ヘタリア 番外日本編#1

―微妙な想い―

二人と同盟を組んでから
僕は、日本さんの家でお世話になっていた
それというのも、僕は国外追放という、国が国を追われるという滑稽な罰を受けていたからだ

僕がそのことを告げると、イタリアが何か言う前に、日本さんが「私の家にいらして下さい」と、声高に言ってくれた
数日前のことを思い起こすと、それは恐れ多いことかと思った
だけど僕は喜んで、その言葉に甘える事にした
国外追放となった身だが、そのおかげでしばらく日本さんと共に居られるのならそんなに悪くはない罰だと、そう思った
そして今、僕は日本さんと小高い丘へ来ていた




そこはとても静かで、人の気配が全くと言っていいほどなかった
きっと日本さんは、こういった静寂を好むのだろうと思う
辺りが暗くなってから出かけたものだから、また蛍が見られるのかと思ったが、どうやら違うようだった
丘からは、特に目立った物は見えなかった
だが、日本さんには何か意図があるのだろうと、僕は黙って隣にいた

僕は、二人して黙っているこの空気が嫌いではなかった
どんどん話しかけてくるイタリアも好きだが、この沈黙していても痛々しくない雰囲気も好ましかった
そして、日本さんの傍に居ることに、僕は癒しを感じていた


「そろそろ、始まります」
日本さんが、ふいに空を見上げた
何があるのだろうかと僕も空を見上げたが、見えるのは星と月の光だけだった
僕は時々隣にいる日本さんをちらちら気にしつつ、空を見上げていた

すると、突然空に一線の光が走った
それは赤色をしており、一直線に空へ昇っていった
そしてその光は、太鼓を叩いたような、大きな音と共に弾け飛んだ

「わっ」

突然の音に、僕は周囲を警戒しようとした
だけど、その注意はすぐ散漫になった
僕は、夜空に弾けた光に、目を奪われていたから

拡散した光は規則正しい円の形になり、そして広がった
鮮やかな赤色の輪が、目の前で光った
だが、それはすぐに闇の中に溶けて消えていった


「これは花火と言う、夏の風物詩なんです」
「花火・・・」
確かに、名前の通りだと思った
丸く広がった光は、まるで華麗な花のようだったから

感慨深いものに目を奪われ、そのまま夜空を見上げているとまた光が昇ってきた
今度は、青い光だった
それもさっきの赤い光と同じく空中で弾け、夜空に巨大な青い花を咲かせた
僕は、美しいその光の花にたちまち引かれていた

花火は丸いものだけではなく、輪を描いていたり、星型のものもあったりした
それらは全て、例外なく美しかった
すぐに美しい造形が消えてしまうのは口惜しいと思ったが
光が散って、闇に溶けていく姿も、また幻想的に見えていた
僕は時間を忘れ、ひたすらその花に見入っていた




気付いたときは、ゆうに30分は経っていただろうか
花火は終わり、暗闇に静寂が戻ってきていた

「リンセイ君は蛍を気に入っていらしたようだったので、幻想的なものを好まれるかと思いまして」
僕は、すぐに返事をした

「はい。・・・とても、綺麗で・・・ずっと、見惚れていました」
自国には、あんなに美しい光はない
ついでに言えば、花もほとんどない
僕の国にある光といえば、民家の光や夜でも周囲を監視する、堅苦しいものだけだ
だからそれだけ、僕は光の造形美に感銘を受けていた

「喜んでいただいて何よりです。それでは、帰りましょうか」
日本さんは軽く微笑み、背を向けた

そこで僕は、ふと思った
僕は、日本さんに尽くされすぎているのではないかと
蛍のことといい、滞在を許可してくれたことといい、花火のことといい
今思えば、僕から日本さんの喜ぶようなことをした覚えがない
そこで僕は、日本さんの横に並び急な提案をした

「日本さん、何か、僕にできることはありませんか?」
唐突にそんなことを言われたものだから、日本さんはきょとんとした表情を見せていた

「僕は、日本さんに親切にしてもらってばかりで・・・
だから、何かお役にたつことをしたいんです」
親切にしてもらったから、自分からも親切にしたいというのは、半ば口実のようなものだった
僕は、日本さんを喜ばせてみたかった
僕のしたことで、日本さんが喜んでくれれば
それは、僕も満たされることに違いなかったから


日本さんは歩みを止め、少しの間考えているようだった
そして何かを思いついたのか、僕と向き合った

「では・・・一つ、お頼みしたいことがあるのですが・・・」
遠慮深い日本さんは、少し口ごもっていた
僕はどんなことで役に立てるのだろうかと、言葉の続きを楽しみにしていた
日本さんは未だに口ごもっていたが、突然ふっきれたように声を張り上げた

「私と、床を共にしていただけないでしょうか!」

僕は、張り上げられた声と、その内容に一瞬目を丸くした
「じ、実は、今、布団を洗濯中で、ですから、そういうことで」

日本さんの言葉はしどろもどろだったが、伝えたい内容はよく理解できた
日本さんは一人暮らしなので、家にある布団の数は少ない
それらを洗濯してしまって、今は自分の布団しかないので、そこで共に寝てほしいと、そういうことなのだろう

「そんなことでいいのなら、喜んで」
そんなささいなことで日本さんが助かるのなら、何遍してもいい
むしろ共に眠れることは、僕にとっては喜ばしいことだ
ただ、布団が洗濯中だから仕方なく、という理由なんてばければもっと喜ばしいことなのにと思った
もし、そんな理由はなく、ただ僕と一緒に眠りたいと言ってくれたのなら、どんなに良いだろうかと
僕は帰路で、そんなことを考えていた




帰宅したとき、少し汗をかいていたので僕等は早々に露天風呂に入った
久々の露天風呂はいっそう解放感があり、とても快適だった
しかし、入浴中ずっと日本さんが遠くのほうにいたのが残念だった
あわよくば、傍で白い素肌を見ていたいと、そんなことを思っていたから
けれど、無理に僕から近付くことはしないでおいた
思慮深い人のことだから、今は傍に寄ってほしくない理由があるのかもしれなかった




部屋に戻ると、敷かれている布団は一組だけだった
ちなみに、枕はきちんと二つ並べられていた
僕が布団に横になると、日本さんはなぜかぎこちない動作で、またおずおずとした動作で僕の隣に寝転がった
もしかしたら、僕に襲われると思って警戒しているのだろうか
以前の僕の行動を思い返すと、そう思われても無理はない話だった
ならばあまり警戒させてはいけないと、僕は日本さんの方は向かずに、仰向けになってじっとしていた

でも正直、触れたかった
すぐ傍にあるであろう手を、握ってみたかった

相手に触れたいと思うこと
それは、恋をしているということなのだろうか
それとも、友情を確かめる為に触れたいと思っているだけなのだろうか
僕は今、自分自身がどうして相手に触れたいと思っているのか、その理由がわからないでいた


「あの、リンセイ君」
考え事の最中、ふいに話しかけられ僕は横を向いた

「日本さん、どうかしましたか?」
僕が尋ねると、日本さんは少し言葉に詰まっているようだった
何かを言いづらそうにしていたが、また突然、ふっきれたように言葉が続けられた

「わ、私の本名は・・・本田、菊と言うんです」
さっきよりも声は控えめだったが、はっきりとした口調で告げられた

「そうなんですか。綺麗な名前ですね」
僕が正直な感想を言うと、日本さんの頬が少し赤らんだような気がした
この国で見せてもらった「菊」という花は、そんなに派手ではなく、落ち着いていた造形で
まさに目の前にいる彼の印象に合った花だったということを、僕は覚えていた

「そ、それで、ですね・・・こ、これからは・・・」
日本さんは、また口ごもっていた
僕は、今日はいつもより言葉を詰まらせることが多いんだなと、不思議に思っていた

「これからは、私の事を・・・その、本名で呼んでいただけないでしょうか」
そう言うと、日本さんは少し目線を落とした
まるで、恐れ多い頼み事をしてしまったかののように
僕にとっては、そんなことはささいな頼み事だった
だが、日本さんにとっては、それは何度も口ごもるほど頼みづらいことのようだった

「僕は居候させてもらっている身なんですから、頼み事なら遠慮なく言ってください。・・・菊さん」
思い切って、名字ではなく、名前で呼んでみた
その、菊という花のイントネーションが好きだったし、何より日本さんの印象に合っていたから

「あ・・・ありがとうございます」
菊さんは、まだその呼び名に慣れていないせいか、視線を少し下に向けて言った
名前を呼んだだけでお礼を言う大袈裟だと思ったが、嬉しかった
ほんの少しだけれども恩を返せたと、そんな気になった


僕が一旦仰向けになると、菊さんも同じように仰向けになった
・・・指先くらい触れても、構わないだろうか
それとも、やはり以前のことがあるので警戒されてしまうだろうか
僕は少しの間迷っていたが、ほんのわずかだけ指先を合わせようという結論を出した
そして、布団の中で菊さんの指先を探した
あまり意図的だということを悟られないように、慎重に


肘を曲げて手の位置を変えたとき、それは触れ合った
触れているのは小指だけだったが、今はそれだけでもよかった
それぐらいならさして気にしていないのか、菊さんはいつの間にか目を閉じていた
僕も、もう目的は達成したので眠ろうと目を閉じた

そのとき、触れていた手がふいに離れた
名残惜しいことだったが、やはり警戒されてしまったかと思い、無理に掴もうとはしなかった
しかし、ふいに手の甲に温かみを感じた


「えっ・・」
僕はとても小さな声で、驚きを示した
それが菊さんの掌によるものだと気付くのに、そんなに時間はかからなかった
僕は、まさか相手から触れてもらえるとは思っていなかったので驚いた
しかし、それと同時に、喜びも覚えていた

触れることを許してくれる
それは勿論喜ばしいことだったが、相手から触れてくれるというのは、さらに喜ばしいことだった
ちらっと隣の様子を覗ってみると、菊さんは何事もなかったかのように目を閉じたままでいた
もしかしたらもう眠っていて、手に触れたのは無意識の内のことなのかもしれないと思った
僕は、無意識のうちではなく、意図的な行動だったらもっと嬉しかったと、またそんなことを考えていた


その日は、いつもより寝つきが良かった
僕は、隣で眠る相手の存在に、確かな安心感を覚えていたから




―後書き―
読んでいただきありがとうございました!
日本編とはほんとにじわじわきます、物足りないかもしれませんが・・・
クライマックスまでは、仕上げようと思ってます