微妙な思い違い 後編


その後、雨も雷もすっかり消え去った後
僕は菊さんに案内されて、室内の浴室の前へ来ていた
菊さんも緊張しているのか、口数は少なかった
それは僕も同じで、服を脱ぐ動作がぎごちないのを感じていた
それでも、いつもより少し時間はかかったが、僕らは浴室へ入る準備を整え終わった
そして、僕らは無言のまま浴室へ入った



露天風呂に見慣れているせいか、室内は狭く感じられた
浴槽は、二人は入れても三人は入りきれないほどの大きさで
洗い場は一つしかなく、交替で体を洗う必要がありそうだった

「あ、あの、菊さんは先に入浴してくださってもいいですよ。僕は、先に体を洗っていますから・・・」
僕は、菊さんと共に入浴することを避けたのではなく、ただそうしたほうが効率がいいと思い、そう言った
だから僕はシャワーに手を伸ばそうとしたのだが、横から腕が掴まれ、動きを止められた

「・・・それでは、意味がないんです」
菊さんは、小さくそう呟いた
そこに直接的な表現はなかったが、僕には十分に伝わった
僕は伸ばしかけていた手を引っ込め、浴槽に身を沈めた


足を曲げて体を小さくしなければ、浴槽に二人は入りづらかった
僕のすぐ隣には菊さんが、少し俯きがちで湯に浸かっている
こんなにも近くで菊さんの素肌を見るのは、とても久々だと思う
最近は、一緒に露天風呂に入ることはあっても、結構な距離を置かれていた
僕から距離を詰める度量はなかったので、それをわずらわしく思うときもあった

けれど今は、1メートルも離れていないすぐ傍に、近付きたいと思っていた人がいる
あまりまじまじ見ては菊さんが落ち着かないと思い、控え目にちらちらと横顔を見ていた

すると、またもやもやとしたものが湧き上がってくる感じがした
それと同時に、僕には欲求が生まれてきていた
さっきも感じた、相手に触れたくてたまらなくなる、この感覚
防護する物を身につけていない相手が傍にいるせいか、その感覚はこれまで以上に肥大してきている

今、隣にいる相手を抱きしめることができたら、どんなにいいだろうか
けれども、残っている理性が僕を躊躇わせる
そんなことをしてしまったら、もう抑えきれなくなると主張している
だから僕は、もう菊さんを盗み見るようなことは止め、浴槽から出た
このタイミングで出ても、体を洗うためと言えばなんらおかしくはない行動だ
僕はなるべく平静に、いつものようにしていようと、洗い場の小さな椅子に腰かけた

そのとき、菊さんも浴槽から出てくる音がした
背後に人の気配を感じる
菊さんは、洗い場が空く順番を待っているだけだ
そう思うのに、僕は緊張せずにはいられなかった


僕は緊張のあまり、そこから動けなかった
石鹸も取らずに何をしているのかと、不審に思われることは間違いない
そうしてじっとしていると、さっきのように背に温もりを感じた

「き、菊さんっ」
その温もりは、さっきより面積が広かった
膝立ちになっているのか、背中にはさらさらとした髪の感触も感じる
そして胸部には、やんわりと菊さんの手がまわされていた

「だ、駄目です、僕・・・今、自分自身を抑えることで、精一杯で・・・」
柔らかい肌の感触を、前にも後ろにも感じる
もう、少しでも気を緩ませてしまえば、欲求はとたんに抑えきれなくなる
僕は、必死にそれを抑えつけていた
そんな中、菊さんが呟いた

「・・・抑えなくても、構いません」
「え・・・?」
僕は一瞬、耳を疑った
今しがた、とても大胆な台詞が聞こえてきていたから

「私が考えていることは・・・リンセイ君と同じだと思いますから」
「僕と、同じ・・・」
僕はまた、耳を疑った
考えていることが僕と同じならば、それは・・・

「私も、思っていました。リンセイ君に触れたい、そして、触れてほしいと・・・」
「菊・・・さん・・・」
胸部にある腕に、力が込められる
背中全体に素肌同士がさらに密着し、少し熱い体温を感じる
僕は、まわされている腕を、そっと掴んだ
剥がそうとするわけではなく、ただ触れたかった
菊さんの言葉と行動で、僕の抑制は働かなくなってしまっていたから―――




―後書き―
読んでいただきありがとうございました!
次は、何とかクライマックスまでもっていけそうです
リンセイは日本以上に初々しいところがあるので、このサイトの日本は少々攻め志向にあります