ヘルシング7


リノはアーカードに抱かれたまま、組織に着く。
その着地点を予測していたように、インテグラが佇んでいた。
「連れ戻してきたのか。だが、そいつはかなりの危険因子だぞ」
「なあに、少し散歩をさせていただけだ。今度は、絶対に外れない首輪をつけてやるさ」
アーカードの指先が、リノの首筋をなぞる。
「う・・・」
リノは身震いしたけれど、抵抗する余地がない。

「あまり手荒にはするなよ。意思を持たない奴隷など私は望んでいないからな」
アーカードは答えず、リノを運ぶ。
適当な部屋に鍵をかけ、ベッドに下ろした。
リノは力なく横たわり、まだ目を虚ろにしている。

「このままでは、満足に喘げそうにないな」
アーカードは自分の人差し指を噛み切り、リノの口元へ持っていく。
濃厚な血の臭いがして、リノは思わず口を薄く開いていた。
その隙間へ、指が差し入れられる。
鮮血を感じた瞬間、リノは自分からアーカードの指に触れていた。
本当にこんなことをしてもいいのだろうかと、迷いながらもおずおずと触れる。
けれど、濃厚な血の魅惑から逃れられず、顔を背けられないでいた。

柔い感触を覚えるたびに、アーカードの気が昂っていく。
リノの目に気力が戻ったところで、指を抜いた。
唾液で濡れた指を、自分の舌で弄る。
それだけで足りるはずはなく、アーカードは自分の舌をわずかに切った。
そして、身を下げてリノに近づく。

「舌を出してみろ」
アーカードが、息がかかるほどの近い距離で囁く。
リノは躊躇うように目を反らしたけれど、少しでも血の臭いがすると、駄目だった。
小さく舌を出して、その鮮血を舐めようとする。
その前に、アーカードも舌を伸ばしてリノに触れていた。


舌先を這わせ、表面をゆっくりとなぞっていく。
お互いを伝い、一滴、血が垂れる。
恥ずかしいことをされて、リノは引っ込もうとしたけれど、その味を感じると閉口できない。
逆にアーカードが身を引くと、リノは追い求めるように体を起こす。
そして、自分から唇を触れ合わせようとしたところで、はっとして顔を背ける。
視線を逸らすことを許さず、アーカードはすかさず覆い被さっていた。

「んう・・・っ・・・」
柔いものが奥まで入ってきて、リノは反射的にアーカードの肩を押す。
けれど、舌が絡み合うたびに血の味感じて、全力では押し返せなくなってしまう。
アーカードは思うがままにリノの舌を絡ませ、卑猥な水音をたてた。
「は、んん、ぅ・・・」
激しい愛撫のさなか、呼気が漏れる。
唾液と血が入り混じり、甘美な液体を飲んでしまう。
吐息や味が、お互いの気を昂らせていく。
柔い感触が触れ合い、リノは淫らなものを感じてしまっていた。


口を離すと、アーカードは舌舐めずりをして液を拭う。
「良い感触だ。何もかもを食らってやりたくなる」
「・・・消してくれるんなら、それでも、いい・・・」
「本当にそう思うのか」
追及するような問いかけに、リノは閉口する。
答えがないと、アーカードはリノの服を切り裂いた。
一瞬で上半身も下半身も露にされ、身を守るものがなくなる。
逃げ場はなくて、リノはまだ血の味が残る唾を飲んだ。

「お前は血気を吸われすぎた。放っておけば、衰弱して死ぬだろう。だが・・・」
アーカードは、リノの胸部を指の腹でなぞる。
リノはとたんに寒気を覚え、肩を震わせた。
「私の血気を与えてやれば、生き長らえることができる」
アーカードの指は、どんどん下へ下がって行く。
腹部へ触れられると、以前の感覚を思い出していた。


「や、だ・・・」
「嫌?本当にそうか」
リノは、言葉に詰まる。
嫌だと、もう一度声に出せない。
すると、アーカードはおもむろに自分の掌を深く切った。
真っ赤な鮮血が流れ落ち、リノの下腹部を濡らす。

「ああ・・・」
喘ぎにも、歓喜にも似た声が漏れる。
そんな自分の声が意外で、リノはとっさに奥歯を噛み締めた。
温かな血が、さらに下にある敏感なものへ垂らされる。
そして、それは広い掌に包まれた。
ぬらぬらとした感触を伴い、手が前後に動く。

「や、や・・・あ」
艶めかしい感触に覆われ、声を抑えきれない。
同時に、濃い匂いが漂ってくると、高揚を隠しきれなくなった。

「どうしても拒むのなら、中断してやらんこともない」
手の動きが、ぴたりと止まる。
とたんに感じたのは、安堵感ではなく、もどかしさだった。

答えないままでいると、手が離れる。
リノは反射的に、その手首を掴んでいた。
アーカードはにやりと笑い、リノを見る。
その手は震えていて、しきりに逡巡していた。


「優柔不断な奴だ。欲しいと言うのなら、与えてやる」
アーカードは、自分の血をリノの先端に擦り付ける。
中へ入れるように指先で撫でると、それがびくりと震えた。
「ああ、う、ぁ・・・!」
血が一滴、先端に入ると、体がかっと熱くなる。
自分の精と混じり合い、欲がどっと増した。
もっと反応させるよう、アーカードは根本までをなだらかに愛撫していく。

「は、あうぅ・・・い、や・・・」
ゆったりとした動きでも、体が反応する。
その感覚が嫌ではなくて、リノは動揺していた。
拒否の言葉は出てくるのに、行動が伴わない。
すぐに手を離して、逃げてもよかった。
けれど、体がベッドから動こうとしない。
意思と行動が反発しあって、リノは困惑していた。

「もう、こんなの、やめ・・・衰弱しても、いいから・・・」
「なぜそんなにも死に急ぐ。私を納得させられたら、殺めてやらんこともない」
リノは一瞬だけ口をつぐんだけれど、すぐに開く。
こんな状態では、理性なんて微塵も働かなかった。


「・・・僕は、もっと前に死んでいたはずなんだ。怪我をしたら、修復のために誰も彼をも傷つける。
そんな存在は、死んだ方が幸せのはずだった・・・」
ぽつりぽつりと、リノが語り始める。
苦痛な過去を語るのは辛いのか、声はだいぶ小さかった。

「お前を殺した女は、母親か」
「そうだよ・・・母さんは、こんな僕を慈しんでくれた。
だからこそ、殺そうとしてくれたんだ」
少しでも血が流れれば、化物が飛び出し、近くにいる生き物の生命力を吸い取って補完する。
自分の意思でどうにもできない化物が恐れられ、害敵とされるのに時間はかからなかった。

「・・・母さんは、僕が村の人達から殺される前に手をかけてくれたんだ。
そこで、大人しく息絶えていればよかった。それなのに・・・」
ふいに、リノの声が震える。
語り出すと、情景を思い出してしまって、涙ぐんでいた。

「言ってみろ・・・お前の腹の中にあるわだかまりを」
アーカードは、続きをせかすようにリノの腹部を撫でる。
誘導されたように、リノは口を開き、声を上げた。

「僕は、僕は母さんを食ったんだ、黒い怪物が流れ出して、母さんにまとわりついて、悲鳴が聞こえて、引きずり込んだんだ!
気が付いたら誰もいなくなってた、皆、皆死んだんだ、僕が全員殺したんだ!」
吹っ切れたように、リノが叫ぶ。
どす黒い記憶がよみがえってきて、吐き出したくてたまらなくなる。

「だから・・・罪滅ぼしになるかと思って、吸血鬼を殺してた。
でも、何も変わらない、胸の奥にある重苦しいものが、消えないまま・・・」
「罪滅ぼしだと?お前は何を言っている」
「わかってる、そんなことで罪を軽減させようなんて、おこがましい」
「どこに、お前が罪を犯した話が出てきたというのだ」
意外なことを言われて、リノは信じられないものを見るような目でアーカードに向き合う。


「お前の行動は、腹を空かした猛獣が食事をしたのと同じだ。これは罪か?」
「お、同じなわけない、だって・・・」
「お前は食事をしただけで殺された。そんな理不尽を、本心から望んでいたのか」
喉元で、リノの言葉が止まる。
胸の奥にある本心が、探られていく。

「ぼ、僕は、殺されるべきだった、自分で制御できない危険因子なんて、生かしておいちゃいけなかったんだ」
「それは他人の見解に過ぎん、私が知りたいのはお前の意思だ。お前は死にたかったのか」
アーカードが、リノの顎を取って顔を背けられないようにする。
鋭い目に見詰められ、指の一本も動かせない。
虚偽など一瞬で見抜くと警告される。
リノの声帯は、勝手に震えていた。

「死、に・・・たかった、なんて・・・」
リノが言いかけたところで、アーカードの目が怪しく光る。
「死にたくはなかったのだろう。お前は進んで死を望む愚か者とは違うはずだ」
「あ・・・」
断定的な言葉と眼光に、胸の内を探られる。

「僕は・・・そうだ、死にたくなんて、なかったんだ・・・
たとえ相手が母さんであっても、殺されたくなんてなかった・・・」
「そうだ、生に執着することは自然なこと。お前はただ生きるために人を食った、それがどうして罪になる」
アーカードは、リノに反論する隙を与えないように言葉を続ける。

「確かに、人間から見れば恐ろしい存在だ。だが、我々にしてみれば生きるための自然な行為。
お前は生まれたときから、私達と同じだったのだ」
「自然な、行為・・・僕は、貴方達と、同じ・・・」
リノは、うわ言のように言葉を反復する。

「もう、お前は罪の意識を感じることもなくなったのだろう。
それでこそ、眷属にしてやった甲斐があるというものだ」
もしかして、みすみす敵方に行かせたのは罪悪感を消すためだったのだろうかと、リノは薄々思う。
最初から、アーカードの掌の上で弄ばれていたのだ。

「お前も母親も、保身に走った村人に洗脳されていただけに過ぎん。
罪悪感を覚えるのは、むしろ村人の方だ。そうだろう」
まるで、肯定以外の答えを受け付けないように問いかける。
もはや、リノはあまり難しいことが考えられなくなっていて
アーカードの言葉を否定せず、黙りこくっていた。


「腹が減れば食事をすればいい、敵対する者は遠慮なく食ってしまえばいい。
人の命を屠る(ほふる)ことは、お前が生きる術なのだから」
「・・・いいの、かな。僕・・・」
アーカードは、リノがこれ以上言葉を発さないよう唇を塞ぐ。
出てこようとした声を押し戻すよう舌を入れ、絡め取った。

「は、ぁぅ・・・」
まだ達していない体が、柔い愛撫に悦ぶ。
リノは抵抗を忘れ、アーカードの舌が動くままに翻弄されていた。
水音がして、唾液が口端から漏れ出す。
そんなことも気にならなくなるくらい、愛撫の柔い感触を求めてしまっていた。

アーカードが絡まりを解くと、リノはとたんにもどかしくなる。
気付けば、目の前の瞳をじっと見詰めていた。
「素直になれた御褒美だ。私の欲を与えてやろう」
アーカードの手が融解し、黒い液に変わる。
どろどろとした液体は、リノのいきり立っているものよりもさらに下方へ移動する。

「ひ、っ・・・な、に」
あらぬところに卑猥な感触を覚え、リノは怯える。
その液は窪みを探り当て、中へ入り込んでいった。

「あぁっ、や、あぁ・・・!」
前に触れられたとき以上の感覚が、リノの体を襲う。
淫猥な液が自分の中へ進んできて、全身が震えた。
怯えとは違う、悦楽の震えが抑えきれない。
「聞き心地のいい声だ。さあ、抑制を忘れて喘ぐがいい」
アーカードは口端を上げて笑みを浮かべ、液体をぐちゃぐちゃと動かす。

「はぁ、や、うぅ、あ・・・!」
初めて犯される悦に抗えなくて、一時も口を閉じられない。
しっかりとした質量を持つ液が動き、自分の内側が解されていく。
起ちきっているものは、欲を解放したくて触れてほしがっていたけれど
アーカードは、後ろの秘部を侵し続けていた。


前に触れられないままでいると、こんな感覚でも、徐々に体が慣れてくる。
リノの声が熱い吐息に変わったところで、液が引いていった。
「そろそろ、いい頃合いだな」
何がいいのかと、リノは虚ろな目で息を荒くしていて、問いかける余裕がない。
まだ回復していないところへ、侵されていた窪みに固いものがあてがわれた。
それが何なのか想像できなくて、リノはただ息を飲む。
そして、それは液と同じように、中へと押し入ってきた。

「いっ、あぁ、う・・・!」
とたんに鈍い痛みを感じ、苦痛の声が発される。
形を自在に変える液とは違い、熱くて太い物体が無理に進んでこようとする。
窪みは、それを拒むよう、反射的に縮こまっていた。
「今は堪えていろ。すぐに、何物にも代えがたい快楽を与えてやる」
アーカードがわずかに腰を落とすと、引き裂かれるような痛みが走る。

「うう・・・っ、やだ、怖い・・・っ」
痛む箇所から、真っ二つに裂かれてしまうのではないかと、リノはそんな恐怖感に怯える。
アーカードは一旦動きを止め、リノに顔を近づけた。
そっと、首筋に唇を触れさせ、甘噛みする。

「あ・・・う・・・」
いつになく優しい動作に、リノは戸惑う。
歯を立てずに唇だけで皮膚を食まれ、なぜかうっとりとしていた。
そのまま位置が上がってゆき、唇も同じようにやんわりと挟まれる。
たまにかかる息が熱くて、心地よくて、目を細めていた。
そうして少し気が緩んだところで、下肢のものが動きを進めてくる。

「い、うぅ・・・っ、ああ・・・」
リノはまた呻いたけれど、痛みは先ほどより控えめになっている。
ずっと広げられている窪みは、アーカードのものを受け入れ始めていた。
激しくして切ってしまわないように、慎重に身が埋められていく。
自分の中が押し広げられてゆく圧迫感に、リノはシーツを握りしめて耐えていた。


じわじわと迫ってくる痛みも、やがて終わる。
アーカードの動きが完全に止まったとき、リノはその身を最奥に感じていた。
「あ・・・う、あ・・・」
呻き声は止まり、変わりに吐息が漏れる。

「わかるか、私がお前の中に居ることが」
「う、ん・・・」
リノは、小さく頷く。
心臓の鼓動に合わせて、中のものが脈動している。
同調しているようで、不思議と恐怖心はなくなっていた。

「最奥に留めたまま達させてやろう。下手に動いて出血したら、どんな淫らな化物が出てくるかわからんからな」
恥ずかしくて、リノは何も言えない。
アーカードは愉快そうに目を細め、リノのものへ手を添えた。
「ふ、ああ・・・」
もはや、リノに苦痛はなく、悦楽だけに支配されている。
自身のものに触れる手がなだらかに動かされると、熱い吐息を吐いた。
そんな刺激だけでは終わらず、同時に、アーカードが腰元を突き上げる。

「う、あ、んん・・・っ」
自分の中で物が動き、快楽の衝動が湧き上がる。
前を刺激されると後ろがすぼまり、それの形をはっきりと感じてしまう。
アーカードに最奥を侵されていると、そう思うだけでも高揚していて
昂りからは白濁が零れ落ち、解放されることを望んでいた。
指先に液が絡み、お互いに卑猥な感触を与える。

「よほど感じているようだな。これでわかっただろう、お前の本心が」
勝ち誇ったように言われて、リノは顔を背ける。
アーカードはすかさずリノの顎を掴み、自分の方を向かせた。


「言ってみろ。お前が望んでいる居場所はどこかを」
「う・・・・・・僕は、もう・・・・裏切り、ません」
自然と、口調が敬語になる。
「では、お前が求めている相手の名を言ってみろ」
直球に問われ、リノは言葉を止める。
まだすんなりと言えないのかと、アーカードはわずかに身を引き、また最奥を突いた。

「あ、ぁうっ・・・」
リノが黙ろうとすると、アーカードは再び手を液状に変える。
そして、昂るものへと這わせてゆき、先端へたどり着く。
「や、ま、待って・・・っ」
今更止めることはできず、細い隙間へずるりと液が流れ込む。
後ろにあるものはさらに身を引き、先よりも深く埋められた。

「ひ、あぁっ、だ、め・・・」
あまりの刺激に、リノは意識が吹き飛びそうになる。
前も後ろもぐちゃぐちゃに侵されて、もう欲望しか感じられない。

「言ってみろ、お前が食らってしまいたくて仕方がない者の名を」
アーカードが動きを止めないまま、今一度問う。
「あ、ぁ、うぅ・・・欲しい、のは・・・」
強すぎる感覚に、リノは声を抑えることができない。
喘ぎの合間から、言葉が漏れ出した。


「僕が、欲している、のは・・・貴方、だけ・・・アーカード・・・ッ」
とうとう名を呼んでしまった瞬間、リノは自分が隷属になったことを実感する。
無理矢理言わされたに近いことだけれど、嘘偽りではないと自覚していた。
アーカードは頬を緩ませ、リノの耳元へ口を寄せる。

「リノ・・・私に身を委ねるがいい」
初めて名前を囁かれて、リノは耳から悪寒を感じる。
この瞬間、主従関係が成立したような、そんな気がした。

下肢にまとわりつく液が、動きを早める。
まるで全てを支配しようとしているように、奥へ奥へと入り込んで行く。
アーカードのものが最奥に留められたまま、何もかもが暴かれ、侵される。
そして、黒い液がリノのものの全体を覆い尽くし、精を搾り取るよう圧迫した。

「ひあ、や、あぁ、あっ・・・!」
その瞬間、リノは限界を迎え、ひときわ大きく体を震わせた。
自身の先端から、高まりきった欲が溢れ出す。
それは一滴も零れることなく、全てアーカードの闇に絡め取られた。
同時に、アーカードを咥え込んでいる窪みが激しく収縮する。
縮み切れないものは悦楽に耐えかねて、何度も中のものを圧迫した。

「ッ・・・与えてやろう、私の生を・・・」
アーカードが一瞬だけ息をつき、眉を寄せる。
次の瞬間には、いきり立っているものが脈動し、欲望が放たれていた。
「あ・・・あ・・・」
黒い液とはまた違う、粘液質なものが注がれて、リノは弱々しく喘ぐ。
奥の奥まで精が注入され、腹部がかっと熱くなる。
脈動と収縮がおさまると、アーカードはゆっくりと身を引いていった。




ずっと埋められていたものが引き抜かれると、リノは大きく息を吐く。
行為の余韻が残っていて、頭は麻痺したようにぼんやりとしていた。
まだ、中に残る粘液質な感触は消えない。
体は完全にアーカードの精を取り込み、受け入れていた。
黒い液はいつの間にかなくなっていて、元の手の形に戻る。
リノの精と共に液を戻したとき、アーカードに伝わったのは悲哀の感情だった。

母に殺された時の涙が、脳裏をよぎる。
心の底から死を拒んでいたからこそ、母をも食らって生き延びた。
生き返り、誰もいない情景を見たとき、大粒の涙がとめどなく零れ落ちる。
あまりの涙に視界がどんどんぼやけてゆき、何も見えない。
そこで、アーカードの意識は現実に引き戻された。

アーカードは、未だに肩で息をしているリノを無言で見下ろす。
そして、ほとんど無意識の内に、髪を撫でていた。
広い掌に愛撫され、リノは虚ろな眼差しでアーカードを見上げる。
行為の後に優しくされると、素直に安らいでしまう。
懇願するような眼差しで、リノはアーカードを見詰め続ける。
その目に映っていたのは、殺してほしいという絶望感ではなく、生かしてほしいという希望だった。
自分の居場所は、やはりアーカードの傍しかないと、痛感していた。


「物欲しそうな目だな。まだ足りんか?」
「・・・僕が望んでいることは、自分の居場所・・・貴方の傍に、居続けること、です・・・」
今更恥ずかしくなって、リノは小声になる。
アーカードは満足気に笑み、リノの頬へ手を添えた。

「それでいい。お前はもう、私から逃れることはできないのだから・・・」
魅惑的にも、恐ろしくも聞こえる響き。
リノは、抵抗しない意思を示すように目を閉じていた。

たとえ自分の中の闇が暴発しても、決して殺せない、絶対に失うことがない。
そして、また、何もかもが嫌になったときは、いつか自分を殺してくれる。
そんな存在は、ただ一人しかいないのだから。




―後書き―
読んでいただきありがとうございました!
最後の最後で長々といかがわしくしてみた、後悔はしていない←
原作の暗めの雰囲気が趣向に合っていて、書きやすさがありました。
久々に版権が書けて満足です、原作を貸してくれた友人に感謝!