平坦な?高校生活7


体育館倉庫を出て、私は一旦自分の家までアキに送ってもらった。
置いてきぼりの荷物を持って、すぐにアキの家へ行く。
距離は、自転車で10分ほどだっただろうか。
アキに自転車に乗せてもらっている間。
目の前にある背が、とても頼りがいがあるように見えて。
私は、アキにしがみつくことをためらわなかった。

「さ、着いたよ」
塀に囲まれた一軒家の前で、自転車が止まる。
私は荷台から下りて、家を見上げた。
「アキの家って・・・三階建てなんだ」
家は横にも縦にも広く、豪邸まではいかずとも、十分に大きい。
「階段上り下りすんのめんどくさいだけだよ。さ、入った入った」
私は、アキの後に続いて中へ入る。

「おじゃまします」
誰もいないのか、室内は真っ暗だった。
アキがスイッチを押し、電気を点ける。
「今日は、家族みんな外に出てるんだ。だから、セイランを呼ぶにはいいタイミングだと思って」
確かに、アキの家族がいるときだと、私はかなり緊張してしまったと思う。
アキと二人で過ごすのはいつものことだけれど、今日は何だか特別に感じた。

「じゃあ、部屋に荷物置きに行こっか」
「うん、そうだね」
私はアキの後に続いて、階段を上る。
さっきアキが言ったように、三階まで上るのは少し面倒だった。


三階に着き、アキが扉を開ける。
大きなタンスにクローゼット、教科書がひしめきあっている勉強机に、マンガでいっぱいの本棚。
机の上以外はあまりごちゃごちゃとした様子はなくて、片付いていた。
「この前、全力で掃除したんだ。まー、ひどいありさまだったから」
机の上に山積みになっている教科書を見て、私はくすりと笑う。

「そうだ、セイランに見せたいものがあるから、ちょっと来て」
私は荷物を置き、アキについていく。
今度は2階の部屋へ移動し、そこは書斎なのか、背の高い本棚がずらりと並んでいた。
「親父が趣味で集めてるものに、いい物があってさ」
アキは、部屋の奥へと進んでゆく。
そこにあったのは、大きな海の絵だった。

「すごい・・・」
横長の絵の幅は、軽く1メートルを越えている。
青いグラデーションが涼し気な雰囲気を醸し出していて、吸い寄せられるように絵に近付いていた。
壁に片手をつき、間近で絵を見上げる。
よほど丁寧に描いてあるのか、ムラが全く見えなかった。
こんなに綺麗な絵は美術館でしか見たことがなくて、私はじっと海を凝視していた。
だから、アキがすぐ後ろにいることに気付かなかった。


「気に入った?親父、本や絵が好きなんだ」
「うん!凄く綺麗で・・・」
私はそこで振り返ろうとしたけれど、できなかった。
私のすぐ後ろにアキはいて、背中に、その体が重なっていたから。

「ア、アキ?」
壁についていた自分の手が、アキの手と重なって、包みこまれる。
瞬間、頬が、かっと熱くなった。
これは、普通の女子高生がする、普通の触れ合い。
たぶん、そうなんだから、そんなに緊張することはないはずだけれど。
アキに包み込まれると、慣れていないからか、体温が上がっていた。

「嫌だったら、振り払ってもいいから・・・」
優しく諭すような、そんな口調で語りかけられる。
アキを拒否するなんて、できるはずない。
包まれていることが少しも嫌じゃなかったから、私はそのまま硬直していた。
すると、ふいに、何かが髪に触れる。
横目で見ると、やけに近い距離にアキがいて、柔らかな感触が唇だとわかってしまった。

「あ、えっと・・・」
髪に触れた感触に、どう応えればいいんのだろうと、戸惑う。
「セイラン・・・」
硬直していると、腹部に、そっとアキの腕がまわされる。
頬の熱は、いつの間にか最高潮に達していた。

「あ、あの、アキ・・・」
何か言葉を探したけれど、何も言えない。
このまま、アキに身を任せておいてもいいのだろうか。
私は、拒否の言葉を発することも、手を振り払うこともできなかった。


腹部にまわされている腕に力が込められ、体が引き寄せられる。
壁から離れた手は、アキに包まれたまま、ゆっくりと下ろされた。
「セイラン・・・どっちでもいいから、横向いて」
言われたとおりに左を向くと、目と鼻の先に、アキの顔があった。
至近距離で視線が交わり、私は思わず顔を背ける。
けれど、アキの視線は逸らされなくて、少しずつ、距離が狭まってゆくのを感じていた。

このまま、何もしなければ、たぶん、また、柔らかなものが触れる。
これは、本当に普通のスキンシップなんだろうか。
アキの吐息が、頬にかかる。
そのとき、ごーっと、まるで地鳴りのような音がした。
何事かと思ったのか、アキの動きが止まる。

「ご、ごめん、あの、私、お腹すいてて、何か、地鳴りみたいな音が・・・」
部屋中に響いた音が恥ずかしくて、私は慌てる。
アキは少しの間硬直していたけれど、ふっと笑った。
「夕ご飯、食べよっか」
「う、うん」
言葉と共に、腕が解かれる。
同時に緊張も解け、私はほっと胸を撫で下ろしていた。




そうして、私達は分担して夕食を作り、食後はとりとめのない話をして過ごした。
お風呂に入ろうとしたとき、アキが「一緒に入る?」なんて聞いてきたけれど。
私が本気で慌てたら、「冗談だよ、冗談」と、笑われてしまった。

夜も更けてきた頃、私は、アキの部屋で眠ることになった。
けれど、部屋に入るなり私はまた緊張した。
「布団、一組しかないんだ・・・」
確認するように、ぽつりと呟く。
部屋に敷いてある布団は一組だけでも、枕はなぜか二つあった。

「ごめん。この家、布団が一つしかないんだ。窮屈だと思うけど、今日だけだから」
どうやら、アキの家族はみんなベッド派らしい。
「アキ、ほっそりしてるからきっとそんなに窮屈じゃないよ。
・・・じゃあ、寝よっか」
ここで戸惑うよりも、さっと行動したほうが楽な気がして、先に布団に寝転がった。
すると、すぐに、アキが隣に来る。
二人並んで横になっただけなのに、またどきまぎしそうになって、言葉を探す。


「・・・アキ、今日はありがとう。倉庫に来てくれたとき、凄く嬉しかった」
「行かないわけないじゃん。セイランは、大切な・・・。
・・・大切な相手なんだし」
途中で何か迷うように、アキの言葉に空白が空く。
気になったけれど、聞く余裕がなかった。

「じゃあ・・・お休み、アキ」
「お休み、セイラン」
電気が消え、部屋が暗くなる。
私は目を閉じ、眠ることに集中した。




もう、何十分経ったんだろうか。
寝付きがいいはずの私の目は、ずっと冴えていた。
少しだけ目を開き、隣の様子を見る。
仰向けになり、目を閉じているアキの横顔は、暗がりの中で見ても、端正なものだった。
それは、同性の私から見ても、見惚れてしまうくらいに。

しばらく横顔を眺めているとなぜか落ち着かなくなり、さっと寝返りをうつ。
勢いよく体の向きを変えたせいで、タオルケットが巻き込まれる。
アキがかけている分も剥がしてしまったかもしれないと、私はまた方向転換しようとする。
けれど、その瞬間、体が、ぐいと引き寄せられた。

「・・・まだ、起きてたんだ」
すぐ後ろから、静かな声が聞こえてくる。
いつの間にか身動きがとれなくなっていて、体がアキに抱きしめられているんだと気付いた。
身長差があるので、背中からアキに包み込まれる。
私は、もう眠るどころではなくなっていた。

「・・・ずっと、こうしたかった。セイランのこと、こうやって包み込んでみたかった・・・」
少しの隙間もなく、アキと密着する。
そこに、ふくよかとは言えないほどの柔らかなものが当たっていて。
私の心臓は、痛いほどに高鳴っていた。
これを、普通の友人がする、普通のスキンシップだと思うことができなくなる。
私は、しどろもどろな言葉さえ出なくなっていた。


こうして、アキに包まれていると、とても温かな気持ちになる。
それは、アキに強い好感を持っているからだと思う。
けれど、その好感は、友人に向けていいものなのかははっきりしない。
そう感じているのかは、アキも同じなのかもしれない。
まわされている腕の力は、どこか戸惑いがあるように緩かったから。

アキは、もう何も言わなかった。
私は、何も答えられなかった。
ただ、まわされた腕をやんわりと掴み、決して拒んではいないことを示す。
私は、そのまま目を閉じる。
温かな腕に抱かれながら、私の意識は自然と薄れていった。




―後書き―
読んでいただきありがとうございました!
いよいよいちゃつき最高潮。そろそろ、クライマックスです。
今更ですが、この小説は携帯で書いているので、一話が自然と短くなりました。
暑くて暑くて、パソコンの前に座って書くのが辛くてorz(書いている頃は、まだ暑かったのです)。