限りなく危ない夢と妄想9


今、僕は女子たちの集まりの中にいた。
グループは笑い合いながら和気あいあいとしているところもあれば、1g単位で真剣に分量を量っているところもある。
僕は、学内で開催された料理教室に参加していた。
掲示板に張られていた「誰かのためのお菓子作り」というネーミングに惹かれたのが始まりだった。
自分のためではなく、ほかの誰かのために作ることを目的としているのが面白そうで、申し込んでいた。

部活もなく、テストも終わって暇で、みんなにプレゼントできたらいいと思っていたが。
そうして申し込んだのはいいものの、参加している男子は僕だけで、正直居づらい。
女子の中へ入ってゆく社交性はなく、一人チョコを湯煎で溶かしていた。


「あ、あの・・・」
黙々と作業しているところへ、1つのグループに声をかけられる。
僕に話しかけているとは思わず反応が遅れたが、手を動かしつつ女性に目を向けた。

「あの、シン君って、彼女いるんですか!?」
その質問にはかなりの勇気を要したのか、声は震えがちだった。
僕は一瞬、硬直する。
おそらく、彼女はシンのお菓子をあげて、あわよくば想いを伝えたいのだろう。
気づけば、周囲の雑談がとても控えめなものになっており、大多数が答えを待ち望んでいるのだと察知した。

「彼女、は・・・い、いないと、思うけど・・・」
答えを聞くと、彼女は表情をぱっと輝かせる。
僕は、その笑顔に罪悪感を覚えずにはいられなかった。

確かに、シンに彼女はいない。
けれど、肉体関係を持っている相手はいる。
そんなことは、とても言える雰囲気ではなかった。
答えた瞬間、参加者の面々の目が、より真剣なものになった気がしたから。




その後、ブロックチョコレートが完成した。
参加者は、中にパフを入れてクランチチョコにしたり、銀玉のようなトッピングをちらしたり。
それだけでなく装飾にもこだわり、何度もリボンを結び直していた。

僕はシンプルに、ただ切り分けるだけにしておく。
チロルチョコ程度の大きさにし、コブクロに5〜6個詰め、リボンで口を結ぶ。
ちょうど4人分できたので、それぞれ違う色で結んでおいた。
シンは青、ユウヤは緑、アスは黄、ジェンはピンク。
直感で選んだ色だが、誰にあげるのかすぐにわかるようになった。

後片付けが終わり解散となると、ほとんどの女性が一斉に外へ出る。
どこへ向かったのかは、簡単に察しがついた。
シンに渡すのは明日のほうがよさそうなので、その日はすぐ家に帰った。


そして、翌日の放課後、もうほとぼりは冷めただろうかと、僕はシンが授業を受けている教室へ行く。
ちょうどシンが出てきたとき、相手から一直線に向かってきた。

「ルイ、お前・・・料理教室で、俺に彼女いないって言ったのか」
「ま、まあ、本当のことだし」
シンの声はあまり覇気がなく、少し疲れているようだった。
昨日、よほど多くのチョコをもらったのなら、喜んでもおかしくなさそうなのに不思議だ。

「今日、時間あるか」
いつものように暇なので、僕はすぐに頷く。
「じゃあ、今から俺の家に来てくれ」
断る理由はなく、僕はもう一度頷いた。




シンの家に着くと、早々に部屋へ招かれる。
僕は忘れないうちに、青いリボンで結んだ袋を取り出した。

「シン、もうたくさん貰っていていらないかもしれないけど、受け取ってほしい」
僕がそれを差し出すと、シンは複雑な表情をした。

「・・・昨日、バレンタインデーかって思うくらい女子に迫られた」
「だと思った。シンはもてるからな、いらなかったら弟にでもあげてくれ」
「弟になんてやらねえよ。・・・これは、俺だけのものにする」
それは、まるでチョコレートではなく、自分に対して言われている気がして、視線を逸らす。
ただの、自意識過剰かもしれないけれど。

「他のに比べたら、何の変哲もなくてつまらないかな」
「女子からの菓子は全部断った」
即答したシンの言葉に、僕は目を丸くした。
タダで貰えるのだから、貰っておいて損はないのに。

「で、でも、かなり気合入れてトッピングしてたし、勿体ない」
シンは、何かを訴えるようにじっと見詰めてくる。
「受け取ったのはこれだけだ。理由は・・・わかるよな」
そのとき、気付いた。
シンは、僕に縛られているのだと。

多くの女性からの好意を受け取れないのは、僕がいるからだ。
彼女達は、きっとシンだけを愛してくれる。
けれど、僕は選ぶことができない。
アスも、ユウヤも、ジェンも、もちろんシンも、皆離れがたい相手だ。
そんな貪欲な相手の菓子だけを受け取ってはいけない。


「・・・シン、やっぱりそれは返してくれ」
奪い取ろうと、シンへ近付く。
その前に、シンはリボンを解いてチョコを一かけ食べていた。

「ルイ、これ味見したか?」
「えっ。してないけど・・・まずかったか」
実は、料理教室のレシピ通りに作ったから味は保証されているだろうと、味見はしていない。
すでに他のみんなにはあげてしまっているので、万が一まずかったら一大事だ。
どちらにせよさっさと残りを取り上げてしまおうと、袋に手を伸ばす。

「味見させてやるよ」
掴もうとした瞬間、急に身を引き寄せられる。
驚いて見上げたときには、目と鼻の先にシンがいて。
抵抗する間もなく、唇を塞がれていた。

「っ・・・!」
僕はとっさに離れようとしたが、腰と肩にしっかりと腕が回されていて、身動きがとれない。
突然の出来事に、口を閉じるタイミングが遅れた。
お互いが重なった後、シンはすぐに舌を差し入れていた。

柔らかなものが入り込んできて、思わず目を閉じる。
それと同時に、普通の口付けでは感じられないはずのものがあった。
何か固形物があると気付いたとき、口内に、甘さが広がってゆく。

「ぁ・・・っ」
動揺してシンの肩を掴んで引き離そうとしたが、逆に引き寄せられ、さらに深く重なる。
それはお互いの舌で挟み込まれ、少しずつ溶けてゆく。
舌が絡まり合うと、口の中が魅惑的な甘さで一杯になった。

シンは少しも身を引こうとせず、余すところなく口内が犯されてゆく。
その口付けは誰よりも濃厚で、支えられていなければ膝から崩れ落ちそうだった。



チョコレートが完全に溶け、味もなくなったところで、やっと解放される。
お互いの間に伝う液が、行為の深さと激しさを物語っていた。
「っ・・・シン、だめだ・・・」
これ以上行為を進めない内に、落ち着かない息のまま訴える。

「俺はお前のことが欲しい。けど、愛情までくれとは言わねえよ」
「だめだ・・・シンは、シンのことだけを見て、愛してくれる、そんな人と一緒になるべきなんだ」
シンと行為をすることを嫌悪しているわけではない。
けれど、それではシンが報われない。
僕は相手を求めるばかりで、相手が本当に望むものを与えることはできないとわかっていた。

僕が断固として離れようとすると、シンの目が細まった。
肩に回されていた腕が解かれ、その手が下肢の方へ下ろされてゆく。
そして、ズボンの上から、太腿の付け根にあるものへ触れた。

「シ、シン・・・!」
思わず後ずさろうとするが、腰元にある手はまだ回されたままで、難なく制されてしまう。
シンの手は、下肢のものをゆっくりと撫でる。
相手を昂らせて、帰れない状態にしようとしているのだと察知した。

けれど、少しでも触れられると力が抜けてしまって、腕の中から抜け出せない。
このままでは流されてしまうと、危機感を覚えた時玄関の扉が、勢いよく開く音がした。


「ただいまー!シン兄ちゃん・・・あ、友達来てんのか」
元気の良い声が家中に響き、足音が部屋に近付いて来る。
シンは溜息をついて、腕を解いた。

「兄ちゃんただいま!。
見て見て、兄ちゃんの大学の近くで、こんなにたくさんお菓子貰った!」
シュンは、両手いっぱいにカラフルな袋を持っている。
それは、昨日女性たちがシンにあげるために丁寧に包んだものだと一目でわかった。
一度断られたはずなのに、これが女性の根性かと僕は感心していた。

「いろんなお姉さんから、兄ちゃんにあげてほしいって言われたけど・・・オレも食べていい?」
「ああ、全部お前にやるよ。どうせ俺が断ったやつだ」
「やった!流石に食べきれないから、ルイさんも一緒に食べる?」
「そ、そうだな、僕も欲しい」
僕はシンに何かを言われる前に、シュンと一緒に部屋を出た。
ただの時間稼ぎかもしれないが、流石のシンも、弟がいるときに大それたことはしないだろう。



リビングに着くと、シュンは早速包みを並べた。
10個はあるだろうか、2人がかりでも全部食べるのは無理そうだ。

「ルイさん、コーヒー飲む?甘いものばっかりじゃ胸やけしそうだし」
「ああ、ありがとう」
シュンがコーヒーを淹れている間に、申し訳なくもラッピングを解く。
チョコはトッピングにこだわっているものばかりで、ますます恐縮した。

小ぶりのものを一つつまんで、口に入れる。
噛んだ瞬間、口内に甘さが広がった。
さっき、シンと絡ませ合っていた時と同じ甘さが。
思い出してしまい、一人で動揺する。
クランチチョコのさくさくとした食感も、楽しむ余裕がなかった。


「はい、ルイさんの分。さー、食べよう!」
目の前にコーヒーが置かれて、その香りで我に帰る。
僕はブラックコーヒーを飲み、甘さを掻き消す。
シュンは満面の笑みで、夢中になってチョコレートを頬張った。

僕は、コーヒーと交互に一粒ずつ食べ進めていく。
苦味がなければ、魅惑的な甘さにとらわれてしまいそうだった。

コーヒーがなくなり、甘さにも飽きて来たところで手を止める。
最初は嬉しそうにしていたシュンだったが、もう手を伸ばそうとはしなかった。

「ねえ、ルイさんは兄ちゃんの恋人なの?」
突拍子もない事を尋ねられ、口が半開きになる。
「・・・僕とシンの関係のこと、知ってるのか?」
「知ってるよ。兄ちゃん、いつも自慢してくるから」
シュンは、いたって平然と言った。
自分の兄が男にたぶらかされているのに、その相手が目の前に居るのに。
そんなことは全く気にしていない様子で、こっちが驚かされた。

「恋人・・・じゃ、ない。僕はふしだらな奴だから」
「ふーん。でも、ありがとう、兄ちゃん変な性癖持ってるのに相手してくれて」
てっきり、怒らせてしまうと思ったが、逆にお礼を言われて僕は呆けた。
加えて、聞き捨てならないことが聞こえてきて問い返す。

「変な性癖って・・・男しか愛せないことか?」
「違うよ、昔彼女いたけどそれが原因で別れたし。・・・って、知らないの?」
シンの特殊な事情のことは聞いたことがなくて、頷く。
すると、シュンはばつの悪そうな顔をした。


「・・・教えてくれないか?シンの、その・・・性癖のこと」
シュンは迷うように視線を逸らしたが、口は言いたくて仕方がないように見えた。
黙ったまま根気よく待っていると、やがてシュンが言った。

「兄ちゃんは、後ろに入れないと感じないんだって、そう言ってた」
「あ・・・」
僕は、言葉の続きを言えなくなった。
シンは彼女がいたが、その性癖ゆえに相手を満足させることはできなかったのだ。
だから、妥協案として男を選んだのではないだろうか。
僕に近付いてきたのも、その妥協の相手として目を付けたから。

そう思うと、胸が軋んだ。
気が多い自分に、そうやって胸を痛ませる資格なんてないのに。
けれど、そういうことなら、本気ではないのなら、むしろ身を許してもいいのかもしれない。
お互い本気ではないのなら、後腐れがなくていいのかもしれない。


「・・・僕、一旦シンのとこへ戻るよ。コーヒー、ありがとう」
シンの部屋へ向かおうと立ち上がったが、腕を引かれて引き留められた。
「ルイさん、ルイさんは相手が女の子じゃなくても、幸せ?」
兄の心配をしているのか、シュンの表情は真剣だった。

「ああ、皆と居られて、幸せだよ」
「そっか。・・・良かった」
その答えに満足したのか、手が離された。
けれど、良かったという言葉とは裏腹に、シュンはあまり嬉しそうにはしていない。
そのときはあまり気に留めることなく、僕はシンの部屋へ向かっていた。





僕が部屋へ戻ったとき、シンは足を放り出してベッドに乗り上げ、何かを読んでいた。
「ル、ルイ、帰ったんじゃなかったのか」
シンは慌てて、読んでいた雑誌を閉じる。
表紙には、水着を着た女性が載っていた。
写真の撮り方からして、水着のカタログや旅行雑誌ではないようだ。
僕が雑誌に視線を移すと、シンは枕の後ろにそれを隠した。

「シンは、やっぱり女性が好きなんだな」
「いや、これは・・・」
僕はベッドに乗り、シンの正面に座った。
「シンがしたいんなら、さっきの続きをしてもいい」
「・・・どういう心境の変化だ?」
シンが、いぶかしむような目を向ける。
無理もない、さっきまで頑なに拒んでいた相手が真逆の事を言っているのだ。

「だって、僕は・・・」
説明しようとして、躊躇う。
まるで、言いたくないと、知らず知らずの内に自分で自分に抑制をかけているようだ。
僕は一呼吸置いて、言葉を続けた。

「僕は、妥協した相手なんだろう。シンは、特殊な性癖があるから・・・。
だから、欲望を昇華するために僕は丁度良かったんだ」
そこまで言ったところで、シンの視線が鋭いものになる。
僕の胸は、自分の言葉とその視線でまた痛むようだった。

「でも、僕はそれでいい。。
その方が、シンを本当に愛してくれる人が表れたら、シンは躊躇うことなくその人を・・・」
「ルイ!」
強い声で名を呼ばれ、思わず言葉が止まる。
シンは、呆れるように大きく溜息をついた。


「俺がいつ、妥協してお前を選んだって言った?」
「だ、だって、普通、男は女の方が良いに決まってる。。
今だって、水着写真を見てたじゃないか」

「あれは、俺が女に反応するかたまに試してんだ。。
結果は、虚しいもんだったけどな」
一大事なことを聞いたが、シンは平然としている。
まるで、とっくにその事実を受け入れていたような、そんな雰囲気があった。

「女に興味がないわけじゃない。けど、反応するのは同性だけだった」
そのとき、僕が女性の代わりにされたのではないとわかったとき、胸の痛みがひいていった。
僕は、シンに求めて欲しがっている。
他の三人だけでは飽き足りない、浅はかな心が反応している。

「本当なら、今すぐにだってお前を抱きたいと思ってる。けど、まあ、シュンがいるからな」
手を取られ、引き寄せられる。
僕は逆らわず、シンの腕の中に納まっていた。
胸中の痛みはもうなく、代わりに温かいものが広がってゆく。
誰の温もりも手放したくないと思う。
それはただの我儘でしかないけれど、許されるのならば、甘えていたかった。

シンの背に腕をまわすと、さらに強く抱き寄せられた。
絶対に手放さないと、そう言ってくれている気がして。
僕は、大きな安堵感を覚えて身を任せていた。




―後書き―
読んでいただきありがとうございました!。
R-18になるかと思いきや、ルイの体がもたなさそうだと思ったのでほのぼの系で休憩してみました。
それにしても、尻切れな終わりかたですみません。どうやってまとめるか思い付かなかった・・・。