ヘタリア #3

―昔のままで―

リンセイとイタリアが日本の家に泊まった翌日
リンセイは中々起きないイタリアの腕から何とか逃れ、日本に挨拶をして自国へ帰っていた
一応、上司へ報告をしておかないと、何を言われるかわからない
平穏な雰囲気の日本国から、自国へ戻るとなると嫌気がさしそうだった

リンセイの国は軍事力で統制されているようなものなので、街じゅうに警備の兵がいる
一応、国民は不便なく暮らせるようにしているが、勿論不満を持つ者もいる
併合した小国が多いからか、力で無理矢理ねじ伏せた事に憤りを感じている者もいるようだった
そんな者達が暴動を起こさぬように、四六時中兵が見張っている
そのおかげで治安は悪いほうではないが、その雰囲気はぴりぴりとしていて、あまり居心地の良いものではなかった

そしてリンセイは、厳重に警備された上司のいる豪華な部屋へ入った
部屋の中で存在感をかもし出している大型の机の前に、上司は座っていた
リンセイは上司に向かって一礼すると、すぐに報告を始めた
こんな事はさっさと終わらして、また他国へ行ってみたかった

その報告内容は、こんな感じだった
イタリアも日本も軍事力はからっきしで、この国には役立ちそうにない、と
こう言えば上司は興味を無くし、その国をいさかいに巻き込むことはなくなるだろうと思ったゆえの報告だった
上司が興味をなくしてしまえば、視察という名義でその国へは中々行けなくなるかもしれなかったが、
戦いに巻き込むよりはましだと思った

その報告を終えたとたん、上司はリンセイの予想に反する事を言った
それは、その二国への視察を徹底的にしろ、という指示だった
軍事力も無いこの二国の視察をなぜ命ぜられたのかわからなかったが、はいと答えるしかなかった
報告が終わると、リンセイはすぐに部屋を出た
上司の意図などわかりはしなかったが、これでまた二国に会える機会が増えたと思うと、喜んでいる自分がいた
それならば早速イタリアのところへでも行こうかと、その国へ足を進めた




イタリアの領地に来ると、がらりと空気が変わるのがわかった
自国のように緊迫している空気ではなく、穏やかな空気に
それが何とも心地良かった

まずはイタリアを探そうと街に出ると、なぜか人の注目を浴びた
行き交う人々が、こちらを見ている
まさか、自国の悪い噂でも流出してしまったのだろうかと思い、緊張した
そこへ、一人の女性が話しかけてきた

「あの・・・もしかして、リンセイさん?」
やはり国の情報が知られているのか、見知らぬ人に名を呼ばれた

「そうですが、なぜ僕の名を?」
まさか、のんびりとしている雰囲気はカモラージュで、
本当は情報収集に抜け目のない情報国家なのではないかという予想がよぎった
本当にそうだとしたら、上司から大目玉をくらってしまう
それは、相手の事を見抜けなかった自分の責任なので何も反発できないのだが

「イタリアに聞かれたの、探してる人がいるって。
何個もその特徴を皆に言ってまわってたから、もしかしたらあなたかなあって思って」
だから道行く人々が僕の事を見ていたのだと、これで納得がいった
もしかしたら、その情報が不適格なものゆえに、人々ははかりかねていたのかもしれない
それにしても、今朝別れたばかりだというのに、何か急な用事でもあるのだろうか

「あ、噂をすれば、また聞きにきたみたい」
女性の向いた方向を見ると、遠くの方に人影が見えた
まだ遠いのでよく見えなかったが、その人物はこちらに気付くと突然駈け出して来た
それは間違いなくイタリアだろうと思った僕は、とっさに逆方向へ走り出した
こんな街中で抱きつかれたら、注目を浴びるに決まっている
他国であまり目立つ行動をしたくなかったリンセイは、住宅が少なくなっていく方向へと走った




人気のない草原に来たリンセイは、周囲に人気がないことを確認して足を止めた
結構な距離を走ったのでついてこれていないかもしれないと思ったが、背後で足音がした

その音に振りかえると、イタリアが少々息を切らして立っていた
意外と体力があるんだなと感心した瞬間、イタリアに思い切り飛びつかれた
抱きつく、ではなくて、飛びつかれた
突然、イタリアの全体重がのしかかってきて、それを支えきれなかったリンセイは草の上に倒れた
青空を見上げる形になり、何事かと驚いた

「・・・イタリア、何か・・・あったのか?」
リンセイが尋ねても、イタリアは答えなかった
返答のかわりと言わんばかりに、強くリンセイに抱きついていた
リンセイは言葉を急かすわけでもなく、イタリアを落ち着かせるようにその背中を撫でてやった

「どっか・・・のかと・・・・・・」
断片的に、わずかな声が聞こえてきた
イタリアにしては珍しく、聞き取りづらい声だった

「イタリア、何か言いたいのか?」
子供をあやすように背中をさすると、少し安心したのかイタリアが言葉を続けた

「どっか・・・行っちゃったのかと・・・・・・
また、俺の知らないとこに行っちゃったのかと思った・・・」
驚いたことに、イタリアの声は震えていた

「イタリア・・・」
そんな声を聞いて、とたんに切なさを感じた
それと同時に感じたのは、庇護欲だった
初めてイタリアの弱弱しいところを見たからか、ほとんど反射的にその背を抱きしめていた

「リンセイ、朝起きたらいなくなってて・・・
だから、すぐ日本の家飛び出して・・・すっごいたくさんの人に聞いて・・・」
「それは、君が中々起き・・・」
起きないからだと言おうとしたところで、リンセイは言葉を止めた
イタリアを咎めることなど、できない

過去に自分が勝手にイタリアの前から去った事を、彼は今でも気に留めている
そして、必死になって探してくれた
こうして声が震えるほど、心配していたのだ


「リンセイ、もういなくならないよね?
前みたいに、俺の知らない所へ行っちゃわないよね?」
イタリアは顔を上げ、泣き出しそうな顔で訴えた
その表情を見たとたん、僕は大きな罪悪感にみまわれた
中々起きない彼を放って帰った時は、さしてそんな事は思わなかった
だが、彼の泣き出しそうな顔を見たとたんに、無理にでも起こして一言でも告げていけばよかったと後悔した

「大丈夫・・・大丈夫だ、イタリア。僕はもう、勝手にいなくなったりしない・・・」
リンセイは、軽くイタリアの背を叩いた
彼は、僕が突然いなくなることをこんなにも恐れている
その恐れをこの不確定な言葉で和らげることができるのなら、何度だって言おう

僕がその言葉を、信用を裏切ってしまう時は来てしまうかもしれないけど
今はただ、彼を安心させてあげたい
そんな、泣き出しそうな顔は見たくない
いつものイタリアに戻ってくれるまで、どんな美辞麗句でも言うつもりだった


「・・・・・・リンセイ」
イタリアは、今度は真剣な表情でリンセイを見た
そんなに真剣な眼差しを向けられるのは、初めてのことだった

「キス、していい?」
そんなことをそんな表情で言われたものだから、リンセイは慌てそうになった
イタリアが言うキスは挨拶の中に含まれるものだと知っていたが、こうして面と向かって言われると、一瞬どきっとした
リンセイは、イタリアが許可を求めるなんて珍しいと思いつつも、「いいよ」と返事を返した

一言そう言うと、イタリアは嬉しそうに笑ってリンセイに顔を近付けた
その表情を見て、リンセイは安堵した
両頬に軽く唇をつけるだけで、イタリアがこんなにも嬉しそうな表情をするのなら、この行為も悪くはないかもしれないと思った
だが、リンセイがそう思った矢先、目を見開くことになった

「・・・っ!?」
自分の唇に、柔らかくて温かいものが触れている
目の前には、すぐ近くに目を閉じているイタリアの顔がある
イタリアが口付けたのは、予想していた頬ではなく、唇だった

リンセイは目を見開き、驚愕のあまり息が止まった
突然の出来事に混乱し、何をされているのかすぐには理解できなかった
唇に触れていた感触が離れた瞬間、やっと自分はイタリアと口付けたのだと判断できた


嫌悪は感じなかった
ただ、驚いていた
まさか、これも挨拶の一貫なのだろうかと、訝しんだ
イタリアには、友人にこんなキスをする習慣があるのだろうかと
いや、あるのだろう。そうでなければ、このキスの意味が説明できない
なぜかそんな風に、確定的になっている自分がいた



イタリアが離れた後、リンセイは茫然としてその相手を見上げていた
そうして驚きを露わにしたまま動けないでいると、イタリアは再び同じ個所に唇を重ねた
今度は鮮明に唇から伝わる感触を感じ、リンセイはたまらず目を閉じた
いつの間にか動悸がしていて、相手の顔を見る事ができなくなっていた
その口付けは、一瞬離れたと思っても、再び同じ感触を何回も与えた
同じ個所が、一回、また一回と重ねられる度に、リンセイの心臓が跳ねた

体温が上がり、頬が染まる
条件反射にも近いこの体の反応を抑えられない
驚愕、緊張、動揺、その他もろもろの感情が入り混じり、ひときわ心音を高鳴らせていた



何回、それが繰り返されただろうか
回数を数えている余裕などなく、ただ唇に触れるものの感触を感じていた
それが途切れたタイミングでうっすらと目を開いてみると、イタリアは上半身を起こして遠くを見ていた
リンセイも起き上がり、イタリアと視点を合わせた
お互いはじっと視線を合わせ、そして黙っていた

何と声をかければいいかわからない
こんな行為をした後、どう会話を切り出せばいいかわからない
これは、イタリア式の約束の印なんだよーと、へらへらとした表情で言ってくれれば、
こんなにも戸惑い、混乱する事はなかったと思う

僕は、その行為の意図がわからないからこそ、動揺してしいる
この気まずい沈黙を、僕から破るべきだろうか
これは、イタリア式の挨拶か何かなのかと、確認すべきだろうか
それとも、驚いたけれど嫌じゃなかったと、感想でも述べるべきだろうか


「あ、あのっ」
そうこう考えている内に、イタリアのほうが口を開いた

「俺・・・確かめたかったんだ。リンセイが、ちゃんと俺のところにいてくれるって・・・」
その言葉を聞いて、リンセイは考えた
イタリアは、ハグやキスをしても、相手が自分の事を拒んで離れていかないという事を確認したかったのかもしれない
いきなりあんな事をされたら、イタリアを友好的に思ってない者ならすぐさま突き飛ばすだろう

だけど、僕はそうはしなかった
スキンシップが何よりも好きなイタリアにそんな事をしてしまったら、きっと傷つくと思ったからだ
そこから、イタリアは、そんな風に自分を受け入れてくれるという事を明確にしたかったんだと、そう推測した

それなら、別に戸惑うことはない
さっきの行為はただ、相手が自分を受け入れて、離れないでいてくれるという事を確かめる為の行為なのだから
そう結論を出したリンセイは、落ち着きを取り戻した
何としても先の行為の意味を考え、結論を出さないといけないという、焦りもあった
平静になったリンセイは手を伸ばし、イタリアの髪を撫でた


「僕は、君の傍にいる。勝手にいなくなったりしないよ」
もう一度、誓うように言った
イタリアはその言葉と髪を撫でる手に安心したのか、いつものように無邪気に笑った
そんな表情を見ると、彼は姿形は大人になったものの、心はまだ純粋無垢な子供のままなんだと思う
それなら、裸で抱きつかれようが、積極的なスキンシップをされようが、気にすることはないのかもしれない
それは、子供の純粋で本能的な行動、特別な意図があってそうしているわけではない

今まで抱きつかれるたびに、初恋の人という言葉が脳裏をよぎっていたが
これからは、そんな言葉は気にするだけ気苦労だというものかもしれない
彼はただ純粋に、僕を好いてくれている
そして、その相手に触れたいと思うのはごく自然なこと
イタリアにとっては、触れるたびに相手が狼狽するほうがおかしいのだ

「約束だよ、リンセイ」
イタリアはそう言うと、リンセイの手を取って立ち上がった
手を引っ張られ、リンセイも立ち上がる

「ね、今からパスタ食べに行こうよ!俺、お腹すいた〜」
さっきの悲しそうな表情が信じられないような、明るい表情だった
リンセイは微笑んで、それを了承した

昔も、よくこうしていろんな所へ引っ張られて行った
今もそれは変わらない
あわよくば、ずっとこの友好関係が続いてほしい
そう、切に願った




―後書き―
読んでいただきありがとうございました!
イタリアは積極的なのでいちゃいちゃ(死語)させやすいです
地理弱い管理人なんで、国々の風土がよくわかってませんのでご了承をorz