血界戦線5


「休暇・・・」
「貰えるんですか?」
前半は森羅が、後半はレオナルドが意外そうに言う。
「しばらく働きづめだっただろう。緊急時のときは連絡させてもらうが、たまには余暇も必要だ」
「あ、ありがとうございます」
何のはからいだろうか、森羅とレオナルドは突然、今日1日だけ自由になった。
二人はとりあえずライブラを出たが、計画なんてあるはずはない。
この無秩序な世界で何をしようかと、途方に暮れていた。

「・・・レオは、どこか行きたい所はないのか。一人で行けない場所でも、護衛するから」
「一人で行けない場所、ですか」
レオナルドは首をひねった後、はっと思い付く。
けれど、躊躇うように口が閉じられた。
「そ、そうだ、先にお勧めの場所を案内しますよ。行き付けの店があるんです」
レオナルドは、反射的に森羅の腕を掴んで引いて行く。
今思い付いたことを気取られないよう、急ぎ足で。


まず森羅を連れて行った先は、バーガーショップだった。
人も異形も普通に食事を楽しめる、気軽な店だ。
二人がカウンターに座ると、帽子を被った店員がすぐに気付いた。
「よ、レオ。珍しいお連れがいるな」
「森羅さんって言うんだ。最近、よく仕事で一緒になるから」
ビビアンは、森羅をまじまじと見る。

「ふーん、レオ、ザップ以外にも人間の友達いたんだな」
「い、いますよ!一人や二人!」
ビビアンはからかうように笑い、森羅もつられて微かな笑みを浮かべた。

「そんじゃ、何にする?」
「えーと、僕は大コークと大バーガー。森羅さんは?」
「朝から量は食べられないから・・・一番小さいバーガーで」
「あいよー。これ、お代わり自由のコーヒーね」
カウンターに、二つのカップとコーヒー入りのポットが置かれる。
レオナルドは早速コーヒーをついでいたが、森羅は神妙な顔をしていた。
一口飲んでみたが、店は変わってもコーヒーはコーヒーだ。
もう一杯目を開けているレオナルドを横目に、森羅はちびちびとすすっていた。


「ほい、バーガーとコーラお待ち」
バーガーが来たタイミングで、やっとコーヒーカップが空になる。
「あ、森羅さん飲み物頼んでないんでしたね、お代わりどうぞ」
「あ・・・ありがとう」
レオナルドが早速コーヒーをついだが、森羅は嫌々を見せないよう平静を保った。

「レオ、その兄さんコーヒー嫌いなんじゃないか」
「え!そ、そうなんですか・・・?」
森羅は一瞬考えたが、嘘をついたら後々辛くなる気がしてならなかった。

「飲めないことはないけど、苦みが苦手で・・・」
「じゃ、じゃあ、前に買い物に行ったときに飲んでたのは・・・」
「・・・わざわざレオが買ってきてくれたから、無駄にしたくなかった」
真顔で言われ、レオナルドは口をはくぱくさせて言葉を探す。
「ザップよかだいぶまともな口説き文句を言うねえ。そんな兄さんには、こっちのほうがいいかな」
コーヒーが片付けられ、代わりに茶色い飲み物が出される。
一口飲んでみると、甘くて甘くて森羅の頬が緩んだ。

「ホットチョコレートだよ、気に入った?」
「うん・・・甘くて落ち着く。キャラじゃないけど」
「あああ、僕、無理やりついでお代わりまでさせて、すみません・・・」
本気で申し訳なさそうにしている姿を見ると、慌ててフォローしたくなる。

「いや、できれば、レオの前では格好つけていたかったから」
とっさに出てきた言葉が、これだった。
「あ・・・ありがとう、ございます」
照れ隠しか、レオナルドは顔を背けてバーガーにかぶりつく。
そんな様子を見がまた面白くて、じっと見つめてしまっていた。


食事をした後も、レオナルドに先導されて店を回る。
甘味処やジャンク屋、いろいろなところを見る中、森羅はレオナルドと居られるだけで充実していた。
幸い、柄の悪い連中に絡まれることなくあっという間に夜になり、一日が終わろうとする。
「今日はありがとうございました。一人で行くより、だいぶ楽しかったです」
「僕も楽しかった。夜通し過ごしてもいいけど、まだどこかへ行くか?」
問いかけると、レオナルドは少しの間沈黙する。

「・・・最後に、一ヶ所だけいいですか」
「ああ、物騒な場所でもいい」
そこで、また言葉が途切れる。
焦らせることなく待つと、衝撃的なことが告げられた。

「お邪魔じゃなければ・・・森羅さんの家に、行きたい、です」
今度は、森羅が言葉に詰まった。
「構わないけど・・・身の危険を感じないのか」
「し、森羅さんを信頼してますから」
複雑な気持ちになったが、嫌とは言えない。
森羅はレオナルドの腕を取り、自宅へ向かった。




細くて不便な道を通り抜け、ひっそりとした雰囲気になる。
道の先には、小ぢんまりとした玄関があった。
ありえない構造でも、もはや驚かない。
中へ入ると、壁や天井が出っ張っていて、やたらといびつな空間になっていた。
「一度、地震に巻き込まれてからこうなった。ぶつからないように気を付けて」
「いろいろ出っ張りがあって、これなら椅子いらずですね」
「それは言えてる。適当に腰掛けるといい」

レオナルドを座らせ、森羅はワイングラスを用意する。
「あ、ワイン持ってきたけど、飲めないか」
「だ、大丈夫です。ザップさんに飲まされたことありますから」
森羅は適当な出っ張りにグラスを置き、半分ほどまで白ワインを注ぐ。
軽く乾杯し、同時に口をつけた。

「さっぱりしてて飲みやすいですね」
「・・・口当たりが良いのを、教えてもらったから」
早いペースでグラスを空け、次を注ぐ。
前、ザップにされたときと同じ。
アルコールだけを楽しみ、レオナルドの頬はみるみるうちに紅潮していった。

「な、なんだか、のみやすいれすけど、よいますれ」
呂律が回らなくなっていて、森羅はワインに栓をする。
「もう、真っ赤だ。あんまり飲み慣れてないんだな」
「森羅さんらって、赤くなってまふ」
レオナルドはおぼつかない足取りで近付き、森羅の頬をぺたぺたと触る。
アルコールで細かいことが考えられなくなっているのは、同じだ。
森羅はレオナルドの手を退かして、頬をそっと包む。

「レオ、熱いな・・・だいぶ、酔ってる」
「んー・・・森羅さんの手、冷えてて気持ちいいれす」
アルコール以外の要因で、森羅の心音が高鳴る。
いてもたってもいられず、レオナルドの腕を引いていた。

「ふらついてるみたいだから・・・ベッドで、休もうか」
レオナルドは特に抗議せず、引かれるままついて行く。
別室も異様な出っ張りがあって、何度か体をぶつける。
奥には清潔感のあるベッドが置かれていて、倒れ込みたい衝動にかられた。

「帰るのが無理だったら、泊まっていってもいいよ・・・」
「ん・・・」
レオナルドをそっと寝かせ、髪を撫でる。
ぼんやりとしている様子を見ると、理性が吹き飛びそうだった。
「隣に、寝てもいいか?」
「んー・・・はい・・・」
一瞬の迷いは気付かなかったふりをして、森羅は隣に並ぶ。
ベッドの中はもう温まっていて、一人では味わえない温もりがある。
もっとレオナルドの体温を感じたくて、思わず抱き寄せていた。
自分より一回り小さな体を包み込み、髪を撫でる。


「はー・・・子供っぽいかもしれまへんけど、おちつきまふ」
「僕も、同じだよ・・・」
今のままなら、大切な弟を抱いているような感じでしかない。
もっと密な関係になりたくて、森羅はレオナルドの頬に手を添え、上を向かせた。

「レオ、君は無防備すぎたんだ。僕の家に行きたいなんて言って、注がれるままワインを飲んで、一緒にベッドへ入って。
任務以外で二人だけになれる機会なんて滅多にないんだ、だから・・・」
指の腹で、やんわりとレオナルドの唇に触れる。
これからすることを、諭させるように。

「森羅さん・・・信頼、してまふから・・・」
光栄に思うはずの言葉が、ぐさりと森羅の胸に突き刺さる。
意識が朦朧としている今しか、機会はない。
今、ささいなことをしても、明日には忘れているかもしれない。
けれど、安心しているような、安らかな顔を見ると、どうしても踏ん切りがつかなかった。

「・・・せめて、一緒に眠るくらいは、いいよな」
「ん・・・」
子供のように、レオナルドが森羅に抱きつく。
背に回された温もりに心地よさを感じつつ、森羅は目を閉じた。




―後書き―
読んでいただきありがとうございました!
やりそうでやらなかった回。レオナルドとはじっくり進めていきたくて・・・ザップとは違って←
と、いうわけで次回はザップとです。