ヘタリア 番外イタリア編 #1

―イタリアの想い―

僕は、同盟を結んで早々イタリアの国へ来ていた
それというのも、僕は国へ帰れない身となっていたからだ
僕が受けた処分は、一時的な国外追放
国が国を追われる、なんて奇妙な話だが、上司がいれば大丈夫だろうと思う

「リンセイがしばらく俺の家に居てくれるなんて、嬉しいな〜」
「ありがとう。しばらくの間、世話になるよ」
同盟締結の後、僕が理由を説明したらすぐにイタリアが家に来てもいいと申し出てくれた
何でそんな罰を受けることになったのかは長くなるので、伏せておいた
その場所で二人を動揺させたくはなかった

「今日はちょうど、リンセイに渡したいものがあったんだ〜」
イタリアは僕の手を握り、せかすように引っ張った
僕はこの現状の幸せを噛み締め、ふっと笑った
もう、街中へ入っても手を振り払うつもりはなかった




イタリアに引っ張られてついて行った先にあったのは、小洒落た店だった
どうやら洋菓子店のようで、店内には甘い匂いが広がっていた
何かイベント事でもしているのか、あるコーナーが人で賑わっていた
イタリアは何かを手に取るわけでもなく、カウンターの前に立った

「ああ、いらっしゃい。注文の品、できてるよ」
カウンターにいた男性は、イタリアを見て愛想良くそう言った
その男性は、一旦奥へ姿を消した

「イタリア、注文の品って?」
「来てからのお楽しみだよ〜」
イタリアはとても楽しみだと言わんばかりに、にこやかに笑った
ほどなくして、男性が白い箱を持って戻ってきた

「はい。これでいいかい?」
イタリアはその箱を覗きこんで、満足そうな表情をした

「うん!すっごくかわいくできてる、ありがと〜」
その箱を受け取るとき、イタリアは初めて掴んでいた手を離した
こんな人込みでも手を握られていることが気にならなかったなんて、僕もかなり慣れたものだなと思う
自ら口付けたことで吹っ切れたのか、その相手に今更恥じらいも何もないかのようだった

「リンセイ、はい、これ。プレゼント!」
唐突な出来事に、僕は一瞬目を丸くした
差し出されたのは、イタリアがさっき受け取っていた白い箱だった
それは、片手では持ち切れないほどの大きさだった

「ね、開けて開けて」
「あ、ああ」
そう急かされ、僕は箱を開いた



中には、大きなハートマークのチョコレートが入っていた
それには妖精のような、かわいらしい模様が入っていたり
精密で美しい花が描かれていたりして、かなり手の込んだものだった
これほど精巧な菓子は見たことがなく、僕は目を見張った

しかし、そのチョコレートにはそれ以上に目を見張るものがあった
それは、中心に流暢な字体で書かれた「ti amo」という言葉だった
その言葉の意味を知っていた僕は、目を見開いたまま少しの間制止してしまった

「特別に作ってもらったんだ。家で食べよ〜」
「あ、え、ああ、そうだな」
ここで慌てふためくわけにもいかず、僕は箱の蓋を閉じた
そしてイタリアに手招きされ、家へ向かった
その途中、僕の頭の中は書かれていた言葉で一杯だった

ti amo・・・イタリア語で、「愛してる」という意味の、その言葉で・・・





家に着くと、イタリアは食べる気満々なのか小皿を二つ持ってきた
僕はテーブルに箱を置き、中身をじっと見詰めた
僕の目は、中央に書かれた文字に釘付けになっていた
イタリアは、これを特別に作ってもらったと言っていた
と、いうことは、この文字は製品にたまたま書かれていたのではなく、イタリアが意図的に選んだ文字だということになる


「何だか、割っちゃうのもったいないね」
イタリアが、隣からひょこっと顔を覗かせた
僕はなぜか異様に驚いてしまい、その場から飛び退いた
さっきまで、街中で手を繋いでいても驚きはしなかったのに
少し近くにイタリアが近付いてきただけで、反射的に離れてしまった

それは、この文字のせいに違いなかった
それならば早く砕いてしまおうと、僕はチョコレートを手に取った
こんなに精巧に作られたものを割るのはやはり抵抗があったが、なぜか今はその文字を砕きたくて仕方がなかった

両手に少し力を込めると、それはパキンと音をたててアンバランスに割れた
上下に分かれたチョコレート
しかし、文字はまるで何かに守られているかのように、無傷で残っていた

「あ、俺は小さいほうでいいよ〜」
僕が何かを言う前に、イタリアは上半分を取った
そのとき、僕は自分の手に残ったものに、また力を加えていた
今度は、残ることのないように


その文字は今度こそ、真っ二つに割れた
だが、またもや上手いことにtiとamoのところで区切れ、まだ文字が認識できてしまっていた
僕はたまらなくなって、それをさらに割った
文字のところを、集中的にパキパキと
壊れたチョコレートが、皿の上に落ちてゆく

イタリアは、チョコレートを食べずにひたすら割っているリンセイを不思議そうに見ていた
その視線に気づき、僕ははっとして手を止めた

「あ・・・」
皿の上には、もう絵柄も文字も判明できないほどに小さくなった欠片が散らばっている
力を入れ続けていたせいか、指に溶けたチョコレートが残っていた
「ほ、ほら、細かくしたほうが、食べやすいし・・・」

それは、苦しい言い訳にしか聞こえなかったと思う
あの言葉を目の当たりにしたときから、僕はどこかおかしかった
一刻も早く、その言葉を消してしまいたい
突然、衝動的な命令が下った気がした
そして気がついたら、言葉は粉々に砕かれていた

気を、悪くさせてしまったかもしれない
あれだけ精巧に作られた物を、原形を留めないほどに砕いてしまったのだ
今はもはや、一文字も読み取ることができない
イタリアは好意でこんなプレゼントをくれたというのに、僕はそれを台無しにしてしまった
僕は急にイタリアの方を向くのが怖くなり、俯きがちになった

「あ、あの、イタリア・・・ごめ・・」
俯きがちに、謝ろうとしたときだった
イタリアはふいに僕の手を取り、そして指先についているチョコレートを舐め取った

「え、あ・・・」
そのイタリアの行動に対応できず、僕は焦った
人差し指、中指と、順々に舌の感触が伝わってゆく
イタリアは時々指を口に含み、口内で丁寧に舐めてゆく
敏感な指先は、鮮明に相手の舌の感触を感じ取る
粘液を帯びた柔らかい感触に、動揺が走った

「イ、イタリア、離し・・・っ」
もうとっくに舐め取るものはなくなっているはずなのに、イタリアは執拗に指先を舐め続けている
それは指先だけに留まらず、だんだんと指を飲み込んでいった
一番長いはずの中指は、ほとんどイタリアの口内に納まってしまった

「あ・・・っ」
僕は、戸惑いと困惑を含めた声を発した
たまにイタリアの口の隙間から、液体が指に絡む音が漏れてくる
その音がなぜかとても淫猥に聞こえ、僕は頬を赤らめた

恥ずかしいのなら、引き抜いてしまえばいいのに
そんな考えが中々思いつかなかったことが、不思議だった
でも、僕はそのままイタリアの口内に指を預けていた
折角のプレゼントを、粉々に砕いてしまった後ろめたさがあったからかもしれない
僕は少し俯き、イタリアの気が済むまでそのままでいた





イタリアが口を離したとき、僕の指は根元から爪先まで濡れていた
伝った糸が垂れ落ち、床をわずかに濡らす
僕は口を結び、顔を赤くしていた

イタリアはじっと僕を見詰め、何かを考えているようだった
そしてふいに濡れている手が引っ張られ、流し台へ連れて行かれた
流し台の前に立つと、イタリアは蛇口を捻って水を出し、僕の手を両手で包み込むようにして洗った

「ご、ごめんね。こんなことしちゃって・・・」
イタリアは申し訳そうに言いながら、手を洗い続けた
汚らしいことをしてしまったと思っているのか、かなり念入りに

僕はそれも、イタリアの気が済むまで大人しくしていた
手を振り払うのはかわいそうだという気持ちもあったし
それに、愛撫するように触れられている感覚が、心地良かった
時々、イタリアの指が僕の指の間に滑り込んでくると、そのまま手を繋いでしまおうかと思ったぐらいだった
僕には、必死に手を洗うその様子が、いじらしく見えていた




そして、夜
夕食を済ませ、風呂も入り終えた僕等はベッドに寝転がっていた
ベッドは相変わらず一つしかなく、前のように僕が壁側にいた
ちなみに、粉々になったチョコレートは夕食のデザートに食べた
イタリアは、僕が粉々にした理由を聞くことなく「食べやすいねー」と、言っただけだった
何だか気を遣われている気がして、自分が情けなかった
なぜあんな行動に走ってしまったのか、未だにわからなかった


「リンセイ、あの・・・俺、リンセイに嫌なことしちゃったのかなぁ・・・」
すぐ隣で、イタリアが控えめに尋ねた
あのチョコレートが気に障ったのかと、気にしているのだろうか

「そんなことない。突然のことで驚いたけど・・・むしろ、嬉しかったよ」
書かれていた文字に驚きはしたが、イタリアがプレゼントしてくれたことは嬉しかった
それも特別製だと聞いた時、胸が温かくなった
あの時は、文字にばかり気が行ってしまっていたが

「リンセイ、嬉しかったの?」
イタリアはなぜか、不思議そうに再び尋ねた
「ああ。嬉しかったよ」
僕は軽く微笑んで答えた
よほど、僕の行動を訝しんでいるのだろうか


「それじゃあ、もう一回していい?」
「え?」
聞き返したとたん、イタリアは僕の手を取っていた
そして、手の甲に音を立てて軽く口付け、舌先で少し舐めていた

「え、えっ」
またもや突然のことに、僕は対応しきれず狼狽していた
その間に、イタリアは僕の手を仰向けにし、今度は掌に舌を這わせていた
先の行為の感触が蘇って来て、僕はまた動揺した

「っ・・・ちょ、ちょっと、待ってくれ」
慌てて制止の言葉をかけると、イタリアは顔を上げて僕を見た

「どしたの?俺、リンセイの嬉しい事してあげたくて」
そこで、僕はさっきの会話の食い違いに気付いた
イタリアが言っていた「嫌なこと」とは、チョコレートのことではなく、指を舐めたことを言っていたのだと
それを僕は勘違いして、嬉しかったなどと言ってしまった
だから不思議そうに問いかけ、それにも僕は再び嬉しかったと答えてしまった
どうやら、イタリアはチョコレートのことは本当に気に留めていないようだった
ただ、執拗に指に舌を這わせたことに、僕が不快感を覚えていないか、心配していただけだった


僕は、どうするべきか迷った
勘違いしていたことを正直に話し、この行為を止めてもらうべきか
それとも、このままイタリアの好きにさせるべきか
不快とは感じないのだから、一瞬それでもいいかと思ったが、何より恥ずかしかった
友人だと思っている相手に、まんべんなく手を舐められるなんて

だが、嬉しかったのはこの行為ではないと言ってしまったら、まるでイタリアを拒否してしまう気がして
それでイタリアが落ち込んでしまうということが、最も避けたい結末だった
だから僕は、卑怯にも曖昧な答えを出した


「・・イタリア、もう体を洗った後なんだから、また洗いに行くのは面倒だろ?
だから、今はもう寝よう」
僕はなるべく自然に、そう提案した

「あ、そうだね。じゃあ、おやすみのハグ〜」
イタリアは素直に手を離し、抱きついてきた
僕はひとまず安心し、イタリアを抱き返した
これで、指を舐める事は、僕が喜ぶ事だと認識されてしまった
でも、僕は一番安全な道を通り、この場を凌ぐことができて安堵していた

「リンセイ、明日もあさっても、その次の日もいてくれるんだよね」
「ああ。上司から、いつ連絡が来るかはわからないけど・・・」
僕が行く所はイタリアか日本さんのところしかないと上司もわかっているのだから、いずれここに連絡が来ると思う
だけど、その連絡ができるだけ遅れてくれればいいと思う
こんなことを思うのは不謹慎に違いないけれど
僕にとって、こうしてイタリアと共に居ることは、処分どころか報奨に近かったから


「・・・連絡なんて、こないといいのに」
イタリアが、まるで僕の考えを読み取ったようなことを言った

「リンセイ、ずっと俺の家にいてよ。それで、ずっとずっと俺と一緒にいて?」
イタリアは僕を見上げ、乞うような表情で言った

「ずっと・・・イタリアと・・?」
これだけ気を許せる友ならば、それでもいいかもしれないと思う
だけど、それは国を捨てるに等しいこと
いくら相手が好ましい友人でも、その選択をするわけにはいかない


「・・・ごめん。それは、できない」
イタリアがそんなことを言い出したのは、もう二度と、僕に離れて行ってほしくないからかもしれない
イタリアは残念そうに、ヴェーと奇声を発した

「別に僕が国に戻っても、会えなくなるわけじゃないんだから・・・」
僕は安心させるように、イタリアの頭を撫でた
「ん・・・そうだけど・・・」
何か不満があるのか、イタリアは口ごもっていた

「・・・僕、もう寝るよ。お休み、イタリア」
駄々をこねられる前に、僕は話を切り上げた

「あ・・・・・うん、おやすみ」
イタリアは甘えるように、リンセイの首元へ顔を埋めた
甘えん坊の弟がいたら、こんな感じになるのだろうかと思う
僕は、イタリアに対してはもう友以上に親密な、兄弟のような感情を抱いているのかもしれない
だから、無防備でいられる
僕は、それがとても楽だった
そして僕はもう、チョコレートに書かれていた文字のことなど、忘れかけていた




―後書き―
読んでいただきありがとうございました!
ここから番外編ということで、だんだんと自重がなくなっていくと思われまs
思った以上にリンセイ視点が書きやすいので、番外編はリンセイ視点中心で進めていこうと思っています
日本編はまだ考えていないので、先にイタリア編を完結させる予定です