ヘタリア #9後編
少しの間が空いた後、リンセイの体が動いた
起き上がろうとするのとは、逆の方向に
少しずつ、ゆっくりと、眼下にある日本の方へ体を近付けてゆく
「リンセイ・・・君?」
日本が名を呼んでも、リンセイは反応を示さなかった
リンセイはじっと日本を見詰め、なお接近する
鼻が触れ合いそうになる距離でも、もう止まらなかった
相手に触れる直前にリンセイは目を閉じ、そして、重なった
お互いに、柔らかい感触が伝わった
その感触に反応しているのか、リンセイの心音が静かに早くなっていく
触れている箇所から、相手の体温を直に感じる
とても温かくて、心地良い
手で触れたときより幸福感を覚えているのが、不思議だった
あわよくば、ずっとこうしていたい、ずっと触れていたいなどという、そんなことを思っている自分も不思議だった
リンセイは、日本に口付けていた
重ね合わせたいと思った箇所の、すぐ横に
最後の最後で抑制がかかったのか、本当に重ねたいと思っていた個所を避けるようにして
日本は、硬直していた
それは驚愕のせいに違いなかったが、反射的に相手を突き飛ばすことはしなかった
リンセイが自ら離れるのを、驚きを隠せぬまま待っていた
リンセイは薄く目を開き、日本から離れた
その瞳には、どこか艶美さが含まれていた
まるで、今の行為に陶酔しているような、そんな感じもした
だが少しの間が空いた後、リンセイははっと目を見開いて飛び起きた
「あ・・・」
リンセイはかなり動揺しているようで、しきりに視線を泳がせた
そして言葉を探すように、口を開こうとしてはつぐんでいた
何て、無礼千万極まりない事をしてしまったのだろうか
自分を抑制する理性はあったはず
なのに、もうごまかしようがつかないことをしてしまった
もう、言葉が見つからない
謝るべきなのだろうが、もう言葉をかけることすらおこがましい気がしてならない
リンセイは何度も、なぜあんなことをしてしまったんだと、自分に疑問を投げかけ、そして叱咤していた
そうして慌てている内に日本は立ち上がり、なぜか自分が倒れていたところを見ていた
今のリンセイには、何をしているんですか?と、何気なく尋ねることもできなかった
「・・・良かった。蛍を潰してしまったかと思いました」
日本は独り言のように呟いた
リンセイが日本の視線の先を見ると、そこにあった草は二人分の重圧で平らになっていた
日本の服は汚れてはおらず、虫を潰してしまった形跡はなかった
「さて、そろそろ帰りましょうか。夜は、冷え込みますから長居はできませんね」
日本はリンセイの方へ振り返り、いつもの丁寧な口調で言った
「あ・・・は、はい・・・」
リンセイは、小さく返事をした
さっきの行為を咎められてもいいはずなのに、日本はまるで何事もなかったようなことを言う
気を使ってくれているのだろうか
一時の気の迷いだと、わかってくれているのだろうか
それとも、こんな場所で叱責するのは無粋だと、家に着いたら思い切り咎めるつもりなのだろうか
日本国では、口付けは愛情の証
それに近い行為をしてしまったのだから、自分がどんなに恐れ多いことをしてしまったのかということは十分にわかっている
だからいっそのこと、気の済むまで叱咤してくれたほうが良い気がした
それで嫌われてしまったとしても、何も言い訳するつもりはなかった
二人は黙って、帰路を歩いて行った
家の前で、日本は足を止めて振り返った
いよいよ叱責されるかと、リンセイは覚悟した
「今日はお付き合いいただき、ありがとうございました」
「えっ・・・」
リンセイは意外そうな声を出した
日本は相変わらず、さっきと同じ調子、同じ表情をしていた
「もう夜も遅いことですし、よろしければ泊まっていきますか?」
叱責されるどころか、ねぎらうような言葉をかけられ、リンセイはさっきとはまた違う動揺を示した
「・・・・・・日本・・・さん・・・」
リンセイはたまらず言葉を切り出した
「何で・・・怒らないんですか?
僕は日本さんに、とても失礼なことをしたんですよ・・・」
リンセイがそう切り出すと、日本は少し困ったような表情を浮かべた
言葉に詰まっているのか、しばらく沈黙が流れた
「・・・正直、リンセイ君が・・・その・・・
あのようなことをするとは思わず、ずっと、驚いていました」
オブラートに包んだ言い方だったが、説明されなくても十分わかっていた
リンセイは罪悪感、日本は恥じらいでお互い相手の目を直視できずに俯きがちでいた
「ですが・・・嫌悪感は覚えなかったんです。あんなことには不慣れなはずなのですが、不思議と・・・。
そのことに、自分でも驚いているんです」
日本の口調には、明らかに戸惑いが含まれていた
どうして、自分が不慣れな行為を受け入れたのかわからない
日本もまた、自分に対して問いかけていた
「僕は・・・日本さんに触れたいと、まるで命令するような声が頭の中に響くときがあるんです。
・・・僕は、その声に従ってしまった・・・。
謝って、許されることではないと思いますが・・・・・・
本当に、申し訳ないことをしてしまって・・すみませんでした・・・」
リンセイは方膝をついて、頭を下げた
それは、自国では相手に対して服従を誓う姿勢とされているものだった
「リンセイ君・・・顔を、上げて下さい」
リンセイがそんな姿勢をとったのを見て、日本はすぐに言った
そう言われたからといって、すぐさま服従の姿勢を崩すなんて無礼なことはできなかった
日本はまた少し困った表情をして、リンセイの前にしゃがみこんだ
そして、うなだれている相手の顔を両手で持ち上げ、視線を合わせた
「リンセイ君。私は、あなたとの関係を崩したくない」
日本は、とても真っ直ぐにリンセイを見て言った
今の言葉に嘘偽りなどないと、その視線が物語っているようだった
「だから、そんなに思い詰めないで下さい。
私は、さっきの行為が原因でリンセイ君を嫌ったりしませんから」
日本は、リンセイを安心させるように微笑んだ
「日本さん・・・」
リンセイは相手の名を呟いたとたん、目の前の人物に抱きついていた
今度は、声が響いたわけではない
喜びのあまり抱きついていた
まるで、イタリアのように
日本は、リンセイの背をそっと抱いた
それはまるで、リンセイがイタリアにしているような、自然な行動だった
嫌ったりしない
その言葉が、どうしようもなく嬉しかった
嫌われても仕方がないと覚悟していたのに、その覚悟に反するほどの喜びを感じていた
それは、自分が思った以上にこの相手に執着している証だった
リンセイは日本の肩に顔を埋め、切に願った
もう、あの声が脳裏に響かないことを
―後書き―
読んでいただきありがとうございました!
この前蛍を見に行ってきて、そこで思いついたネタがこれです
何だかベタな展開ですが・・・そこらへんは二次元の恋愛しか知らない管理人ですのでさーせんorz