癒し手独神と英傑達 キイチホウゲン編1





八百万界にはびこる悪霊が多くなり、英傑達は出陣の回数が多くなる。

その帰りに憑代を拾って来る頻度も増え、琉生の周りの英傑も多種多様になってきた。

全員外へ出るわけではなく、護衛の為に数人は社に残る。

危険だとして、琉生はあまり外へは出してもらえなくなっていた。

自分だけ社で楽をしていることが心苦しいときもある。

花壇の世話をすることもあるが、残った英傑達の英気を養うことが最近の役割だった。



花壇の手入れが終わり、縁側に座って休憩する。

そこへ、一人の英傑が近付いた。

「主君よ、今、時間はあるか」

「うん、ちょうど花壇の手入れが済んだとろだよ」

長い刀に鋭く赤い目、キイチホウゲンは新たに仲間となった英傑だ。

武術も陰陽道も扱うことができ、文武両道優れている。

だが、いつも冷静ゆえに冷たい雰囲気があり、今まで笑った顔を見たことはなかった。



「余裕があれば、手合せを願いたい。私の血を捧げよう」

「ああ・・・うん、いいよ」

接していてわかったことは、薄闇と煙草が好きなことと、それ以上に戦いを好むこと。

悪霊討伐の際は死合ができると言い、一番楽しそうにする。

今の世で好戦的なことは良いけれど、休みの時くらい他の楽しみはないのかと、琉生は内心思っていた。





被害が及ばないよう、開けた場所へ移動する。

そこで、キイチホウゲンは袖をまくり、長刀で腕をさっと切った。

いつも防護されている白い肌に、赤い鮮血が映える。

琉生はわずかに眉をひそめたけれど、キイチホウゲンの腕を取り、傷に唇を近づけていた。



舌を出し、遠慮気味に血を拭う。

じわりと鉄の匂いと味が口の中に広がり、飲み込んだとき

心臓が急激に強く鳴り、意識は途絶えていた。



雰囲気が変わり、キイチホウゲンは琉生と距離を置く。

『本当に手合せが好きだな、もう何度目になる』

「雑魚を相手にしても昂揚感はない。やはり、死合はそれなりの強者でなければ」

キイチホウゲンが刀を構えると、琉生の魔獣はいきり立つ。

『こちら側は戦う事しかできない、これで満足するのなら好都合だ』

今の状態は、普段のように感情豊かではなくなる。

戦いに特化した性質、それを好ましく思われることは悪くなかった。





戦闘は、さほど長くは続かない。

お互いが本気を出せば、血に濡れた戦いになるとわかっている。

高度な戦闘演習を楽しむような、そんな感じだった。

そこそこに満足したのか、キイチホウゲンが刀を収める。

それを合図に、琉生の魔獣も静かになった。



「今日も良い死合ができた、感謝する」

『気晴らしになったのならそれでいい。手合せを好むのはお前くらいだ』

血を好む戦闘狂はいるが、主と戦いたがる者はいない。

自分の加減が利かなくなり、殺めたくなる衝動を抑えられなくなることを懸念しているのだろう。

一方、キイチホウゲンは理性的で、琉生に血を流させることはなかった。



「主君と死合ができることは好ましい。それに―――」

口を滑らせたようで、キイチホウゲンは言葉を止める。

『それに、何だ』

「・・・それに、主君が私の血を弄る瞬間、存外悪くない」

意外な発言が出て、琉生は一瞬言葉を失う。





『・・・そういったことは、今言うべきことではないな。もう、戻らせてもらう』

琉生は縁側に移動し、腰を下ろす。

目を閉じ、深呼吸をして魔獣を収め、再び目を開いたときには、平穏な雰囲気に戻っていた。

いつの間にか縁側に座っていて、一時の間入れ替わっていたのだと察する。



「キイチホウゲン、僕と戦ってたのか」

外傷はないかと、琉生はキイチホウゲンをしげしげと見る。

「やはり主君の魔獣は強力だ。悪霊を相手にするよりずっと楽しめる」

そう聞いて、琉生は複雑な気持ちになる。

今のままの自分では、キイチホウゲンの癒しにはなれない。

気晴らしの相手も、自分の記憶がない間にしかできないことがもどかしかった。



「・・・あのさ、今夜、僕の部屋に来てくれないか?」

「ほう、どういう風の吹きまわしか知らないが、主君が来いと言うのなら従おう」

今のままの自分でも、キイチホウゲンを楽しませてみたい。

憑代から生まれた英傑を満たす術を、琉生は思いついていた。









陽が落ち、琉生は準備をしてキイチホウゲンを部屋に迎え入れる。

机の上には数種類の酒と、乾物が置かれていた。

「飲み相手が欲しかったのか」

「まあね、たまには戦い以外でも満足させられたらいいなって」

英傑が好むものは、花や酒といった嗜好品だ。

琉生は早速一本開け、二つの杯に注ぐ。

色は無色透明だが、芋羊羹のようなほのかに甘い香りが鼻孔をくすぐった。



「いつも討伐してくれてありがとう、乾杯」

適当な言葉をかけ、一口飲む。

すっきりとした辛口は口当たりがよく、すっと喉を通り過ぎた。

キイチホウゲンも軽く盃を上げ、口をつける。

「中々飲みやすい、次々と開けたくなる酒だな」

「好みに合って良かった。種類はあるから、好きなのを空けてくれ」



お互い、好き好きに盃を空け、合間にぽつりぽつりと手合せのことや討伐のことを話す。

盛り上がっているわけではないが、普通に会話ができることを琉生は喜ばしく思う。

キイチホウゲンはずっと表情一つ変えていないけれど、出て行かないでいてくれるだけよかった。





やがて、琉生の顔が朱色になってくる。

耳も赤くなっていて、そこそこに酔ってきていた。

「そろそろ終いにした方がよさそうだな」

琉生の様子を見て、キイチホウゲンは酒瓶に蓋をする。



「え・・・ま、待って」

蓋をしてしまっては、この時間が終わってしまう。

折角の機会をもう少し長引かせたくて、琉生はとっさに手を伸ばしていた。

だが、キイチホウゲンは酒瓶をさっと遠ざける。

取ろうとして体を伸ばすと、ぐらりと体が傾いてぶつかってしまった。

酔っていてすぐには動けず、琉生はキイチホウゲンをじっと見上げる。



「キイチホウゲン・・・もっと、欲しい・・・」

虚ろな眼差しで訴えかけられ、キイチホウゲンの動きが止まる。

紅潮した頬、密接になった体、ましてや相手は自分の主。

冷静な表情はそのままだったが、内心は穏やかでなくなった。



「・・・そうか、そんなに欲しいか?」

「うん・・・あと、数杯だけ」

琉生は盃を取ろうとしたが、キイチホウゲンはさっと奪って投げてしまう。



没収されて終わりかと思いきや、キイチホウゲンは酒瓶の蓋を開ける。

それを琉生には与えず、自分の口に含んでいた。

「そんな意地悪して・・・」

それほど飲ませたくないのかと、琉生は不服そうに相手を睨む。

じっと見上げていると、ふいにその瞳が迫ってきていた。

そのまま逸らさないでいると、やがて触れ合う。

瞳ではなく、その下の柔い部分が。



唖然として、口が半開きのままになる。

すると、そこからほのかに甘い香りが流れ込んで来た。

「ん・・・!?」

香りだけではなく、液体も共に注がれる。

それは自分が欲しがっていたもので、琉生は喉を鳴らして飲み込んだ。

一気に量を飲んだので、喉元が熱くなる。

同時に、甘さに交じって煙たいような匂いが広がっていた。



飲み干したのを確認すると、キイチホウゲンは口を離す。

酒の余韻のせいか、琉生はふっと吐息を吐いた。

その温もりを感じ、キイチホウゲンは目を細める。



「主君よ、もっと欲しいか」

頭がぼんやりとしていて、琉生は深い意味を考えられない。

「ん・・・キイチホウゲン・・・欲しい・・・」

まるで、自分の事を欲しているような錯覚にとらわれる。

これ以上飲ませては体に毒だと思いつつ

キイチホウゲンは再び酒を口に含み、琉生に身を近づけていた。









翌朝、琉生は布団に寝かされていた。

昨日はキイチホウゲンと居たはずだけれど、途中からぼんやりとした記憶しかない。

まさか、また入れ替わってしまったのだろうか。

けれど、起き上がった瞬間に違う原因だとすぐわかった。



「あ、あたま、痛・・・」

琉生は、顔をしかめて頭を押さえる。

確か、昨日はキイチホウゲンと飲んでいて、その後酔い潰れてしまったのだろう。



外へ出ようと立ち上がると、頭痛がひどくなって足元がふらつく。

壁沿いに歩いて何とか襖まで着いたとき、自動で開いた。

「主君、調子はどうだ」

「あ・・・頭痛い・・・」

思わしくない様子を見て、キイチホウゲンが琉生に肩を貸して支える。

そこへ、人型に切り取られた紙の式神が、水入りの陶器を持ってきてくれていた。

ちょうど清らかな水が欲しくて、琉生は遠慮なく受け取り飲み干す。



「ありがとう。・・・正直、歩くのも怠いから助かった」

「元はと言えば私のせいでもある。できる限りの補助はさせてもらおう」

それを聞いて、琉生は呆けた顔をする。

わかっていない様子を見て、キイチホウゲンは察した。



「・・・やけに優しいんだな。何か、いいことでもあったのか?」

「さあ?」

とぼけているわけではない、素の発言にキイチホウゲンはふっと鼻で笑う。

記憶がはっきりとしていれば、こうして肩など預けることはなかったのだろうか。

安心したような、残念なような、キイチホウゲンは微妙な心境を抱いていた。