ヘタリア#2 後編


脱衣所に移動した後、リンセイはなるべく相手の姿を見ないようにしながら服を脱いだ
友人の前で全裸になるなんてあまり好ましくはなかったが、もう後には引けなかった
そこに、日本が腰にタオルを巻いている事を発見したので、それを真似させてもらうことにした
だが、イタリアは当たり前のように何も身に着けずに、真っ先に風呂場へ走って行った
リンセイは、少々呆れつつもイタリアの後った


そこには、とても広い空間が広がっていた
床には石を平にしたものが敷き詰められていて、天井は真っ暗だった
厳密に言えば、天井というものがなく、上には夜の暗闇が広がっていた
天井がない、屋外の風呂というものに入るのが初めてだったリンセイは、しばらく唖然としていた

「露天風呂というのは、初めてですか?」
日本に話しかけられ、唖然としていたリンセイは視線を相手の方へと移した

「はい。まさか風呂場が外にあるなんて、思っていませんでした」
風呂と言えば室内にあるものがスタンダードだと思っていただけに、驚きは大きかった

「二人とも、早くお風呂入ろうよー!」
すでに岩に囲まれた浴槽に入っているイタリアが手を振って呼びかけた
子供と見まごうほどの、その動作にリンセイはかすかに笑うと、日本と一緒にその浴槽に浸かった
すると、すぐにイタリアが抱きついてこようとしたので、すかさず両肩を押して制した

こんな状態でも抱きつこうとするなんて、少し自重してほしいと思う
これもイタリアにとってはそんなに気にする事のない行為なのかもしれないが
こういったスキンシップに慣れていない国にとっては、相手を動揺させる行為以外の何物でもない
日本に対してはそういう事がわかっているのか、肩を押されて大人しくなったイタリアは、日本にまで抱きつこうとはしなかった
日本の方を見ると、もうイタリアのこんな行動には慣れているのか、顔色一つ変えずに諦観していた

そこでリンセイの目に留まったのは、とても細くて華奢な体だった その相手ははまるで女性かと思うほど白く、綺麗な肌をしていた
少し圧迫を加えれば折れてしまいそうな、そんな印象があった
数十年でかなりの力を持った、あなどれない国だという印象は吹き飛んでしまいそうだった

「お、リンセイ、もしかして日本に見惚れてるの〜?」
リンセイが日本の方を向いている隙に、イタリアが背後からのしかかった
素肌が密着する感触がして、リンセイは慌てた

「ち、ちが・・・」
はっきりと、違うとは言えなかった
自覚せずとも、イタリアの言う通り見惚れてしまっていたのかもしれない
だがそんな事を考えるよりも、今は早くイタリアを引き剥がしたかった
あきらかに狼狽してしまっている自分を見られるのが、どことなく恥ずかしかった

「・・・イタリア、離れてくれ」
言葉だけは冷静にそう言ったが、すんなりと離れてはくれなかった
「え〜、リンセイの肌、すべすべで気持ち良いのに」
呑気な事を言ったイタリアは、リンセイの首元に頬擦りした
そんな事をされたものだから、もう冷静な言葉を発する余裕はなくなった

「イ、イタリアッ!は、早く離れてくれ、しかも、人様の前なんだぞ!」
第三者にこんな光景を見られていると思うと、一分一秒でも早く離れてほしくて仕方がなかった
リンセイが必死に訴えると、イタリアはヴェーという奇声を発して渋々離れた

そんな二人の様子を見て、日本は頬を緩ませていた
そして日本は、丁寧で大人びているようなこの青年が狼狽している姿が、おかしく感じていた
リンセイはまた、その笑みが可愛らしいと思っていたが
日本もまた、リンセイの狼狽した姿が可愛らしいものだと、そう思っていた



三人が露天風呂から上がると、日本がてきぱきと三人分の布団を部屋に敷いた
寝る場所は、その時立っていた位置から自然と決まった
まだ暖かいとはいえ湯冷めしてはいけないと、三人は早々に布団に寝転がった
位置的には、右に日本、中央にリンセイ、左にイタリアという形だった
着替えを用意していなかったリンセイとイタリアは、日本に寝る時に楽な服を貸してもらっていた

疲れているのですぐに寝てしまおうかとリンセイが思った矢先
やはりと言うべきか、イタリアが待ってましたといわんばかりにリンセイに抱きついた
イタリアは人前でも気にしない、いつだってマイペースなんだなと半ば呆れた
そして、まさかとは思いつつ、ちらっと抱きついてきたイタリアを見ると、案の定服を着ていなかった
風呂上がりなのでその体は温かかく、心地よいものだと感じそうになったが、今は呆れのほうが強かった

「イタリア・・・折角、用意してくれた服を・・・」
イタリアが着ていたはずの服は、布団の外に放り投げられていた

「だってこのほうが、ああ、ここにリンセイがいるんだなぁって、すっごく感じられるんだ〜」
「何、わけのわからない事を言ってるんだ・・・」
疲れのせいで、強く叱咤する気にはならなかった

「あ、なんでしたら、私は別の部屋へ移動しましょうか?」
「よろしくない!」
日本がとんでもない誤解を招きそうな事を言ったので、リンセイはとっさに反論した

「あ・・・す、すみません、ぶっきらぼうな言葉を」
つい声を荒げてしまい、リンセイは非礼を詫びた

「いいえ。イタリア君は、本当にリンセイ君のことが好きなんですね」
「こんな僕のどこが気に入ったのか、わかりませんが・・」
思えば、イタリアとは何がきっかけで友人になったのだろうか
かなり前のことなので、すぐには思い出せそうになかった
イタリアのことだから、たまたま目についた僕に話しかけて、そこから友好関係が深まっていっただけかもしれないが


正直なところ、イタリアと再会して、また友人になれるとは思わなかった
お互い相手を覚えているとはいえ、数十年も会っていなかったし
ましてや勝手に立ち去った側からは、また友達になろうとなんて都合のいい事は言えるはずもなかった
だから、イタリアが僕をまだ友人と思ってくれている事が嬉しかった
この、裸で抱きつく癖が直ってくれれば、もっと嬉しいのだが


「リンセイ君は、礼儀正しく節度をわきまえていますから、気に入られやすい国だと思いますよ」
「そう・・でしょうか」
それは、自分が日本に抱いた印象と似ていた
だが自分のそれは、表面上の態度に過ぎない
自分の本質を知れば、この相手はきっと警戒心を抱いてしまうのだろうなと思うと、少し悲しくなった
そこでなぜ悲しいなどと思ったのかは、わからなかった

「少なくとも、私はリンセイ君の事を気に入りましたよ」
日本は、さらりとした口調で言った

「え・・・本当、ですか?」
その口調からして、嘘やお世辞を言っているようには聞こえなかったが、問わずにはいられなかった

「ええ。イタリア君に抱きつかれて、狼狽しているところが面白くて」
「日本さん・・・」
リンセイが少々肩を落とすと、日本は楽しそうに微笑んだ
それにつられて、リンセイも頬を緩ませた
意図的に作った笑みではなく、自然と零れた笑みだった
そして、こんな風に自然に笑えたことにリンセイは幸福感を覚えていた
大きくなるにつれて非情になっていったはずの自分がこうして微笑んだのは、かなり久し振りの事のように思えた


ふとリンセイが逆側に首を傾けると、イタリアがすでに寝息をたてて眠っていた
眠ってしまっていると言っても、体にまわされている腕は固定されていて引き剥がせなかった

「そろそろ、私達も眠りましょうか。長い間連れ回してしまったので、お疲れでしょう」
「あ、はい。でも、おかげで日本の文化の片鱗を知ることができて、とても有意義な時間でした」
マニュアルに沿っているような、ありきたりな返答だったが、本心だった
どうやら自分は観光が好きなのか、ちっとも面倒だとは思わなかった
上司の命令なんて忘れてしまいたいと、何度思ったことだろうか
そして、何を気にすることもなく、彼と友人になれたらどんなにいいだろうかと思うばかりだった

「興味を抱いていただけるのは、喜ばしいことです。よろしければ、またおいで下さい」
リンセイにとっては、日本のその言葉がまさに喜ばしいことだった

「はい。ありがとうございます」
こんなに短時間で気に入られ、ここまで事が上手く運ぶとは予想外だった
これで、日本とイタリアにはいつでも視察に行くことができる
そうやって交流を交わしていき、あわよくば日本と友人になりたいという願望があった
国として同盟を結ぶのではなく、利害関係のないただの友人でいたい

だが、こんな事は考えたくはないが、もし敵対することになったとしても、相手の情報が多ければこちらが有利になる
この二国と敵対することになりたくはないが、それは上司が決めることなので何も言えない

「それでは、お休みなさい、リンセイ君」
日本がそう言って目を閉じたので、リンセイも「お休みなさい」と言って瞼を閉じた




―後書き―
読んでいただきありがとうございました!
二話目でまさかの分割、相変わらず文章が長いです(汗)
ここからは、日本のターン、イタリアのターン、先にふっと思いついたほうを書いていくので
どんな更新頻度になるかはあやふやです
今はヘタリアにかなりはまっているので、冷める前に何とか終わり方を思いつきたいと思ってます