癒し手独神と英傑達5





どこで一夜を過ごそうかと、琉生は適当な部屋を探す。

うろうろとしていると、半透明の幽霊が飛んでいるのを見かける。

何やらかわいらしくて、目で追っていると襖の奥にひゅっと消えてしまった。

思わず後を追いかけ、襖を開ける。

「おや、主人」

幽霊はふわふわと浮かび、アシヤドウマンの周囲を回る。



「アシヤドウマンの式神だったのか。かわいらしくて、つい追いかけてた」

「ああ、その方が相手を油断させやすいだろう」

それにしても、いつも腰かけている式神も、猪がペットになったように愛らしい。

もしかして、単なる趣味じゃないのかと問いたかったが、言葉を留める。

「それより、その切り傷はどうした。悪霊が入り込んで来たか」

一線の傷を指摘され、瞬時にごまかしを考える。



「これは・・・その、包丁で・・・」

「どうやったらそんなに器用な場所を切るんだ。ほら、こっちへ来い」

手招きされ、アシヤドウマンの傍まで寄る。

すると、傷口を覆う平べったい札がぺたりと貼られた。

それだけで、まるで痛みが封じられたように消える。



「痛みがなくなった・・・凄いや、癒しの術も使えるんだ」

「まあ、それほどでも・・・あるがな」

素直に褒めると、アシヤドウマンは軽く微笑む。

「式神も出せるし、悪霊退治もできて・・・陰陽師って万能なんだ」

酔いが残って饒舌になっていて、立て続けに褒め称える。

すると、アシヤドウマンはふいに琉生の肩を抱き寄せた。



「主人、そんなにオレを喜ばせるな。・・・どう言っていいかわからなくなる」

素肌の面積が多い体に密着して、一瞬だけどきりとする。

けれど、直に伝わる体温が、人の温もりが心地良い。

人に触れる時なんて、嫌な血を覆い隠すときだけだった。

まどろみが強くなり、ゆっくりと身を預けていく。

肩に手を回されていると守られている気がして、つい目を閉じていた。



「オレの傍らで眠るなんて、命知らずだな。・・・お休み、主人」

永遠の眠りにつかせるのではない。

この腕の中で休ませることを許していた。









目が覚めるとアシヤドウマンはおらず、布団に寝かされていた。

死屍累々の光景を好む外道の陰陽師かと思っていたけれど、案外慈悲はあるのかもしれない。

朝支度をすると、琉生はまず花壇へ向かう。

豊かな土からは、赤い芽が顔を出している。

アシヤドウマンの髪の色と同じ種、琉生は花が咲くまでその場でじっと待っていた。



芽は徐々に伸び、蕾をつけ、花を咲かせる。

奥ゆかしい小さな花に派手さはないが、可愛らしい式神を考えていたらこうなった。

さっそく花を摘み、アシヤドウマンを探す。

昨日居た寝室、縁側、花壇の周辺をうろついていると、人魂のような式神を見つけた。

後をついて行くと、社の一室へ招かれる。

その部屋は蝋燭の明かりだけで照らされていて、朝と言うのに薄暗い。



「主人、オレを探していたのか?」

蝋燭に囲まれた中に、アシヤドウマンが佇む。

何か、強大な式神でも呼び起こそうとしているような禍々しさがあった。

「ああ、これを渡したくて」

摘んだばかりの花は、薄暗い中でも輝いて見える。

アシヤドウマンに差し出すと、式神がそれを取ろうと近付いてきた。

取られないよう、さっと遠ざける。



「アシヤドウマンに受け取ってほしいんだ」

目の前で、花が微かにきらめく。

この部屋の雰囲気には合わないものに触れるのを迷っているのか。

琉生が待っていると、アシヤドウマンは観念したように受け取った。



花は消え、赤い輝きとなって降り注ぐ。

その瞬間、アシヤドウマンには琉生の思いが伝わっていた。

式神を愛らしく思うことだけでなく、昨日の晩に介抱してくれたことへの感謝の念が。



ただ、言葉で伝えられるより鮮明に心へ刻み付けられる。

数多の恨み言は受けてきた、だが、今感じているのは真逆の感情。

野心高いこの相手に、琉生は本心から感謝している。





光が消えた瞬間、アシヤドウマンは琉生の腕を強く引く。

そして、猪型の式神に座り自分の元へ抱き寄せていた。

「・・・どうした?」

どこか様子が違い、控えめに問いかける。

「・・・主人、傷の具合はどうだ」

「え?ああ、おかげで痛みもないし、もう治ってるんじゃ・・・」

右腕を軽く上げると、自分の思っている以上に腕が伸びる。

そして、アシヤドウマンの髪を軽く撫でていた。



「え?あ、いや、ごめん」

腕を引っ込めようとするのだが、手は磁力に吸い寄せられているように離れない。

まるで、右腕だけが分離しているかのように動いている。

手は頬へと動かされ、そこで止まった。

もしや、と琉生は腕の札を剥がそうとする。

けれど、まるで皮膚と同化しているようで端っこもめくれない。





「オレは欲しいものがあれば手段は択ばない。たとえ、主人相手でもな」

逃さないよう、アシヤドウマンは琉生と体を密接にさせる。

捕らえられているのは腕だけなのに、わずかも離れることができない。

意に反して、手が口元へ動かされる。

指の腹が唇に触れたとき、アシヤドウマンは口を開きその指を誘っていた。



「わ、ああ、ちょっと」

とたんに、指に湿った柔いものが触れる。

以前にも、どこかで覚えのあるような、そんな感触に肩が震えた。

アシヤドウマンは、目を細めて琉生の指に舌を這わせる。

舌を絡ませ、自分の体液で濡れていない部分などないよう弄り尽くす。



「や、や・・・」

艶めかしい感触に、口をぱくぱくとさせるだけで言葉が出てこない。

手が引っ込められず、されるがまま。

指がしっとりと濡れると、アシヤドウマンは舌を解いた。

腕を引くと、爪先から液の糸が伝う。

その様子がとても妖艶で、見惚れてしまいそうになる。

琉生が大人しくしているのをいいことに、アシヤドウマンは耳元へ口を寄せた。



「そんなにじっとオレを見て・・・どこか、弄ってほしい個所でもあるのか?」

「な、ないっ」

慌てて否定すると、アシヤドウマンは楽しそうに口端を上げた。

「ふふ、そんなつれないことを言うなよ・・・」

怪しく告げ、唇は耳から首元へと移動する。

そして、今度は首筋へ舌先が這わされていた。

別の場所へ触れられ、琉生はまた肩を震わせる。



鎖骨の辺りから、柔らかな感触が上へ上る。

ぞくぞくとした寒気が背筋に走り、しがみつくように右腕がアシヤドウマンの背に回っていた。

これも勝手に動いたのだと、そう思う。

突き放されなかったことを良く思い、舌の動きが滑らかになる。



「うう・・・っ」

往復されるたびに、何かを堪えるような呻きが漏れる。

このままではいけないと警告が鳴るが、腕が離れてくれない。

「主人、そろそろ感じてこないか?体の下方で、疼くものを・・・」

アシヤドウマンの手が、するりと琉生の下腹部を撫でる。

琉生は小さく悲鳴を漏らし、左手で必死に相手の肩を押した。



「おっと、調子に乗りすぎたか」

抵抗する様子を見せると、アシヤドウマンはあっさりと離れる。

そして、右腕の札を簡単に剥がしていた。

操られはしたが治癒の効果は本当だったのか、傷は完治している。

お礼を言うべきか、文句を言うべきか。



「ほら、今なら襖を開けておいてやる。このままオレに襲われてもいいなら、留まってもいいがな」

振り返り、琉生は間髪入れず部屋を出る。

今度は、はっきりと記憶に刻み込まれた。

指や首筋を這う感触が、思い起こされてしまう。

洗い流したくらいでは消えそうにないくらい鮮明な感覚に、琉生は不明瞭な感情を覚えていた。



「あ、琉生様!ここにいらっしゃいましたか!」

落ちつく間もなく、カァ君が慌ただしく羽ばたいて来る。

「大変でございます、都町に翼の生えた悪霊が出現し、人々に病をもたらしているようなのです!」

「わ、わかった、すぐ二人と一緒に行く」

アシヤドウマンの元へ戻るのは躊躇われるが、そう言ってもいられない。

せめて、なぞられた跡を拭い去ってから向かいたかった。