癒し手独神と英傑達3





種を植えてから一時間、植物は目に見える速度で伸び、緑色の豊かな葉をつけた。

華やかな色合いの花は似合わないと思っていたからだろうか、葉っぱしかない。

それでも、丸く形どられた葉は、生け花に使えそうな造形だ。

もう伸びなくなった段階で、土から引っこ抜く。

根っこはついておらず、種はまだ土に残っているようだった。



こんなもので喜ぶのだろうかと訝しみつつも、社へ戻る。

マサカドサマは縁側で刀の手入れをしていて、今は落ち着いている様子だ。

戦闘時ではなくても、近付くことを躊躇う。

あの刀の切っ先が自分へ向けられたらと考えると、とたんに怖くなってしまう。

立ち止まっていると、マサカドサマの視線が向けられた。



「将軍、そんな所で立っておらずに隣へ来ると良い」

気付かれ、怖々と縁側に腰を下ろす。

手を伸ばしても届かないくらいの、微妙な距離を置いて。

「どうだ、この刃。数多の血に濡れて輝いておるわ」

ぎらりと光る銀の刃は、恐れの対象でしかない。

さっさと渡して離れようと、琉生は葉を差し出した。





「・・・これ、英傑には最上の嗜好品だって聞いたんだけど・・・よかったら、受け取ってほしい」

「ほう、俺にこの葉を」

マサカドサマは刀を収め、葉を手に取る。

その瞬間、葉が輝き緑色の光が舞う。

光はマサカドサマへ降り注ぎ、一瞬だけ美しい光景を見せた。



「ふ、将軍の恐れが伝わって来るわ。それほど血を見るのが嫌いか」

「・・・嫌だ」

「敵を討ち取る際に鮮血はつきものだ。将軍はもっと非情にならねばならんな」

「非情も何も、そもそも受け付けないんだ。それに・・・僕は、そんなに慈悲深い奴じゃない」

癒しを求めて来る人々を、ただの善意で治していたわけじゃない。

結果的には相手の為になっていても、本意は違う所にあるのだ。



「何にせよ葉は俺の好物だ、感謝する。何か、礼をしなければな」

マサカドサマは立ち上がり、外へ向かう。

「また、悪霊退治に行くのか」

「いや、探し物だ。心配せずとも、辻切の真似事などせんよ」

どちらにせよ、もう着いて行く気はなくマサカドサマを見送る。

せっかく花壇を見つけたのだから手入れでもしようと、庭へ向かった。





しばらくして、社へ戻る。

すると、不穏な気配を感じて外へ目を向けた。

また、血の香りが漂ってくる。

嫌な予感を覚えたとき、血にまみれたマサカドサマが帰還した。

直視していると気分が悪くなるようで、視線を逸らす。



「すまぬな、少々手こずった。これを探していたのだ」

琉生の態度を見て、マサカドサマはガラス玉のような球体を縁側に置く。

透明感があり、中は青く、まるで宝石のようだ。



「この憑代から生み出すがよい。俺は血を取ってこよう」

マサカドサマが去ると、琉生は球体を手に取る。

血が付かないようにしてくれたのか、赤色は混じっていない。

琉生は、寝室の中に移動して鶺鴒台に球体を乗せる。

今度は、あまり血生臭くない英傑が生まれてほしい。

そう念じつつ、備え付けられている小刀を取る。

自分の血さえも見たくはないけれど、深呼吸して、掌を切った。









鶺鴒台に血を捧げ、一晩過ごす。

目覚めた時には何者かの気配がするようになっていて、ゆっくりと起き上がった。

「お前が、俺を呼び起こしたのか」

まず目に入ったのは、水色の半透明をした生き物。

犬にしては丸すぎて、豚にしては平べったい。



「どこを見ている。これは俺の式神だ」

その上に腰掛ける青年へ目を向けると、それはそれで驚いた。

かろうじて胸部から上は隠されているものの、上半身は艶めかしいラインの肌がもろに見えている。

下半身を覆う黒くぴっちりとした布はなぜかところどころ破けていて、妖艶な雰囲気があった。



「俺は八百万界屈指の陰陽師、アシヤドウマン。数ある憑代の中から俺を選ぶとは、良い選択だ」

「いや、選んだのは僕じゃなくて・・・」

「将軍、入るぞ」

新たな英傑の気配を察知したのか、マサカドサマが寝室へ足を踏み入れる。

「アシヤドウマンよ、呼び出して早速だがお前の力を見込んで頼みたいことがある」

「ほう、アベノセイメイに頼まなかったのは評価できるな。言ってみろ」

琉生は、置いてきぼりにされつつ黙って話を聞いている。



「八百万界にはびこる悪霊は知っているだろう。

我々はその討伐を任されているのだが、将軍は卒倒するほど血が嫌いでな。

だが、将軍には秘めたる力があるはずだ。それを、お前の妖術で引き出してほしい」

「そんな大げさな力、ない・・・」

弱弱しく言うと、アシヤドウマンは琉生をまじまじと見詰める。

妖艶な瞳に見つめられると落ち着かなくて、思わず視線を逸らした。





「護衛が増えても、討伐には行かないから」

琉生はさっときびすを返して外へ出ようとするが、その前にマサカドサマが立ち塞がる。

見下ろされると威圧感を覚えて、別の襖の方へ足を進めたが

アシヤドウマンが座っていた不思議な生き物が走り、進路を塞いだ。



「主人(あるじびと)よ、しばらく大人しくしていろ」

アシヤドウマンは、琉生の額に不思議な札を貼る。

それを貼られると、指先一本動かせなくなって硬直した。

「オンキリキリバサラソワカ・・・」

アシヤドウマンが呪文を唱えた瞬間、額から電流が走った。

呪術の力が入り込み、琉生の瞳孔が開く。

胃の中よりもっと奥深くでうごめく、何かの存在を感じる。



「光が強ければ闇もそれだけ強い。さあ、心の奥底に眠る者よ、姿を現せ!」

術師の命令に、息が詰まる。

止めてくれ、と叫びたくても声帯さえ動かない。

目は開いているはずなのに、視界が黒く塗り潰されていく。

意識も徐々に薄れ、ふっと途切れていた。





意識は無くなっても、琉生は直立不動でいる。

その身を支えるのは、黒い影。

爪は鷲のように鋭く、胴体は人、頭は魔獣を彷彿とさせる。

まるで悪霊のような化け物が、琉生の背から出現していた。



琉生はゆっくりと手を動かし、額の札を剥がす。

『深い深い、心理の底で眠っていた・・・。知らなければ、幸せなままで過ごせたものを』

声は琉生のものだが、雰囲気はまるで別人だ。

式神は怯え、とたんにアシヤドウマンのもとへ駆けていた。



「これはこれは、一見平凡そうな奴の中にとんだものが潜んでいたもんだな」

琉生は、アシヤドウマンをじろりと睨む。

眼光の迫力がまるで違い、とっさに口をつぐんでいた。



『呼び起こされたからには、しなければならないことがあるのだろう』

「無論、数多の悪霊の首を捧げよう」

マサカドサマは襖を開け、先導する。

三体の邪念は、社を出て悪霊の巣くう山へと向かって行った。









人里を離れると、とたんに周囲の雰囲気が変わる。

目的の相手を見つけ、鎧姿の者がわらわらと湧いて出てきていた。

「どれ、オレの実力を見せつけて・・・」

アシヤドウマンが歩み出る前に、琉生は率先して進み、悪霊に真っ向から立ち向かう。



「将軍、あまり出過ぎては・・・」

マサカドサマが近付こうとした瞬間、琉生の影がざわめく。

猛獣は一気に伸縮し、漆黒の爪で悪霊の胴体を貫いた。

鎧ごと破壊され、悪霊は血飛沫を散布して煙のように消える。

続けざまに、他の鎧の首を刎ね、頭を握り潰す。

勢いよく鮮血が飛び散り、周囲は瞬く間に血の池と化していった。



悪霊は増援を呼んだが、三人の強者には敵わない。

魔獣は悪霊だけを的確に惨殺し、マサカドサマは首を取り、アシヤドウマンは法術で敵を塵と化す。

何の気配もしなくなったとき、周囲には悪鬼の死体と血が広がっていた。



「死屍累々・・これぞ我が世界」

地獄絵図を見て、アシヤドウマンは満足気に笑む。

「将軍、すばらしい力よ。それでこそ俺が仕えるに相応しい」

琉生は卒倒することもなく、顔色一つ変えず地獄に佇む。

血の香りさえ、今はかぐわしいものと感じていた。

光が強ければ、闇もそれだけ深い。

それを象徴するような姿に、英傑はわずかな恐れと高揚感を抱いていた。