癒し手独神と英傑達 ササキコジロウ編





今日は暖かく、何とも平穏な気候だ。

陽が差し、花も良く育つだろうと琉生は花壇へ赴く。

その途中で、木の後ろに長い刀が見えているのに気が付いた。

そろそろと近づき、前に回り込む。



「コジロウ、こんなところで寝て・・・」

身長以上に長い刀は、コジロウを見つけるいい目印だ。

その武器は、討伐よりもたれかかるための支え棒としての役割の方が多いのではないか。

人の気配に気付いたのか、コジロウが薄らと目を開く。



「ああ・・・主か」

「昼寝するんなら、部屋に行けばいいのに」

「めんどくさい」

社が大きいとは言え、さほど時間はかからないではないかと琉生は呆れる。

長刀を手足のように扱い悪霊を薙ぎ払う、実力は確かなものだがいかんせんやる気がない。

物騒なことも言わない、珍しいまっとうな武人なのだが

何をするにしても気怠げで、いつも眠たそうにしていた。



「寒くなってきたら戻りなよ」

琉生は背を向け、花壇へ行こうとする。

一歩を踏み出そうとしたとき、さっと腰元に腕が回された。

ぎょっと目を見開いたとき、体が後ろに引き寄せられる。

気付けば、背がコジロウにぶつかり片腕で抱き留められていた。



「あの・・・コジロウ・・・」

上を見上げるとコジロウはすでに目を閉じていて、完全に寝る態勢に入っている。

身長差があり、体はすっぽりとおさまってしまって抜け出せない。

琉生は諦め、コジロウにもたれかかって自分も目を閉じた。









夜になったが、全然眠たくない。

昼寝をするのは気持ち良いけれど、睡眠時間のバランスが崩れるのは問題だ。

コジロウも同じかと部屋の前を通りかかると、やはり灯りがついている。

眠れないのなら一緒に過ごそうかと、中へ入った。

「コジロウ、やっぱりまだ起きて・・・」

予想とは違い、部屋にはすでに布団が敷かれている。

コジロウは、今にも灯篭の灯りを消そうとしていた。



「ああ、主・・・もう寝るところだが、何か用か?」

「も、もう眠いのか」

「夜だからな」

当たり前のように言われ、そもそも睡眠時間が違うのかと気付く。



「眠れないんだったら、一緒に飲もうかとも思ったんだけど・・・邪魔してごめん、お休み」

出て行こうとしたけれど、瞬時に腕を掴まれる。

普段からは見受けられない素早さに、驚いて振り向いた。



「温まれば・・・寝やすいと思うぞ」

有無を言わさぬように腕を引かれ、布団へ誘導される。

昼寝の時の抱き枕が、よほど気に入ったのだろうか。

多少の不満はあったけれど、温もりがあれば眠りやすいのは事実だ。

琉生は特に抵抗することもなく、コジロウと共に布団へ入る。

すると、昼間と同じように片腕を回された。





向き合う形で、完全に体が包まれる。

体の前面から伝わる人の温かみが心地良い。

こうして抱き留められると、完全に守られている感じがしてひどく安心していた。



ほどなくして、コジロウがすうすうと寝息をたて始める。

よく眠れるなと見上げてみると、思いの外距離が近いことを改めて実感した。

美人とも言えるほどの顔立ちを、つい凝視してしまう。

コジロウは、相手をただの抱き枕や湯たんぽとしてしか思っていないだろう。

それが、少し悔しいような、残念なような気持ちにさせる。



極端な面倒臭がりを除けば、このまともな武人はまるで年の離れた兄のように思える。

悔しさやもどかしさを覚えるのは、そんな親しみがあるからだろうか。

じっと見続けていると、違うことを考えてしまいそうで

琉生はコジロウに身を寄せて、目を閉じた。









抱き枕にしたことがよほど気に入ったのか、琉生はたまにコジロウに捕らえられるようになった。

共に眠ることは悪くない、けれど枕としか見られていないことがやはりもどかしい。

そんなさなか、花壇から花ではなく血代固が取れるようになるという奇跡が起きるようになった。

英傑達が浮足立つ中でも、コジロウは相も変わらず怠そうで眠そうで

特に興味も無さそうなので、琉生も特別何かしようとは思わないでいた。



「主・・・ちょっといいか」

花壇へ行こうとしていたところで、コジロウに呼び止められる。

「はいはい、また抱き枕になればいいのか?」

「まあ、それもあるが・・・今日は別件だ」

コジロウは普段と変わらぬまま、赤い箱を差し出す。

何なのだろうと琉生は呆けたが、まさかと思い目を丸くした。



「あの・・・これ・・・」

「巷では、親しい相手にこれを渡すしきたりがあるのだろう・・・?」

受け取り、蓋を開けてみる。

そこにはまごうことなき血代固が詰められていて、開いた口が塞がらなくなった。



「だ、だって、コジロウ、全く興味無さそうで、普段と変わった様子なんて微塵もなかった」

「ああ・・・まあ、とりたてて騒ぐことは苦手だが、こんな機会だ。

俺は、主に仕えることができて幸せだ。どんな時でも味方で居たいと思う」

昼寝に誘われて、都合の良い夢を見ているのではないかと見紛う。

やる気のない態度の中に、血代固を送ろうと考えていてくれたなんて。



「主・・・素直な俺は嫌いか?」

「あ・・・あの、そんなこと・・・そんなこと、ない・・・」

「なら、良かった」

コジロウはふっと笑み、琉生の頭を軽く撫でる。

どうしたのだろうか、さっき血代固を貰った瞬間から心音が早くなる。

驚きすぎて、興奮状態になっているのだろうか。

熱が頬へ溜まっていくのを感じる。

血代固の甘い香りを嗅ぐと、さらに落ち着きがなくなるようだ。



「なあ、主・・・これから、一緒に昼寝でもしないか」

「あ、え、昼寝・・・」

普段なら、はいはいと言って了承するところだが、今は状況が違う。

こんなに心拍数が高いときに抱き留められては、きっと眠るどころではない。

「ご・・・ごめん、今日はちょっとやることがあるから」

琉生は、血代固を抱えてだっと駆け出す。

一旦、一人にならないとこの鼓動は落ち着きようがなかった。





それから、琉生はコジロウと寝ることを避けていた。

意外すぎる贈り物を貰ってからというもの、誘い掛けられるととたんに心音が反応して仕方がない。

何かにつけて断り、逃げてしまっている。

悪く思いつつも、時が過ぎて落ち着くようになるまで無理そうだった。



最初は頻繁に誘われていたけれど、ある日を境にぱったりとなくなる。

ほっとしたような、残念なような心境だ。

カァ君に聞くと、頻繁に討伐へ行っているようで、普段のやる気のなさとは見違えるようだという。

戦いで、眠気を飛ばしているのだろうか。

やる気が出てきたのはいいことで、一度様子を見てみようと社の入口へ向かう。

誰かが戻って来る気配がしたと同時に、血の匂いが漂ってきた。



「コジロウ・・・!」

とたんに駆け、コジロウに近付く。

衣服は血にまみれ、切り傷もところどころにあり、血の気が引いた。

「主・・・今日はまあまあ討伐できた、おおよそ50体ほどか」

「そんなに・・・!?とりあえず、部屋で手当てしよう」

琉生はコジロウの手を引き、自室に連れて行く。

畳に座らせると、琉生はコジロウの腕を掴み、目を閉じて集中した。

光が伝い、傷が塞がっていく。

血の匂いまでは消せないが、痛みは引いたはずだ。



「・・・最近、討伐を頑張ってくれてるのは聞いてる。

けど、こんな無茶するなんて・・・一番嫌いそうなことなのに」

労わるように、琉生はコジロウの手を握る。

何回刀を振るったのだろう、掌には固い血豆ができていた。



「主は、俺に呆れたんだろう・・・。

寝てばかりで、怠惰で・・・終いには討伐ではなく血代固なんてものを作っていたから」

そんなことを聞いて、琉生ははっとする。

前の二つは間違っていないが、決定的なことが違う。

自分の態度のせいで、コジロウに無茶をさせてしまった。

はっきりさせておかなくては、また血を流させてしまう。

琉生は、真剣な眼差しでコジロウを見上げた。



「呆れてなんかない、僕が・・・勝手に、変になってただけだ。

血代固を貰ってから変に動悸がして・・・きっと、一緒に寝たら悪化すると思った。

・・・でも、今夜は一緒に寝ようか、お詫びの意味も込め・・・」

言葉を言い終わらない内に、腕が引かれる。

瞬時に体が引き寄せられ、強く抱き留められていた。

「コ、コジロウ・・・」

「安心したら・・・眠くなった」

そう言って体を傾け、肩口に頭を乗せようとするものだから琉生は焦る。



「せ、せめて着替えて湯浴みしてから・・・血の匂いがしたまま寝ないでくれ」

どぎまぎしつつ言うと、コジロウは素直に手を離す。

約束したからには、もう覚悟するしかない。

とりあえず、自分も湯浴みをしてこようと部屋を出た。





時間を引き延ばすようにゆっくり浴槽に浸かった後、自室に戻る。

そこにはすでに布団が敷いてあり、コジロウもいたものだからどきりとした。

「は、早かったね」

「ああ・・・」

よほど眠いのか、帰って来るのは生返事だけだ。

コジロウにじっと見られ、琉生は観念したように布団へ入る。

すぐにコジロウが隣に来て、背を向ける間もなく腕が回された。

正面から抱き合う形になり、落ち着かなくなる。

前は普通に、抱き枕としての役割を全うしていたのに。

この鼓動は、伝わってしまっているだろうか。



「久々の主の匂いだ・・・」

コジロウはゆっくりと呟き、琉生の首元に顔を近づける。

「せ、石鹸の香りだと思うけど」

前も後ろも包み込まれ、首元にも体温を感じて、距離が近くて、そして熱が巡る。

眠るには心地いいのだろうけれど、一向に落ち着けない。



「コジロウ、あの、寝るのはいいけど、少し、離れ・・・」

「約束したんだ、朝まで離す気はない」

積極的なことを言われ、瞬間的に、さらに動悸が強まる。

首元にコジロウの息遣いを感じ続けていると、もう眠れそうにない。

少しの間硬直していたが、やがてコジロウが一旦顔を上げる。

そこで、ちょうど視線が交わり、動けなくなった。



まさに、目と鼻の距離で向き合っている。

こうして、見詰め合うだけで頬が紅潮してしまう。

距離を置こうとしないのは、腕が回されているからではない。

「・・・ご、ごめん、僕は、抱き枕なのに・・・」

琉生はもごもごと呟き、顔を伏せる。

すると、コジロウの手が頬を撫で、顎へ添えられた。



「そんなに見詰められると・・・流石の俺でも堪えられないことはある」

添えられた手に、上を向くよう誘導される。

再び視線が交わった時、距離はさらに近付いてゆき、もう何も言えなくなっていた。

唇が塞がれ、物理的に、言葉を発せなくなる。

それ以上に、驚愕が強すぎて目を丸くすることしかできない。

ただの湯たんぽ扱いではないと、そう思っていいのだろうか。

ものの数秒で、口は離される。

もう、鼓動の高鳴りは抑えようがなかった。



「主が落ち着かなくて眠れないなら、共に朝まで起きていよう・・・。一晩中触れ合うのも、きっと心地良い」

「あ、え、と・・・て、徹夜すると、お昼に眠くなるし」

「そのときは・・・また一緒に寝ればいい」

「あ、う、あの、あ、明日は・・・」

焦っている琉生を見て、コジロウはふっと笑う。



「・・・からかって悪かった、今日のところは大人しく寝るか」

「そ、そうしよう」

ほっとした反面、少し拍子抜けする。

大人しくと言っても、体は離されない。

すぐには眠れそうにないけれど、離れ難いのは自分も同じ。

もうしばらく、意識がはっきりしている中で包まれていたくて

琉生もコジロウに寄り添い、幸せな感情に陶酔していた。