限りなく危ない夢と妄想10


今日も普通に授業が終わり、普通に帰宅する。
誰かと一緒に帰ることが多かったが、日によって皆時間割が違うので、今日は一人だった。

「ルイ!」
校門をくぐろうとしていたところで、シンに呼び止められた。
「シン、授業はとっくに終わったんじゃないのか?」
「まあな。実は、シュンのことで相談があって待ってたんだよ」
弟の名前が出て来たことが意外で、僕は興味をそそられた。

「シュンに、何かあったのか」
「実は・・・振られたらしいんだ。男友達に」
男友達と聞いて、僕ははっとした。
告白して振られたなら一度くらいあってもおかしくはない話だが、シュンの場合は事情が違った。
以前、シンの家へ行ったときに、相手が女性でなくとも幸せかと尋ねられたのは、そういう含みがあったのだ。

「それで、相談なんだけどな。。
シュンの奴がかなり落ち込んでるから、遊園地にでも連れて行ってくれねえか?」
「僕が?」
楽しい場所に連れて行くのは良いことだと思うが、なぜ、同行者がシンではなく僕なのだろうか。
シュンにとっても、身内と行ったほうが気兼ねせずに楽しめると思うのに。
そんな疑問を察したのか、シンが続けた。


「あいつ、ホラー映画とか見るのは駄目なくせに絶叫系が大好きなんだよ。けど、俺は・・・」
その先は、何も言われなくともわかった。
絶叫マシーンは、保護者同伴でなければ乗れないものも多い。
シュンを楽しませたい気持ちはやまやまだが、絶叫系に乗れない自分では無理だと言うのだろう。
かといって、保護者と一緒に乗るのは気恥しい年頃だ。

「わかった。僕でよければシュンと一緒に行くよ」
「悪いな。チケット代は出すから、よろしく頼む」
「・・・割り勘にしよう」
僕も乗り物に乗って楽しむのだから、全額奢ってもらうのは心苦しい。
シンは何か言おうとしたが、「わかった」と一言言って了承した。



そうして、僕は日曜日にシュンと遊園地へ来ていた。
初対面ではないが、一度しか合っていない相手と一緒に居るのは気疲れしないかと心配したが。
それは杞憂だったようで、シュンは目を輝かせて周囲を眺めていた。

「ルイさん、行こう!オレ、ビッグライジングマウンテンに乗りたかったんだ!」
「あ、ああ」
興奮を抑えきれないように、腕をぐいぐいと引かれる。
元々人見知りしない性格なのか、全く遠慮がない。
変に気遣われるより、そのほうがお互いに楽しめそうだった。

開園して間もないからか、人気のジェットコースターもあまり並んでいる人がいない。
レールの先を見ると、かなり高い所まで上がると一目で分かる。
シュンは怯えるどころか意気揚々としていて、笑顔でコースターに乗り込む。
僕は保護者ということで、その隣に座った。


「ルイさん、ついて来てくれてありがとう。兄ちゃんはこういうのダメだから」
「そうみたいだな、意外だった」
それでも、ギャップがあっていいと思ったが。
シンが誰かとデートに来て、一人待ちぼうけをくらっているところを想像すると少し不憫だった。
一方で、僕は幽霊のような非現実的な恐怖にはめっぽう弱かったが、現実的なものはなぜか平気だった。

ベルの音がすると、ゆっくりとコースターが動き出す。
だんだんと頂上に登って行くと、手に力が入った。

「ルイさん、手、いい?」
頂上に着く直前で、シュンが伺いを立てるように言う。
一瞬、何を言われているのかわからなかったが。
座席のスペースに置かれている仰向けの手を見て、僕は自分の手を重ねた。

その直後、ガタンという音がして、コースターが一気に落ちた。
強い風圧が全身に吹き付け、景色が急速に流れてゆく。
コースは単調なものではなく、途中で大きく曲がり、一回転するところまである。
コースターから吹き飛ばされるのではないかと疑う程の重力に、叫びはせずともハラハラしていた。

女性の甲高い悲鳴と共に、コースターは一回転する。
そのとき、シュンも流石に怯えたのか、手が痛い程握り締められた。
僕も反射的に手を握り返し、速度がおさまるのをひたすらに待っていた。



回転が終わると、コースターは徐々に遅くなり、やがて止まる。
涙目になっている人がいたが、シュンは満面の笑みでコースターを降りた。

「あー楽しかった!次は、スペースシューティング行こう!」
休む間もないまま、また腕を引かれる。
次のアトラクションは少し並んだので、その間はお互いにとりとめのない話をして暇をつぶした。
告白のことを聞きたかったけれど、周囲に人がいる状況で尋ねるほど無神経ではない。
シュンも何か言いたいことがあるのか、ときたま視線を逸らしていることがあった。

二人でいると待ち時間はそれほど長く感じられず、ほどなくしてアトラクションへ入る。
今回は絶叫系ではなく、回転台に乗って進み、画面上のターゲットを銃で打つ内容だった。
高得点を取れば景品が出るらしく、シュンは張り切っていた。


僕等は同じ台に乗り、前と後ろで別れる。
台が進んでゆくと、周りの景色は星が輝く宇宙空間に変わった。
流れ星が落ちて来て、銃を向ける。
案外速度が遅く、打ち抜くのは簡単だった。
ちらとシュンの様子を見ると、あまり当たっていないのか、星に向かってやたらめったら打っていた。
最初は良かったが、奥に進むにつれて星の数が多く、早くなってくる。

「むー、全然ダメだ」
シュンは相変わらず命中率が悪いらしく、ひたすら連射していた。
それを見かねて、僕は自分の銃を置いてシュンの背後に立った。
「もっと狙いを定めて、的を一つに絞った方がいい」
後ろからシュンの手ごと銃を持ち、誘導する。
驚いたのか、わずかに肩が震えたけれど、狙いが定まるとすぐに引き金が引かれた。

「やった、当たった!」
それでこつがわかったのか、シュン次々に星を打ち落としていった。
顔立ちはシンに似て大人びたところがあるけれど、屈託のない笑顔は年相応だ。
やがて星が少なくなり、台が止まる。
景品獲得の得点には届かなかったが、シュンは満足しているようだった。

「じゃあ、次は・・・」
すぐにどこかへ行こうとするシュンの腕を、今度は僕が掴んだ。
「その前に、一旦お昼にしよう。午後もたないぞ」
「あ、そうだね。せっかくだし、テーマパークの店に入ろう!」
僕はシュンの希望通り、普通の内装ではなく恐竜をテーマとした店に入った。



少し時間が早かったが、そのおかげでレストランにはすぐ入ることができた。
空腹時の待ち時間ほど、苦痛なものはない。
中には恐竜の剥製や、見慣れない植物がおいしげっていて、まるでジャングルの中のようだった。
メニューも一風変わったものが多く、シュンは真剣に悩んでいた。

「別々に取って、半分こしようか」
「いいの!?じゃあ、ジュラシックバーグにする!」
「僕は、レックスエッグカレーにするよ」
どんものが出てくるだろうかと、シュンは待ち時間の間もテンションが上がりっぱなしだった。


しばらくして、料理が運ばれてくる。
ハンバーグは恐竜の足跡の形にかたどられていて、ケチャップが盛大にかけられている。
カレーは米の形が卵になっていて、ルーの上には温泉卵が乗っていた。
普通のレストランでは見られない工夫に、シュンは目を丸くしていた。

「食べる前に、写真撮って兄ちゃんに自慢しよっと」
シュンは小さなデジカメを取り出し、両方の写真を撮る。
なぜか僕にもカメラが向けられたが、自由にさせておいた。

「じゃあ、いただきまーす!」
シュンが食べ始めたので、僕もカレーをすくう。
形だけにこだわっているわけではなく、卵と絡んだカレーはまろやかでおいしかった。

「うま!ファミレスのよりうまい!」
ハンバーグも味にこだわりがあるのか、シュンはどんどん食べ進めていく。
半分こすると言ったことは忘れているのか、いつの間にか残り一口分になっていた。
「あ・・・ご、ごめん、ルイさん。オレ、かなり食べちゃって」
「気にしなくていいよ。カレー、味見するか?」
僕が皿を寄せると、シュンは口を開いた。

これは、食べさせてくれと言っているのだろうか。
周囲にあまり人もいなかったので、僕は一口分のカレーをすくって、スプーンをシュンの口へ入れた。
シュンは特に恥ずかしげもなくカレーを食べ、満足げな笑みを浮かべた。


「はい、ルイさんも」
ハンバーグを刺したフォークが、目の前に差し出される。
僕はあまり気にすることなく口を開き、ハンバーグを食べた。
確かに、ファミレスのよりは肉の味が段違いに濃厚だった。

「なんか変だね、男同士で」
「別にいいんじゃないか、誰に迷惑かけてるわけでもない」
正直な意見を言うと、シュンは目を見開いていた。

「そっか。・・・ね、午後はアトラクションだけじゃなくてお土産も買おう!。
ここでしか手に入らないお菓子もあるし」
シュンは一瞬目を伏せたが、まくしたてるように話を続けた。
やはり、何かあったに違いないと、また尋ねたくなったが。
ちょうどランチタイムになって人がぞろぞろと入って来たので、ここでも聞けなかった。





昼食の後は、また絶叫系三昧だった。
ジェットコースターもジャングルの中を探索したり、垂直に落下したりとバラエティ豊かで。
壮快感とスリルがたまらないのか、どれに乗ってもシュンは楽しそうにしていた。
途中の待ち時間で少しは休めるものの、これでは、両親が付き添っていても途中でばててしまうだろう。


楽しい時間はあっという間に過ぎ、日が落ち始める。
お土産も買い終わり、後は帰宅するだけだったが、どこか名残惜しかった。
「ねえ、ルイさんは最後に乗りたいものある?」
「そうだな・・・じゃあ、あれに乗ろう」
指差したのは、定番の大観覧車。
流石に疲れて、絶叫系は勘弁してほしかった。
それに、あの中でなら二人になれるので気兼ねなく会話ができそうだった。


観覧車は客の回転率がいいのか、すぐに乗ることができた。
お互い向かい合って座ったが、僕はすぐに視線を外へやる。
景色を楽しまなければ、観覧車に乗った意味がない。

「ルイさん、そっちに行っていい?」
「いいよ」
3分の1ほどまで上がったところで、シュンが隣に来る。
てっきり、逆側から景色を眺めるのかと思ったが、座った場所は腕がぴったり触れるほど近かった。
僕は景色から視線を外し、シュンを見る。
そこに笑顔はなく、さっきまでの元気はどこへ行ったのか俯きがちになっていた。


「・・・聞いてもいいか?男友達に、告白したこと」
シュンは少しの間黙っていたが、時間がないとわかっているのか口を開いた。
「入学した時からの親友だったんだ。大丈夫かなって、そう思った、だけど・・・」
辛いのか、声が小さく、震えがちになっている。
僕は、慰めるつもりでシュンの肩に腕を回した。
一瞬だけその方が震えたけれど、振り解かれることはなかった。

「好きだって言ったら、すごく困った顔して、それから、態度もよそよそしくなって・・・。
オレ、このまま、絶交されちゃうのかな・・・」
その声だけで、不安な心境がひしひしと伝わってくる。
告白するほどの好意を抱いている相手が離れて行ってしまったら、どれだけ悲しいだろうか。
けれど、僕には告白された側の気持ちがわかる気がした。


「・・・その子は、戸惑ってるだけなんじゃないかな。。
ただ、思った以上に強い好意を、受け止める準備ができていなかったんだと思う」
シュンは、はっとして顔を上げる。
救いの言葉をかけてほしいと、懇願する瞳がそこにあった。

「大丈夫、シュンは明るくて、一緒に居て楽しい。その子にとっても、離れがたい相手だと思うよ」
何も、お世辞を言ったわけではなく、今日一緒に過ごしてきた素直な印象だった。
感情をはっきり出す屈託のない表情は、見ていて楽しかったし。
落ち込んでいてもいいはずなのに、雰囲気を暗くしないために明るくつとめている様子が好ましかった。

励ますようにシュンの肩を叩くと、その体が倒れ込んで来た。
胸部の辺りに腕がまわされ、すがりつくような態勢になる。
僕は、そっとその背を抱いた。

「ルイさん・・・ごめん」
「謝らなくていい」
すがりたいなら、迷惑だとか、失礼だとか思わなくていい。
僕は、こうやって誰かに必要とされることが何よりも嬉しい。
僕等は、観覧車が下に着くぎりぎりまでそうしていた。





観覧車を降りた後は遊園地を出て、僕はシュンを家まで送って行った。
そのとき、ちょうどシンも帰って来ていて、玄関ではち合わせた。

「兄ちゃんただいま!すっごく楽しかった!」
さっきの不安げな様子はすでになく、シュンの明るい声に僕は安心する。
シンは、シュンの頭をあやすように軽く撫でた。

「ルイ、ありがとな。それにしても、丸一日使わせちまったな」
「いや、シュンがいたから僕も楽しかったよ。じゃあ、また今度」
僕は玄関を出ようと背を向けたが、ふいに手を引かれて立ち止まる。
どうしたのかと振り返ると、シュンが強く抱きついてきた。
名残を惜しむような抱擁に、僕はシュンの背を軽く抱き返す。
シンの視線を感じたけれど、僕は特別な感情など無いと示すように、いたって平静にしていた。

「ルイさん、今日はありがとう。・・・また、今度」
「ああ」
背から腕が解かれると、僕もシュンを離す。
僕は軽く手を挙げて外へ出て、家へ帰った。
シュンが想い人と結ばれればいいと、そう願いながら。




―後書き―
読んでいただきありがとうございました!。
どこまで相手増やすんだと言われそうですが・・・。
これは欲望のままに書いてる話なので、どうかお許しくだされ。