血界戦線2


「今日もまた、買い出しですか?」
二日連続で、レオナルドはライブラにしては平穏な頼みごとをされていた。
「ああ、機械に不具合が起きて、直すのにパーツが必要らしい。
少し遠いから泊まりになるかもしれんが、森羅がいれば大丈夫だろう」
突然名指しされて、森羅は目を丸くする。

「私もザップも今は手が離せない。すまないが、頼めるか」
クラウスに頼まれて嫌とは言えない。
二人は驚きつつも、快く頷いていた。

詳細を聞くと、目的の物が売っている場所まではバイクで半日はかかる。
休憩時間も考えると、確実に日帰りは無理な距離だ。
泊まりとあらば、すぐに必要な物を準備する。
バイクの荷台に詰められるだけ詰めている中、レオナルドは久々の旅行気分に浮き足立っていた。

「旅行なんて、いつ以来だろう。任務なんだから、浮かれてばっかりじゃいけないんだけど」
「気を張るのは僕の役目だ。レオナルドは、普段通りにしていればいい」
森羅はレオナルドにヘルメットを渡し、バイクにまたがる。
相変わらずクールな人だと思いつつ、レオナルドは後ろに乗った。
音速猿は飛ばされないよう、肩掛け鞄から顔だけ出している。
それを確認した後、森羅はエンジンをかけて走り出した。

中型バイクは、かなりの速度で街中を疾走して行く。
レオナルドは振り落とされないよう、必死に森羅にしがみついていた。
「し、森羅さん、ちょっと、スピード出しすぎじゃないですか!?」
「・・・でも、早く終えて、早く帰るにこしたことはないから」
森羅は、さらにエンジンをふかして猛スピードで駆け抜ける。
レオナルドは怯えて、ますます強く森羅に腕を回していた。


途中、昼食休憩のためにハンバーガー店に立ち寄る。
席につくと森羅は途中経過をメールで報告し、レオナルドはバーガーとポテトのセットを買ってきた。
「あれ、森羅さんは食べないんですか?」
「運転が長時間になるから、あまり食べると負担になる」
「す、すみません、森羅さんに頼りっきりで」
「レオナルドが気兼ねすることじゃない。苦痛だったら、一緒にはいないから」
深々と頭を下げるレオナルドに、表情は平坦なまま、内心は慌ててフォローする。

「せめて、コーヒーでも買ってきます!」
レオナルドがいきなり立ち上がったものだから、音速猿が肩から転げ落ちる。
愉快な一人と一匹を、森羅はじっと見ていた。

森羅はちびちびとコーヒーを飲み、レオナルドは黙々とハンバーガーを食べ、音速猿はちまちまとポテトをかじる。
ブラックコーヒーはあまり好きではないのか、森羅のペースはだいぶ遅かった。
「・・・あの、オレ、気のきいた話もできなくて、退屈ですよね」
ふいにレオナルドがそんなことを言うものだから、森羅はコーヒーを一気に飲み込んでしまう。

「そんなこと、気にしなくていい。静かなのが楽だから」
「そうですか・・・。・・・食事するときも、手袋つけてるんですね」
「ああ、僕の力は危険だから。手袋越しだと、平気だ」
そこで、食事が終わると同時に会話も終わる。
お互いにどこか心苦しいものを感じつつ、停留所へ戻った。


さあ進もうと思ったが、バイクの回りに人がたむろしている。
近付くと、明らかに柄が悪い男性が振り向いた。
「へへ、持ち主が優男とガキとはついてるな」
「いいバイクじゃねえか。なあ兄ちゃん達、俺達にもちょこっと乗らしてくれねえか?」
バイクの前にたむろしている五人は、嫌らしいにやけ笑いで二人を見下して挑発している。

「急いでるんだ、退いてくれ」
言うと同時に、森羅はナイフを取り出す。
こういう奴等は、説得するより腕ずくの方が早いと相場が決まっているのだ。
「森羅さん、ここは何とか穏便に・・・」
森羅は一瞬困ったように眉を下げたが、男達が鉄パイプやらバットやらを構えたので、視線が鋭くなった。

「穏便に、いくわけねーだろクソガキが!」
男が一斉に襲いかかり、武器を振りかざす。
森羅は瞬きを止め、太刀筋を見極めてひらりとかわし、反撃する。
射程距離内に腕が入り込んでくると、すかさずナイフを払って肉を切り裂く。

「ぎああっ」
二の腕を深々と裂かれて、男が痛みに悶絶する中、森羅は飛び退いて返り血をかわす。
他の男は少し怯んだようだったが、後には引けないと襲いかかる。
もう武器を持てないよう、森羅は容赦なく手首や肘を切り裂いた。


「ま、待て!コイツがどうなってもいいってのか!」
背後からの声に、はっと振り返る。
少し離れたところでは、男がレオナルドを羽交い締めにして、喉元にナイフを当てていた。
「す、すみません、すみません・・・」
よほど怖いのか、レオナルドの顔は青ざめている。

「ナイフを捨てて、後ろを向け!」
森羅は敵意を向けたまま、ナイフを遠くへ放り投げて背を向ける。
敵が見えなくなると、すぐにばたばたと駆ける音が背後から近付く。
「森羅さん!」
レオナルドが叫んだ瞬間、森羅は手袋を取り、腰のベルトを掴む。
一瞬で外れたベルトは、勢いよく男の首に巻き付いた。

「ぐえ!?」
カエルが潰れたような声を出し、男は地面に突っ伏す。
森羅はその背を片足で踏みつけ、ベルトを強く引いた。
男は必死にベルトを引っ掻くが、首にしっかりと吸い付くように巻き付き、外れる気配はない。
男の顔はどんどん青ざめ、白目を向いた。
それでも、ベルトは首を引きちぎらんばかりに食い込んでいる。

「森羅さん、もう気絶してます!」
レオナルドが森羅の腕を掴み、手放すよう訴える。
そのとき、ベルトを握る手が、毒々しい赤褐色に染まっていることに気付いた。
ただ血にまみれたにしてはやけに濃い色に驚き、反射的に手を離す。
同時に、森羅は男の首からベルトを解いて、腰に巻き直した。
すぐに手袋をつけて、褐色を隠す。

「・・・行こう」
「は、はい」
森羅がバイクに乗ると、レオナルドも後ろに乗って、腕を回す。
どこか躊躇っているような、弱い力で。




黙ったままひたすら走り続け、辺りが暗くなる。
流石に疲労してきた頃、やっと目的の街に着いた。
そこに異形はおらず、いたって普通の都会だ。
レオナルドは懐かしんでいたが、森羅は早々に帰りたくなっていた。

「えーと、店は・・・あ、あった、けど・・・閉まってますね」
「どうせ今日中には帰れない。また、明日来よう」
森羅は低速で走り、ホテルを探す。

「あ、ホテルありましたよ!」
ビルが立ち並ぶ中、良い目は目的地をすぐに探し出す。
何十階建てだろうか、いかにも豪華そうなホテルだ。
値段が気になるところだったけれど、うろうろと探し回るのは面倒すぎた。

駐車場にバイクを停めて、荷物を抱えてロビーへ赴く。
ビジネスホテルとは言いがたい豪華な雰囲気だったけれど、レオナルドは平然とカウンターへ向かった。
てきぱきと手続きを済ませ、キーを持って来る。

「ありがとう。慣れてるな」
「家族で、結構旅行してたから。こんなことでしか役に立てないのがもどかしいけど」
ここではレオナルドが森羅を先導して、部屋に案内する
中は二人部屋にしてはだいぶ広かったが、ベッドが1つしかないのが一番に目についた。

「・・・ここしか、空いてなくて・・・森羅さん、痩せ形だから狭くはないと思います」
「まあ、二人用みたいだからいいけど」
森羅は、とっさにベッドから目を逸らして、平静を保っていた。
決して、自分が露呈しないように。


時間をずらしてシャワーを浴び、することもないのでベッドに寝転がる。
お互いの間には、人一人分の隙間が空いていた。
「森羅さん、今日は・・・」
「不気味だと、思っただろ。こんな、血が固まったような汚い手」
森羅は、手袋を外して赤褐色の手を見せる。

「この手で触れた物は、何でも武器になるんだ。ベルトも、あのままだったらきっと首を引き千切ってた」
「だから、あんなにしっかりと巻き付いてたんですね。凄い力じゃないですか」
森羅は神妙な表情をして、天井を見上げる。

「ライブラでは、有益な力かもしれない。でも、街では脅威にしかならない」
「脅威・・・」
「食事用のフォークやナイフはもちろん、紙の一枚だって触れれば凶器に変えられる。
そんな危険因子、傍に置いておきたくないって思うのが普通だ」
森羅は、昔を懐古するように天井の一点を見る。
誰も、親さえも近寄りたがらなかった異質。
それを、ライブラは認めてくれた。
自分の居場所は、異界しかないと確信していた。


「そんなに、怖いものだとは思いませんけど」
「気遣わなくていいって言ってるだろう。レオナルド、僕の手を見てから口数が一気に少なくなった」
つい、少し強く言うと、なぜかレオナルドが距離を詰めた。
「それは、戦闘で役に立てなくて、人質にとられて、邪魔にしかなってなくて、申し訳なさ過ぎて・・・」
どんどん語気が小さくなり、森羅は内心焦る。

「邪魔なんかじゃない。居てくれた方が、助かるところもある」
「何だか、森羅さんこそ気を遣ってる感じですね。
・・・少なくとも、オレは貴方の手に怯えたから口数が減ったわけじゃないです」
レオナルドは森羅の手を取り、手袋を取る。
そうして、赤褐色の掌を軽く握った。

「ライブラに入って、さんざんえげつない物見てきたんです。これくらいじゃびびりません」
「レオナルド・・・」
森羅はやっと、視線を天井からレオナルドに移す。
シャワーを浴びた後だからだろうか、その手はやけに温かくて、心地よく思えた。
「・・・す、すみません、いつまでも握ってて。男同士で、気持ち悪いですよね」
我に返ったように、ぱっと手が離された。

「じゃあ・・・お休み、なさい」
レオナルドは、森羅に背を向ける。
男同士で、気持ち悪い。
森羅の胸中では、その言葉が何度も反復されていた。




―後書き―
読んでいただきありがとうございました!
いい雰囲気になったかと思いきや、そこが天然の成せる業。