癒し手独神と英傑達1





都町の外れにある小さな一軒家。

貴族が住んでいるわけでもない平凡な家だが、そこには連日人が訪れる。

「琉生(るい)様、お願いします、この子の傷を治してください・・・」

まだ幼い子供を抱き、母親が家の琉生に訴える。

何かの拍子で切ってしまったのか、子供の腕からは赤々とした鮮血が流れていた。



「大丈夫ですよ、これくらいならすぐ治ります」

琉生と呼ばれた少年は、涙目になっている子供の腕に手を当てる。

そして目を閉じて念じると、淡く温かな光が掌に宿る。

その光が子供の腕に移ると、みるみるうちに傷が塞がり血は止まっていた。

何が起こったのかと、子供はきょとんとして腕を動かす。



「ああ、ありがとうございます。傷跡一つない、まさに奇跡の力・・・」

「奇跡なんて、大げさです」

謙遜するように、琉生は首を横に振る。



「少ないですが、ほんのお礼です。どうかお受け取り下さい」

女性はうやうやしく頭を下げ、銭が入った小袋を差し出す。

「・・・すみません、ありがたく頂戴します」

多少気が引けつつ、琉生は小袋を受け取る。

自分にとってはこんな簡単なことで、汗水流さず稼いでいいものかと思う。

けれど、その状況に甘んじて、こうした貢ぎ物のようなもので生計を立てていた。

作物を持って来る相手もおり、食べるものには困らない。

特に、最近は頻繁に人が訪れるようになっていた。



子供も大人も、血が滴る切り傷ばかり負って来る。

動物にしては切り傷が綺麗で、人によるものだと思うけれど

それにしては都に辻切の噂は聞かなくて、何が起こっているのかと気にはなっていた。





人が途切れたタイミングで、琉生は外へ出る。

今日は天気が良く、薬草を取りに行くのには絶好の日和だ。

癒しの力を持っているが、自分の身は治せない。

山へ入り、茂みから薬草をちまちまと詰む。

普段なら鳥のさえずりでも聞こえるのだけれど、今日は静かすぎた。

不穏に思い、採取もそこそこに引き上げようと腰を上げる。



「・・・様」

ふいに、どこからか人の声がして辺りを見回す。

周囲に人影はなく、背筋が寒くなった。

「琉生様!」

今度ははっきりと呼ばれ、びくりと肩を震わせる。

そこへ、一羽の白い鳥が目の前に降り立った。

ヒヨコを大きくしたような、丸くて可愛らしい鳥。

その頭には、太陽が形どられた冠を被っていたものだから、まじまじと見つめていた。



「ようやくお会いできました、琉生様」

その鳥の嘴がから、人の声が発される。

再三呼びかけられて、目を丸くして硬直していた。



「驚かせてしまい申し訳ありません。ワタクシ、天の神々の使いのカラスと申します。

どうぞ気軽に、カァ君とでもお呼びください」

流暢な敬語を話す鳥を、無言で見詰める。

夢幻でも見ているのだろうか、幻惑の毒草でも周りにあったのだろうか。



「琉生様、驚かれるのは無理もありませんが、今はいち早くここから離れなければなりません!

ワタクシが貴方を見つけたのと同時に、彼奴らも見つけてしまっており・・・」

今度は背後から何かの気配がして、振り返る。

すると、山道の向こうから黒い物体が近付いてきているのが見えた。

人が真っ黒な甲冑を着ているようだが、不気味すぎる。



「説明は後です、早く山をお下りください!」

頭は混乱しきっているが、言われるままに駆け出す。

本能的に、あの黒い物体は危険だと感じ取っていた。





息を切らして、自宅へ駆けこむ。

扉を閉める直前で、白い鳥も入り込んできた。

琉生は床に座り込み、ぜいぜいと肩を上下させる。

「・・・何なんだ、山に居たあの、不気味な・・・」

形容する言葉が見つからなくて、語尾を濁らせる。



「あれは別の国から来た悪霊でございます。この国、八百万界は八人の英雄の力で守られておりました。

しかし、ベリアルという親玉に力が破られ、悪霊が入り込んで来たのです」

「はあ・・・悪霊・・・」

そう言われればしっくりくる呼び名だが、琉生は話半分で聞く。



「怪我人が多いのも、悪霊に襲われる者が多くなってきたからです。

今は力が弱いですが、人の邪念を取り込み徐々に強くなれば、死人が出かねません」

「確かに、奇妙な傷を負う人が多い・・・」

「私は悪霊に対抗できる力の持ち主を探しておりました。それが、琉生様なのです」

「へえ・・・」

話について行けなくて、琉生は生返事を返すことしかできない。



「これは夢物語でも何でもありません!お願いいたします琉生様、どうかワタクシ達にお力をお貸しください!」

カァ君が目の高さで羽ばたき、声高に訴える。

「ちょ、ちょっと待って、僕は癒す力はあるけど、戦う力なんて持ってない」

「戦うのは琉生様ではありません。琉生様には、悪霊を払う英傑を生み出していただきたいのです」

「・・・英傑?生み出すって?」

「口で説明するより見ていただいたほうが早いと思います。ひとまずワタクシを信じて、着いて来ていただけないでしょうか」

カァ君は、琉生を先導するよう外へ飛ぶ。

断っても諦めないだろうなという勢いに押され、琉生も外へ出ていた。





都の事はあらかた知っているつもりだったけれど、先導されるのは見たことのない道。

一度も人とすれ違わず、何回も曲がり角を曲がる。

しばらくすると、朱塗りの立派な神社が見えた。

「あそこが、ワタクシ達が拠点とする社です。普通の者は入ることができない、特別な空間です」

都にこんな目立つ神社があれば、お参りに来る人は絶えないだろう。

人っ子一人いない空間を見回して、言っていることは本当なのだろうと悟った。



「ワタクシ達って、他に誰か住んでるのか?」

「・・・はい、こちらに」

カァ君は社の入口へ飛び、襖の前で止まる。

琉生は後を追い襖を開けると、中にはすでに布団が敷いてあった。

昼間のはずなのに、室内にはぼんやりとした灯篭の光しかない。



カァ君は室内に入り、隅へ飛ぶ。

よく見ると、そこには装飾が施された丸い台があり、上には刀が乗っていた。

ぱっと見ただけでも禍々しい雰囲気があり、近寄るのを躊躇う。

「この台は鶺鴒台と言いまして、反魂の力を宿します。

上に乗る刀には、過去に活躍した英傑の魂が込められているのです」

またついて行けない話になり、琉生は無反応でいる。



「癒しの力を持つ琉生様こそ、鶺鴒台の力を引き出し英傑を蘇らせることができるのです。どうか、こちらへ・・・」

気が進まないものの、渋々台へ近付く。

間近で見ると、刀は明らかにいわくつきだとわかるような不気味さがあった。

「正直に申しますと、刀に込められている魂は清浄なものではありません。

ですが、悪霊に太刀打ちするには強者の力が必要なのです」

「そうなんだ・・・」

いまいち現実味が沸かなくて、感想も何も出てこない。



「琉生様、お願いいたします。貴方様の血を、この刀に捧げていただけないでしょうか」

「え・・・」

血を捧げると聞いて、琉生は露骨に表情を曇らせる。

カァ君は、台に置いてある別の小刀を嘴で突っついた。



「多量は必要ありません、ほんの数滴でも構いません」

「そういう問題じゃなくて・・・。僕、血は大嫌いなんだ。痛いのはもちろんだし、見たくもない・・・」

断って帰ろうと思い始めたとき、カァ君が嘴の切先で琉生の指先を突き刺す。

「いっ・・・!」

太い針で突き刺されたような痛みに、琉生はとっさに手を払い除けた。



「申し訳ありません、どうか、刀にその血を・・・」

強制的な行動に、断る方が恐ろしくなる。

琉生は観念して、傷ついた指先を刀に添えた。

血をつけるよう、刀身を慎重になぞる。

すると、刀が一瞬震えて、はっと手を離した。



「これで準備は完了です。後は、ここで一晩お過ごしください」

「・・・わかったよ、断ったら襖に結界でも貼られそうだし、一晩くらいなら」

琉生は溜息をついて、布団へ移動する。

明らかに高級な肌触りは、まるで睡眠欲を誘うようだ。



「ありがとうございます。せめて、良い夢を見られますよう・・・」

琉生は横になり、布団を被る。

薄ぼんやりとした灯篭の明かりと、ふわりとした布団の感触がまどろみへ誘う。

目を閉じると、同室にある刀の事もだんだんと気にならなくなり

ものの数分で、琉生は寝息を立てていた。