ヘタリア 日短編、お互いのもどかしさ


僕はこの前、とうとう菊さんと体を重ねた
それからというもの、菊さんがどこかよそよそしくなっている気がする
あんな行為の後だから仕方のないのかもしれないが
僕に触れることを遠慮しているような、そんな雰囲気があった

それはとてももどかしく、思い切って僕から触れようとするのだが
そうするたびに、何気ない動作でさっとかわされてしまう
それならば間接的に誘惑でもするしかないかと思うのだが、僕にそんな技術があるはずはない


そして、今日ももどかしいまま夜を迎えていた
勿論布団は別々、だがすぐ隣にいてくれる
菊さんが眠った後に、触れようと思えば触れられる
だが、寝込みを襲うような真似はなるべくしたくはない
でも、菊さんに触れたい、触れてほしいという思いは確かにある
ここ数日指一本触れていないせいで、僕はもうもどかしくて仕方がなかった
そんなことは知る由もなく、菊さんはいつものように僕の隣に布団を敷いていた

このまま眠ってしまえば、明日もまた同じもどかしい一日になってしまう
何か行動を起こさないと、そんな日はずっと続いてしまう
だから僕は避けられるのを覚悟して、菊さんが座らない内に手を伸ばした
幸い、菊さんはその行動に気付いていない
肌に触れれば気付かれてしまうだろうと思い、僕は寝具の袖の裾を少しだけ握った
それを軽く引くと、菊さんは気付いて僕を見下ろした
僕は菊さんを見上げて、そして言った

「菊さん・・・・・・一緒に、寝てくれませんか・・・?」

誘惑でも何でもない、ただの頼み事だった
了承してもらえる保証はないけれど、菊さんの性格上、僕はわずかな期待を抱いていた
菊さんは何かを考えているのか、少し驚いた表情で僕を見下ろしたまま静止していた

僕は、また軽く裾を引っ張った
そうしたとたん、菊さんは布団の上に座り、僕の肩をぐっと押した
突然の行動に、僕はすんなりと後ろへ押し倒された
僕が驚きを露わにしていると、菊さんはその上へ覆いかぶさった


「っ・・・貴方が、そんな可愛らしいことをするから・・・」
「菊さ・・・」
名前を呼ぶ途中で、言葉は途切れた
僕の口は菊さんの唇に塞がれ、動かせなくなっていた
僕は一瞬目を見開いて驚いたが、すぐに目を閉じた

「ん・・・っ」
それは優しく、それでいて相手を渇望するような口付けだった
口付けはすぐに深いものになり、口内に柔らかなものが進んでくる
僕は抵抗することはなく、完全にその行為に身を任せていた




重なっていたものが離れたので目を開くと、そこには困っているような表情をしている菊さんが見えた
薄暗闇の中でも、ほんのりと頬が紅潮しているのがわかる
たぶん僕も、同じ状態になっていると思う
菊さんはじっと僕を見詰めて黙っていたが、ふいに口を開いた

「・・・この前、体を重ね合わせたばかりですので・・・自粛していたのですが・・・」
菊さんは、ばつが悪そうにそう言った

「もしかして・・・だから、僕に触れることを避けていたんですか?」
そう尋ねると、菊さんは黙って頷いた
「でも・・・何で、指一本も触れてはならなかったんですか?」
行為後の一日二日くらいは、恥じらいを覚えているせいで相手に触れづらいということはあると思う
けれど、手を握ることすらできないのは妙だと感じた

「・・・貴方に触れると、歯止めがきかなくなってしまう気がして・・・
その、この前したばかり・・・ですので、リンセイ君の負担になってはいけませんので・・・」
恥じらいを感じているのか、言葉は詰まりがちだった
その言葉を聞いた瞬間、この人は底抜けの良い人だと思った

けれど、それは空回りしてしまっている
僕は、菊さんに触れたい、触れてほしいという想いは変わっていない
気遣いすぎて、結果的に相手を避けることなんてしてほしくない
だから僕は自ら菊さんに手を伸ばし、すぐ上にある頬に触れた

「僕なら大丈夫です。菊さんが望むのなら・・・僕は、身を任せます」
こんな発言は羞恥心が湧き上がってきそうなものだが、ほとんど自然にそう言っていた
今の僕は、羞恥以上に相手を求めている証拠だった
菊さんはまだ迷いがあるのか、少しおずおずとしながら僕に抱きついた


「・・・今日は、まだ自粛しておきます。
リンセイ君のお言葉は本当に嬉しいものです。けれど・・・誘いに負けてしまった自分が、恥ずかしくて・・・」
呟きのような声が、耳に届く
裾を少し引っ張っただけで菊さんを動揺させられるとは、思っていなかった
その行動を菊さんは可愛らしいと言ったが、それはお門違いの言葉だ
菊さんの目にどう僕が映っていたのかはわからないが、たぶん相応しくない表現だと思う

僕が菊さんの背に腕をまわそうとしたとき、覆いかぶさっていた体が離れた
そして、菊さんは早々と隣の布団へ入ってしまった
それは自分を自制するための行動なのだと思ったので、手を伸ばして引き止めることはしなかった

「・・・お休みなさい」
菊さんは一瞬僕の方を見てそう言った後、目を閉じた
僕は相変わらずのもどかしさを覚えていたが、「お休みなさいと」呟いて目を閉じた



それから僕は、眠るまでの間に考えていた
明日から僕が菊さんを避けるようになれば、一体どんな対応をするのだろうかと

菊さんは、僕に気を遣いすぎている
その結果、僕はもどかしさを感じている
そんな立場を逆転させれば、菊さんもこのもどかしさがわかり、気を遣いすぎることがなくなるかもしれない
菊さんを避けるなんてことは気の引ける行動だが、同じもどかしさを感じてもらう方法を他に思いつかない
そして僕は、菊さんをどう自然に避けようかと考えている内に、眠りへ落ちていった





翌日、僕が昨晩考えた行動は朝から始まった
僕は菊さんに指一本触れぬよう注意するようになった
それが意図的だと悟られないように、ごく自然な振る舞いで
散歩や家事の手伝いなどのことはするが、最低限のコミュニケーションで一日を過ごす
意図的にこんなことをしていると少し罪悪感を覚えたが、中途半端なところで止めるわけにはいかない

意図的に避けているとはいえ、触れたいという思いは確かにあった
だがそれをぐっと我慢して、日々を過ごした
菊さんは特に訝しむようすはなく、平然としているように見えた
しかしある日、ちょっとした変化が訪れた
それは、僕が菊さんに触れることを避けるようになってから五日後のことだった


「菊さん、あの、今日は・・・何だか、少し違いますね」
その違うところというのは、服装だった
仕事が終わった後の夜の時間帯は、お互いにいつも楽な服装でいる
しかし、菊さんは今日はいつもより楽というか、ラフな感じがした

それというのも、大きな違いがあるわけではない
ただ、胸元の布が少し広く開いているだけだ
しかし、いつもより少し肌が露出されているだけなのに、僕の視線はその部分をちらちらと見てしまっていた

「今日は少し暑いので、つい風通しをよくしたくなってしまいまして」
菊さんは相変わらず、平然とそう言った
そして、いつものように縁側で晩酌をたしなむ
僕はまだそれほど飲酒をすることができないので、お茶で済ませている
それでも、こうして縁側で二人のんびりと一日の終わりを迎えるのが好きだった
そんな中にも、また違うところがあった
菊さんのお酒の進むペースが、いつもより早い気がする
小さな盃を一杯空けてはまた一杯と、どんどんついでゆく


「菊さん・・・今日は、お酒のペースが早いんですね」
「ええ。少し良い物が手に入ったので、おいしくて」
そう言いつつ、菊さんはまた一杯盃を飲み干した
度数が強いものなのか、菊さんの頬はほんのりと紅潮してきている


その姿に、僕は目を見張った
服はさっきのまま少しはだけていて、目はぼんやりとしてきている
そして極めつけは赤く染まった頬
気がつけば、僕は菊さんを凝視してしまっていた
それと同時に、抑えていた思いが強くなってくるのを感じた

今すぐ触れ、抱きしめてしまいたい
僕は確実に、惹かれている
しかし、僕の方から触れてしまっては今までの行動の意味がなくなってしまう
僕は自制心を強く持ち、これ以上惹かれないように視線を逸らした


そのとき、カタンと何かが落ちるような音がした
僕はつい反射的に、再び菊さんの方を見てしまった


「き、菊さん」
落ちたのは、菊さんが手にしていた盃だった
菊さんは両手を後ろにつき、体を支えるのがやっとという状態になっていた
目は完全に虚ろになっていて、どこか遠くを見ている

「・・・大丈夫ですか?」
そう尋ねると、菊さんは焦点の合わない目で僕を見た


「・・・少し、飲みすぎてしまったようです。
・・・・・・今日は、もう眠ることにします」
菊さんはそう言って立ち上がったが、当然のように足元がふらついていた
僕はとっさに菊さんの肩に腕をまわし、よろめく体を支えた
今は、触れることを避けている場合ではない
しかし、僕はそうして菊さんに触れたことに幸福感を覚えていた

「・・・早く、寝室で休みましょう」
僕は歯止めが利かなくなってしまう前に、早く菊さんを運ぶことにした
これほどまでに酔っている菊さんを見るのは、初めてだった
いつもは体にこんな支障をきたさないくらいで止めているのに
けれど、今日のお酒はよほど口に合うものだったのだろうと、僕は特別不思議に思うことはなかった




寝室へ着くと、僕はすぐに菊さんを布団に寝かせた
この身を離すことが名残惜しいと思ったが、ずっとくっついているわけにはいかない

「それじゃあ、菊さんは先に寝ていてください。僕は後片付けをしてきますから」
僕はそう言い、立ち上がろうとした
しかし、その動作は途中で止まった
いや、止められてしまったと言う方が正しい
袖の端が引っ張られ、体がわずかに傾く
そう、菊さんは以前僕がしたことと同じように、軽く袖を掴んでいた
そして僕を見上げ、聞き覚えのある台詞を口にした

「リンセイ君・・・・・・一緒に、寝てくれませんか・・・?」

そのとき、僕の心音は瞬間的に高鳴った
求めるように、甘えるようにそう言われ、その言葉で思考が止まった

そんな言葉をかけないでほしいのに
僕はきっと、自制心をおろそかにしてしまうから
菊さんは、じっと僕を見上げている
裾を引っ張る、まるで子供のような動作
ああ、可愛らしいと、瞬間的にそう思った
僕は、衝動的に湧き上がってきた想いを、抑制できなかった


「・・・菊さんっ」
僕は裾を掴んでいる手を握り、菊さんの上に覆いかぶさった
菊さんは軽く微笑んで、僕の背に手をまわした

「・・・ずるいです、そんな動作で誘いかけるなんて・・・」
いや、もしかしたら服がいつもと違う時点で、すでに誘われていたのかもしれない
酔って頬が染まった姿も、全て僕にこうして行動させるためのものだったのかもしれない
もしそうであれば、浅はかな策略ではこの人にはとうてい敵わない気がした

「ふふ。これで、私が貴方に惹かれた理由がおわかりになったのではないですか?」
僕は少し動揺しつつも、「はい」と返事をした
本当に、僕が今感じた衝動を菊さんも感じていたのだろうか
僕には似つかわしくない褒め言葉を、本当に・・・

「・・・でも、それなら菊さんも僕の気持ちがわかったんじゃないですか?」
立場が逆になったのなら、菊さんも避けられるもどかしさを感じていたかもしれない
それは図星だったのか、菊さんは困ったような表情をした

「・・・そうですね。だから、私はこうして貴方を誘いかけたのだと思います」
「じゃあ、もう気を遣いすぎることはしないでください。
僕はいつだって、菊さんになら任せられますから・・・」
僕は菊さんにそっと口付ける・・・ことはできず、頬に手を添えるだけで終わった
いくら気を遣わない関係でいたいと言っても、易々とその行動ができるほどの度量はなかった

「いいのですか?私に、そんなことを言ってしまっても・・・」
その問いかけに、僕はすぐに「もちろんです」と答えた
すると突然視界が反転し、気がつくと僕は菊さんを見上げていた

「え、き、菊さん」
急なことに動揺し、言葉がどもる

「気遣わなくていいなんて言うからですよ。撤回するのなら、今のうちですが・・・」
撤回しなければされるであろう行為は、予想がついていた
けれど、撤回なんてしようとは思わなかった
僕は返事の代わりに横に首を振り、両腕を菊さんの背にまわした
そして僕は、嬉しそうに微笑んだ菊さんと体を重ねた―――




―後書き―
読んでいただきありがとうございました!
もやもやする終わり方ですみませんorz
イチャイチャシーン(死語)も少なく、自粛ぎみで物足りない感が・・・
たぶん・・・教習所終わってほっとして、脳内が健全モードになっているのだと思われます