腕の力が強くなる。
私は、アキにすがりつくようにして、背に手をまわした。
「・・・もしかして、学校中探しまわってくれたの?」
「いや、電話がかかってきた。セイランが、ここにいるって」
「電話が?」
最初から、ずっと閉じ込めておく気なんてなかったのだろうか。
そんなことは、アキがこんなにも心配してくれていたと思うと、どうでもよくなっていた。

「・・・今からでも、泊まりに来なよ。歓迎する」
「うん。・・・ありがとう、アキ」
不安感がなくなったからか、少し甘えたくなってしまって、アキの肩にそっと頬を寄せた。
そうしたとたん、温かい掌が後頭部に触れて、髪を撫でられていた。
人の温かさって、こんなに心地良かっただろうか。
体の表面だけではなく、胸の内から温まってゆくような感じがする。
幸せだった。
こうして、アキに慰められていることが。
私は、言いようのない幸福を感じていて、マットの上で、しばらくそうしていた。




―後書き―
読んでいただきありがとうございました!
一回、閉じ込められた相手を助けに来るっていうシチュエーション書いてみたくて書いてみたかった・・・。
うん、なんか、ベタな展開ですね。
閉じ込めた動機があやあふやで申し訳ないorz。