ヘルシング2


今夜も、アーカードはインテグラの命を受けて町を訪れていた。
セラスは連日の駆除で疲れ果て、本部で休んでいる。
それほど、最近のグールや吸血鬼の数は異常だった。

「やれやれ、月夜を楽しむ暇もないとはな」
『仕方ないだろう、そんな時期もある。お前は惨殺するのが好きだろうが』
「蟻を踏み潰しても、面白くも何ともない」
『つべこべ言わずに行ってこい!セラスも疲労で人手不足なんだ!』
インテグラは寝不足で苛ついているようで、相変わらず語気が強い。
乗り気でなくとも命令には逆らわず、アーカードは町に向かった。

町には相変わらずグールがうろついていて、目をぎらつかせている。
さっさと薙ぎ払ってしまおうと、堂々と道の真ん中を歩く。
グールはすかさず襲いかかろうとしたが、寸前で首が薙ぎ払われた。
アーカードの手刀ではなく、赤く鋭い根がグールの首を跳ねる。
見覚えのある根は、周辺のグールを次々と貫いていく。
道が開け、アーカードは血の臭いが強い方へ向かった。


家の中には、やはり先客がいた。
もう事は終わったようで、巨大な鳥がしきりに死体をついばんでいる。
二本の頭を持つ怪鳥は、相手の腕をちぎり、臓腑を呑み込む。
そのすぐ側では、以前にも見た少年が佇んでいた。
グロテスクな光景にも、顔色一つ変えていない。
けれど、アーカードの姿に気付くと、目を丸くした。

「・・・また、貴方か」
怪鳥は吸血鬼を食べ終えると、翼を広げて威嚇する。
「ほう、私の血を取り込んで、死んでいなかったか」
「吸血鬼みたいに、直接飲んだら死んでいたかもしれない。けど、おかげでこの子達は成長できた」
地面から、背丈の高い、脳味噌形の蕾を持つ植物が表れる。
茎は太くなり、脳は明らかに肥大していた。

「もう、グールも吸血鬼も食べ終わったから、ここには何もいない。貴方は無駄足だ」
アーカードは少しの間黙り、少年を見据える。
そして、よからぬことを思い付いたように口端を上げていた。
「お前は、童貞か?」
「な・・・」
「答えろ」
有無を言わさぬ迫力があり、少年は小さく頷く。

「決まったな」
何が決まったのか、少年はわけがわからずアーカードを注視している。
すると、その姿が一瞬消えたかと思うと、瞬時に目の前まで移動してきていた。
「っ!」
少年が反射的に飛び退くと、アーカードが手を伸ばして捕らえようとする。
植物がみすみす許すはずはなく、茎を巻き付けて阻んだ。
腕が鋭利な葉に貫かれ、血が滴る。
怪鳥はふわりと跳躍し、背後から貫こうと急降下した。

「使い魔が、邪魔をするな」
アーカードは肉が切り裂かれるのも構わず、無理矢理腕を引き抜く。
そして、怪鳥の突進をかわすと、片方の頭を撃ち抜いた。
すかさずもう片方も撃ち抜くと、怪鳥は動かなくなる。

植物が地面から根を出し、敵を捕らえようとしたが、アーカードは大きく跳躍して避ける。
植物の頭めがけて弾を撃ち込んだが、太い茎に阻まれた。
もはや、銃では傷一つつかないほどに成長している。
それを見て、アーカードの口端はさらに上がっていた。


血を流しながら笑う相手に、少年は寒気を覚える。
植物の茎が少年を庇うように、二人の間を遮った。
葉に腕を割かれるのも構わず、アーカードは手を伸ばす。
寸前のところで動きを止めることができ、少年は息を飲んだ。

「一体何がしたいんだ、僕がグールを生み出した吸血鬼じゃないっていうことは、わかっているんだろ」
「そういう輩が増えていることはお前も知っているな。私は、それの掃除屋だ。
だが、最近は人手が足りなくて主が苛ついている」
まるで、痛みを感じていないかのように、アーカードは平然と話す。
言葉を一言一句聞くだけで、少年はここから立ち去りたい思いにかられた。
それでも、一瞬でも目を逸らしたら、とたんに襲われる気がして、動くことができない。

「貴方の飼い主のことなんて、僕には関係ない」
「これから、お前も関係するようになる。この化物ごと、私の眷属になれ」
突拍子も無いことを言われ、少年は呆ける。
「そんな勝手なこと、簡単に了承するはずない」
呆れや怒りに反応するように、植物の茎がアーカードの腕をさらに締め付ける。
それでも、痛めつけられているはずの相手は眉一つ動かさなかった。

「同意など必要ない。弱者は強者に従う、それだけのことだ」
腕が、獲物を捕らえようと近づいてくる。
身を切り裂かれるのも構わず進んでくるつもりだろうかと、少年は怪鳥に血を飛ばす。
とたんに新しい頭部が生え、長い嘴がアーカードの背を貫いた。
致命傷を受けたのか、体がどろりと溶けて融解する。
アーカードは足から赤黒い液体に変わり、水溜りに成り果てた。


やけにあっけなく終わり、少年は拍子抜けする。
早く立ち去ろうと、植物と怪鳥を戻し、出口へ急いだ。
だが、外へ出る直前で、ふいに足が重くなる。
はっとして足元を見ると、赤黒い液体がまとわりついていた。

ぬらぬらとした感触に、鳥肌が立つ。
その液体は波打ち、吸血鬼の姿を形どった。
瞬時に、腹部に腕が回って引き寄せられる。
そして、身構える間もなく、首筋に鋭い痛みが走った。

「う、あ・・・!」
二本の犬歯が皮膚に食い込み、肉を貫く。
首筋の方へ血が逆流してゆき、全身がかっと熱くなった。
体が震え、脳が痺れ、意識が侵される。
それは苦痛だけではなく、一種の悦楽にも近いものだったけれど、少年はその感覚を知らなかった。

「あ、ぁ・・・」
血を吸われ続け、目が虚ろになる。
気を失う直前で、血液の逆流が止まり、歯が抜かれた。

「悪くない味だ。童貞の血は輸血パックとは違う」
少年は何も反応できず、ぐったりと力を抜く。
腹部にまわる腕に支えられていなければ、床に倒れ込んでいるだろう。
「これで人手が増えた。夜の月を楽しむ時間もできるだろう」
アーカードは少年の体を横抱きにし、悪どい笑みを浮かべる。
強靭な腕に抱かれ、少年は目を閉じ、意識を失った。




少年は、見知らぬベッドの上で目を覚ます。
体を起こして辺りを見回すと、これもまた見覚えのない洋室だった。
「目が覚めたかい、少年」
部屋に、髪の長い女性とアーカードが入ってくる。
少年は、訝しむような目で二人を見た。

「すまないな、うちのバカ吸血鬼が勝手なことをした」
愚弄することを平然と言い、女性が切り裂かれるのではないかと思う。
けれど、文句がない様子を見て、この人がアーカードの言っていた主人なのかと気づいた。

「少年、君の名は何と言う」
「・・・リノ」
「そうか、リノ。君はアーカードに血を吸われて眷属となり、同時に私の部下にもなった」
リノは、自分の歯列に触れてみる。
犬歯はヤスリで研がれたように尖っていて、血を吸うのに都合が良くなっていた。

「君の仕事は、粗悪な吸血鬼とグールの駆逐だ。普通の人以上の力があるとは聞いている。
運が悪かったと思って、諦めてくれ。では、私は失礼する」
「あ、諦めろって、冗談じゃ・・・」
文句を言う間もなく、女性は長い髪を翻して部屋を出て行く。
リノは、部屋に残ったアーカードを睨みつけた。

「反抗的な目だな」
「無理やり連れてこられて、不満そうにしない奴なんていない。
それに、ここには大勢の人の匂いがする、こんなところにいたくない」
「人間が嫌いか」
「・・・僕にとっては、人も吸血鬼も同じだ。害敵であり、獲物でしかない」
リノの発言を聞き、アーカードは高らかに笑う。


「吸血鬼を恐れず、臓腑や血を疎ましく思うこともない。お前は非常に都合が良い」
「僕を集団の中に入れると皆死ぬ。兵士も、民間人も、さっきの女性も」
そこで、アーカードの目から愉悦が消える。
リノがわずかに怯んだときには、もう目の前まで移動していた。
大きな手に首を掴まれ、瞬く間に体が後ろへ押し倒される。

「主に手をかけることは、私への最大の反逆だ。
お前が血迷ったことをすれば、死を懇願するまで拷問の限りを尽くしてやろう」
至近距離で、ぎらついた瞳に見詰められ、リノは体の芯から冷えるような寒気を感じる。
あまりの迫力に言葉を失っていると、やがて手が離された。

「活動時間は主に夜だ、昼間は好きにしていろ。まあ、もう陽の光の下には出られんだろうがな」
警告を終え、アーカードは背を向ける。
「・・・きっと後悔する。貴方は厄介者を引き入れた疫病神として厭われる」
リノは、部屋を出て行く背に、確信を込めて呼び掛けていた。




―後書き―
読んでいただきありがとうございました!
前回が出会い編なら、今回は引き入れ編。
吸血鬼とあらば、血を吸うところは是非とも書きたかった場面です(´д`*)