ヘタリア#4
―緊張感―
日本時刻の夜八時
リンセイは、日本の家の前に来ていた
自分には、これは視察の一環だと言い聞かせて来たが
ただ、もう一度日本に会いたかっただけだと気付いていた
明かりがついているので、日本が居るのは間違いないのだが
玄関の前で中々扉を叩けないでいた
相手は自分よりかなりの年長者で、礼儀をわきまえないといけない存在だから緊張してしまっているのかもしれない
その緊張は確かにあったが、自分にはそれだけでは説明できないものがある気がしていた
だが、緊張しているにしても、ずっと立ちっぱなしでいては日本に会うことすらできない
意を決して扉を叩こうとした瞬間、突然その扉が横に開いた
リンセイは驚き、とっさに扉を叩こうとしていた手を引っ込めた
「玄関口に誰が立っているかと思えば、リンセイ君でしたか」
思いもよらぬタイミングで日本が出てきたので、リンセイは一瞬言葉を失ってしまった
「どうぞ、お入り下さい。お茶でもお出ししましょう」
「あ、はい、失礼します」
リンセイは、緊張が拭えぬまま日本の家へ入った
部屋に通されると、リンセイはこの前日本から学んだ「正座」という形で座り、日本を待った
この座り方はとても凛として見えるし、まさに礼儀正しい姿という風に思えたので参考にさせてもらった
前は、イタリアがいたから緊張することはなかったのだが
今はこうして単身で訪れているせいか、やけに緊張感がある
イタリアには場の雰囲気を和ませる性質があるんだなと、改めて思った
「お待たせしました」
日本が以前と同じ、独特な入れ物に茶を入れて持ってきた
リンセイは、「ありがとうございます」と言い、熱めの茶を一口飲んだ
日本が部屋に入って来ただけで、その場の凛とした雰囲気がさらに研ぎ澄まされる感じがした
リンセイと日本は手にしていた器を置き、お互い向き合った
だが、言葉が出てこなかった
イタリアと居る時は、相手のほうからぽんぽん話しかけてくるのだが
こちらから話すとなると、自分はあまり話題を持っていないのだと気付いた
ただ、無計画に日本に会いに来たわけではないはずだった
しかし、なぜか日本に会いに来たその理由が、どこかへ飛んで行ってしまっていた
凛とした雰囲気の中に、沈黙が流れる
何か話したほうがいいと思えば思うほど、話題が浮かんでこない
そういえばイタリアと居た時、お互い珍しく黙っていた時も、イタリアのほうから沈黙を解いてくれた
自分は、思った以上に口下手なのかもしれない
「どうぞ、そんなに緊張なさらないで下さい」
日本が優しい口調でそう言ってくれたが、こうして向き合っているだけで緊張してしまう
今までほとんど他国との交流がなかったせいで、自分はずいぶんと人見知りになってしまったのかと訝しんだ
それでも、日本に会いたいという気持ちはあった
何が自分にこんな矛盾をもたらしているのか、よくわからなかった
「リンセイ君。よかったら、お風呂にでも入りませんか?緊張が解れると思いますよ」
「え・・・い、いいんですか」
そこで、リンセイはふと思い出した
ここへ来た目的は、日本に会う他に、露天風呂というものに入らせてもらいたくて来たのだと
日本がその目的である事を言ってくれてありがたかったが
同時に、どうしてそんな事を思い出せなかったんだと、自分を叱咤していた
そしてまだ緊張は拭えぬまま、日本の後について行き、二人は露天風呂へ向かった
二人は脱衣所へと移動し、服を脱ぎ始めた
日本はさして相手の事を気に留めていないようだったが、リンセイはまた違う緊張感を覚えていた
イタリアが居た時は、ここでもこんな緊張感はなかったというのに、今は動作が硬くなっている気がする
イタリアは、こんな緊張を吹き飛ばしてしまうほど、お気楽で、マイペースで、時たまうらやましいと思う
今がまさにその時だった
そんな事を考えている内に日本は先に外へ行ってしまったようで、脱衣所には自分以外いなくなっていた
リンセイは前と同じくタオル一枚だけを身に着けて、外へ出た
今日も天井は真っ黒で、ちらほらと星が見えていた
風が吹くと少し肌寒さを感じたので、リンセイは湯船に浸かった
日本は少し奥のほうで湯に浸かっているようだった
湯気ではっきりとその姿は見えなかったが、やはり白い肌が目に留まる
こちらから相手がはっきりと見えていないのだから、それは相手も同じだろうと思い、リンセイはじっとその姿を見ていた
こんな遠巻きからではなく、近付いて、間近で見ればいいじゃないかとも思う
そう思うのだが、なぜか湯船に浸かったその位置から、少しも日本に近付けないでいた
こんな時、やっぱり自分は人見知りをしているんだなと思わされる
それとも、相手を無意識の内に警戒してしまっているのかもしれない
イタリアと別れてから、友達づきあいというものをしたことがなかったので、
どこまで近付いていいものかわからないのも理由の一つだった
彼と友好関係を結びたい、そう思っているからこそ不注意に踏み込めないでいるのかもしれなかった
そろそろ熱くなったのか、ふいに日本が立ち上がった
もう出て行ってしまうのかなと思ったが、日本はリンセイの隣に来た時に、その場へ腰を下ろした
さっきまで遠巻きに凝視していた相手がすぐ近くに来て驚き、リンセイはさっと視線を逸らした
「気に入っていただけましたか?」
日本はリンセイのそんな様子を訝しむことなく話しかけた
「あ、はい、それはもう、勿論です」
リンセイは日本の方に視線を戻して答えた
少し動揺してしまっているのか、繋ぎのおかしい言葉を使ってしまった
その言葉は、この露天風呂にも、そして目の前に居る相手に対しても向けられた言葉だった
今度ははっきりと、相手の素肌が見えている
白いその肌は一切軟弱には見えず、それよりも綺麗だという印象がとても強かった
男性に対して、綺麗だとか、かわいらしいといった言葉は褒め言葉になっていないかもしれなかった
だが、その言葉以外で相手を形容する方法が浮かんでこなかった
今までは警戒対象としてしか他国を見てこなかった自分が、注意深く観察するわけでもなく、ただ相手を見ている
ああ、これが見惚れるということなんだなと、今わかった
あわよくば、子一時間でも見続けていたいと思う
そう思う事が、相手に見惚れているという事実を確固たるものにしていた
こんな心中を知られたら、とたんに日本は自分の事を警戒するかもしれないと思っていても
リンセイは日本の方を向いたまま、視線を動かせなかった
「リンセイ君の君の国は、どのような所なのですか?」
日本にそう尋ねられ、リンセイは我に返った
人前でも考え事に没頭してしまうのは、悪い癖だった
「僕の国は・・・かなり、空気が張り詰めています。
どこもかしこも見張りの兵がいて、いつも監視されている感が拭えない国です」
友好関係を築きたいと思っている相手に、自国の悪いところを言うのは間違っているのかもしれなかった
だが内容はどうあれ、これは嘘偽りない自国の状況
下手に美辞麗句を使ってまで、自国の印象を無理に良くしようとは思わなかった
たとえ悪印象を持たれたとしても、ずっと自分が存在し続けてきたその地を、そのまま伝えたかった
「だから、イタリアや日本さんの所へ行くととても穏やかな雰囲気を感じて・・・肩の力が抜けて楽になるんです。
でも、自国を誇りに思っていないわけでもないんです」
見張りの兵なんていない、この国はとても自由に思えた
自国が不自由というわけではないのだが、監視の目がそこらじゅうにあるせいで、自分の一挙一動に注意を払ってしまうのが癖になっていた
いつも誰かに見られている気がして、安心感をそがれている現状があった
だが、その監視体制のおかげで攻め込まれることなく治安が保たれているのも事実だった
そしてその治安を保つ為に、屈強な兵を鍛練することに対しても抜け目がない
小国だった国が、軍事力によって大きくなった要因がこれだった
その、屈強で真面目な兵達の存在が、誇れるところだった
「国には、良いところも悪いところもあるものです。
私の国も、確かに、穏やかかもしれませんが・・・」
日本は少し口ごもった
どこの国にも誇れるところがあれば、負い目となるようなところもある
日本は今、それを思っているのかもしれなかった
「そ、そろそろ上がりませんか?あまり長く入っていると目眩がしてしまいますし」
話題が気まずいものになりそうなのを恐れたリンセイは、とっさに提案した
「そうですね。のぼせてしまっては、後々辛なりますますからね」
リンセイの提案に同意して、二人は露天風呂から出た
脱衣所で体を拭いて着替えようとしたところに、日本が楽そうな服を持ってきてくれた
リンセイはお礼を言ってその服に着替え、日本と共に涼しげな和室へと移動した
部屋に着くと、日本はてきぱきと手早く布団を敷き始めた
リンセイが手伝う間もなく、部屋の真ん中に二組の布団が敷かれた
いつもベッドで寝ているリンセイは、その手際の良さに感心していた
風呂上がりは特にする事もないので、二人は早々に布団に横になった
部屋の電気が消えると、窓からの月明かりがよく見えた
これが日本風に言う、風流ということなんだなと感じた
「リンセイ君」
すぐ隣から名前を呼ばれ、日本の方を向いた
枕一つ分の空間があるとはいえ、今日一番接近している距離だった
「今度、リンセイ君の国にお伺いしてもよろしいですか?」
「僕の国に・・・ですか」
リンセイは、すぐに了承することはできなかった
「もし都合が悪ければ結構ですよ。国の事情は色々とおありでしょうから」
日本はリンセイを気遣うような口調で言った
「いえ、都合が悪いわけじゃないんです。
ただ、僕の国には目立った観光地や名物が全くないんで・・・退屈させてしまうかもしれません」
軍事にしか興味を示さなかった自国には、名物どころか娯楽もなかった
不自由なく暮らせるようになったら、そこで生活面の発展は終わった
日に日に進歩し、改良されてゆくのは軍事関係の事ばかりだった
そんな国に新しい娯楽や名物を生み出すなど、考えられもしないことだった
「それでも構いません。私は、リンセイ君の国を知りたいんです」
そう言われた瞬間、とたんに「嬉しい」と感じた
軍事力しかとりえがないと言っても過言ではない自国を、知りたいと言ってくれた事を、喜ばしく思った
「じゃ、じゃあ、また、都合のいい日をお伝えします」
何なら明日でも良かったのだが、客人をもてなすなんてしたことがなかったので、その方法を考える時間が欲しかった
「はい。楽しみにしています」
その、楽しみにしているという言葉は、日本で言えば社交儀礼的なものにすぎなかったのだが
リンセイにとってはかなりのプレッシャーを与える言葉となった
楽しみにしてくれているのならば、何が何でも退屈させてはならないと
そんなプレッシャーを相手に与えてしまった事など、日本は気付くよしもなかった
そして、日本は仰向けになると、「お休みなさい」とリンセイに言った
リンセイは多大なプレッシャーを受けつつ、とりあえず自分も同じ言葉を返して上を向いた
日本は、僕の国に期待している・・・
期待するようなものなど、何一つないというのに
国には、日本のような独特なものや、イタリアのパスタといった目立った名物もない
自国といえば、張り詰めた空気、多数の見張り兵、多大な軍事力ぐらいしか思いつかない
これで一体、どうやって客人をもてなせばいいというのか
こんな事を考えているからか、眠る体制になっているのに目は冴えていくばかりだった
しばらくした後、隣を見ると、日本はもう規則的な寝息をたてているようだった
相手は小国とはいえ、知り合って間もない相手にこんな無防備でいいのかと思う
そんな無防備な相手を見ていると、ふいに手を伸ばしたくなる
別に物騒な事をしようとしているわけではない、ただ触れてみたくなる
イタリアの場合はいつも抱きついてくるので、そう思う暇はなかったが
こうして端正で穏やかな寝顔を見ていると、やはり手を伸ばしたくなる
なぜか、そんな衝動が、生まれてくる
少しだけ、少しだけ触れてみようと、リンセイは日本の首に指先を伸ばした
安眠している相手を起こさないように、慎重に首の側面に触れる
指は人差し指と中指の二本しか触れていなかったが、それでも相手の体温が伝わってきていた
するとなぜか、自分が再び緊張していくのがわかった
他者に触れるということは、こんなにも緊張する事なのだろうかと、疑問に思った
日本が起きないのをいいことに、リンセイはそのまま相手に触れている感触を感じていた
しばらくはそうしていたが、少し経つと、また欲が生まれてきていた
もう少し、相手に触れたい
もう少しだけ、手を伸ばしてみたいという、そんな欲求が
日本は、まだ寝息をたてているようだった
リンセイは少しためらい、首に触れていた指を離した
だが、すぐに手を伸ばしていた
リンセイはまたもや慎重に、相手の頬に掌をそっと重ねた
温かく、そして柔らかな感触が掌全体に伝わる
緊張感のせいか、胸が高鳴ってくる
相手が起きてしまったらどうしようかと思ったが
それ以上に、もう少し触れていたいという気持ちのほうが大きかった
彼に触れていると、不思議と安らぐ気がする
それとも、人は他者に触れるとそう思うものなのだろうか
心音は、まだ早い
緊張感によってもたらされるものとは、どこか違う感じがする
この早い心音は、むしろ情緒的なもののような
はっきりとした明確な表現はできなかったが、それは不快なものではなかった
またしばらく、リンセイはしばらく日本の頬に掌を重ねていた
流石にそろそろ眠たくなり、名残惜しかったがその手を離し、仰向けになった
また、機会があれば
機会と言っても、お互いイタリアと違ってスキンシップの少ない国なので
こうしてこっそりと触れることしかできないと思うが
こんな機会が再び訪れればもう一度、彼に触れたい
そんなことを、リンセイは考えていた
―後書き―
読んでいただきありがとうございました!
続くかわからないとか言いつつ、何だか結構続きそうな予感がしてきました
インフルエンザで大学が休みになってくれれば、続きがハイペースで書けるのだが・・・!←不謹慎
これからはしばらく、ヘタリア小説まっしぐらになりそうです