ヘタリア #5

―社交儀礼と気遣い―

日本がリンセイの国を訪れたいと言ってから、早一週間
リンセイは毎日悩んでいた
軍事力しかとりえがないと言っても過言ではないこの国で、どう相手をもてなせばいいというのか
この国の名物は見張りの兵、と言うわけにはいかない

一週間、国を隅々まで見てまわったが、やはり収穫は無かった
元々、一か所だけ案内するあてはあった
しかし、そこも日本からしてみればごく平凡でつまらない所だろう
案内する所がそこしかなくとも、これ以上待たせては無礼というもの
リンセイは頭を抱えたが、明日以降ならいつでも歓迎しますという連絡を日本へ送った




連絡後、日本は次の日すぐにリンセイの国を訪れていた
常時監視体制がおかれているこの国は、簡単に他国の侵入を許さないので
リンセイは国へと通じる門の前で、日本とおちあった

「お招き、ありがとうございます。今か今かと、待ち望んでいました」
日本は、社交儀礼的な挨拶を交わした
リンセイの目の前にいるその相手はとてもきっちりとした、白い正装を着ていた
その服装は、日本の凛とした雰囲気をさらに引き立てているように見えた

「期待に添えるほどのものはありませんけど・・・ま、まあ、行きましょうか」
リンセイが厳重そうな門の前に立つと、重い音をたてて扉が開いた
門の側にいた兵は、進入してきた二人をちらりと見たが
それがリンセイだとわかると、規則正しく素早い動きで敬礼を向けた
リンセイも軽く敬礼を交わし、日本はぺこりと頭を下げると、二人は並んで街中へ進んで行った




街の中へ入ると、無数の視線が二人に注がれた
他国からの訪問客を珍しそうに、中には訝しげに見る者もいた
だが、隣にリンセイが居ることで訪問客は危険人物ではないと判断したのか、視線は散布していった

「・・・驚きましたか?この国に来客が来ることは、とても珍しいんで・・・」
自分が日本やイタリアを訪れた時は、住民から気に留められないほうが意外だった
日本も、自国との雰囲気の違いに驚いたかもしれない

「いいえ。特に気になりませんよ」
その言葉は、本当に気にしていないように思えたが、気を遣ってくれているようにも聞こえた
「じゃあ、とりあえず・・・国の中で、一番大きな街をご案内します」



門からひたすら真っ直ぐ進んでいった所に、その街はあった
建物がだんだん大きくなり、それにつれて警備の兵の数も増えていった
その多さといったら、視界に兵が入らない角度なんてないというほどだ
そこは、上司が住んでいるところでもある大規模な街だからだ

外を歩いている住民はほとんどいず、民家も少ないようだった
雑貨店や食料品店はちらほらあるが、店の前には必ず警備兵が居た
洒落たオブジェや装飾品はなく、建物しかない殺風景な街
ここが、この国で一番監視の目が厳しく、空気が張り詰めている街だった
そのせいで、この街に住む人はおろか、歩行者もほとんどいない
店や建物は、国の高位な人にしか利用されていないという現状だった


「ここが、最も警備が厳重な街です。
言わなくてもわかるかもしれませんが・・・あれが、上司の家であり、僕の家でもある所です」
リンセイは自分達の正面にある、ひときわ大きな建物を指差した
その建物も巨大ではあるものの、作りはそこらの店となんら変わりなかった
他と違うところは、その建物は自分の背丈ほどの塀で囲まれていることと
ただでさえ多い警備兵が、異様なまでに配備されていることだった

塀のまわりには、きっちり5メートル間隔で兵が整列している
入り口部分の門の両脇にも兵がおり、じっと正面を見ていた
門の隙間から見える内部にも、巡回している兵の様子がちらちらと見えていた


「流石、国の主が住んでいるだけありますね。想像以上でした」
その言葉にリンセイは、やはり不快感を与えてしまったかと気が落ち込んだ
日本は物言いが優しいがゆえに、オブラートに包んだ事を言う傾向があるので
リンセイはその言葉を、想像以上の視線にさらされて、落ち着かないという意味が含まれていると解釈していた

「じゃ、じゃあ、ここは特に見るものもありませんし、今度は落ち着いた場所へ案内します」
リンセイは、視線が張り巡らされる街を出ようと早足になった
リンセイがどこか焦っているのを感じたのか、日本もその早いペースについていった




何度も道を曲がり、人気のない裏路地を通り、警備兵の目をかいくぐった先
そこにあったのは、黄土色の草原だった
草の背は、自分の腰ほどまである
草原は結構遠くまで広がっており、風が草を揺らしていた

「ここは、国の中で僕が唯一安心できる場所なんです」
その一番の理由は、兵がいないことだった
さっきまではどこを見ても兵がいたというのに、ここには誰一人配備されていない
兵どころか、住民一人さえもいないようだった

「なるほど。ここは監視の目がないので、空気が穏やかですね」
初めて訪れた者でもわかるくらい、街中とこの場所との雰囲気は違っていた

「そうなんです。でも、もっと気が楽になる場所があるんです」
リンセイは草を掻き分け、草原の中を進んで行った
少し進んだ所で足を止めると、周囲の草を足で押し潰し始めた
日本は、一体何をしているのだろうとじっとその様子を観察していた


リンセイが自分の周囲にある草をだいたい平らにし終わると、そこだけぽっかりと穴が空いたようになった
そしてリンセイがそこに腰を下ろすと、草原に阻まれその姿は完全に見えなくなった
日本も草を掻き分け進み、空いたその空間に入ると、リンセイは寝転んで空を見ていた
同じようにして日本もそこに寝転ぶと、固くも柔らかくもない草の感触を背中に感じた

「僕は、ここでこうして寝転がるのが好きなんです。
ここなら、誰の目にも留まらずに物思いにふけることができる・・・」
目を閉じると、耳元で風に吹かれて擦れ合う草の音が鮮明に聞こえてくる
緊迫した空気など微塵も感じない、自然な空気がここにある
国のことを隅々まで知っている自分にしか、この場所は知られていない
もし誰かが知っていたとしても、草の背が高いおかげで、ちょっとやそっとの事では見つかることはない

誰の目にも留まらないこの空間が、自分だけの憩いの場所だった
日本にしてみれば、こんな穏やかな雰囲気は珍しいものでも何でもなく、普段の生活にあるようなものだと思う
だが、あの張り詰めた空気の街を歩いた後ならば、日本も少しはこの場所の穏やかな雰囲気を感じ取ってくれるかもしれないと思った
勿論、日本にとってはどこにでもあるようなこの空気に、退屈してしまっているかもしれなかった


日本はどんな反応を見せているだろうと目を開いた時、自分の首に何かが触れていた
何かと思い横を向くと、日本が手を伸ばしているのが見えた
そして、その先にある指先は、自分の首に触れていた
驚いた様子で目を少し見開くと、その指は頬へ移動してきた

そして、頬にそっと掌が重ねられた
まるで、以前に自分が、眠っている日本へ触れた時のように

「え、あ・・・」
とたんに、以前のような緊張感が自分の中に生まれる
頬から伝わる相手の体温と掌の感触に、慌てそうになってしまう
リンセイが何か言いたそうに口をもどかしく動かしていると、日本は面白がっているように微笑んだ

「以前、私にこうしてくださったでしょう?それの、お返しです」
日本が笑ったせいか、自分のしていた事がばれていたせいか、とたんに頬がほんのりと熱を帯びる
自分は今、完全にからかわれているのだと感じたが、日本が楽しんでいるのならそれでもよかった
それにしても、他者に触れる時は勿論緊張したが、触れられることでもこんなに緊張を感じるものなのだろうか


イタリアに抱きつかれた時とは、明らかに自分の反応が違っている
裸で抱きつかれたって、こんなに緊張し、熱を帯びることなんてない
だが、相手が違うだけで、こうも反応の違いが生まれるのはなぜなのだろう
そんな時、ふとある考えが脳裏をよぎった
だが、その考えはとたんにかき消え、姿を消した
まるで、それは考えてはならないことであるかのように、自分はその考えを拒否しているかのように思えた


「あ、あの、そろそろ、離してくれると、ありがたいんですが・・・」
離してほしいのなら、自分でその手をどかせばいいことだった
しかし、それができずにいるから困っていた
何なら相手が飽きるまでこうしていてほしいと、そんな事を考えてしまっているところもあった

だが、このままこうしていると、どんどん頬が紅潮していってしまう
そうなる前にこの状況を打破しなければならないと、どこかで警告音が鳴っていた
それは相手を警戒するものではなく、自分自身に発されたものだった

「すいません。リンセイ君を見ていると、その・・少し、慌てた姿が見たくなるんです」
そう言うと、日本は触れていた手を離した

「そ、そうなんですか」
リンセイはぎこちない返事をして、立ち上がった
慌てた姿が見たいとはどういうことなのかと思ったが、やはりからかっているだけなのだろうと思い直した
真面目で、冗談めいたことなどしない印象があったが、意外と遊び心を持っているのだろうか
相手はかなりの年長者、こっちはまだまだ若輩者なのだからそれも仕方のないことなのかもしれない



「そろそろ・・・日が落ちますね」
立ち上がった日本が、遠くを見ながら言った
そこには、どこか物寂しげな雰囲気があった

「あの、リンセイ君」
リンセイが遠くに沈んでいく夕陽を眺めていると、日本がこっちに向き直った

「何ですか?」
今度は日本が緊張しているのか、少し言葉に詰まっているようだった

「今日・・・リンセイ君の家に、泊まっていってはいけませんか?」
何の脈絡もなくそんな事を言われ、リンセイは戸惑った

「え、ぼ、僕の家に?」
からかう様子は無く、いつもの真剣な口調と顔つきで言われ、冗談ではないとすぐにわかった
だから、すぐにまた慌てた

それというのも、自分の家は大きいもののきっちりと部屋配分がされており、まともな空き部屋はない状況だからだった
そうなると、日本を泊らせるには自分の部屋に招くしか方法がなくなる
それはつまり、同じベッドで共に眠ることを意味していた
そんなことを考えたものだから、リンセイは返答に困っていた
少しの間、悩んだ末に出た答えはこれだった

「・・・この国は、ご覧の通り用心深い国ですから、訪問客が泊まるには色々と手続きがいるんです。
だから・・・すみませんが、今日は、無理・・・です」
リンセイは、申し訳なさそうに言った


断ってしまった
手続きなんて必要ない、僕が一言言えば済むことだというのに
動揺して、狼狽して、その末に出した答えだった
僕は無意識の内に、これ以上自分が惑わせられる要因を作りたくないと思っていたのかもしれない


「いえ、急に言い出した私も私ですから」
日本の口調は、優しかった
それゆえに、リンセイは心が痛んだ

「・・・せめて、門の外までお送りします」
それを悟られないように普段の調子に戻そうとしたが、そう早々と気持ちを切り替えられなかった




そうして気が咎めたまま、日本を門の外まで送った
日本は笑顔でお礼を言い、自国へ帰って行った
帰り際に、また来て下さいなどとは、言えなかった
日本が望むなら何度でも迎え入れたかったが、こんな名物も何も無い国に招いても迷惑だろうと思った
相手には珍しいものを散々見せて楽しませてもらい、自分からは相手を何も楽しませられないのがもどかしかった

こうやって自分を皮下していくと、見せてくれた笑顔ですら社交辞令なのではないかと思えてきてしまう
そんな風に、相手を疑ってしまう自分も嫌だった
相手を楽しませられない、満足させられないのならば、友好関係を結ぶべきではないのかもしれない
一方的に与えてもらう関係は、相手に負担をかけるだけ
日本と別れた後、リンセイはそんな暗い事を考えていた―――




―後書き―
読んでいただきありがとうございました!
学校が市からの要請で、やっとしぶしぶ休校になったので自分にしてはペースが早いです
リンセイに触れるとことか、日本にしては結構積極的かもしれません
ですが、管理人は日本受け攻めどっちもいける人なんで、日本には多少攻め思考がありますのでご了承を・・・
最終的に、日本攻めにするか受けにするか悩む19の昼←