異常疾患2


ジュンと共に過ごしていると、路地裏の仕組みに詳しくなる。
おかげで、犬が争う声が聞こえてくると、すぐに駆けつけることができるようになった。
狂犬病の犬が争っている場面を目の当たりにすると、噛みつかれないように注意しつつ、首元にさっと注射針を刺す。
すると、とたんに犬の動きは鈍くなり、ぐったりとその場に横たわる。
自分で保健所に連れて行くことはできないので、GPSで場所を送信して担当者に回した。

今日は4匹の犬を大人しくさせることができ、一仕事終えた気持ちになる。
そうして住処に戻ると、一匹の猫がおかしいことに気付いた。
よく見るとその猫の足からは血が出ていて、歩き方がおぼつかない。
ジュンは猫のすぐ傍で、じっと傷を凝視していた。

「誰に、こんなことされた」
猫は悲痛そうな声で、弱く鳴く。
ジュンは暫く黙っていたけれど、ふいに立ち上がって出口へ行く。

「ジュン、まずこの子の手当てをしないと」
聞こえていないのか、ジュンは振り返ることもしない。
きっと、猫を傷付けた相手に報復したくて仕方がないんだろう。
ついて行きたかったけれど、猫をこのまま放置しておけなかった。
ジュンを見送った後、救急箱を取ってくる。
こんなこともあろうかと、キャットフードを買ってくるついでに猫用の医療品を購入しておいてよかった。


「少し、我慢してくれよ」
猫の足を取り、まずは消毒液をかける。
しみるのは人間用と同じなのか、猫はぎゃっと鳴き、手の甲を引っ掻かれた。
痛みに顔をしかめたけれど、離すわけにはいかない。
消毒した後、包帯で足を巻き、取れないように留める。
猫は鬱陶しそうに包帯をいじっても、解こうとはしなかった。

「よしよし、まだ歩くのは辛そうだから、安静にしてような」
猫をそっと抱き、ジュンの部屋へ行く。
心配しているのか、他の猫もついてきて微笑ましかった。
ベッドに腰掛け、猫を膝の上に座らせてジュンの帰りを待つ。
猫の背をそっと撫でると、気が落ち着いてきたのか、目を閉じて大人しくしていた。


もう、一時間くらい経っただろうか、ジュンはまだ帰ってこない。
膝の上の猫はとっくに寝ていて、背に手をやると規則的な息遣いが感じられる。
ほんのりと温かくて柔らかい感触に、うとうととしてきていた。
目を閉じてしまおうかと思ったとき、周囲の猫が部屋の入り口を見詰める。
はっとして視線を向けると、気配もなくジュンが佇んでいた。

「ジュン、戻ってき・・・」
そこで、ジュンの右手に握られた包丁を見て言葉を止めた。
刃は赤々と濡れていて、鉄の匂いが漂ってくる。
それだけなら、見慣れたものではあるけれど
ジュンの顔が、まるで機械のように冷淡なものになっていて、思わず凝視していた。
どんな懇願も通用しないであろう冷たい目に、一瞬怯む。
そんな表情は一時のもので、猫が治療されたのを見ると、包丁を落として駆け寄ってきた。

「トモダチ、手当てしてくれたの?」
「あのまま、放っておけなかったから」
ジュンが、猫を穴が空くほど見詰めていると、目を覚ます。
猫はジュンを見上げて一声鳴くと、僕の手を軽く舐めた。
ジュンが視線を猫から移し、隣に腰掛ける。


「・・・気が気じゃなかったんだ。細菌が入って酷くなったら大変だし、万が一歩けなくなったら・・・」
そこまで言ったところで、ジュンが飛びついてきた。
猫はさっと飛び退いたが、僕はあまりの勢いに押されて、ベッドへ倒れ込んでしまう。
そのままジュンが馬乗りになる形になり、唖然として見上げる。

「ど、どうしたんだ・・・?」
上から強い熱視線を感じ、変に緊張する。
「ボク、ツカサの猫になりたい」
「猫に?」
「うん。ツカサに、トモダチみたいに慈しんでほしいから」
そこで、ジュンはさっきの猫を羨ましがっているのだと気付く。
まるで、愛情に飢えている幼子のようだ。

「・・・いいよ。ジュンがそう望むんだったら、それでいい」
かすかな同情心から許可すると、ジュンは目を細めて笑い、体を重ね合わせた。
猫とは違う温かみに、気が安らいでいく。
瞼を閉じようかと思ったとき、首筋に不思議な感触を覚えた。
猫の鼻のような、柔らかいものがしきりに触れている。
何だろうと思いつつ放置していると、その感触は湿ったものに変わった。

「っ、ジュン・・・」
肩がわずかに反応し、動揺する。
ジュンは小さく舌を出し、甘えるように首筋を舐めていた。
猫に舐められたときはくすぐったいだけだった感触が、どこか違う。
ざらざらしていないからだろうか、滑らかなものに触れられると、緊張感が増した。

「な、何、してるんだ・・・」
問いかけると、ジュンが一旦動きを止めて顔を上げる。
「トモダチはみんな、こうやって愛情表現をするんだ。ツカサも、知ってるよね・・・?」
「確かに知ってるけど、人とは違・・・」
反論しようとしたところで、ジュンが再び首元へ顔を埋める。
今度は舌で弄るのではなく、皮膚を軽く甘噛みし始めた。

「何・・・っ」
少し歯が当たり、別の感触を与えられると、体が熱くなってしまう。
首がしっとりと濡れてゆき、生唾を飲んでいた。
もう舐める所がないと思うと、服をたくし上げられて、体の前面が露わになる。
はっとしたとき、ジュンは身を下ろして、心臓の辺りに耳を当てていた。
自然と、胸部が上下に動く。
ジュンは、静かにその音を聞いているようだった。


「温かいな・・・こうしてると、すごく落ち着く」
「・・・そう、だな。温かいのは、僕も好きだ」
ジュンはしばらく、そのままじっとしている。

「・・・猫が傷ついているのを見ると、寒くなるんだ。
自分の中が冷たくなっていくような、そんな感じがする」
ジュンが、悲痛な声で言う。
そこで、さっき見た無表情で、無感情な、機械のような表情を思い出す。
あれは、ジュンの奥底に秘められた狂気の片鱗なのだと察していた。

「ツカサは温かくて、すごく安心する。ヤトはこんなことさせてくれないけど、ツカサなら・・・」
そう言うと、ジュンは耳を当てていた心臓の辺りへも舌を這わせる。
わずかに肩が震えたけれど、ジュンを突き飛ばせなかった。
猫しかよりどころのない少年に、同情しているんだろうか。
ジュンは、胸部や腹部の辺りも軽く舐め、甘噛みする。

「っ・・・」
滅多に触れられない場所への刺激に、心音は自然と早くなる。
「ツカサ、一番温まる方法、知ってる・・・?」
「・・・だいたいわかるけど、まさか」
問いかけようとしたところで、ジュンがズボンの留め金に手をかける。
このままでは流石にまずいと、とっさに手首を取って押し留めた。


「寒いんだ、ツカサ。ツカサと一緒に、温まりたい」
危機感を覚えてジュンの手首を引くけれど、断固として離れない。
力業では無理だと、必死に言葉を探した。
「・・・で、でも、そろそろ夕飯の時間だ。
その、温まる行為が何分かかるかわからないし、僕らの都合で友達を空腹のまま待たせるのはどうかと思うんだ」
苦しい言い訳だったかと、反応を待つ。
ジュンは考えるように動きを止めていて、やがて留め金から手を離した。

「そうだね、みんな、お腹空かせてる。
ツカサがそこまでトモダチのこと考えてくれてるなんて、嬉しいな」
「ま、まあ、ね」
保身のための言い訳だったとは、とても言えない。
「でも、ご飯の前に、少しだけ・・・」
ジュンが下肢から離れ、身を乗り出してくる。
やけに距離が近くなったと思った瞬間には、唇に柔らかな感触が伝わっていた。
目が丸くなり、何も言葉が言えなくなる。
驚愕のせいではなく、もう口を開けなくなっていた。


ジュンは、唇を押し付けたまま、じっと動かないでいる。
まるで、その感触だけに集中するように目を閉じて。
あまりの至近距離に、同じく目を閉じる。
すると、唇に感じる柔らかさだけに意識が行ってしまい、ますます落ち着かなくなった。

重なり合っている体のも、その口もだいぶ温かい。
服を隔てて心音や息遣いが伝わると、共鳴するように頬が熱くなっていく。
その感覚が思いの外心地よくて、いつまでもジュンを突き飛ばせないでいた。

長い口付けのさなか、空腹を訴えるように猫が一声鳴く。
そこで、やっとジュンが離れた。
「待たせてごめん、ご飯にしようか」
ジュンは、何事もなかったかのように平然と部屋を出て行く。
その一方で、口付けられた本人は、なぜ拒めなかったのだろうと悶々としていた。




その後、猫が傷ついてから、ジュンは不安定になった。
夜にうなされることがあり、食事の時間を忘れることもある。
そして、今日はとうとう部屋にこもってしまった。
心配そうに、猫は入り口の前でうろうろとしている。

「・・・ジュン、入るよ」
一応、一声かけてから部屋へ入る。
中では、ジュンがベッドの上で、毛布にくるまっていた。
体を縮こませて、自分を守るように膝を抱いている。
不安がっている様子が一目でわかり、すぐ隣に腰かけた。
ジュンは隣に人が来たのを察知すると、毛布を投げ出す。

「ツカサ、寒いんだ・・・マフラーをしてても、毛布を被っても、寒いんだ・・・」
か細い声に、思わずジュンの背を抱く。
ジュンが身をすり寄せてくると、猫を撫でるように背中をさすった。

「もうすぐ猫の包帯は取れるよ。普通に歩けるようになる」
「うん・・・」
今のジュンは、甘えたがりのただの子供だ。
だから、だんだんと体重が圧し掛かってきて、押し倒されても、抵抗できなかった。
以前のように、ジュンを見上げる。

「ツカサ・・・温まりたいよ。お願い・・・」
ジュンは、躊躇うことなく唇を重ね合わせる。
たぶん、相手のことは体の大きな猫としか認識していないんだろう。
不慣れなせいで緊張するにはしたけれど、やはり嫌じゃなかった。

じっとしていると、ジュンは小さく舌を出し、唇を舐める。
一瞬、寒気に似た感覚が背に走ったけれど、すぐくすぐったさに変わった。
むずむずとして、口の隙間から息が漏れる。
すると、ジュンはすぐさまその中へ舌を進めてきた。

「ん・・・っ」
柔いものが入り込んできて、思わずジュンの肩を掴む。
それは、相手を求めてやまないように絡みつき、液を交わらせていく。
早急な交わりに、手の力が抜ける。
息継ぎをすると、液の音が聞こえてきてしまい、羞恥心が湧き上がった。
ジュンはひたすらに舌を絡みつかせ、気を昂らせようとする。
それは、お互いに体温を上げ、温まりたくて仕方がないような様子だった。

「は、っ・・・あ・・・」
滑らかで、淫猥な感触が続き、少し苦しくなってくる。
そこで、ジュンがやっと口を離し、間に液を伝わせた。
次に、息つく間もなくジュンは首筋へ舌を這わせる。
以前のようなゆったりとしたものではなく、舌から上へ大きく弄った。

「っ、ちょ、っと・・・」
一旦止めさせようとしても、口を開くと変な声が出そうになる。
猫に舐められているときと同じようなはずなのに、気分はまるで違った。
声を抑え、唇を噛む。
それでも、何度も弄られていると弱い部分に当たってしまう。

「あ、ぅ・・・」
息を吐く間に、どうしても音が漏れる。
このままでは体が反応してしまうと察知したとき、ジュンに服をたくしあげられた。
ジュンは、心臓の辺りに耳を当て、目を閉じる。


「あ・・・心臓の音、早くなってる。それに、体も熱くなってるみたい」
「・・・ジュンが、舐めるから」
「そうなんだ?じゃあ、もっと舐めたいな」
墓穴を掘ってしまい、ジュンが胸部の辺りにも舌を這わせる。
そこで、突起の辺りに柔い感触がかすめ、肩が震えた。
ジュンはその反応を見逃さず、その部分へ集中的に触れる。

「あ、っ、やめ・・・」
より敏感にものを感じる個所は、体を熱くし、気分を昂らせる。
ジュンがその部分を咥え、赤子のように吸い上げた。
刺激が強まると息が不規則になり、心音は速さを増す。
もう、ジュンを止めることができない。
感じ続けていると、下肢が疼いてきてしまった。

「ツカサ、温かい・・・もっと、熱くなれるよね」
「うう・・・」
胸部にジュンの息がかかるだけでも、感じるものがある。
その感覚のせいで、ジュンを跳ね除けられないでいた。
ジュンが再び身を近づけ、唇を重ねる。
その吐息は、お互いに熱くなっているようだった。

これ以上触れられると、自分自身を抑えられなくなる。
また、柔い感触が入り込もうとしたとき、部屋の外で猫が騒がしく鳴いた。
猫の声に反応し、ジュンが口を離してベッドから下りる。
「・・・帰って来たんだ」
ぽつりと呟き、ジュンが部屋を出て行く。
一人取り残された僕は、まだ肩で息をしつつ、ぼんやりと天井を見上げていた。


―後書き―
読んでいただきありがとうございました!
前回と同じような場面が・・・構成がワンパターンな気がしてならない。
次から、一人お相手が増えまする。