ヘタリア #8
―冷たい瞳―
最近、リンセイは心穏やかだった
自分を取り巻いている空気が、何となく弛緩している
知らぬ間に、イタリアと日本に会うことで、どこか癒されているところがあるのかもしれない
だが、そんな風に穏やかになっていられるのも、つかの間だった
リンセイは、上司の部屋に呼び出されていた
そして数分後、部屋から出たリンセイは溜息をついていた
せっかく穏やかになってきたというのに、また元に戻ってしまう
以前はその元の状態が普通で、こうして溜息をつくことなんてなかったのに
穏やかな状態を知ってしまったせいで、下された命令に対して少しばかり抵抗感を持ってしまっていた
上司の命令は、隣接している一国を併合しろというものだった
唐突な命令だったが、強まったこの国の力を使いたくて仕方がないのかもしれない
今、この国の周囲には数多くの小国がある
そしてその中で、それらの国を併合という名の侵略行為をして大きくなっていったこの国
軍事力があまりない国は、目をつけられないようにへりくだっている
強固な国は、警戒心を露わにしている
今回の目標となったのは、後者だった
上司からしてみれば、下手にまわっている国を制圧しても、面白くも何ともないのだと思う
リンセイは、もう一度溜息をついた
そして、友には決して向けない厳しい目つきで前を見据えた
周りから、穏やかな空気が消えていった
数日後、いつでも戦闘態勢がとれる状態にあったこの国は早々に目的の国へ攻め込んだ
相手国はそんなに早く攻めてくるとは思っていなかったのか、兵も兵器も不十分のように見えた
相手国の国境は瞬く間に踏み越えられ、兵の波が進行してゆく
和平交渉など元より眼中にない、単純に力でねじ伏せてゆく
だが、民家や一般人に、大きな被害は見られない
この国は自分のものになるのだからあまり倒壊させるのは忍びないという、上司の自信の表れだった
その自身を実証するために、リンセイは前線に進み、進行してゆく
自国の屈強な兵達のおかげで、相手国の姿を発見するまでそんなに時間はかからなかった
その国はリンセイの姿を見ると、とたんに走って逃げ出した
リンセイは警告の声をかけるわけでもなく、黙って追いかけた
ごちゃごちゃと兵がいないほうが相手を屈服させやすいので、相手が疲れ果てるまで泳がせようと思った
それに、そのほうが残酷な自分を見られずにすむ
今更何を言うのかと思われるかもしれなかったが、他人から自分の残酷な面を認知されるのが嫌だった
だから、ひたすら追い続けた
距離をあけすぎず、詰めすぎずに
より遠くまで、限界まで逃がすために
相手が足を止めたのは、戦地からかなり距離をおいた平原だった
都合の良いことに、人気はなさそうだった
リンセイはそこでやっと距離を詰め、息を切らしている相手の背に刀を突き付けた
背中にわずかに切っ先が当たり、相手は肩を震わせた
だが、一国のプライドはあるのか、とっさに振り返り拳銃を構えようとした
リンセイは微動だにせず、相手を見据えていた
相手国のその動きは、途中で止まった
刀を突き付けている相手を見た瞬間、拳銃を握っている手は思わず震えていた
見上げた先には、とても冷やかな眼差しがあった
お前を血祭りにあげる事に、何も思いはしないという冷徹
逆らえば、すぐさま切り刻まれてしまうような威圧
一瞬でも目を逸らせば、とたんに仕留められてしまうような恐怖
相手にそれら全てを与える、鋭く突き刺さるような視線が注がれていた
いつから、こんな目をできるようになったのだろうか
自分でもはっきり認知できるほどの、冷徹な眼差しを
たいていの相手は、これで降参してくれる
下手に相手をいたぶる事になるよりは、ありがたい事だ
だが、僕は相手を恐怖に陥れる、この目を嫌っていた
ありがたいと言っておきながら、矛盾していると思う
それでも、この目は好きじゃない
イタリアと会ってから、その嫌悪感はさらに強くなった
純粋な彼を見ているだけで、自分はこんなにも残酷なところがあるのだと思い知らされる
変わってしまった自分を、嫌と言うほど認識させられる
相手は拳銃を下ろし、降伏を示した
また、この目のおかげでてっとり早く事が済んだ
いくらそんな冷徹な眼差しを自分が嫌っていても、使わない訳にはいかなかった
相手が降伏を示すと、リンセイも刀を鞘に戻した
早く報告して戦いを終わらせてしまおうと、来た道を戻ろうとした
それは、思いがけない偶然だった
何の連絡もしないで突然訪れる相手
今この瞬間を、最も見られたくないと思っていた相手
丁度、リンセイが目的の国を屈服させた時
その相手は、呆然として立ち尽くしていた
「リンセイ・・・」
呼びかけられたその声は、馴染み深い友の声だった
この場所があきらかに不釣り合いな彼が、そこにいた
「・・・・・・・・イタリア・・・・・・」
リンセイは、信じられないと言いた気な、驚愕の入り混じった声を発した
見られてしまった
誰よりも見られたくなかった彼に
あんな残酷な眼差しを、あんな冷徹な瞳を
どうやったら、自分のことをフォローできる?
どうやったら、悪印象を与えないで済む?
誤魔化したい、なかったことにしたい、彼の記憶から消し去ってしまいたい
そんなことができれば、どんなにいいだろうか
必死だった
見られたくないものを見られてしまった
その事実を覆い隠そうと、必死になっている
だが、頭の中にはどうすればいいという疑問詞しか、浮かんでこない
イタリアが、こっちに近付いて来る
僕は思わず、後ずさった
来ないでほしい、今の僕に近付かないでほしい
どんな顔をして接すればいい、恐怖の念を抱かせているであろう友に
「リンセイ」
イタリアが再度名前を呼び掛け、だんだんと距離を詰めてくる
いつものように話せない、いつものように接せない
聞きたくない
君が僕に恐怖を抱いてしまったということを確定させる言葉なんて
その言葉を聞いてしまったら、友でいられなくなる
僕は、この関係が崩れてしまうことを恐れている
だから、走った
逃げるように、その場から立ち去った
決して追いつかれないように、全速力で自室を目指した
自室へ着いたリンセイは、息を切らしてベッドに腰かけた
いつもより、息が切れるのが早い
イタリアに見られたことで、かなり動揺しているのだという事が、よくわかる
息を落ち着かせて水でも飲もうと、ひとまず立ち上がった
その瞬間、部屋の扉が勢いよく開いた
リンセイは驚いて、開いた扉の方を見た
「リ、リンセイ・・・」
そこには、一目でかなり疲労していることがわかるほど、疲れきっているイタリアがいた
リンセイは再び、信じられないものを見るような目つきで、部屋に飛び込んできた人物を見た
どうやらイタリアは退却する事に関しては天下一品だからか、その脚力はかなりのものらしい
「何で・・・追いかけて来た?」
リンセイはそう尋ねたが、イタリアは肩で息をしていて答える余裕がない様子だった
その様子が流石に辛そうに見え、イタリアをベッドに座るよう促した
そして、コップに入れた水を一杯差し出し、自分も水を飲んだ
イタリアはよほど喉が渇いていたのか、一気に水を飲み干し、リンセイにコップを返した
それで少し落ち着いたのか、息は整いつつあるようだった
リンセイはすでにほとんど回復していたので、コップを洗ってしまおうと流し台へ移動した
たった二個のコップを洗うのに時間を要するはずもなく、あっという間に洗い終わった
だが、リンセイはすぐにイタリアの元へは戻らず、流し台の方を向いて俯いていた
また、走って逃げてしまおうか
そんな考えが、脳裏をよぎる
逃げ出したいなんて、自ら相手に背を向けるなんて、今の今まで考えられないことだった
どう行動するのが正解なのだろうか
残酷な一面を見せてしまった僕は、彼に背を向けるべきなのか
それとも、追いかけてきてくれた彼に歩み寄るべきなのか
リンセイは、流し台の前でずっと考えていた
そのせいで、背後に忍び寄る人物に全く気がつかなかった
「リンセイ」
突然名を呼ばれ、リンセイは我に返った
そして相手から遠ざかるように、空いているスペースへと後ずさった
心なしか、イタリアの表情はいつもより暗かった
それは、イタリアが僕の残酷な一面を垣間見たショックからだと思っていた
「リンセイ・・・俺のこと、嫌いになっちゃったの・・・?」
イタリアから発されたのは、意外な言葉だった
「え・・・?」
リンセイは一瞬、イタリアがなぜそんな事を言い出したのかわからず、呆けた声を出した
だが、すぐにイタリアは何かを誤解しているとわかった
リンセイは、自分が恐れられているだろうと思ったから、イタリアから露骨に逃げた
その一方で、何も説明されていないイタリアは、自分が嫌われたから相手が逃げたと思っているようだった
「き、嫌いじゃない。だけど・・・・・・
だけど、怖かっただろ?」
言い終えてからリンセイは「僕の目が」と、協調するように言葉を付け足した
だから、イタリアがここまで追いかけて来たことが、信じられなかった
恐怖の対象である相手に自ら近付くなんて、自分からしてみればとても考えられないことだった
「うん。正直、ちょっと怖かった」
イタリアは、言葉を包み隠さずはっきりと言った
リンセイは、今面している友から「怖い」と言われることを恐れて逃げたはずだった
しかし、今の言葉に大した衝撃は受けなかった
イタリアの声にも、表情にも、相手を恐れているという感情が見えなかった
「なら、何で怖いって思った僕を追いかけたんだ?
君の性格からして、むしろ君から逃げると思ったのに」
遠まわしに、相手が臆病だということを言ってみたが、その相手は微塵も気にしていないようだった
イタリアは、ヴェーと奇声を発すると、明るい調子で言った
「だって、俺、リンセイのこと好きだもん」
その発言に、リンセイはとたんに目を丸くした
「好き」という言葉はイタリアから何回か言われてきたが、今の言葉に最も衝撃を受けた
恐怖を霞ませるほどの好感
それほどまでのものが僕に注がれているなんて、思っていなかった
イタリアは他の友人に対しても、ハグをしたり、好きという言葉を使う
だから、それは一人に与えられる特別な意味の言葉ではないと思っていた
それなのに、イタリアのその好感は、相手に戦意を失わせるほどの冷徹な眼差しを凌駕している
嬉しかった
イタリアが、それほどまでに僕を思ってくれていることが
恐れられるとばかり思っていた僕の眼差しが、受け入れられた気がした
「僕も・・・イタリアのこと、好きだよ」
ぽろりと、そんな言葉が零れた
自分からは言うことのなかったその言葉を、ごく自然に使っていた
彼が、恐怖の対象を受け入れてくれたのだったら
彼とは、友以上に親しい関係になれるのではないかと、そんなことを思った
リンセイのその言葉がよほど嬉しかったのか、イタリアは満面の笑みを浮かべた
「俺も、俺もリンセイのこと、大好きだよっ!」
イタリアは喜びのあまり、リンセイに飛びつくようにして抱きついた
そしてその勢いに任せ、イタリアはリンセイと唇を重ねた
「ん・・っ」
リンセイは一瞬息を呑んだが、すぐに目を閉じ、イタリアの背をやんわりと抱いた
柔らかくて温かみを帯びたその感触は、嫌いではなかった
だが、恋人同士でもない僕等が、こんな事をしてしまっていいのだろうかと思う
それは国の価値観によって違うものだが、僕は少し戸惑っていた
そして、この行為をするたびに、「初恋の人」という言葉がどうしてもひっかかっている
イタリアの言う「好き」は、友という意味でとらえてもいいんだよなと、問いかけたくなる
それもまた、答え聞くのが怖い
もし、イタリアが友以外の意味でその言葉を使っていたら・・・僕は、どうしていいかわからなくなる
だから、尋ねなければいい
知らないふりをして、このままの関係を続けられればいい
親友という、親しい関係のままで・・・
―後書き―
読んでいただきありがとうございました!
イタリアが出てくると、たいていいちゃつきます(^−^;)
しかし今、ノルウェーにはまってしまっているので・・・思考が散漫中です(汗)