HELLSHING1


町では、吸血鬼やグールが増えてきているところがあった。
夜な夜な徘徊する彼等の欲望で、人は惨殺され、貪られる。
食われた人はグールとなり、増殖し、やがて町は死滅する。
放置しておけば、倍々ゲームで世界中の人がグールに成り果てるだろう。
けれど、世界は未だにグールに侵されきっていなかった。

町外れの、小さな集落から、ぞろぞろと人型のものが出てくる。
息は荒く、目はぎらつき、時々わけのわからない音を発する。
それらは、明らかにもう人間ではなかった。
餌を求め、グールは町の中心部を真っ直ぐに目指す。
放っておけば、一夜で町から人はいなくなるだろう。

その集団の前に、一人の青年が立ち塞がる。
夜だというのにサングラスとつばの広い帽子を被った姿は、明らかに怪しかった。
返り血が飛んでも目立たないような、真っ赤な装飾は殺人鬼を思わせる。
「アーカード、今夜はあまり時間がない。手短に済ませるように」
「サー、我が(マイ)主(マスター)」
アーカードは通信機を切り、懐にしまう。
獲物が出現し、グール達は一斉に牙をむき出しにした。

「雑魚共が、地面に這いつくばれ」
手を一薙ぎすると、襲いかかろうとしていたグールの首が跳ねる。
恐れを知らぬグールは、それでも貪ろうと次々と飛びかかる。
いくら集団で食らいつこうとしても結果は同じで、一瞬で切り裂かれていった。

「相変わらず脆いものだな、さっさと首謀者を吸って終わらせるか」
アーカードは、町の奥にある大きな一軒家へ向かう。
中へ入ると、常人では見えないような距離に、先客がいた。


「貴様、あのグールの集団の中をどうやってかいくぐってきた」
初老の男性が話すと、尖った八重歯が見え隠れする。
この吸血鬼がグールを生み出した首謀者だということは明らかだ。
対峙している相手はさほど背が高くなく、背格好は少年のように見える。
質問には答えず、会話なんて面倒でしかないという態度だ。

「まあ、どうでもいい。若々しい獲物だ、十分に堪能させてもらおうか」
初老の男性の姿をした吸血鬼は、にやりと笑って八重歯を剥き出しにする。
対して、少年は小ぶりのナイフを取り出した。
得に特殊な力もなさそうな、いたって普通の果物ナイフを見て、相手は小馬鹿にしたように笑う。

「そんな物で吸血鬼と戦う気か、愚かなものだな」
「これで切る相手は、貴方じゃない」
少年は、おもむろにナイフの切っ先を指に当て、皮膚を切る。
一滴、二滴と、血液が地面に落ちていく。
相手は、不思議そうにその光景を眺めていた。

「何をしているのか知らんが、そろそろ食わせてもらうぞ」
相手が一歩を踏み出したとき、血が落ちた場所に変化が訪れる。
鮮血が水溜りのように広がり、自然に波打つ。
それは荒々しく動き、犬の形に形成された。
柴犬程度の大きさだが、口は頬まで避け、牙は異様に鋭い。
何も映さないような漆黒の瞳は、敵の姿をとらえていた。


犬は一気に駆け出し、敵めがけて飛びかかる。
異様な物体の出現に、相手は一瞬怯んだが、尖った爪で犬の脇腹を突き刺した。
小柄な体は吹き飛ばされ、壁に激突して血飛沫に変わる。

「何だ、やけに脆いな、見かけ倒しめ。さあ、次はお前の番だ!」
相手は歯をぎらつかせ、少年に突進する。
少年は逃げる様子もなく、ただ血を流してその場に佇んでいた。
これ以上グールが増えると面倒だと、アーカードは参戦しようと足を進める。
その直前に、さっき飛び散ったはずの血が再び犬に形を変え、敵の脇腹にくらいついていた。

「ぐあ・・・!」
相手は苦痛の声を上げ、犬を払おうと爪を突き刺す。
けれど、ごわごわとした毛のようなものに阻まれ、体までは届かなかった。
犬はそのまま脇腹を食い千切り、鮮血を滴らせる。
相手はバランスを崩し、膝をついた。
その犬の姿は、さっきよりも一回り大きくなっており、体毛が生えている。

「ちっ、再生能力があるのか。だが、再生できるのはこちらとて同じだ」
傷口がうごめき、細胞が再び繋ぎ合わされる。
少年と犬は、相手が回復するのをじっと待っていた。

やがて手は元に戻り、爪の長さはだいぶ長くなる。
その爪は犬の体毛を貫き、上から串刺しにした。
致命傷を受け、犬が形を留めていられなくなる。
そこで、少年はさっきつけた傷口を爪で広げ、血を犬に飛ばした。
血飛沫に変わろうとする体にその血が落ちると、犬は瞬時に再生する。

「な、何だ!?」
体毛がぐねぐねと動き、相手の爪に絡みついていく。
慌てて抜こうとしても、がんじがらめにされて動けない。
赤い毛は硬度を増し、体を容赦なく締め付ける。
「ぐ、うう、こんなもの・・・!」
相手は全身に力を込めて振りほどこうとするが、わずかも緩まない。
全身の骨がきしみ、皮膚が裂け、鮮血が滴り落ちる。
細胞は再生しようとするけれど、破壊の速度に追いついていなかった。


相手が再び膝をつくと、犬は大きく口を開く。
そして、頭を一口で噛み潰した。
少年は返り血を避けるように、さっと後ろへ飛ぶ。
犬は獲物を喜んで咀嚼し、上半身から下半身まで、全てを平らげた。
肉片を残らず食い尽くしてもまだ足りないのか、床に広がる血をしきりに舐めている。
少年が犬に近づいて頭を撫でると、嬉しそうに尻尾を振った。

「珍しい生き物だな。血を与えることで成長するのか」
部外者の声に、少年はさっと振り返る。
明らかに怪しい相手の出現に、犬は唸り声をあげた。
臨戦態勢に入るように、犬の体毛がうごめく。
「ほう、駄犬が私を食らう気か」
アーカードが好奇の目を向けると、少年が犬を止めるよう手を出した。

「貴方は、とても高貴な伯爵のように見える。
その血はとても魅力的なものだけれど、熟成された毒薬のように思えてならない」
「なかなか良い嗅覚をしている。お前も同族か」
少年は、何も答えない。
犬を撫でると、その身は血液に変わり、傷口へ吸い込まれて消えていった。
吸収されると、血は止まり、傷が回復する。

「人の力ではないな。だが、吸血鬼でもない」
少年は黙って、アーカードの横を通り過ぎようとする。
けれど、すれ違う直前で肩を掴まれた。
「まだ、お前が害のない相手だと証明されたわけではない。私の主からの命は害敵の抹殺だ」
殺気を感じ、少年は手を振り払って飛び退く。
そして、とっさにナイフを取り出し、中指を切った。


血が飛び、地面から赤い植物が顔を覗かせる。
それはアーカードより一回り大きく、脳みそのような形をした蕾が、大口を開けて牙を剥き出しにする。
葉は尖がり、茎には刺が生え、敵を傷つけることしかできないような生き物だ。
植物は自身の体を伸ばして、アーカードに食らいつこうとする。
アーカードが銃を放つと、蕾の部分が弾け飛んだ。
けれど、茎の部分はまだ動いていて、鋭い葉を飛ばす。
それも、同じように銃弾をくらい、散布する。

「単調な攻撃だ」
「今はね。でも・・・」
少年が植物の根元へ血を落とすと、葉も蕾も瞬く間に再生する。
その体は、赤い光沢を帯びてきらめいていた。
植物が再び葉を飛ばすと、アーカードは同じように銃弾を放つ。
けれど、今度弾けたのは弾の方だった。
アーカードはとっさに身をかわし、葉を避ける。
その着地点から、無数の根っ子が飛び出し、足や腹部を貫いた。

「ぐっ・・・」
根を伝って、赤黒い血が滴る。
植物が反射的に血を吸収すると、びくりと体を震わせた。
根っ子が一旦引っ込み、しきりに体をくねらせる。
背丈がみるみるうちに伸び、蕾は肥大し、茎は無数の葉をつけた。

「何て成長力だ・・・毒薬なんて、失礼だったみたいだ」
「いや、お前の鼻は正しかった」
アーカードが言葉を言い終えた短時間で、根っ子に刺されたはずの傷は塞がり、もう血も流れてはいない。
その血を吸収した植物は、茎をがむしゃらに動かし、呻き声を上げていた。

「ど、どうしたっ」
我を忘れているのか、鋭い葉が少年を切ろうとする。
触れることができず、少年は植物を戻せないでいた。

「生半可な化物では、私の血を取り込みきれるはずもない」
植物は口からおびただしい量の液体を吐き出し、地面に倒れる。
少年はとっさに植物に触れ、その身を傷口へ戻していた。
すると、とたんに激しい頭痛がし、こめかみを押さえる。
同時に体が急激に熱くなり、心臓の鼓動が増していた。


「は・・・っ、な、にが・・・起き・・・」
「私の血を取り込んだ化物を体に戻したのだ、お前もただで済むはずはない」
アーカードが歩み寄り、少年を見下ろす。
少年は床に膝をつき、ぜいぜいと息をしていた。

「私の血はただでくれてやるほど安くはない。返してもらおうか、お前の生気ごと」
アーカードが少年の顎を掴み、上を向かせる。
捕食者に捕らえられ、蛇に睨まれた蛙のように、体が動かなくなっていた。
それ以前に、まだ息が落ち着かなくて振り払えない。
鋭く光る犬歯を見た瞬間、今度こそ死ぬのかと、少年は覚悟した。

少年が抵抗を諦めたとき、無線通信のざらついた音がする。
アーカードは舌打ちをして、無線を取った。
『アーカード、何をやっている。もうグールは消滅した、さっさと帰ってこい!』
「珍客と遊んでいただけだ、今戻る」
『先に入ったハンターでもいたのか。とにかく、今夜はもう一件あるんだ、待たせるな!』
苛ついているのか、無線機の声は荒々しい。
アーカードは通信を切り、少年から手を離した。

「間の悪いことだ。命拾いしたな」
アーカードが離れると、少年は支えを失い、床に突っ伏す。
少年は、ほっとしたような、残念なような、複雑な思いにかられていた。




―後書き―
読んでいただきありがとうございました!
友人から借りたヘルシング、一気読みして即座にはまっていました。
それにしても、アーカードのキャラがルシファーとかぶる予感がしてならないです。