平坦な?高校生活8


私が、アキの家に泊まってから、あまりスキンシップをしてこなくなった。
一緒に眠ったことで、何か心変わりがあったのかもしれない。
得に寂しいとは思わなかった。
けれど、たまに、胸の中にもやつくものがある。
以前にはなかった、ひっかかるものが。
そんなときだった、アキに、また家に来てほしいと言われたのは。

今にも雨が降り出しそうな天気の日。
私は、アキの誘いを断ることもなく家に来ていた。
部屋に入り、二人してベッドに座っていると。
アキの様子は、まるで他人の家にいるようにそわそわとしていた。


「アキ、どうしたの?何だか、落ち着きがないみたいだけど」
尋ねると、アキは焦ったように視線を動かす。
「あー、えっと・・・」
アキは何かを言おうとしたけれど、続きは言われない。
「・・・何か、私に用事があるの?」
アキはまた視線を動かしたけれど、やがて私の方を見た。

「・・・今日、誕生日なんだ」
「誕生日?アキの?」
アキは、こくりと頷く。
「そうなんだ。それなら、何かお祝いしないとね」
去年から友人でいたものの、アキの誕生日がいつかは知らないままだった。
私も教えていないから、お互いに興味がなかったのかもしれない。
もっと前に教えてくれていたら、ケーキの一つでも作ってお祝いしたのに。

「今日は、もうあんまり時間がないから・・・プレゼント、明日でもいい?」
アキは、首を横に振る。
「プレゼントはいらない、お祝いもしなくていい。
そのかわり・・・一つだけ、聞いてほしいことがあるんだ」

「聞いてほしいこと?」
誕生日のお祝いを投げうってまで聞いてほしいこと。
そこまで重要なことなのかと、とたんに興味がわいていた。
私の好奇心に反して、アキはなかなか続きを言わなかった。
これほど言いづらいことなのだから、何か深刻なことなのかもしれない。
私は心配になりつつも、黙ってアキの言葉を待っていた。


「・・・あのさ」
ぽつりと、呟きが聞こえてきた。
続きが聞けるかと思ったけれど、アキはまた口をつぐんでしまった。
「アキ、言いにくいことなら、無理しなくてもいいよ」
その言葉に、アキははっとしたように私と視線を合わせた。
「いや、今から言う!・・・こんなこと、誕生日でも利用しないと頼めないし」
アキは覚悟を決めたのか、もう視線を逸らさなかった。
そして、やっと、言葉の続きが発された。

「あたし、セイランと・・・キス、したいんだ」
それは、やっとの思いで絞り出したような細い声だった。
私は目を丸くして、驚きを言葉にできないでいる。
「・・・こんなこと、この日に頼むなんてずるいってわかってる。
けど、ハッキリ、させたいんだ。もやもやしてる、よくわからない気持ちを」
「・・・アキは、私のこと、好き・・・なの?」
「好きなことは確実。だけど、それ以上かもしれない」


自分の胸の鼓動が聞こえる。
好きと言われて、その言葉に呼応しているように心臓が鳴る。
好きだなんて、何にでも使える一般的な言葉だけど。
その先の、好き以上かもしれないという言葉に、私の頬には熱が上り始めていた。

「別に、強制的にしようなんて思ってない。嫌だったら嫌だって言ってくれればいい。
セイランが断ったからって、絶交するわけじゃないし」
私は、返事をすぐには返せなかった。
アキの頼みは嫌じゃない。
けれど、やすやすと了承できるものでもない。
同性同士だからこそ、悩んでしまう。
私は、じっと黙ったままでいた。


「・・・やっぱり、駄目かな。・・・うん、ゴメン、変なこと言って困らせて。
今日のことは、すっぱり忘れて・・・」
「ま、待って」
諦めようとするアキの腕を取り、とっさに引き止める。

「・・・アキが、私にしたことで後悔しないんなら、いいよ」
ほとんど反射的に、そう告げていた。
答えを出さないままでいたら、アキをがっかりさせるだけ。
それなら、いっそのこと、承諾してしまおうと思った。
それで、アキが満足するのなら。

「いいの?こんな勝手なこと」
私は、黙って頷いた。
アキと共に眠ることにも何ら抵抗はなかったのだから。
触れ合うことも、嫌とは感じはないはずだと、そう思った。

「・・・ホントにするよ。ホントに、ちゅーって、重ねるんだよ」
私は緊張ぎみに、もう一度頷く。
そして、アキを迷わせないように。
目を閉じた。
私が目を閉じたのを合図にするように、肩にアキの手が置かれる。

「じゃあ・・・するから・・・」
緊張した声が、耳に届く。
アキが近付くと、その息遣いが伝わってきた。
吐息を感じたその瞬間、もう、唇は開けなくなった。


誰かとキスするなんて、初めてのだった。
唇に感じる感触に、少し戸惑ったけれど。
それが、あまりにも柔らかかったから、焦りなんて構っていられなくなった。
今、アキと重なっているんだと思うと、自然と温かな気持ちが溢れてくる。
嫌だなんて思いは、全然なかった。

短い触れ合いが終わり、アキが手を離す。
ゆっくりと目を開いてアキを見ると、頬が紅潮していた。
たぶん、私も同じ状態になっていると思う。
さっきより頬が熱くなっているのが、はっきりとわかる。

「・・・どん引きすること言っていい?」
「うん」
「・・・・・・気持ち良かった」
「そ、そっか」
真顔でそう言われると、まともに目を合わせられなくなる。
それから、沈黙が流れた。
何を話していいかわからない。
今は、初めて感じた感触の余韻に浸っているしかなかった。


「・・・セイランは、どう思った?」
「えっ」
「嫌だった?それとも・・・」
この答えは、とても重要なものになる。
突然の問いに、私は心して答えた。
「嫌じゃなかったよ。あったかくて、それで・・・」
その先の一言を、少しためらう。

「それで?それで、どう思った?」
アキは、身を乗り出して詰め寄る。
まだためらいはあったけれど、答えないわけにはいかなかった。
「・・・幸せ、だった」
その言葉で、さらに頬が熱くなる。
アキと重なったとき、本当に温かくて、柔らかくて、とたんに胸の内まで温められて。
幸せだと、そう思った。
拒否されなくて安心したのか、アキはふっと笑う。

「あたしも、すごく幸せだった。それに・・・」
ふいに、手を取られる。
掴まれた手は、アキの胸の中心へ誘導されていった。
「セイランに触ったときから、すごく、ドキドキしてる」
掌から、アキの鼓動が伝わってくる。
こうしていると、その鼓動と共鳴して、私の心音も強くなっていくみたいだった。


「ま、まあ、あれだけ大胆なことすれば、誰だって・・・」
「セイランだから、こうなる。他の人じゃ駄目なんだ」
「えっ・・・」
一瞬で、心臓が強く跳ねる。
「セイランじゃないと、こんなにドキドキしない」
掴まれている手が、ぎゅっと握られる。
私は、アキの言葉を整理しようとしていたけれど。
さっきから自分の心音がやたらとうるさくて、それどころじゃなかった。

そのとき、さらに気を散らす音が外から聞こえてくる。
それは、強い光と共に、轟音を響かせた。
はっとして外を見ると、いつの間にか雨が降っていて、断続的に空が光っていた。

「すごい雨・・・それに、雷まで」
朝から雲行きが怪しいとは思っていたけれど、これほど荒れた天気になるとは思っていなかった。
おそらく、傘を持っていても5分と経たずにずぶ濡れになってしまうだろう。
「・・・これじゃあ、帰れそうにないね」
アキも、外を見て呟く。
外を見たままでいると、アキの胸にあてていた手が離される。
それと同時に、体が抱き留められていた。

「アキ・・・」
「・・・泊まっていきなよ。親、帰ってくるから、夕飯には困らないし」
言葉と共に、ぐっと抱き寄せられる。
その申し出を受けていいのか、一瞬戸惑った。
けれど、親が帰ってくるという言葉が、私の背を押した。

「じゃあ・・・今日も、お世話になろうかな」
とたんに、アキは嬉しそうな表情になる。
そして、腕を解き、さっと立ち上がった。
「なら、あたしの部屋に行こう。着替え、必要だし」
「あ、うん、そうだね」
私も起立して、アキの後を追う。
今日、アキの服を着ることになる。
そのことを思うと、また頬が少し温かくなっていた。




―後書き―
読んでいただきありがとうございました!
そろそろ、クライマックスが近付いてきました。
時々のモチベーションによって書く内容が変わってくる気まぐれ屋なので。
この先がとてつもなくいかがわしくなるか、そこそこいかがわしくなるかは不明です。
どっちにしろ、いかがわしくなるのは確かなんですが←。