血界戦線1


つい最近、ライブラの一員として、森羅(しんら)という一人の青年が入ってきた。
かろうじて酒をたしなむことのできる年の若い男が、わざわざ危険な集団に入りたがるのは本当に珍しい。
普通ならスパイだろうかと疑われて門前払いだけれども、クラウスは了承していた。
今日は物騒な任務はなく、森羅はレオナルドと買い出しに来ていた。

「えーっと・・・頼まれたのは、この列の先、かな・・・」
大型店の一角には、ずらりと人が並んでいる。
何十、何百どころではない、下手をしたら千人は並んでいそうだ。

今回の目的は、くじ引きに行くことだけなのだが、ただのくじではない。
一枚一万ゼーロの抽選券五枚でやっと一回引けて、狙っている当たりは一つだけ。
それは滅多に世に出回らない宝石で、売りさばくも、交渉事に使うも実験に使うもよしの、貴重なものだ。
それだから、行列にはいかにも金持ちそうな富豪や、物騒な異形の物も並んでいた。

「これは・・・一人一回ガラポンを回したとしても、何時間かかるかわかりませんね。オレだけ並んでましょうか?」
レオナルドは気を遣ったが、森羅は首を横に振る。
「僕は護衛のつもりで来たんだ。レオナルドを一人にするわけにはいかない」
「護衛って、抽選ですよ?危険なことなんてないんじゃ・・・」
「抽選だからこそだ、と、クラウスさんが言ってたから」
レオナルドは不思議そうにしていたが、クラウスのことだから、何か考えがあるのだろうと反論しなかった。


それから、ちまちま進んでは止まり、進んでは止まったが、まだ終点が見えない。
もうすぐ一時間が経とうとしていたところで、突然鐘が鳴り響いた。
「おめでとうございます!三等のニャン天堂TSが当たりました!」
商品名を聞き、あちこちから溜め息が漏れる。
レオナルドも、落胆ではなく安堵の溜め息をついた。

「全ては運任せとはいえ、心臓に悪いですね・・・」
「そうかな。・・・元々、一等を自分が当てるなんて思っていないんじゃないかな、大多数は」
「え?当てるために並んでるんじゃないんですか?」
普通だが能天気な発言に、森羅はレオナルドに目をやる。
猿を肩に乗せて、きょとんとしている様子を見ると緊張感まで吹き飛んでしまいそうになる。
列が少し動くと視線を前に戻して、一歩だけ進んだ。


時間が経つにつれて、辺りに緊迫感が立ち込めてくる。
残りの景品が一等の宝石だけになったとき、空気が変わった。
一回、ガラポンの玉が転がるたびに緊張し、鐘が鳴らないと弛緩する。
そして、とうとうレオナルド達の番になった。
券は10枚、半分こしようと提案され、まずは森羅がガラポンを回す。
もう球数が少ないのかだいぶ手応えは軽く、一回回して、白い玉が出て、あっけなく外れた。

「あー、残念」
レオナルドは悔しそうにしたが、 森羅は特に反応せずに列から外れる。
次に、レオナルドがしっかりとガラポンのレバーを掴んだ。
深呼吸して、必死に神様仏様に祈りを捧げる。
後ろの列からの視線が刺さる中、レオナルドはガラポンを回した。

玉受けに、ごとりと、明らかに重たい玉が沈む。
それは黒々と輝いていて、レオナルドも森羅も目を見張った。


「お、おめでとうございまーす!ついに出ました、一等の黒曜石が、ついにこの少年の手に渡りましたぁぁぁ!」
鐘が激しく鳴らされ、列の後ろがざわめく。
店員はその玉をつまみ、レオナルドに手渡した。
景品と引き換えるのではなく、どうやらそれが宝石のようだ。

「これにて抽選会は終了となります、皆様これからも当店をごひいきに!」
店員が早々とガラポンを片付けると、列の人が散っていく。
けれど、そこかしこから注がれる視線を、森羅は感じ取っていた。

「まさか、当たっちゃうなんて・・・これでクラウスさん喜んでくれそうですね」
「そうだな。・・・さっさと帰ろう」
視線を振り切るように、森羅はレオナルドの腕を取って早足で店を出る。
後は帰るだけだが、ここからが難しいところに違いなかった。
歩いても歩いても、視線はずっと注がれている。
森羅はふいに進路を変えて、路地裏に入った。


「森羅さん?こっちは遠回りになりますけど・・・」
はっとしたとき、路地の入り口に異形の影が見える。
それらは、ぞろぞろと狭い路地に入り込んできた。

「強運の兄ちゃん、その宝石渡してもらおうか」
いかにもヤクザ風味の異形が、ドスのきいた声で脅しかける。
森羅は、予想していたようにすかさずナイフの鞘に手をかけて臨戦態勢に入った。
当のレオナルドは、後ろであたふたとしている。

「そ、そんなの、抽選に外れたんだから往生際が悪いじゃないか」
「レオナルド、こういう奴等にはルールなんて関係ない。だから僕がついてきた」
森羅はナイフを抜き、抵抗することを示す。

「よくわかってるじゃねえか。それじゃあ、殺らせてもらうか!」
異形の男がいきりたって、殴りかかってくる。
森羅はさっと身を下げて、ナイフを深々と手首に刺す。
そのまま肘、肩口へと一直線に進み、脳天まで切り裂いた。

血飛沫を散らし、異形が倒れる。
だが、後ろから続々と新手が表れてきた。
一対一で狭い場所なら、大型の相手より小回りのきく人の方が有利だ。
森羅は次々と異形を切り裂き、路地裏を血に染めた。




何体かの死体が積み上がり、路地裏がしんとなる。
森羅は顔の帰り血を拭い、レオナルドに向き直る。
「・・・帰ろうか」
「は、はい」
もう腕は取らず、森羅は先を歩いて先導する。
血まみれの手でレオナルドを掴むのは、とんでもない重罪のような気がしていた。

誰もつけていないことを確認して、二人はライブラの拠点へ着く。
レオナルドは警戒心を解き、肩の力を抜いた。
「クラウスさん見てください、宝石が当たったんですよ!」
拠点へ着くと、レオナルドはすぐに景品をクラウスに見せる。
クラウスは、当たったという言葉に目を丸くしたが、すぐに平静な表情になった。

「そうか、きっと日頃の行いが良いからだな」
クラウスは宝石を受け取り、レオナルドの頭を軽く撫でる。
まるで親子のような微笑ましい情景を、森羅は凝視していた。

「そんなに熱視線送っちゃって、流石に気付かれるぜ?」
ふいに、ザップが森羅の肩に腕を回して、馴れ馴れしく嫌みたらしく言う。
森羅は顔をしかめて、腕を振り払った。

「あんまり、べたべたしないで下さい。貴方がとっかえひっかえしてる女性とは違う」
「そりゃそーだ、あんたは性別違うし」
「そういう意味合いじゃ・・・」
森羅は溜め息をつき、会話を打ち切る。

関わりは短いものの、この相手には何を言っても屁理屈で返されるとわかって諦めていた。

「あんたがいくら視線を送っても気付いちゃくれないし、意識もしない。虚しいもんだな?」
「そうだけど・・・あまり、知られたくない事だ。貴方に気取られてしまったことが残念でならない」
「いくら修羅場をくぐってきたと思ってんだ。何なら、経験豊富なザップ様がアドバイスでm」
そこで、どしんという音と共に、急にザップの声が途切れる。

「失礼、不適切で不快極まりない発言が出そうだったので、つい」
ザップの背中の上に立ち、チェインはしれっと告げる。
一応、失礼という言葉は出たが、そんな思いは一かけらもないような雰囲気だ。

「では、調査の続きがありますので」
「お、お疲れ様」
チェインはひらりとザップの上から退き、窓から出て行く。
ザップは暫くしんとしていたが、勢いよく起き上がった。

「あんのおっぱい魔人!わざわざ俺を踏むためだけに来やがったのかよ!」
「・・・日頃の行い、じゃないかな」
そうして、森羅は未だにクラウスの傍にいるレオナルドに目をやった。




―後書き―
読んでいただきありがとうございました!
友人から血界戦線を借りて、たまらなくなって書きました。
ザップ×レオも考えた気れど、やっぱりオリキャラを入れたくなってしまうさが。