異常疾患6


狂犬病の犬も減り、とうとう保健所から連絡があった。
携帯の着信相手を見て、周囲に猫がいないことを確認して通話ボタンを押す。
『お久しぶりです、調子はどうですか?』
職場の女性の声が聞こえ、周囲に注意する。

「順調に、狂犬を大人しくできてますよ」
『ありがとうございます。そのことなんですけど、だいぶ数も減ったんで、そろそろ戻ってきていただけませんか?』
今は、狂犬駆除の仕事で保健所から暇をもらっていた。
けれど、いつまでも本部の仕事をおろそかにしているわけにはいかない。

「わかりました。近い内に戻ります」
『よかった。この前も一人、鬱で辞めてしまって困っているんです。では、お願いします』
そこで、通話が切れた。
保健所の仕事は、動物を思いやる一方で、薬殺しなければならない。
そのギャップに苦しみ、鬱になる人は少なくなかった。

だから、何匹殺しても平然としている職員は重宝されているのだろう。
携帯をポケットにしまい、溜息をつく。
まだ、ジュンに伝える言い訳を考えていなかった。
もしかしたら、もうヤトに素性をばらされているかもしれないけれど。


「ツカサ、何話してたの?」
気配もなく、背後から呼びかけられてどきりとする。
さっと振り向くと、すぐ近くにジュンがいた。
「・・・病院の人だよ。調子はどうかって、心配してくれてた」
「ふーん、そっか」
納得したのか、していないのか、ジュンは生返事を返す。

「・・・僕、猫とじゃれあってくるよ」
深く追求されてはたまらないと、その場から逃げようとする。
けれど、その前にジュンにまわりこまれてしまった。
「ね、ボク、みんなと同じで、すごく耳がいいんだ。今の、知らない人の声だった」
「・・・新しい職員の人じゃないかな。僕も、知らない人だった」
まさか、相手側の声まで聞こえていたなんて信じられない。
ただ、鎌をかけているだけだと思い、白を切った。

「でも、相手の女の人は親しげだったよ。それに、鬱で辞めたって、何のこと?」
本当に全て聞こえていたのかと、驚きを隠せない。
そのとき、本当のことを言うのではなく、どうごまかそうかと必死に考えていた。
「狂犬を始末する仕事で、鬱になった人がいたみたいなんだ。
だから、人員が足りなくなったから、そろそろ帰ってきてほしいって」
周囲に猫が集まってきて、背にじんわりと汗が流れる。


「ふーん・・・ね、ツカサ、ちょっと来てよ」
両手で腕を引かれ、ぐいと引っ張られる。
周囲の猫も、早く行けと言わんばかりに鳴いていた。
逆らえる雰囲気ではなくて、ジュンに引かれて行く。
いつもの部屋に着くと、お互いベッドに座った。

「ツカサ、もうすぐ、病院に戻るの?」
「・・・ああ」
戻る場所は、病院ではなく保健所だとは、とても言えない。

「たぶん、ボクとヤトも戻らないといけなくなるんだ。
だけど、ツカサと一緒にいられるんなら嬉しいな」
ジュンの目を見ることができず、猫からも視線を逸らす。
罪悪感に胸を締め付けられるなら、言ってしまえばいいのに
それ以上に、敵視されることが怖かった。

「ツカサ、ボクのことを見て、話して」
両頬を包まれ、顔がジュンの方を向く。
真っ直ぐな眼差しに見詰められて、口はわずかに開くけれど、言葉が出てこない。
逡巡していると、ジュンがゆっくりと近づいてきて唇が塞がれた。
「う、ん・・・」

隙間から、ジュンの舌が入り込む。
お互いの舌が触れ、温かな吐息が混じり合った。
そのまま体重が圧し掛かってきて、体が後ろに倒れる。
ひととおり口内をなぞられ、蹂躙されると、頬が熱くなった。

「ん・・・ツカサ、話してくれないの」
ジュンが一旦体を起こし、見下ろしてくる。
そして、軽く口笛を吹くと、猫達が一斉にベッドに乗ってきた。
「な、何する気なんだ・・・」
かわいいはずの猫が怖くなり、控えめに問う。
ジュンは、答えないまま服のボタンを外してゆき、肌を露わにさせた。
上半身が無防備な状態になり、緊張する。


「どうしても話してくれないんなら・・・こうだよっ」
ジュンの言葉を合図に、猫が一斉に身を寄せてくる。
そして、そこかしこをざらついた舌で舐め始めた。
「ちょ、ちょっと、くすぐった、い、あははっ」
腕や掌、腹部や胸部を小さな舌が触れ、笑いが堪え切れない。
猫が動くと細い髭や体毛が皮膚をかすめて、それもこそばゆかった。

「くすぐったいでしょ?みんな、毛並みはいいからね。言う気になった?」
ジュンが尋ねると、猫が一旦動きを止める。
けれど、とたんに口は閉じられてしまって、どうしても声が出なかった。
「じゃあ、もっとぺろぺろさせるから」
ジュンは下半身の服にも手をかけ、問答無用で脱がしにかかる。

「ま、待ってくれ、流石にそこは・・・」
抵抗しようとするけれど、猫達が鼻や舌を押し付けてきて、力が抜けてしまう。
もたもたしている内にズボンも取られてしまい、追加の猫が寄り添ってきた。
脛の辺りや太股もくすぐられ、体をよじる。
逃げ出そうにも、ジュンが馬乗りになっていて、ベッドから下りられなかった。

「ツカサ、これでも駄目?」
ジュンがまた問うけれど、くすぐったいだけでは頑固な口が開かない。
諦めたのか、ジュンが体を退ける。
けれど、それは相手を解放するわけではなく、もっと大それたことをするためだった。
下半身を隠している唯一の衣服がずらされ、全てを露わにされる。

「ジュ、ジュン、何して・・・」
足をばたつかせようとすると、猫が寄り添ってくる。
どうしても蹴飛ばすことはできなくて、抵抗の余地がなかった。


「ツカサが言わないのが悪いんだよ、話してくれないから・・・」
ジュンの息が、下肢の中心部にかかる。
緊張して体に力を入れた瞬間、敏感な部分を柔いものが撫でた。

「ひ、ぁ」
さっき舐められていた感覚とはまるで違うものが、背を走る。
ジュンは何ら躊躇う様子もなく、その中心を口内へ含んでいた。
「あ、う・・・っ」
自身の全体が、ジュンの口内へ誘われる。
無理矢理に立たせられたものが柔い舌で触れられると、声が裏返った。
先端を舌先でいじられると身震いし、根元を大きく弄られると体が跳ねる。
早々に息は早くなって、下肢に熱が溜まっていた。

「ツカサ、固くなってる・・・気持ち良いことすると、熱くなるんだ」
ジュンが傍で話し、息がかかるだけでも反応してしまう。
「っ・・・ジュン、ヤトから、もう聞いてるんじゃないのか・・・」
「ヤトは、ツカサのことを病棟の患者じゃないって言ってた。
だから知りたいんだ、ツカサのことだから」
ヤトに少し慈悲の心があったのか、それとも、それだけ伝えた方が面白くなりそうだったからか。
入院患者ではないとばれた今、こんな状態で良い言い訳は思い浮かばない。

否定しないでいると、ジュンが行為を再開する。
再び含まれたものは、もう起ちきっていた。

「あ、あ、ジュン・・・っ」
まるで、求めるように名前を呼んでしまう。
滑らかな舌に愛撫され、全体がしっとりと濡れ、気の昂ぶりが抑えられない。
自分の先端から滴る液が、悦楽の強さを物語っていた。
感じの良いものではないはずなのに、ジュンは構わず液を舐め取る。
むしろ、もっと出させたいと、それを吸い上げていた。

「や、あ、待・・・っ」
急激に刺激が強まり、強くシーツを掴んで耐えようとする。
それだけで緩和されるはずもなく、身が打ち震えるばかりで
全体を含まれ、吸われたときには、ひときわ大きな感覚が身を襲った。

「あ、あぁ・・・!ジュン・・・!」
高い声で喘ぎ、全身に力が込められる。
ジュンを離そうと、髪の毛に手を添えたけれど、遅かった。
欲が溜まり切ったものからは、あっけなく液が解放される。
粘液質な白濁がジュンの口内に注がれてしまうのがわかっても、どうにもできなかった。


ほとぼりがおさまると、ゆっくりと、ジュンが口を離す。
恐る恐る視線を下に向けると、手に白濁を落としているのが見えた。
きっと、匂いが鼻について、もう嫌になっているだろう。
大それたことをされてしまったけれど、これで諦めてくれることを期待した。
「まだ、言ってくれないの」
平坦な声で問われ、言葉を詰まらせる。
行為の余韻で頭がぼんやりとしていて、油断すれば言ってしまいそうだった。

「これでも駄目なら、もっとひどいことするよ。
ツカサはみんなの前で、ボクにぐちゃぐちゃに犯されるんだ」
ぬめりを帯びた感触が、弄られていたものの、もっと下へと触れる。
「う、や、待って、くれ・・・」
そこは、何かを受け入れるための場所ではなくて、触られると怯んでしまう。

「言ってくれないんなら、このまま進めるから」
指の腹が、その窪みに押し付けられる。
本気なのだと、冷たい声が警告していた。
恐怖心が、どっと沸いてくる。
ぐちゃぐちゃにするとは、性的なことだけではないのかもしれない。



「・・・・・・け・・・じょ・・・」
「何?」
言いたくないけれど、もうごまかし続けてはいられない。
口をつぐんでいることは、お互いにとって悲しいことに違いなかった。

「・・・僕、は・・・保健所の、職員なんだ・・・。
狂犬病が広まらないように、処理する仕事をしていたんだ・・・」
「保健所・・・」
ジュンが、無機質な声のまま反復する。
騙されていた怒りに任せて、行為を進められてしまうだろうか。
それは自業自得なことで、観念したように手の力を抜いていた。

覚悟していると、手が退けられ、ジュンがベッドから下りる。
「・・・口、洗ってくるね」
ぽつりと呟き、ジュンが出て行く。
僕は腕で目を覆い、泣きたい気持ちを必死に抑えていた。


液を拭い、服の乱れを直して、気落ちしたまま部屋を出る。
猫はどこへ行ったのか、一匹も見当たらない。
きっと、敵だと認識されて、嫌われたんだろう。
それなら、辛い言葉を投げかけられる前に出て行った方がいいと、出口を目指した。

「・・・ツカサ」
廃墟を出る前に、小さな声で呼びかけられる。
出口の前には、ジュンと猫達が立ち塞がっていた。
「お別れ、言いにきてくれたのか」
「・・・びっくりした。ツカサが、まさか保健所にいたなんて。
「ごめん、騙してて。・・・もう、猫も怯えて近付いてきてくれないし、敵はさっさと出て行くよ」
ジュンを避けて迂回しようとすると、猫達が周囲に集まってくる。
嘘吐きはただでは返さないと言われているようで、足が止まった。

「ツカサは、動物を殺してたの」
「・・・そうだよ。野良犬、野良猫、数えきれないくらい麻酔を打った。
もしかしたら、ジュンの友達もいたかもしれない」
もう、ジュンの目を見ることができなくて、ずっと視線を逸らし続けている。
どんな冷徹な表情をしているのだろうかと思うと、怖くて仕方がなかった。


「ツカサが、保健所にいてくれてよかった」
意外な言葉に、目を丸くしてジュンを見る。
その表情は恐れていたものではなく、わずかに微笑みを含んでいた。

「だって、いたずらに殺してたわけじゃなくて、仕事で強いられていたことだったんだよね?
それに、ヤトが言ってたよ。ツカサは、人一倍動物を慈しんでくれるって。だって・・・」
ジュンが一歩進み、身を近づけてくる。
もう、お互いの距離はほとんどない。

「ツカサは、動物が死ぬときでさえ愛おしく思ってくれる。
それって、すごく幸せなことだって思うから」
「幸せな、こと・・・?」
「うん。死ぬときに、大好きな人の笑顔が見られたら幸せだと思う。
ボク、もしも殺されるんなら、ツカサに麻酔を打ってもらいたいな・・・」
耳が、ジュンの言葉を都合の良いように変換してしまったのではないかと疑った。
けれど、嫌っていないと証明するように、ジュンがぴったりと身を寄せてくる。
こんな異常性を、受け入れてくれる。
忌むどころか、むしろ好ましいものだと言ってくれているなんて。

目に、涙がじんわりとにじむ。
気付けば、ジュンを抱き締めていた。
異端な存在を認めてくれるのは、異端な人物でしかない。
甘えたがりの猫と、無鉄砲な犬の二匹が受け入れてくれる。
この瞬間、もう保健所へ帰りたくなくなってしまっていた。


「ツカサ、もう、帰っちゃうの?」
迷わず、首を横に振る。
「帰りたくない。ジュンと、ヤトと一緒に居たい・・・」
いずれ、保健所へ連れ戻されるとは思う。
それまでは、是が非でも二人の元に留まりたかった。

「ありがとう。・・・一緒に居よう、ツカサ」
すがりつくように、引き留めるように、背に腕がまわされる。
僕の意識は、ジュンの腕と言葉に捕らえられていた。




―後書き―
読んでいただきありがとうございました!
主人公が深みにはまっていきます。
ちょっとおかしいキャラは個性があるからか、書いていて楽しいです。