番外イタリア編#2 後編


そのホテルは大型で、内装も綺麗なものだった
イタリアは早速部屋を取り、僕等はエレベーターで移動した
着いた部屋は最上階で、大きな窓からはライトアップされている下の様子が綺麗に見えた
ここに来てもベッドが一つしかないのが気になったが、どうせいつものことなので特に何も言わなかった
それに、ゆうに三人は並んで眠れるような大型サイズだったので、不便はないだろうと思った

「じゃあ、俺お風呂入ってくるね〜」
イタリアは、当たり前のように着替えは持たずに、浴室と思われる部屋へ入って行った
まあ、どうせすぐに眠るからいいのだけれど
僕はベッドに腰を下ろして、外の景色でも見ながらイタリアが出てくるのを待つことにした
そうしてから一分も経たない内に、浴室から声が聞こえてきた


「リンセイ、ちょっと来てー!」
大声でそう呼ばれたものだから、僕は何かあったのだろうかと慌てて浴室へ移動した

「イタリア、どうした!?」
浴室の扉を開くと、イタリアが棒立ちになっていた
そこはとても広い浴室で、浴槽などゆうに十人は入れそうなくらいだった

「ねえねえ、お風呂すっごい広いよ〜!リンセイも一緒に入ろう!」
僕は肩を落として、溜息をついた

「何事かと思って来てみたら・・・僕は後でいいよ」
そう言って扉を閉めようとしたが、イタリアが割り込んできて完全には閉められなかった
僕はとっさに視線を逸らし、イタリアを直視しないようにした
いくら頻繁に一緒に眠るようになったとはいえ、全裸の友人を直視する度量はまだ持ち合わせていなかった
いつもは、毛布でほとんど隠れてしまっているからいいものの、今は布一枚身に着けていない状態だと思うと
僕はつい、顔を背けてしまっていた

「折角こんなに広いんだし、一人で入るの寂しいよー。日本の家に泊まったときは、一緒に入ったじゃん」
「あ、あれは・・・」
あのときは、友好関係を深める為に断れなかっただけだ・・・とは、言えなかった
相手国からの信頼を勝ち取るためだけに交流していたとわかれば、イタリアが少なからずショックを受けるかと思った
そのせいで、僕はとっさに断る言葉が浮かんでこなかった

「ほら、ぼーっと立ってないで、服脱いでー」
イタリアが服を脱がそうとしてきたので、僕はとっさにその場から飛び退いた
「わ、わかった、わかったから・・・先に、入っていてくれ」
戸惑いながらもそう言うと、イタリアは満面の笑みを浮かべた

「うん!先に入ってるよ〜」
イタリアが扉を閉めたことを確認してから、僕は渋々服を脱ぎ始めた
とっさのことで後先考えずに発言するのは、もうやめようと思った瞬間だった




服を脱ぎ終えた僕は、日本さんの家で露天風呂に入ったときと同じく、タオルを一枚だけ腰元に巻いておいた
僕が浴室の扉を開くと、すぐにイタリアが振り向きこっちを見た
「あれ、リンセイまたタオル巻いてるの?」
イタリアにとってはそれがとても意外なことなのか、不思議そうに尋ねてきた

「まあな・・・。別に、こうしてたって構わないだろ?」
それ以上何か言われる前に、僕はさっさとシャワーで体を洗い流した
浴槽のほうから、ヴェーという不満そうな声が聞こえてきたが、聞こえないふりをしておいた

「そうだ、体洗ってあげるよ」
突然イタリアがそんなことを言い出し、浴槽から出てこようとした
イタリアの方を向いてしまった僕は、慌てて両肩を掴んだ

「い、いいから、まだ入ったばかりだし、もっと温まってたほうがいい」
僕はそう言って、イタリアから視線をずらしつつ両肩を押した

「それじゃあ、リンセイも入ろ」
イタリアは、ぐいっと僕の腕を引っ張った
視線を逸らしていたせいで、イタリアの行動に気付くまでに時間がかかってしまった
そのせいで反射的な回避行動ができずに、僕は半ば浴槽へ引きずり込まれる形になった

すぐ傍に、何も身に着けていない友人がいる
僕はすぐさまそこから出ようとしたが、それを予想していたのかイタリアが思い切り抱きついてきた
まるで、絶対に逃がさないと言いたげに、強く

「あ、え、あの、イタリア」
イタリアは僕の首元の少し下に耳を当て、まるですがりつくようにして僕に密着していた
直に肌が触れ合う感触に僕はかなり動揺し、しどろもどろになる
両腕はがっちりと背中にまわされ、ほとんど身動きが取れない
ただ、水面が揺らいで、イタリアの下半身がはっきりと見えないのは幸いだった
それでも僕はなるべく下を見ないように、じっと壁を見続けていた


「・・・リンセイ」
名を呟かれたが、僕は動揺のあまり硬直して、真っ直ぐ前を向いていた
皮膚にかかったイタリアの息遣いが、熱く感じられた

「俺・・・ずっと、リンセイと、こうしたいって思ってたんだ」
「え、そ、そう、なのか」
衝撃的なことを言われたというのに、僕の頭はついていけずリアクションがうまくとれない
頭の中が、ほとんど真っ白になってしまっている

「リンセイからも、ハグして?」
「あ・・・ああ」
正常な判断ができなくなっているのか、僕は言われた通り、イタリアの背に両手を回した
触れられていなかった両腕にもイタリアの肌の感触を感じ、僕はますます動揺してしまう
もう、触れていないところなんて、顔ぐらいしかない


「リンセイ・・・」
イタリアは、背中にまわしていた腕を僕の後頭部にまわし、下を向かせた
下から徐々に、イタリアが近付いて来る
頬を染め、どこかぼんやりとしているような表情で
僕は、ああ、いつものことだと思い、そのまま目を閉じた
そして、イタリアの唇が僕の同じ個所に重なる感触がした
この行為は、すでに初めてのことではなくなっていたので、そんなに動揺はしなかった

だけど、僕は何か違和感を覚えた
触れているものの感触が、どこか違っている
柔らかいものには変わりないのだが、湿っているような感触が唇を舐めている
そして驚いた事に、その柔らかな感触は、口内に伝わってきていた

「っ!?ん・・・・っ」
そこで、僕ははっとしたように目を見開いた
だが、眼前にある相手の顔が直視できず、すぐに目を閉じた
口内に伝わるものの感触
それは、イタリアの舌が入り込んできているのだと、今気付いた


自分の口内にあるものが、絡め取られる
感じた事のない感覚に、瞬間的に心音が強く、早くなる
口を閉じることができず、唾液が口端から零れていった

「は、ぁ・・・っ」
息継ぎをしようとすると、自分でも聞いていて信じられないような、上ずった声が発された
決して、意図して発しているわけではない
まるで、声帯だけが勝手に震えているかのようだった

「んん・・ぅ・・・っ、あ・・・」
だんだん呼吸が苦しくなり、息継ぎをしようとする回数が多くなる
すると、それに伴ってまた上ずった声が発されてしまう
こんなにみっともない声を聞かせたくないとは思っていたが、どうしても自分では抑えきれなかった
僕の指先には、無意識の内に力が込められていた


「ヴェ・・・リンセイ」
イタリアも流石に苦しくなったのか、少し息を荒くしつつ、重ねていた個所を離した
僕はとたんに力が抜け、両腕を力無く下ろした
動揺と、驚きと、呼吸困難のあまり、肩で息をしていた


イタリアの行動が、すぐには理解できなかった
今の行動は、スキンシップという言葉では片付けられない
いくらイタリアが積極的でも、挨拶代わりにあんなことをするとはとうてい思えない

「イ、イタリア、君は・・・」
僕は、荒い息混じりで言った
どうして突然、こんなことをしたのか
それは、尋ねてはいけないことだったのに
今までハグされても、キスされても、その質問はしてこなかったのに
頭がぼんやりとしていて思考が散漫になっているせいで、僕はふと湧きあがったその疑問を投げかけてしまっていた


「・・・君は、僕のことを・・・・・・・・・・・・」
もう、自分の中で答えは出ているようなものだった
もしかしたら、僕はイタリアに答えてほしかったのかもしれない
それとも、ただ混乱しっていただけなのかもしれない
僕の中には、よくわからない感情が、渦巻いていた


「僕のことを・・・・・・愛して・・・いるのか・・・?」

禁句としていた言葉が、口から零れた
自惚れにも聞こえる台詞だが、これはイタリアにキスされたときから抱いてきた疑問だった
だけど、僕はイタリアの行動はただのスキンシップだと、そう結論づけてきた
そうして誤魔化さなければ、対応できなかった

チョコレートを砕いたときもそうだった
僕は、確固たる愛の言葉を、なかったことにしてしまいたがっていた
あのときは、その言葉を受け入れられなかった
イタリアは少しの間を置いてから、そして答えた


「うん。俺、リンセイのこと、愛してるよ」

イタリアは、当たり前のことを答えるかのように、さらりと答えた
ふざけたような調子は、一切感じられなかった
いつもとは違う、あまり抑揚のない声が、その言葉は真剣なんだと感じさせていた

「・・・・・・・・・そうか」
答えを聞いた僕は、自分でも驚くほど落ち着いていた
僕は予想していたのかもしれない
イタリアが、僕に対して恋愛感情を抱いているということを
僕は、そのことをありえない事実だとして、包み隠していたのだと思う
友人が恋愛感情を抱いているとわかれば、僕はきっと今まで通りに接することができなくなるから

「イタリア、君は・・・・・・そうだったのか・・・」
僕は項垂れ、イタリアの肩に額を乗せた
顔を見ることが辛くなったからではない
急に、体がだるくなった
もう、自分で自分を支えることが億劫だった

「・・・・・・リンセイ?」
イタリアから尋ねられるように名を呼ばれたが、返事ができなかった
言葉を発することさえ、億劫だった
僕はイタリアに体を預けたまま、目を閉じた




―後書き―
読んでいただきありがとうございました!
リンセイ視点で書くとなぜかすらすら書けるのがわたしは不思議でたまらない
NO.6のほうは第三者視点も入れて書きたいという、変なこだわりがありますが
ヘタリアだと、妙にリンセイ視点で書きたくなるのでまた不思議
だけれども、リンセイ視点か第三者視点か、どっちで書いた方が思いが伝わり易いのか悩むこのごろ