ヘタリア #10
(突然ですが、ここからリンセイ視点中心になります)
―迫る時―

僕は、朝からイタリアの家に行く準備をしていた
イタリアが起きているか起きていないかのきわどい時間に電話をかけ、泊らせてもらえないかと頼んだ
イタリアは少し寝惚けた声で、快く了承してくれた
まだ相手が眠っているかもしれないというのに、電話をかけることは失礼だと思った
だが、今日、どうしても会っておきたかった
もう、ほとんど時間がなかった



話は、昨晩にさかのぼる
僕はいつものように、イタリアと日本の家へ行ったことを上司に報告していた
これは、他国へ行ったときの義務だった
このごろは友好関係が深まり、最初は人見知りの気があった僕でも警戒せずに接することができるようになった
そして、たぶん相手も僕を警戒はしていませんと言ったところで、上司が薄ら笑いを浮かべた

その笑みを見たとたん、僕は今の発言を後悔した
上司のこの笑みは、もう何度も見てきている
この笑い方をするときは、決まっていた
そして上司は言った
「その二国を、併合しろ」と―――



イタリアの家に着いたのは、昼頃だった

「あ、リンセイ!」
国境付近で待っていたイタリアは、僕の姿を見つけるとすぐに抱きついてきた
そして、両頬に軽くキスをされた
以前は動揺して仕方がなかったこのイタリアの行動も、今となっては慣れてしまっている
僕はイタリアをやんわりと抱くと、同じように挨拶をした
イタリアは一瞬驚いたような表情を見せたが、すぐに嬉しそうに笑った

「イタリア。今日一日、僕は君の望むことをしてあげたい。だから、何でも言ってくれ」
今日はどんなに振り回されても、嫌な顔一つせずに付き合うつもりで来た

「ヴェー、いいの?それじゃあ、パスタ食べに行こー!」
イタリアは僕の手を取って、意気揚々と歩き出した



上司から国を併合しろと言われた時、僕は絶望感にとらわれた
軍事力のない国には興味のないものだと思っていた僕が愚かだった
上司は、国をもっと大きくしたがっていた
そうすれば、国民はどんどん増えてゆく
国民が増えても不自由なく暮らせるように、そのために風土豊かな土地が必要なのだという
一見、国民のことを思っている良い台詞に聞こえるが、僕にはとても残酷な言葉に聞こえた

先にこの二国を手に入れておけば、安心して国を拡大できる
僕が日本とイタリアの国へ行くことを許してくれたのも、この理由があったからなのだと、今気付いた
そして、軍隊を送る予定日は・・・三日後だった



「あ、そうだ、また一緒にパスタ作ろうよ!俺んち、パスタの材料いっぱいあるよ〜」
「ああ。そうしようか」
人通りの多い道でも、手は繋いだままだった
恥じらいがないことはなかったが、イタリアから手を離すまではこのままでいようと思った
何よりもスキンシップを好むイタリアがこうしていたいと望むなら、その望みのままにしてあげたかった




手が離されたのは、台所の前だった
僕を誘導する意もあったのかもしれないが、やはりイタリアは他者に触れることが好きなのだと、今更ながら確信した

「リンセイ、どんなパスタ作る?俺、パスタなら何でも好きだよ〜」
「僕はパスタに詳しくないから、君に任せるよ」
今日はイタリアの自由にすると決めていたので、全ての要望に委ねたかった
ただ、本当にパスタには詳しくないという理由もあった

「それじゃあ、ボロネーゼとカルボナーラ!」
イタリアは高らかにパスタの名前を言うと、手早く調理器具を取り出し始めた
パスタ作りにはかなり慣れているのが、よくわかる
僕の仕事は、食器を出すだけで終わってしまった
手伝いなんていらないじゃないかと思うほど、手際が良かった
二人分を作っているというのに、以前僕の家でパスタを作ったときより出来上がるのは早かった

「うん、おいしそうにできた〜」
パスタにこだわるイタリアも納得の出来栄えの、二種類のパスタが皿に盛りつけられた
「両方ともおいしそうだから、半分こして食べようね」
僕は短く、「そうだな」と答えた


イタリアがパスタを食べているときは、本当に幸せそうだった
流石本場のパスタは格別で、僕も表情がほころびそうになった
僕は目の前の笑顔を見ることができる幸せを噛み締めながら、パスタを食べ進めていった
だが、その笑顔ももうすぐ見られなくなるかもしれないと思うと
胸が、痛むのを感じた
その痛みはどんなにおいしいパスタでも、ごまかしてはくれなかった



食事を終えると、イタリアはまた僕の手を引いて外へ出た
どんなに人通りの多い通りに出ても、僕は決してその手を振り払わなかった
それから夜まで、イタリアの好きな絵を見たり、名も無い草原で寝転んだりした

とても、楽しかった
もう注意深く国を観察する必要なんてない
これが、友のところへ遊びに行くということなのだと、しみじみ感じた




そして夜になり、僕は電話で告げたとおりにイタリアの家に泊めてもらうことになった
結構動き回って汗をかいていたので、すぐにシャワーを浴びた
もしかしたら、風呂まで一緒に入りたいと言ってくるかとひやひやしたが
イタリアは疲れたのか、風呂からあがるとさっさとベッドの中へ潜った
その様子を見て、僕は安心して風呂に入ることができた

でも、今なら拒まなかった
イタリアが一緒に入りたいと、浴室に飛び込んできても
少し困った顔はしたかもしれないが、出て行けとは言わなかったと思う



浴室から出てベッドへ向かうと、すでにイタリアはうとうとしていた
前のように壁側に寝転がると、お約束のようにイタリアが抱きついてきた
僕は相手の茶色い髪を優しく撫でて言った

「イタリア。何か、僕にしてほしいことはあるか?」
もうすぐ、一日が終わる
併合の日が、迫ってくる
だから、できることなら叶えてあげたい
最後の最後まで、彼が望むことを

「それじゃあ、キスして、ハグして、ずっと一緒にいてほしい!」
イタリアは、遠慮なく要求した
僕は、否定も肯定もしなかった
最後の要望だけは、聞けそうになかった
だけど、先に言った二つのことなら叶えることができる
自分からそんなことをするのは恥ずかしいと言っているときではなかった


僕はできるだけ優しく微笑んで、イタリアの頬に手を添えた
そして、ためらうことなく口付けた
挨拶のように頬にするものではなく、唇に
イタリアはまた少し驚いたような反応を示したが、リンセイを求めるようにその後頭部へ両手をまわした

心拍数が、だんだんと上がってゆく
それでも構わず、僕は重ねている箇所をさらに押し当てた

「ん・・・ん・・・・」
イタリアが少しくぐもったような声を出したので、僕は力を緩め、重ねていた個所を離した
イタリアは、ぼーっとしたような表情で僕を見ていた
眠ってしまう前に二つ目の要望に応えようと、今度は相手の背に両手をまわして抱きしめた


「・・・リンセイ、今日、すっごく優しいんだね」
イタリアは、幸せそうに笑った

「・・・・・・そうか」
僕は、無理矢理な笑みを作った
自然に笑う事は、できそうになかった
彼の幸せそうな表情を見るたびに、僕は憂いを帯びてゆく

僕は、彼に笑っていてほしいと思う
一時も、その笑顔を失ってほしくないと思う
だから、彼を悲しませるようなことをしなければならない自分に、どうしようもない憂いを感じる
だが、結果として彼が悲しむことになっても、僕は成し遂げねばならない
とても自己中な、その方法で



僕がイタリアを抱きしめてから、10分もしないうちに寝息が聞こえてきた
明日は早く起きなければならないので、僕も眠ることにした

「・・・お休み、イタリア・・・」
僕はそう呟いて、イタリアの頭を撫でて目を閉じた




僕は、まだ外が薄暗い早朝に目を覚ました
昨日は早く眠ったからでもあるが、とても今快眠できる状況ではなかった
イタリアは、勿論まだ寝息をたてていた
眠る前からまわされていた腕は、そのままだった
無意識になっても未だ僕に抱きついている姿は、とてもいじらしく感じられる
本当に、僕が傍に居続ける事を望んでくれているのだと思うと、胸の痛みを抑えられなくなる

でも、僕はもう一人の友の所へ行きたかった
僕はそっとイタリアの腕を外し、ベッドから下りた
そして、別れの挨拶がわりに頭を一撫でした

くるんとした髪に指を絡ませ、名残惜しく手を離した
そうしたとたんイタリアが寝返りをうち、髪をなでた手首を突然掴まれた
僕は驚き、その場から飛び退きそうになった
だが刺激してはいけないと、ぐっとこらえた

僕は緊張してイタリアを見たが、幸いな事にまだ寝息をたてていた
たぶん、条件反射的な、無意識の内の行動だったのだろう
僕はほっと一息つき、慎重に手首にかかる指を外していった
その間、いつイタリアが起きてしまうか、気が気じゃなかった

でも、まるで僕がしようとしていることを引き止めてくれているような
そんな気がして、僕は表情を曇らせた
指を一本外してゆくたびに、気が咎めた
だけど、彼には絶対に気付いてほしくなかった
もし、彼に泣いて引き止められたら、決心が鈍りそうになってしまうから



指を外し終わると、僕は物音をたてないようにして部屋から出た
早く部屋から出なければ、胸が痛んで仕方がなかった




―後書き― 読んでいただきありがとうございました!
そろそろ、連載終了のお知らせ、ですが・・・
終わり方を、どうするか・・・まだおぼろげにしか考えていないという計画性のなさorz
お次は日本のターンです