限りなく危ない夢と妄想3


ジェンが帰国するまで、後三日。
それを知らないのは、ルイだけだった。
この関係が終わってしまうかもしれない日が、近付いてくる。

ユウヤは、内心穏やかではなかった。
アスにどうするのかと問いかけても、何も教えてくれない。
大きな不安感が、控えめなはずのユウヤを大胆にさせていた。

受話器を取り、電話をかけたのはルイの家。
明日家へ来てほしいと、震える声で告げていた。
少しの沈黙の後、返って来たのは了承の返事だった。





ルイは、静かに受話器を置く。
もしやと思ったが、シンの次はユウヤまで。
大人しく、控えめな性格からは考えられないような提案。
一体、何が二人の行動を誘発したのだろうか。

もやもやとしている時、再び電話が鳴った。
言い忘れていたことでもあったのだろうかと、すぐに受話器を取る。
そこから聞こえてきたのは、意外すぎる人物の声だった。

「やっほー、ルイ。元気にしてる?」
その声は、とても馴染み深いものであり、もはや二度と聞けないと思っていたものだった。
「もしもし?聞こえてる?何か返事してよー」
再び聞こえた同じ声に、思わず、言葉を失っていた。


「・・・ジェン」
「そうだよ、久し振りー。募る話もあるんだけど、今ちょっと時間ないから用件だけ。。
僕、もうすぐそっちに帰るからさ、皆で出迎えてくれると嬉しいなぁ。しあさっての、3時ごろ空港に着くから」
しあさってに帰ってくる?。
頭が、一気に混乱する。

「無理にとは言わないけど、できれば来てほしいなぁ。じゃあ、またねー」
電話が切られ、何も聞こえなくなる。
その瞬間、受話器を戻す前に、その場にへたりこんでいた。


今、確かにジェンの声が聞こえた。
ジェンは、生きていた。
アスも、シンも、ユウヤも、殺人なんてしてなかった。
僕は、ただ、とても質の悪い嘘に騙されていただけだった。
それがとても嬉しくて、気付けば涙ぐんでいた。
とてもひどい嘘を信じ込まされ、憤ってもいいはずなのに。
安堵感の方が大きくて、怒りは湧いてこなかった。

ここで、もう触れられなくなるかもしれないという、シンが言っていた言葉の意味がわかった。
ジェンが帰ってきたら、僕を脅す手立てがなくなる。
相手を縛り付ける物がなくなったら、あんなことをした友人からは離れて行くだろうと、そう危惧していたのだ。

ユウヤもそう思って、電話をかけてきたのだろう。
相手が自由になる前に、したいことがあるから。
そんな手の込んだ嘘を考えつくのは、アスしか思いつかなかった。
シンとユウヤは、その口車に乗せられたのだろう。

アスと話がしたい。
けれど、頭が良く、勘の鋭い相手はただ呼び出しても応えないかもしれない。
少し悩んだ後、僕は思いついた。
それは、とてもずるいことだったけれど。
アスと一対一で話をするには、実行するしかなかった。




翌日、指定された時間ぴったりに、ユウヤの家へ行った。
部屋に入るのは初めてで、本がぎっしり詰まった本棚と、慌てて片付けたようなイーゼルが目立つ。

「あ、あの、ルイ・・・」
顔を合わせるなり、ユウヤは俯きがちに口ごもっていた。
明らかに、これからのことを遠慮し、迷っている。

「・・・ユウヤがしたいことは、わかってる」
そう言って、ユウヤの手を引き、ベッドへ連れて行く。
ユウヤは僕の行動にかなり驚いていたようだった。
だが、嬉しいという感情は隠せないのか、わずかに頬を緩ませていた。
そして、ベッドへ座るとすぐに、ユウヤの体を抱き留めた。

「ル、ルイ・・・」
リードされて驚いているのか、狼狽が隠せていない。
抱き締められているだけでも、頬が赤く染まっているのがわかる。
こんなに純真な相手を利用しようとしていることに、罪悪感が生まれたが。
その後ろめたい気持ちが大きくならない内に、言葉を投げかけた。


「・・・昨日、ジェンから電話があったよ」
「えっ・・・!?」
目の前で染まっていた頬が、さっと血の気を失ってゆく。
そのとたん、腕の中の体が細かに震え出した。

「ご・・・ごめんなさい、ごめんなさい、ルイ・・・。
もう、分かってるんだよね、ジェンのこと・・・」
震えているのは体だけではなく、その声も同じだった。
まるで、幼い子供を相手にしているような気分になって。
とたんに庇護欲が湧き上がってきて、ユウヤの体を抱く腕に力を込めていた。

「怒ってるわけじゃないんだ、ユウヤ。君を責めるつもりで来たんじゃない」
安心させるよう、なるべく柔らかな口調で言う。
そして、シンにされたときのように、ユウヤの髪をそっと撫でた。

「・・・ごめん・・・なさい・・・」
抱擁と愛撫に気が落ち着いてきたのか、だんだんと震えがおさまってくる。
シンが弟を可愛く思うのは、こんな気持ちかもしれない。
腕の力を抜き、体を自由にするとユウヤは顔を上げた。
その表情には、明らかな怯えが見えていた。
また、庇護欲が湧き上がってきたけれど、それに捕らわれ続けるわけにはいかなかった。


「アスに言われて、あんな嘘をついたのか?」
咎めるつもりはないのだと示すよう、いたって平坦な口調で問いかける。
ユウヤは答えずに視線を逸らしていたが、目を合わせようとしないその仕草が、答えを物語っていた。

「ユウヤ、僕は君のことを許したいと思ってる。絶交なんて、したくないんだ」
そう言うと、ユウヤはおどおどと視線を合わせた。

「あんなことしたのに・・・許してくれるの?」
「うん。その代わり・・・頼みたいことがある」
交換条件を出されるとわかり、ユウヤは少し警戒した様子だった。
それでもよほど許しを得たいのか、視線は逸らされなかった。

「君に、アスを呼び出してほしいんだ。僕は、アスと話がしたい」
「アスを・・・」
ユウヤの瞳が、迷っているように揺らぐ。
頼みを聞けば、許してもらえる。
けれど、それはアスを裏切ることにもなる。
必死に葛藤しているのか、中々返事は出てこなかった。

迷うだろうと、予測はついていた。
だから、僕はユウヤを決意させるために、ずるい言葉を投げかけていた。


「頼む、ユウヤ。呼び出してくれるんなら・・・今から、君が望むことを何でもする」
「えっ・・・・・・な、何でも・・・」
驚いたように、目が見開かれる。
元々、ユウヤは目的があって呼び出したのだ。
ジェンが帰ってくるとわかった今、シンのように相手に強要することはできなくなる。
機会は今しかないと、ユウヤもわかっているはず。
だから、その目的を利用させてもらった。
案の定、ユウヤは迷いを振り切ったように、目の焦点を合わせた。

「・・・わかった・・・アスを呼び出す、呼び出すから・・・」
ユウヤは身を離し、ベッドに寝転がった。
「隣に来て、抱き締めて・・・頭、撫でてほしい・・・」
罪悪感を覚えているのか、声がか細い。
僕は軽く頬笑み、ユウヤが望むとおり隣に寝転がり、自分より一回り小さな体を抱き締めた。

「ユウヤ・・・ありがとう」
覆い被さるような体勢で、そっと髪を撫でる。
それに安心したのか、遠慮がちに背に腕がまわされた。

胸の辺りで、ユウヤの息遣いを感じる。
そのとき、平常よりやや早い心音も伝わってきて、不思議と愛おしさを感じた。
自分を好いてくれていると、実感したからだろうか。


「他にしてほしいこと、あるんじゃないのか?」
これで終わらせておけばいいのに、僕はそんな問いかけをしていた。
僕は、ユウヤの気持ちを利用して、交換条件を出した。
それなのに、こんな簡単なことしか頼まなかったことがいじらしかったのかもしれない。

「あ、え、えっと・・・」
質問をされただけで、ユウヤは頬を染める。
それを、また愛おしいと思ってしまう。

「じゃ、じゃあ・・・・・・キスしてほしい。・・・ルイが、嫌じゃなければ・・・」
かなり遠慮しているのか、ユウヤは消え入りそうな声で囁く。
以前は、アス達と共に大それたことをしたというのに。
やはり、控えめな性根はそのままなのだ。

「いいよ。・・・嫌じゃない」
少しだけ身を離し、ユウヤを見下ろす。
羞恥で目を直視できないのか、もう瞼は閉じられていた。
僕は、ゆっくりと体を近付けて行き、ユウヤの唇に自分を重ねた。

「ん・・・」
重なった瞬間、鼻から抜けるような、声とも取れない音が聞こえた。
何て大胆なことをしているのだろうと自覚したけれど。
思った以上に柔らかな感触に、一時の間だけ心地良さを覚えていた。



あまり長く重なっている訳にはいかず、身を離す。
目を開いたユウヤからは、見惚れるような眼差しが注がれていた。

「ありがとう、ルイ・・・すごく、嬉しかった・・・」
それで、ユウヤの頼みは終わったはずだった。
けれど、僕は身を起こすどころか、再び眼下の相手に近付いてゆき。
もう一度、柔らかな個所に口付けていた。

「んっ・・・」
今度は、驚きも含んでいるような、そんな音が聞こえてくる。
触れた箇所から伝わる感触は、やはり心地良くて。
僕は、暫くの間ユウヤから離れることができなかった。
何度も触れる度に、胸部から感じる心音が早くなってゆく。
そして、反応を示している部分は、そこだけではなかった。

「は・・・っ、ルイ・・・もう、いいよ、いいから・・・」
ある時、ユウヤは焦ったように手を突っぱねた。
原因は、反応してしまっている自身の体に違いなかった。
こうなってしまったものは、簡単に抑えられるものじゃない。
欲を感じても仕方がないのに、ユウヤは理性を振り絞り、僕を押し退けていた。


「・・・本当に、もういいのか?」
意地の悪い言葉を投げかける。
ユウヤは視線を逸らし、何かを言いたそうにもごもごと口を動かす。
そんな様子から、このままでいいはずはないと、そう言いたいのだと悟った。

ユウヤを反応させようと、意図してしたことではないとはいえ、責任はある。
それに、ユウヤはアスを呼び出してくれることを約束してくれたのだから。
望んでいたであろうことを、してあげたいと思った。

僕は無言で、ユウヤのズボンに手をかける。
そのとき、体の震えが伝わってきたが、抵抗はされなかった。
膝の辺りまでズボン。
を下げ、肌着の中へ手を滑り込ませる。
そして、その中にあるものに触れた。

「あ・・・っ、んん・・・」
とたんに、上ずった声がユウヤの口から発される。
手の中にあるものはすでに熱くなっていたので、肌着を下ろしてそれを楽にした。

ユウヤに触れることに、嫌悪感はない。
むしろ、こうしなければ、交換条件との釣り合いがとれないと思っていた。
やり方なんて詳しく知っているわけではなかったが。
ユウヤが満たされるよう、掌でそれを包み、愛撫した。

「あっ、あ・・・ルイ・・・っ」
さっき体を押し退けた手が、今度は相手を求める様に伸ばされる。
遠慮深い性質は、他の強い感情に飲まれてしまったのだろう。
僕はユウヤに応えるよう、身を下ろしてそっと口付けた。
柔らかな感触の他に、熱っぽい息遣いが感じられる。
そこで、愛撫に変化を与えたらどうなるのだろうかと、今度は指先でそれの形をなぞり始めた。

「や、ぁぁっ、あ・・・」
ユウヤの体がびくりと震え、呼気が不規則になるのがわかる。
いつの間にか、もっと感じたいと思っていた。
普段と違う声も、熱っぽい吐息も。

相手を愛しているから、ということではなかったが。
限りなく愛情に近いものが、行為を促していた。
ユウヤが悦んでいるのを見ると、自然と指先での愛撫が早くなる。
昂っているものの全体をなぞり、一時も指を離さず感じさせてゆく。
それだからか、ユウヤの吐息が収まるときはなくて。
胸部に手を当てると、心音がこれ以上にないほど強く、早く高鳴っているのがわかった。

そして、粘液質なものをわずかに指先に感じるようになったとき。
その感触も相まってか、ユウヤの身が再び震えた。

「あぁ・・・っ、ルイ、だめ・・・っ、汚れる、から・・・もう・・・っ」
ここまで来て、相手を気遣うことを言う。
そんなユウヤが、たまらなく愛おしく感じた。

「別に、構わない。ユウヤので汚れたって、気にしない」
喜ばせようと思って言ったのではない。
これが、本音が漏れるということなのだと実感した。
僕はユウヤの気遣いに構わず、指に絡みつく液と共に愛撫を続ける。
そして、とうとう昂りの熱が、解放された。

「ルイ・・・っ、あ・・・や、ぁあ・・・っ!」
上ずった声と共に、手に白濁が散布される。
ユウヤはぐったりと力を抜き、大きく息を吐いた。
溢れ出てくるそれを手で受け止められるだけ受け止め、僕は身を離した。


「あ・・・ご、ごめん・・・手、ねとねとに・・・」
「・・・そうだな、一旦洗ってくるよ」
嫌な感触ではなかったけれど、このままではユウヤに触れられないので、一旦洗面所で洗ってくることにした。
その道中で、友人にあれほどのことをすることはなかったと思ったけれど。
後悔は、微塵もしていなかった。

知らず知らずの内に、僕はユウヤにかなりの好意を抱いているのだろうか。
その好意は、シンに身を預けたときのものとよく似ていた。




部屋に戻ると、もう落ち着いたのかユウヤは服を着てベッドに座っていた。
その隣に腰かけると、控えめに体が擦り寄ってきた。
自然と手が伸び、ユウヤの肩を抱く。

「ありがとう、ルイ・・・あそこまでしてくれるなんて、思わなくて・・・。
・・・すごく、嬉しかった」
先の行為の余韻が残っているのか、頬はまだ赤らんでいた。
自分でも、あそこまでしようとは最初は思っていなかった。
いつから、歯止めが利かなくなってしまったのだろうか。
もしかしたら、欲情していたのは僕も同じなのかもしれない。

「・・・アスを、呼び出してくれるか?」
僕は、忘れない内に本来の目的を確認する。
ユウヤは、はっとしたような表情を見せたが、おずおずと頷いた。

「ありがとう、ユウヤ・・・」
僕は感謝の意を込めて、その身を抱いた。
ユウヤの体から力が抜けて、寄りかかってくる。
シンが言っていたとおり、誰かが身を預けてくれることは、確かに嬉しいことだった。




―後書き―
読んでいただきありがとうございました!。
シンの話の次に、すぐ思いついたユウヤの話も書いてみました。
続くと思っていなかったいかがわしい話ですが、次のアスの話で終了となります。
少し萎えてきているので・・・危険度は軽減されてしまうかもしれません。