癒し手独神と英傑達 キイチホウゲン編2
二日酔いになった日、キイチホウゲンはつきっきりで琉生の介助をしていた。
物を紙の式神に取って来させ、移動には肩を貸す。
献身的な振る舞いに、昨夜のことを半分くらいしか覚えていない琉生は感謝の思いだけ抱いていた。
ただ、昨夜の残り半分のことを聞いても「さあな」と言うだけで教えてはもらえない。
気にはなったが、世話になっている身でしつこく言及はしなかった。
時間が経つと、徐々に頭痛はましになる。
薄暗くなってきた頃には、自分で動けるようになっていた。
「ありがとう、キイチホウゲンのおかげでだいぶ楽になった」
「もう体調は戻ったようだな」
介助が必要でなくなると、キイチホウゲンは離れてしまう。
惜しい気もしたが、引き留めて手を煩わせることはしたくなかった。
「では、私は部屋に戻る。しばらくは飲まない方が良いだろうな」
「当分、匂いも嗅ぎたくないや」
今なら、見るだけでも頭痛が再発しそうだ。
キイチホウゲンが去ったのを見て、琉生は早速花壇に向かっていた。
寝る前にどうしても渡しておきたくて、琉生はキイチホウゲンの部屋を訪れる。
中へ入ると煙草の苦っぽい香りが漂っていて、本人は薄暗い灯篭の明かりだけで本を読んでいた。
「読書中にごめん、どうしても渡しておきたいものがあって」
「ほう、何だ」
キイチホウゲンは本を閉じ、琉生と向き合う。
琉生は傍に座り、緑色の葉の植物を差し出した。
「昨日、今日と世話をかけたから、そのお礼に」
「律儀なものだな、兵が主君に付き従うのは当然のことだ」
そうは言っても、花は酒や煙草以上の最高の嗜好品。
キイチホウゲンが葉を受け取ると、瞬時に緑色の光となって降り注いだ。
昨日は共に飲み明かせて嬉しかったこと、二日酔いの介助に感謝していること。
そのままの気持ちが確かに伝わり、キイチホウゲンはふっと口端を上げていた。
「心遣い、感謝する」
「そんな、お礼を言うのは僕の方だよ」
柔らかくなった雰囲気に、このまま会話が終わってしまうことを惜しく思う。
何か話題を探そうとしていると、煙管が目についた。
「・・・そういえば、この煙草の匂い、つい最近嗅いだ気がする。
まるで自分で吸ったような、口に残るような・・・もしかして、昨日借りたのか?」
不思議と、この煙草の香りには何か思うことがある。
不快なものではなくどこか胸が熱くなるような、そんな感覚を覚えるのだ。
キイチホウゲンは、じっと琉生の口元を見る。
昨日感じた、柔い感触が思い出される。
「そんなに気になるのなら、再現しようか」
ふいに、キイチホウゲンの灼眼が間近に迫る。
見たことのあるような状況にどきりとし、思わず後ずさっていた。
「あ、あの、読書、中断させたままじゃ悪いし、戻るよ」
琉生はさっと立ち上がり、出て行こうと襖に手をかける。
けれど、横に引こうとしてもびくとも動かない。
「ん?建てつけが悪いのかな・・・」
隣の襖を開こうとしたが、そこも全く開けられない。
不自然に思ったとき、キイチホウゲンがすぐ後ろに迫っていた。
はっとして振り向こうとしたけれど、両脇に手をつかれ、逃げ道を塞がれる。
「あ、あの、襖が、開かなくて・・・」
さっきから横に引いているのだが、やはり開かない。
そこへ、背にキイチホウゲンの存在感を覚え、焦っていた。
「無防備にも部屋へ一人で来た上に、私を煽るようなことを言うからだ」
「な、何も、煽ってなんか・・・」
言葉を最後まで聞かず、キイチホウゲンは琉生のうなじに唇を寄せる。
柔肌を目の前にして止める理由はなく、そのまま触れさせていた。
「んっ・・・」
相手の様子が見えない状態でうなじに触れられ、思わず肩が震える。
どこかで、感じたことのあるような唇の感触。
思い出せないけれど、心音は反応していた。
一時の間押し付け、キイチホウゲンは少し横に移動する。
皮膚を軽く吸い、そこに自分の熱の余韻を残してゆく。
「や、う・・・」
急に大胆なことをされ、琉生はしどろもどろになる。
いつも冷静沈着な相手は、こんな本能を隠し持っていたのかと。
しばらくは唇で触れるだけで留まっていたが、物足りなくなる。
皮膚に合わせる度に、理性は侵食されていく。
キイチホウゲンは口を開き、首元に噛みついていた。
「いっ・・・」
固い歯が当てられ、琉生はまた肩を震わせる。
血は出ないくらいの力で、わずかに皮膚に歯が食い込む。
さほど痛みはないけれど、心境は穏やかでなくなる。
首や、鎖骨の辺りを甘噛みされ、緊張感が鼓動を早くさせる。
その周辺に留まっていたが、口は耳の方へ移動していく。
そうして、耳朶を甘噛みされたとたん、膝から力が抜けた。
かくんと膝が折れ、その場にへたりこむ。
そのとき、襖の隙間に神の式神が挟まっているのを見つける。
これが原因かと取ろうとしたが、背をキイチホウゲンに押され、うつ伏せに倒れてしまった。
「ちょ、ちょっと・・・」
キイチホウゲンは琉生に覆い被さり、肩にも噛みつく。
場所が変わる度に感じるものがあり、琉生は動揺していた。
「さ、さっきから、何で噛みついて・・・」
「・・・主君の柔肌は感触が良い。味わってみたくなる」
肩を噛んでも飽き足らず、キイチホウゲンは琉生の腰紐を解く。
「食、食い千切りたい、のか・・・?」
「捕食したいわけではない。ただ、感触を愉しみたいだけだ」
安心させるような、不安にさせるようなことを言い、琉生の衣服を後ろから脱がせていく。
背中の広い面が露わになると、隅々まで触れたくなる。
いっそう柔い二の腕を噛みつつ、脇腹の辺りを掌でゆったりと撫でていた。
「い、う・・・あ、の、待って・・・」
手の動きも加わり、琉生は自分に熱が溜まるのを実感する。
それは下腹部の方でわだかまりになり、苦しくなっていた。
訴えかけられ、キイチホウゲンは一旦口を離す。
「あの・・・もう、その・・・下の、方が、圧迫されて、痛くて、その・・・」
自分で恥ずかしいことを申告していて、声が小さくなる。
「では、体を浮かせよう」
キイチホウゲンが難解な術式を唱えると、どこからか紙の式神が数枚飛んでくる。
それらは琉生に張り付き、下から体を押し上げた。
たかだか紙なのに力があるようで、腰が浮いて少し楽になる。
けれど、状況はほとんど変わっていない。
隙間ができたことで、キイチホウゲンは片手を琉生の心臓の辺りに回す。
そして、もう片方の手は琉生の下方へ添えていた。
「え、あ、っ・・・」
今しがた圧迫されていた部分を掴まれ、琉生は慌てる。
体をよじろうとしても、支えられていてどうにも動かせない。
もがこうとしている様子を見て、キイチホウゲンは再び首元に噛みつき、同時に琉生のものを握り込んだ。
「あっ・・・!」
上にも下にも刺激が走り、思わず声が上がる。
上ずった声は、相手をさらに煽ることにしかならない。
キイチホウゲンは肩口を噛み、下方の手を緩やかに動かす。
「あ、ん、あ・・・っ」
痛みではなく、別の強い感覚に襲われる。
あられもない個所を覆われ羞恥心はあるはずなのに、相手を突き放す言葉が出てこない。
今放り出されたら、辛いものが残るとわかっているからかもしれないけれど
甘んじて受け入れ続けたいと、体が望んでいるようだった。
心臓の鼓動は掌を通して伝わり、確かに感じていることを示す。
柔肌を噛み、声を聞き、キイチホウゲンの理性は完全に侵される。
自分の主君の身を、無理やりではあるが自由にしていると実感すると
下肢の手はしきりに琉生を前後に擦り続け、耳朶を甘く噛み、悦楽を与えることを止められなかった。
「んん、っ・・・あ、う、はや、い・・・」
キイチホウゲンの手に、ひたすら身が攻め立てられる。
相手を止めることもできず、琉生はただただ喘ぐことしかできない。
冷静沈着な相手に、こんなにも欲望をぶつけられるのが意外すぎた。
耳に感じる吐息が、やけに熱っぽい。
今の状態の体が、刺激を求めているからだと思うけれど
半ば無理やりなはずの行為に、抵抗する意思がなかった。
「主君、その欲を吐き出すといい、私の手に・・・」
耳元で囁かれ、琉生は背筋にぞくりと寒気を覚える。
自分の精が欲されている、死合しか興味がないと思っていたこの相手から。
寒気は、すぐ熱となって下半身へ集中するようだ。
単調な動きでも、確実に限界は近付いていく。
心臓の音だけでなく、手に包まれている部分の脈動も強まってゆき
その振動を察知したとき、キイチホウゲンは琉生を強く握り込んでいた。
「ああ・・・!ん、あ・・・っ!」
ひときわ大きな衝動が、全身を巡る。
裏返った声と共に、下肢から吐き出されていた。
卑猥な感触のする白濁が、キイチホウゲンの手に散布される。
キイチホウゲンは目を細め、その感触を感じ取っていた。
「は・・・ぁ・・・」
琉生は息を吐き、脱力する。
目的を果たすと、式神は剥がれて飛んで行った。
体が崩れる前に、キイチホウゲンは琉生を仰向けにして寝かせる。
昇華した後の余韻を示す虚ろな眼差しを目の当たりにすると、自然と琉生の頬へ手を添えていた。
「・・・軽蔑するか?欲に囚われた愚かな私を」
前々からその身に興味はあった、そして、とうとうタガが外れてしまった。
柔肌に一回噛みついた瞬間から、止める術はなくなった。
手に主君の精を受けたとき、満足するに至ったが
その後の事は、顧みる余裕はなかった。
悦の衝動で痺れるような感覚の中、琉生はぼんやりとキイチホウゲンを見上げる。
明らかに合意の上で行われたことではないけれど、怒りや憂いの感情はなかった。
「軽蔑なんてしない・・・。むしろ、安心したんだ・・・僕の方にも、目を向けてくれているって・・・」
戦えない自分の方にも、興味を抱いてくれていた。
どんな形でも、それが証明されただけで良かったと、そう思っていた。
キイチホウゲンは、そっと琉生の頬を撫でる。
なだらかな手つきに、琉生は軽く微笑みを浮かべていた。
「この部屋の空気が嫌でなければ・・・ここで一夜を明かさないか」
死合以外の誘いの言葉に、琉生は手を伸ばしてキイチホウゲンの髪に触れる。
突き放そうとせず、肯定の意を示していた。
朝、琉生はいつもと違う空気の中で目を覚ます。
布団にもキイチホウゲンの匂いが染みついているようで、もっと眠っていたくなる。
「主君、起きたか」
キイチホウゲンは昨夜の続きの場面のように、本を開きつつ煙管をふかしている。
琉生が体を起すと、キイチホウゲンは本を閉じる。
「体は、怠くないか」
「うん、もう頭痛はしないし、普段通りに戻ったと思う」
普通に答えると、他に何か言いたげな視線を向けられる。
そこで、二日酔いの事を聞いているのではないとはっとした。
「あ、あ、うん、大丈夫、だけど、死合は控えておきたいな」
頭がはっきりしてくると、昨日のことが思い出される。
最中に、キイチホウゲンがどんな顔をしていたのか全く見えなかったけれど
いつも平静な相手に激しいことをされたことが、体にも、心にも強く印象に残っていた。
「なら、たまには都へ行ってみろ。興味があるなら、私と一緒に巡ってみないか」
まさか、死合以外のことで誘いを受けるとは思わず琉生は目を丸くする。
「気が向かなければ別に構わん」
「い、行く!少し、驚いただけで・・・嬉しいよ」
自然と感情が顔に出て、頬が緩む。
元はと言えば、自分から飲酒に誘ったのだ。
思いがけない形で深まった仲だけれど、望んでいた形に納まった。
好戦的な、記憶がない間の自分ではなく、癒し手の、普段の姿に目を向けてくれる。
始めて共に都を回れることもそうだが、気にかけてくれるようになったこと、それが一番喜ばしいことだった。