ヘタリア #7

―表現できない緊張感―

イタリアを家に泊めてから数日後
とある昼下がりに、電話の音が鳴った
ここに電話をかけてくるのは日本かイタリアしかいないので、リンセイはすぐに受話器を取った
「はい。リンセイです」

「今日は、リンセイ君。今、お時間宜しいですか?」
電話の向こうから聞こえてきたのは、日本の声だった

「今日は、日本さん。またイタリアが何か無茶でも言いましたか?」
半ば、冗談めいた口調で言った

「いえ・・・」
その予想が当たったのか、日本はばつが悪そうに口ごもった
そして少しの間が空いた後、言葉が続けられた

「・・・あの、突然の事で申し訳ないのですが、今日リンセイ君のお宅へ伺っても構いませんでしょうか」
その言葉に、リンセイは目を丸くした
以前、退屈させてしまった、満足させられなかったと思っていたのに
まさかもう一度来てくれるとは、思っていなかった
それだけに、喜びは大きかった

「いいですよ。お待ちしてます」
「ありがとうございます。・・・それでは、後ほどお伺いさせていただきます」
そこで、電話は切れた
リンセイは受話器を置くと、早々に家を出た




電話を終えてから、リンセイは門の前で日本を待っていた
時間指定がなかったので何時に来るのかはわからなかったが、
友人を待つという名目で監視の目から逃れられるのなら、何時間でもここに居るつもりだった
そして、だいたいの感覚で数十分後、遠くのほうに人影が見えた
その人影が日本だとわかった時、リンセイは自らその相手に歩み寄っていた

「今日は、リンセイ君。本当に突然で、申し訳ありません」
日本は、ぺこりと頭を下げた

「いえ、またここを訪れてくれて嬉しいです。相変わらず、行く所は一か所しかありませんが・・・」
「ええ。また、その場所へ案内していただけますか?」
「もちろんです。すぐ、ご案内します」
お気に入りの場所にもう一度行きたいと言ってくれた事が、とても嬉しかった
リンセイはやや早足で、路地裏を抜けた




以前と同じ草原へ着くと、リンセイは早速草を押し潰し始めた
意気揚揚としているのか、そのペースはいつもより早かった
手早く作られた空間が完成すると、二人はそこへ腰を下ろした

「この前、ここにイタリア君が来たんですよね」
日本は前を向いたまま、静かに言った

「はい。突然来たんで、驚きましたが」
リンセイのその言葉に、日本は眉を動かした
そして、少し険しい表情をしてそのまま黙ってしまった


草の擦れる音しかしない時間が流れてゆく
リンセイは自分から何か話そうかと思ったが、日本のその表情を見たとたん、言葉が詰まった
真剣な表情はいつものことだが、今の日本にはどこか険しさがあるのを、一目見て感じた
何か、国で重大な問題でも起きてしまったのだろうか
こんな時明るい話題を投げかけるべきか、それともこのままそっとしておくべきか
そうして迷っていた時、日本がその表情のままリンセイのほうに向きなおった


「リンセイ君。私は・・・貴方にとって、警戒すべき国なのでしょうか」
突然そんな事を言われ、リンセイは目を丸くした
日本の表情は、険しさだけではなく、どこか憂いを帯びているように見えた

「そんなことありません。僕は、日本さんと友人になりたいと思っています」
そう思っている日本を警戒対象にする気など、毛頭なかった
だが、なぜ急にそんな事を尋ねてきたのだろうか
相手がこの国を警戒するのはわかるが、日本国をこちらから警戒する事などない
リンセイは、日本の質問の意図がわかっていなかった


「そう・・・ですか」
日本は正面を向き、また黙った
その声は覇気が無く、やはり憂いを帯びているように感じた

「あの・・・何か、あったんですか?」
国の問題ならば他国が干渉する事ではないのだが、聞かずにはいられなかった
相談に乗ることで友好関係を深めようとしているわけではない
ただ、心配だった

「僕でよければ、相談にのります」
相談されたところで、ただ聞くだけになるだろうなという予想はあった
だが、聞かずにはいられない
なぜ憂いを帯びているのか、それがかなり気になった
リンセイがそう申し出ると、日本は重々しく口を開いた

「・・・イタリア君が、この国に泊まったとお聞きしたものですから・・・」
「ああ・・・確かに泊まって行きましたが、それが・・・・・・」
リンセイはそう言ったところで、息を呑んだ
そして、気付いた
この日本の憂いの原因は、自分にあるのだという事に


自分は以前、日本が泊まっていきたいという望みを断った
突然の訪問客を泊まらせる事はできないという嘘までついて
だが、突然来たにもかかわらず、イタリアは泊まらせた
日本は、その事に気付いている
おしゃべりなイタリアのことだから、何の悪気も無く話したのだろう
それは日本にとって衝撃的な事とも知らずに


「僕が、イタリアを泊まらせたから・・・」
半ば問い掛けるようにして、リンセイは呟いた
日本の耳にその呟きは届いていたが、何の反応もなかった
相変わらず黙りこくって、遠くを見ているようだった



沈黙が流れる
さっきまで平気だった空気が、重々しく感じられてくる
弁解できるものなら、言い訳できるものならしたかった
だが、緊張してしまったから泊らせられなかったと言ったところで、それは警戒の意としてとらえられるだけだろう

うまい言い訳を、他の言葉で代弁できない
緊張していた、この事実をくつがえす事はできない
自分でもわからない緊張感を、どうして説明できようか

だが、決して警戒していたわけではない
その事実だけは、どうしても証明したい
その意思が、沈黙を破った


「僕は確かに、貴方の宿泊を断りました。・・・でも、警戒していたからじゃないんです」
その言葉を訝しんでいるのか、日本は無反応だった
単なる美辞麗句としてとらえられているのかもしれない
だが、これ以上、説明できなかった


感覚として、何となくしかわかっていない不明瞭な緊張感
それを言葉にすることはできないと、自分でわかっていた
なら、どうすれば証明できるだろうか
相手を警戒しているわけではないという事実を
イタリアなら、初対面の相手でも警戒心を抱かせる事なんてない
それは、彼があっけらかんとしていて、人懐っこくて、そして・・・

イタリアの言動を考えている内に、リンセイは一つの方法を思いついた
その方法が日本に対して有効かはわからない
もしかしたら、逆に相手から警戒されてしまう要因になる可能性もある
それでも、相手の誤解を解ける可能性があるのなら、それを試したかった
正直、自分が実行できるのかもわからないその方法
今は、その方法しか思いつかなかった


リンセイはふいに日本の方へ寄り、その細腕を掴んだ
日本はこれには流石に反応を示し、リンセイの方を向いた

「・・・証明してみせます。僕が、日本さんを警戒していないということを」
リンセイは日本の腕を引っ張り、半ば無理矢理立ち上がらせた
そして、草を掻き分けて歩き始めた
日本はリンセイの突然の行動に驚いてはいたが、掴まれている腕を振り払う事はなかった




リンセイが日本を連れて来た場所は、自室だった
何事かと思い、ちらちら見てくる兵達の視線を気にしている場合ではなかった
証明してみせる
今のリンセイは、この思いだけに突き動かされていた

イタリアが来てから、まだ来客用の家具は何一つ購入していなかったので、前のようにベッドに二人して座った
そこでやっと戸惑いが生まれたが、それに構っている暇は無かった
あの不明瞭な緊張感が生まれる前に、早く行動をしなければならなかった

「・・・失礼・・・します」
途切れがちの言葉で呟くと、リンセイは掴んでいた日本の腕を勢いよく引っ張った
いきなり加えられた強い力に反応できず、日本はバランスを崩した
そしてそれを、リンセイが受け止めた

「リ、リンセイ君」
さっきまでほとんど無表情だった日本は、思わず狼狽を示した
バランスを崩した日本はリンセイの方に引き寄せられ、そのまま相手の両腕の中におさまっていた
そうして日本を抱き寄せると、リンセイは後ろへ倒れた
日本も同じく倒れ、リンセイの上に乗っかっている形になった


これが、リンセイが思いついた方法だった
イタリアは、遠慮する事無く他者に触れる
そのスキンシップが、警戒を解く一因となっているのではないかと考えたゆえの行動だった
実際、イタリアに触れられる事で、いつの間にかそれを警戒する事はなくなっていたし、イタリア自身を警戒する事もなくなっていた

自分自身、思い切った事を思いつき、そして行動したと思う
その行動をしている今、あの緊張感が湧き上がって来ている
相手との距離がこんなにも近く、こんなにも密接になっている
礼儀を重んじる日本に対しては、無礼千万といった行為かもしれない
イタリアとは違い、スキンシップなどほとんどしない国にこんな事をしては、失礼極まりないかもしれない
だが、今感じている緊張感は、非礼を恐れるようなものではない


相手の体温を感じ、リンセイの体は熱を帯び始めていた
その頬には熱が溜まり、赤くなっていく
それに伴い、心音が相手に聞こえているのではないかと思うほど、強く鼓動している

緊張感は、未だ消えない
相手の体を抱く腕は、その緊張のあまり強張ってきている
相手は嫌がっていないだろうか、無礼だと思われていないだろうかという思いが渦巻く

だが、それを確認する余裕なんてなかった
今は、狼狽しそうになる自分を抑えるのが精一杯だった
そのせいで、いつの間にか腕の力が緩んだのか、日本がもぞもぞと動いた
腕を振り払われてしまうかと思ったが、日本が起き上がる気配はなかった
日本は体を前に動かし、リンセイの顔を覗き込んだだけだった
こんな事をしている相手がどんな表情をしているのか、興味があったのかもしれない
日本とリンセイは何を言うわけでもなく、お互いをじっと見ていた



引き寄せたい

突然、リンセイの脳裏に、そんな言葉が浮かんだ

もっと、自分の近くへ

まるで本能だけが命令しているような、衝動的な言葉が浮かんでくる
自分の手が、自然と目の前にいる相手の後頭部に添えられる
さらさらした髪の感触が、指先から伝わる
今しようとしている行為は、日本からしてみれば無礼千万極まりない行為だ
そうわかっていても、自分で自分を止める気が起こらない

目の前にいる相手に、もっと触れたい

相手の後頭部にまわした手に、力が入る
首の角度をもっと下げるように、少しずつ圧力をかけてゆく
徐々に、相手の端正な顔立ちが近付いて来る
もう、その距離は10センチもない


「リンセイ君」
そこで、ふいに日本が呼びかけた

「リンセイ君が私を警戒していないことは、よくわかりましたから・・・。
そんなに無理しなくても、いいんですよ」
日本の声で我に返ったように、リンセイはぱっと両手を離した
すると日本が起き上がったので、リンセイも上半身を起こした

「す・・・すみません、無礼な事をして・・・・・・」
リンセイは、声を小さくして言った
我に返ってみると、自分は何て事をしようとしていたのかと思う
イタリアならまだしも、相手は今しようとしていた行為にほとんど抵抗のない国
勿論自分も不慣れなはずのその行為を、衝動的な言葉に任せて実行しようとしてしまった
そんな事をした自分を、相手はどう思っただろうか
一時の誤りか、小国の戯言か、それとも・・・

「・・・怒っていますか?」
恐る恐る、尋ねてみる

「いいえ。驚きましたけど、怒ってはいませんよ」
日本は優しげに微笑んでそう答えた
その答えに、リンセイは胸を撫で下ろした

「では、そろそろ失礼します。また、私の家にも遊びに来て下さい」
「あ・・はい。・・・ありがとうございます」
日本はリンセイに一礼して、部屋から出て行った
また、遊びに来て下さいというその言葉は、相手を嫌ってはいないという事を示してくれている気がして
今のリンセイにとってはとてもありがたい言葉だった
だが、泊まっていって下さい、とは言えなかった
相手はそんなに気にしてはいなくとも、無礼な事をしてしまった自分に引け目を感じていた
こんなに相手を気にする事なんて、初めてだった




―後書き―
読んでいただきありがとうございました!
日本はイタリアに比べて、じわじわ進行していくシナリオとなっております
しかし、ここでネタ切れになったのでだんだん難航する予感orz