限りなく危ない夢と妄想7


文化祭が終わり、生徒は嫌々ながらも授業に集中するようになる。
僕もそのうちの一人だったが、放課後には楽しみにしていることがあった。

美術部の展示会へ行ったとき、ユウヤは僕の絵を描きたいと言ってくれた。
自分を描いてもらうのは照れくさかったが、それだけ興味を持ってくれていることが嬉しかった。
なので、授業が終わるとすぐに僕は部室へ赴いていた。


部室は一つの棟にまとめられていて、人の出入りが激しい。
部活棟に入るのは初めてで、部室はどこにあるのかと辺りを見回した。
廊下は広く、建物の高さもあるので、大人しく案内板を見る。

多くの部活があるので、すぐには見つからない。
目を凝らすと、美術部は一階の一番奥にあると書かれていたのを見つけたので、そこへ向かった。


奥に進むにつれて、人気がなくなり閑散としてくる。
電灯が切れかかっているのか、辺りは薄暗く、どことなく不気味な雰囲気があった。
美術部と書かれた扉の前に着き、扉を開く。
そこでは、ユウヤが一人でイーゼルを準備していた。

「あ、ルイ・・・ごめんね、早く家に帰りたいと思うのに、付き合わせて・・・」
「いや、僕もユウヤの描いた絵をもっと見てみたいから」
部屋を見回すと、教室とはまるで雰囲気が違うと気付く。
床にこびりついた色とりどりの絵の具、棚に積み上げられた分厚い本。
そして、インクや絵の具が混じり合った独特の匂いが特徴的だった。

「あ、あの、今回は鉛筆デッサンで描こうと思うんだけど、じっと座ってるの退屈だと思うから・・・これ、読んでいてほしい」
ユウヤから、一冊の文庫本が手渡される。
ずっと制止していることを覚悟していただけに、ありがたいはからいだった。

「ありがとう。どういう風に座ればいい?」
「じゃ、じゃあ、横向きに、背筋伸ばして、足揃えて・・・」
いくつか注文がつけられ、指定された姿勢をとって椅子に座る。
本のページをめくるときだけは、指を動かしていいということになった。
「あの、疲れたら、遠慮なく言っていいから」
僕は頷き、本のページを開いた。



静かな空間に、鉛筆が線を描く音だけが聞こえるようになる。
最初は緊張していたものの、本にのめり込むと視線が気にならなくなっていた。
本はあまり読まなかったが、ユウヤが選んでくれたファンタジー小説は場面の描写が丁寧で。
緊迫する戦闘シーンや、合間のほのぼのとしたシーンも想像しやすく読みやすかった。

夢中になって読み進めると、残りのページ数が少なくなってきて残念に思う。
けれど、最後に「二巻へ続く」という言葉が書いてあり、とたんに続きが楽しみになった。
僕が最後のページをめくるのと同時に、鉛筆の音が止まった。


「ルイ、ありがとう。今日はここまでにするよ」
ユウヤの声に顔を上げると、外が暗くなっている事に気付いた。
本に夢中になっていたから時間を忘れていたが、時計を見ると2時間は経っていた。

「この本、すごく面白かった。おかげで退屈しなかったよ」
「よかった。・・・あの、ルイ、実は、まだ完成してないから・・・。
また、暇な時でいいから、付き合ってもらえないかな」
「もちろんいいよ。そういえば、他の部員はいないのか?」
2時間経っても1人も部員が来なかったことが気になり、問いかける。
美術展にはいくつか作品があったので、いることはいるはずだ。

「部員はいるけど・・・皆、画材を持って帰って、家で描いてる人が多いんだ」
「何で、わざわざ?」
部室にはイーゼルも、キャンバスも揃っていて、絵を描くには最適な環境だ。
自分の家が落ち着くということもあるだろうが、画材を持ち帰るのは結構な手間に思えた。
疑問を投げかけると、ユウヤは口ごもった。

「・・・絵が完成した後に話すから、今は・・・お願い、完成するまで待ってほしい」
何か訳がありそうだったので、僕は二つ返事で了承した。




それから、僕は授業が終わると美術部の部室へ入り浸った。
帰宅時間はかなり遅くなったが、ユウヤが持ってきてくれる本が毎回面白くて。
時間を忘れるくらい熱中できるので、部室へ行くのが楽しみだった。

進み具合を見ようとしたら、中途半端な絵は見せられないと言って、断固として断られた。
それだけに、完成が楽しみでならなくなる。
そして、今日も本を読み終わったとき、ユウヤが大きく溜息をついて、鉛筆を置いた。

「描けた・・・」
達成感を覚えているのか、その表情は満足気だ。
僕は立ち上がり、ユウヤの後ろに立って絵を見た。

そこに描かれていたのは、部室にぽつりと置いてある椅子の上に僕が座っている、何の変哲もない絵だった。
けれど、一目見ただけで、その絵からは繊細さが感じられた。
使っているのは黒一色だけなのに、床板一枚一枚の色が微妙に違い、奥行きがある。
端の方に立てかけてあるイーゼルにも、キャンバスにも立体感がある。
そして、僕はというと、何とも楽しそうに微笑んでいた。

本を読んでいる間、無意識の内にこんな表情をしていたのだろうか。
まじまじと見ると、写真をモノクロにしたのかと思うほど鮮明に描写がなされているのがわかる。
絵にはあまり詳しくはないが、かなり上手いということだけは言えて。
その完成度の高さに、僕は言葉を失っていた。


「どう、かな」
緊張気味に問いかけられ、はっと我に帰る。
「何て言うか・・・凄い。上手く言えないけど、繊細で、ユウヤらしい、良い絵だと思う」
おおざっぱな感想になってしまったが、ユウヤは何とも嬉しそうに笑った。
その瞬間、僕はこの笑顔を見るために放課後付き合っていたと言っても過言ではないと、そう感じていた。

「実は、この絵、ルイにあげるために描いたんだ・・・受け取ってくれる?」
「僕のために?」
てっきり自分のために描いていると思っていたので、ユウヤの申し出は意外だった。

「でも、何時間もかけて描いたんだろ。僕がもらってもいいのか?」
「うん。・・・ルイ、いつも優しくしてくれるから・・・どうしても、何かお礼がしたかったんだ」
どうしても、と言われると、受け取らないわけにはいかない。
自分の絵を貰うのは少し照れたが、それ以上に喜びが勝っていた。
自分のことを真剣に見ていてくれて、こんなに鮮明に描いてくれた。
この絵には、ユウヤの想いが詰まっていることが、ひしひしと感じられた。

「ありがとう、ユウヤ・・・」
僕は嬉しくて、思わずユウヤを抱き締める。
この幸福感を、少しでも共有するように。

ユウヤは驚いたのか、体を強張らせたが、やがて、おずおずと背に手がまわされた。
以前に大胆なことをしたというのに、遠慮がちな様子がいじらしい。
少し経ってから腕を解くと、ユウヤも離れた。
どこか戸惑っているのか、視線を合わそうとしない。
そんな姿に惹かれて、僕はユウヤの髪をそっと撫でた。

「ル、ルイ・・・」
焦るユウヤをよそに、側面の髪に触れるようにして、耳元へ指先で触れる。
そのままゆっくりと頬を撫でると、そこから温もりが伝わってきた。
こんなことをして相手を動揺させて、自分は案外大胆な部分があるのだと思う。
けれど、ひたすら遠慮しているユウヤを見ていると、気にすることなんてないと示してあげたくなる。
自分のしたい事をしてもいいのだと、諭したくなる。

だから、僕はユウヤの頬を両手で包んで、上を向かせて。
驚きのあまり半開きになっている口へ、自分を重ねた。

「ふ・・・」
柔らかな感触を覚えたとき、ユウヤから吐息が漏れる。
その温かなものをもっと感じたくなって、大胆にも僕は相手の口内へ自身を差し入れた。

「は・・・っ、ん・・・」
舌がユウヤの中で触れ合って、液が混じり合う。
やんわりと絡ませるとその柔らかさが感じられて、抑制が効かなくなりそうだった。

まだ離れるのは惜しくて、自制心を保ったまま口内へ触れ続ける。
舌だけでなく、ゆっくりと歯をなぞったり、内側へ這わせたりする。
動きを変える度にユウヤの肩が反応し、わずかに震えた。


ここが家ならば、もっと触れていたと思う。
けれど、部室でこれ以上の事をしてはまずいと、僕は絡まりを解いた。

「は・・・」
ユウヤが息をつき、ぼんやりとした表情で見上げてくる。
じっと視線を合わせていると、やはり自制心が崩壊しそうになった。

「・・・そ、そうだ、部員が来ない理由を教えてほしい」
僕は、ユウヤから手を離して問う。
このまま見詰め合っていると、大学内にも関わらず自重できない気がした。
ユウヤは不安げな表情をして躊躇っていたが、やがて答えた。

「実は・・・この部屋、出るって言われてるんだ」
よくわからない表現に、虚をつかれる。
ゴキブリでも大量発生するのだろうか。
僕が呆けているのを見て、ユウヤは言葉を続けた。


「この部屋・・・幽霊が出るって、そう言われてる」
「幽霊!?」
確かに、部活棟の一番端で閑散としていて、不気味な雰囲気はあるけれど。
そんな非現実的な話、とても信じられなかった。
けれど、部活へ来る人の少なさが、信ぴょう性を物語っている気もしていた。

「先にこの事を言うと、ルイが来てくれなくなると思ったから・・・隠してて、ごめん」
「い、いや・・・」
よく隠しておいてくれたと、誉めたくなる。
実を言うと、そういうオカルトな話は苦手で、知っていたら辺りが暗くなるまでは残れなかっただろう。

「ユウヤは、平気なのか」
「うん。よく一人で絵を描いてるけど、見たことないし・・・霊感がないのかも」
大人しいユウヤに、案外度胸があることが意外だった。
僕だったら、他の部員達と同じように部活へ来なくなっていたと思う。

「じゃ、じゃあ、そろそろ帰ろう」
僕は絵に折り目をつけないように丸め、扉を開ける。
そのとき、パシッという音がして廊下の光が消えた。
驚いて、思わず飛び退く。

「あ、蛍光灯が切れたんだ・・・僕、先生に言ってくるから、ルイは先に帰ってて。。
・・・描かせてくれて、ありがとう」
「お礼を言うのは僕の方だ。この絵、大切にする」
ユウヤは自然な笑みを浮かべ、部室を出た。
その頬笑みを見るためなら、また部室に来てもいい。
一瞬、そう思ったが、取り残された後の静けさを感じると気持ちが萎えそうだった。

絵は家に帰ってからまじまじと見ようと、さっさと外へ出る。
そのとき、消えたはずの蛍光灯から音が聞こえた気がしたが、決して振り返らなかった。




―後書き―
読んでいただきありがとうございました!。
全部R-18にするのは疲れるので、ほのぼの系も挟み込んでみました。
相手が多いので、妄想活力が続く限り書けそうですー。