限りなく危ない夢と妄想5


秋も深まって来た頃、大学では文化祭が始まっていた。
僕のゼミはいたってやる気がなく、屋台の出展はない。
部活に入っている人は展示会があるようなのだが、あいにく僕は帰宅部だ。
他の友人は屋台の番、展示会の受付、イベント出演と充実していたが。
僕には特に役割もないので、一人で店をまわっていた。

一人で文化祭を過ごすなんて、寂しい人だと思われるかもしれないけれど。
いろいろと好きな物が買い食いできるので、結構楽しんでいた。
午前中から来ていたので、昼食にいいものはないかと屋台を探す。
すると、屋台の番をしているシンの姿が見えた。


「おっ、ルイ。一人か?珍しいな」
「ああ、皆、部活の展示やイベントの準備があるみたいだから」
シンと目が合い、屋台へ近付く。
そこで売っているのは、何とも可愛らしいチョコバナナだった。
昼食に食べようという人はあまりいないのか、列はできていない。

「よかったら買ってけよ、3時頃になったらたぶん売り切れるぜ」
「そうだね、一本貰えるかな」
確かに、甘いスイーツには女子の人気が殺到しそうなので、昼食の前菜のつもりで買うことにした。

「はいよ、サービスでチョコたっぷりかけといたからな」
棒に刺したバナナに溶かしたチョコをコーティングするだけの、簡単なデザート。
それだけなのに豪華に見え、僕は代金を渡して商品を受け取った。
先端からふんだんにチョコがかけられていて、もたもたしていると垂れ落ちてきそうだ。
僕は流れ落ちるチョコを下から舐め取り、先端を含んだ。

それは、ただ食事をしているだけのはずなのに。
シンが食べる様子をじっと凝視していて、落ち着かなかった。


「・・・シン、何をそんなに見てるんだ?」
「んー?いや、気にすんな。。
ゴミ箱ここにあるし、最後まで食べてけよ」
にやにやした表情が気にかかったが、とりあえず食べ進める。
一口食べる度にチョコが垂れてくるので、その度に舌で舐め取らなければならない。
そして口に含んで齧っていくのだが、ずっとシンの熱視線が注がれたままだった。

その視線を道行く女子に向けてあげたら、どれほど喜ぶだろうかと思う。
シンは背が高く、容姿も良いので女子からよく声をかけられていた。
売り子に選ばれたのも、女子受けがよさそうな商品との相乗効果を狙っているに違いない。
人気のあるシンの視線を独り占めしてしまっている状況に、申し訳なさを感じる一方で、どこか、まんざらでもない気がしていた。



「ごちそうさま。正直甘すぎたけど、おいしかった」
「だよな、欲望のままにチョコかけたから」
チョコをコーティングする作業は、それほど楽しいものなのだろうか。

「じゃあ、僕は展示品を見に・・・」
「あ、兄ちゃん!」
突然、後ろから少年の声がして、振り返る。
背丈からして中学生くらいだろうか、一人の少年が走って来ていた。
少年は屋台の前で止まり、僕とシンを交互に見た。

「お、来たのか。ルイ、こいつ俺の弟」
そう言われると、整った顔立ちがどことなく似ている。
「この人が、ルイさん・・・オレ、シュン。よろしく!」
シュンは、満面の笑みで社交的に手を差し出す。
僕はその手を軽く握り、微笑んだ。

「兄ちゃん、オレにもチョコバナナちょうだい!」
「自分の弟が食ってるとこ見ても何にも楽しくないけどな・・・まあいい、おごってやるよ」
「やった!」
シュンは無邪気にはしゃぎ、嬉しそうにチョコバナナを受け取る。
昔はシンもこんな感じだったのだろうかと、見ていて微笑ましかった。
その後、僕は口を挟まず屋台から離れた。


結構ボリュームがあったので、意外とお腹が膨れている。
まだ昼食には足りないけれど、口の中が甘くて仕方がないので一旦間を置いた方がよさそうだった。

一番に向かったのは、美術部。
入口では、ユウヤが椅子に座って来場人数を数えていた。

「ユウヤ、お疲れ様」
「あっ、ルイ、来てくれたんだ」
ユウヤは、ぱっと嬉しそうな表情をする。
僕が来ただけで喜んでくれることが、愛おしかった。
小さな部屋の中には、ところ狭しと作品が並んでいる。
その中にひときわ大きな絵があり、思わず近付いていた。

描かれているのは、彼岸花の群生地。
1mを超える絵の大きさに圧倒され、一面に広がる赤に目を奪われる。
同じ彼岸花でも色合いが微妙に違い、赤色がとても美しく映えていた。
以前、家に行ったときイーゼルを見かけて、ユウヤが絵をよく描くのだと気付いていたけれど。
作品を見るのは初めてで、本人とは対照的な、圧倒的な存在感に見入っていた。
彼岸花の印象が強すぎて、他の作品はあまり頭に入らない。


「ユウヤ、こんなに綺麗な絵を描けるなんて・・・知らなかった」
照れているのか、ユウヤははにかんで笑う。
「理想の風景を想像して描いたんだ。。
・・・無理なことだけど、いつかルイと一緒に行けたらいいなって・・・」
可愛いことを言われて、不意打ちを食らう。
真っ直ぐに向けられている好意が嬉しくて、柄にもなくときめいていた。

「いつか、一緒に行こう。群生地なら、探せばあるかもしれない」
ユウヤは目を丸くして僕を見上げた後、小さく頷いた。
これ以上ここにいると自重できなくなりそうで、外へ出ようとする。
そのとき、ユウヤが何か言いたそうにして立ち上がった。

「あ、あの、今度、ルイを描かせてもらえないかな」
「いいよ。なんの面白みもない僕でよければ」
モデルなら、もっと特徴のある人の方がいいのではと思ったけれど。
ユウヤが嬉しそうにしていたので、何も言わないでおいた。




その後、定番の焼きそばや、チーズ入りのたこ焼きを食べていたら、イベントの時間に差し掛かった。
文化祭の目玉イベント、女装男装コンテストが始まり、広場の前に人が集まる。
すでに人だかりができていて、席が取れなかった人は後ろで立っている。
それにジェンが出るらしいので、何とか人が見える位置に移動した。

「いよいよ女装男装コンテストの開催です!それでは、出演者の皆さんどうぞ!」
開催の合図に、周囲が盛り上がった。
コンテストは意外と本格的で、参加者は本気で着飾っている。
女性並みに足が細い男性、男性並みに背の高い女性がステージに登るとさらに歓声が湧いた。

スーツやパンク系、森ガールやお嬢様系など、趣向は様々で。
特に、金髪の長い髪のカツラを被った、お姫様の様な少年は人気だった。
まるっきり女性にしか見えなくて、男性陣が感嘆の溜息を洩らす。
僕も例外ではなくて、西洋の令嬢のような少年に見入っていた。


「あれがジェンだね、一目で分かる」
いつの間にか隣にいたアスが呟く。
そう言われて見るとジェンのような気がしないでもないけれど、美少女にしか見えなかった。
「可愛いね、男性陣が見惚れるのもわかるよ」
素直な感想を漏らすと、アスがちらと僕の方を見た。

「やっぱり、君は女性の方に興味があるのかい?」
問いかけられて、言葉に詰まる。
以前に彼女が居たことがあるので、興味がないわけではない。
けれど、アス達を受け入れた今、どう答えていいか迷った。

「そうだとしても構わない。。
僕は、未だに君と居られることに何よりの幸せを感じているから」
「ア、アス・・・」
口説き文句のように言われ、動揺する。
幸い、周りの人はコンテストに夢中で聞こえていないようだ。
真面目な顔で堂々と告げられると、たいていの女性はうっとりしそうな気がした。

そうしている内に参加者が勢揃いし、優勝者が選ばれる。
前列に座っている人の投票で決まるようで、その間毅然としている参加者もいれば、落ち着かない様子の人もいた。
僕がじっとジェンを見ていると、相手も気付いたのか視線が合う。
そして、ジェンが軽くウインクすると、周囲の男性陣の頬が緩んでいた。

皆、あれは本当は少年なんだと言う事を忘れているようで滑稽だった。
けれど、僕もジェンの性別はどっちだっただろうかと混乱しそうになった。




やがて集計が終わり、結果発表となる。
録音されたドラムロールが鳴り、暫くの沈黙があった後、一人の女性の名前が呼ばれた。
それは、スーツを着た男性、ではなく女性で、満面の笑みで答えていた。
例年、コンテストの商品は結構豪華なので、参加者は期待しているようだ。

続いて、女装の優勝者の名前が呼ばれる。
やはりと言うべきだろうか、呼ばれたのはジェンだった。
優勝したとわかると、ジェンは愛らしく笑って、飛び跳ねて喜んだ。
スカートがふわふわと舞って、可憐な姿は観客を瞬く間に魅了していた。


コンテストが終わると、人が名残惜しそうに去ってゆく。
ほとんど人気がなくなると、ジェンが真っ直ぐに向かってきた。

「ルイ、アス、見に来てくれてありがとー!」
感激しているのか、人目もはばからずジェンは思い切り飛びついてきた。
反射的に抱き留めたが、女性にしか見えないジェンと密接になると動揺せずにはいられない。

「お、おめでとう、ジェン。綺麗だった」
まるで異性と接しているような気分になり、僕は混乱気味に言う。
「うまく化けたもんだね、夜の蝶かと思った」
「ふふっ、気合い入れてメイクしたかいがあったよ。。
それより見て見て、旅行券貰っちゃった!」
アスの嫌みをさらりとかわし、ジェンは2枚の券をを見せる。
きらびやかなチケットは、いかにも高級そうだった。


「ねえねえルイ、2枚あるから一緒に行こうよ。。
一回、友達と旅行に行ってみたかったんだー」
「僕と?」
ジェンはいつものグループ意外とも交友関係が広く、可愛らしいので男女ともに人気者のはず。
両親や他の友人ではなく、自分が選ばれたのが意外だった。

「でも・・・」
僕は、様子を伺うようにしてちらとアスを見る。
自意識過剰かもしれないけれど、ジェンと旅行へ行く事でアスの機嫌が悪くなるのではと気兼ねしていた。

「いいんじゃないかな、行ってくれば」
案外あっさりと了承され、僕は拍子抜けする。
「アスもそう言ってくれてるし、行こうよー」
ジェンは、ねだる様に、上目づかいで見詰めてくる。
こんな視線を受けたら、男性は首を縦に振るしかないだろう。

「わ、わかった。僕でいいんなら、一緒に行く」
「やったー!1泊だから、次の土日に行けるよね。。
じゃあ、ボク着替えてくるから」
強引に日程を決めると、ジェンはステージ裏へ駆けて行った。


メインイベントが終わり、文化祭も終わりを告げる。
帰ろうとしたとき、アスに肩を叩かれた。
「楽しんでおいで、ジェンに君と僕等の関係はもう伝えてあるから」
「・・・え!?」
思わず、大きな声を出してしまう。

「ジェンだけ知らないのはフェアじゃない。。
本人がどうするかはわからないけれど」
それは、もしかしたら同じような関係になるかもしれないということを宣言されているようだった。
ジェンはさっき、僕のことを「友人」と言っていたから、あまり心配することはないのかもしれないけれど。
アスの言葉で、旅行の日、僕はジェンにいつものように接する自信がなくなってしまった。




―後書き―
読んでくださりありがとうございました!。
数年前に書き終わったと思っていた小説、今更ながら続きを思いついたので書いてみました。
次はジェンとのいかがわしいパートになります。