癒し手独神と英傑達2





柔らかな布団に包まれたまま、琉生は目を覚ます。

明らかに自分の家にはない高級布団に、一連の出来事が真実だと突き付けられるようだ。

体を起こし、ぼんやりとしているとふいに背中に視線を感じた。

振り向けば恐ろしいものと対峙してしまうような、嫌な予感。

けれど、何者かに背を向け続けているのも危険で、覚悟して振り向いた。



昨日、刀が置いてあった部屋の隅を注視する。

そこに確かに刀はあった、人の腰元に携えられた状態で。



「将軍よ、目が覚めたか」

刀がしゃべったのではない、白い軍服を着た青年に話しかけられている。

人の形をしているが、胸元は×印の深い深い傷があり、首には繋ぎ目がある。

なぜ生きているのかと不思議に思う風貌だが、青年は普通に歩み寄って来た。

青年は、琉生の前にひざまづいて視線を合わせる。



「よくぞ俺を呼び覚ましてくれた。存外、鳥目は人を見る目があるようだ」

近くに来て、琉生は反射的に布団を引き寄せて身を守る。

着ているものは潔癖のような純白、だが、その目は確かな冷たさがある。

相手を傷付けることを厭わない、冷徹さを含んだ瞳を向けられるのが恐ろしくて、怯えていた。



「し、将軍って、僕はそんな大層なものじゃない」

「俺の上に立つ者だ、将軍と呼ばずに何と呼ぶ」

自分の指先を傷付けることさえ躊躇う相手に、将軍なんて似つかわしくない。

口が渇いてその琉生張はできない。

寝起きだからではない、緊張のせいだ。



「さあ、起きたのなら悪霊退治へ行くとしよう。俺の刀が渇いているなど、あってはならないことだ」

青年は立ち上がり、外へ出る。

着いて行きたくはなかったけれど、辻切でもしそうな勢いを放っておけずに後へ続いた。





丸一日眠ったのだろうか、外は明るい。

そこへ、カァ君が真っ先に向かってきた。

「おはようございます琉生様。見事、英傑であるマサカドサマを蘇らせましたね!

これで悪霊退治ができます」

「悪霊退治って・・・僕、あんまり気が進まない」

琉生が弱音を吐くと、カァ君が肩に止まって耳打ちする。



「正直に申しますと、琉生様の事は傷つけませんが他の者の命は些細なものだと思っておられます。

野放しにしておくのは得策ではないかと・・・」

脅し文句のように言われ、琉生は眉をひそめる。

確かに、一目見て対峙しただけでもその危険性は感じ取れる。

切り足りないと、都の人々を傷つけられては後味が悪い。



「・・・わかったよ、行くけど、何もできないからね」

「戦うのは兵の役目、将軍は高見の見物でもしていればいい」

本当なら、見物だってしたくはない。

そう言ったら切られそうな予感がして、琉生はずっと黙っていた。





肩にカァ君を乗せたまま、都から出て山道へ出る。

やはり、動物の気配が全くなく、鳥のさえずりも聞こえない。

やや距離を空けて歩いていると、ふいに先導者の歩みが止まった。

「強者の気配を察したか、お出ましだ」

木々の隙間から、黒光りする鎧を着た者がぞろぞろと姿を現す。

手には巨大なねじをかたどったような槍を持ち、真っ直ぐに歩いて来る。



「さあ、始めようか」

マサカドサマは笑みを浮かべ、意気揚々と刀を抜く。

琉生はとっさに後ずさり、岩陰に身をひそめた。





それからの戦いは、直視していない。

金属が力強く合わせられる音、狂喜を含んだ笑い声。

耳を塞いでも、その音は容赦なく鼓膜に響く。

音が止むまで、琉生は岩陰に隠れ続けていた。



しばらくして、周囲が静かになる。

そろそろと岩陰から出て様子を見ると、卒倒しそうな光景が広がっていた。

そこはまさに血の池地獄、浮かんでいるのは鎧の首。

マサカドサマの白い軍服は真っ赤に染まり、刀から血が滴っている。

笑みを浮かべている様子は、まさに鬼神だった。





「将軍よ、見ろ、この死屍累々の光景を。あまり手ごたえはなかったが、なかなかに楽しめた」

鬼神の笑みを見て、琉生は寒気を覚える。

視界いっぱいに広がる地獄絵図の刺激が強すぎる。

危険を察知し心音が早くなって、冷汗が流れ落ちる。



「琉生様、いかがいたしました?」

悪霊が倒せたらそれでいいのか、カァ君は平然と話しかける。

まるで自分の血が血溜まりに流れてゆくように、血の気が引いていく。

何も言わない琉生を不自然に思い、マサカドサマが近付く。

血まみれの鬼神が迫ってくる。

逃げたい、けれど足が動かない。

その場に佇んでいるだけでも消耗する。



硬直しているさなか、一陣の風が吹き血の臭いを運ぶ。

濃い鉄の臭い、嫌悪すべき香りが精神を削り取る。

風にとどめをさされ、琉生の目の前がふっと暗くなる。

次の瞬間には体を支えられなくなり、前のめりに倒れていた。









目が覚めたのは、薄暗い和室の中。

ここが自分の家ではないことに落胆する。

外へ出たら、血まみれの鬼神がいるのだろうか。

そろそろと襖を開けると、すぐさまカァ君が飛んできた。

「琉生様!お具合はいかがでしょうか」

「・・・あんまり、良くない」

悪夢の中に葬り去れればいいと思う光景が、目に焼き付いて離れない。



「気が付いたか。将軍の身は軽すぎだ、もっと精力をつけよ」

鬼神の声がして、思わず肩を震わせる。

廊下に佇む相手の服は純白に戻っていたが、その恐ろしさは変わりない。

卒倒した自分を運んでくれたことは感謝しても、喉が詰まってしまってどうしてもお礼の言葉が出なかった。



「体調が良くなかったのですね、配慮が足りず申し訳ありません」

「いや・・・そういうわけじゃなくて・・・」

マサカドサマの方を直視しないまま呟く。



「僕、血は嫌いなんだ。生理的に受け付けない。色も、臭いも大嫌いだ。

倒れたのも、地獄絵図がひどすぎて耐えられなかったからだ」

ここで言っておかなければ、ずるずると流されてしまう。

これで、鬼神は呆れて離れて行ってくれないだろうか。



「それは・・・その、気絶するほど苦手だと」

カァ君からの問いかけに、素直に頷く。

「あんなもので地獄と言ってもらっては困る。ただの水溜り程度だろうに」

確実に分かり合えない発言に、琉生は未だ視線を合わせられない。

「・・・悪霊退治するのは勝手だけど、僕はもう同行できないから」

思い切って言い放ち、琉生は寝室へ引っ込む。

まるで天岩戸に閉じこもるように、ぴしゃりと襖を閉めた。





引きこもっていて数時間。

外から、鳥の羽ばたく音が聞こえる。

「琉生様・・・ご傷心のところ申し訳ありませんが、どうかお開けいただけないでしょうか」

カァ君に呼びかけられて、そろそろと隙間を開く。

「お連れしたい場所がございます。決して、恐ろしい所ではございません」

少し迷いつつ外へ出ると、カァ君が先導して飛んだ。



社から離れ、裏庭へ行く。

芝生の生えた広い土地の中に、土がむき出しの花壇があった。

「この庭は非時の庭と言いまして、普通とは時の流れが異なる空間です。

琉生様、この種を花壇に植えてみてください」

カァ君が、羽の中から虹色のどんぐりのような種を出す。

邪悪なものは感じなくて、言われた通り土をすくって埋めた。



「この種は、英傑にとって最上の嗜好品である花がなるのです。

種は琉生様の想いを吸って育ち、きっと健やかに咲くことかと思います」

「今育てても枯れ落ちそうだけど・・・いつの季節に咲くんだ?」

「1時間後です」

つっこみを入れたくなったけれど、ここは時の流れが違うのだと思い出す。

それにしても、鬼神に花なんて贈って本当に受け取ってもらえるのだろうか。

そう話している間に、土からは緑色の芽が生えていた。



「取れたら、ぜひ英傑に捧げてみてください。口では言えない思いもきっと伝わることでしょう」

伝わってしまったら、本当に切られるのではないか。

せめて、残忍な瞳の中に一筋の光でも入ってほしい。

そう祈りつつ、琉生は花の成長を見守っていた。