血界戦線7


ザップと口づけていた場面を見られてから、森羅は露骨にレオナルドに避けられていた。
昼食に誘うと後で行くと言い、任務はザップと組むことが多くなり、プライベートでも会ってもらえなくなる。
もどかしさは募りに募り、森羅は任務をレオナルドと組ませてもらえるよう、クラウスに相談していた。

「任務の命令でしか近付けないのは残念なことだが、協力しよう」
「ありがとうございます・・・」
そして、望みはすぐに叶えられた。
森羅はまたレオナルドと買い物へ行くことになり、街に出ていた。
だが、レオナルドは妙に距離を空け、全く話さない。

「・・・買い物の前に、腹ごしらえして行こう」
「え?あ・・・はい」
逃げられないよう手を繋ぎ、行きつけのバーガーショップへ赴く。
カウンターではなく、奥まった席へ座った。
常連を見かけて、ビビアンがオーダーを取りに来る。

「お二人さん、奥の席に座るなんて珍しいね」
「少し、話したいことがあるから。・・・僕はホットチョコレートにするけど、レオは?」
「ええと・・・コーヒー、だけで・・・」
ビビアンがキッチンへ行くと、森羅はレオナルドと向き合う。


「・・・最近、僕のこと、避けてるよな?」
「う・・・」
気まずそうに、レオナルドは視線を下に向ける。
「理由を、教えてくれないか」
レオナルドは黙り、すんなりと話してくれる様子はない。
せかさずに待っていると、頼んだ飲み物が運ばれてきた。

「はいよ、お代わり自由だから、たっぷり話しな」
「ありがとう」
レオナルドはビビアンに声もかけず、コーヒーを一口すする。
「ブラックでよく平然と飲めるな。甘い方も飲んでみるか?」
「い、いえ、いいです」
まるで、出会ったばかりの時のようなよそよそしさがもどかしい。
森羅はホットチョコレートを半分ほど飲んで、一息置く。

「教えてくれ、レオ。理由もわからず避けられているのは辛い」
「・・・すみません、森羅さんに嫌な思いさせて・・・。すごく、わがままで身勝手なことですよ」
好きな相手でもできたのだろうかと、森羅は想像してしまう。
ますます理由が気になり、追求せずにはいられなかった。

「どんなことでもいいから、知りたい。頼むから・・・」
聞きたいけれど恐怖心もあって、声がすぼまる。
そんな様子を察し、レオナルドはまた黙ってしまった。
性急に尋ねるのは逆効果かと、森羅は飲み物を少しずつ飲む。
こんな雰囲気では、せっかくの甘味があまり楽しめなかった。


「・・・森羅さん、ザップさんのこと、好きなんでしょう」
ぎょっとすることを言われ、森羅は目を見開く。
「なんやかんやで色気ありますもんね、あの人。やっぱり、大人の魅力ですかね・・・」
「な、何言ってるんだ」
もしやザップが一部始終を話したのだろうかと、森羅は焦る。
一夜の出来事を知られていたとしたら、避けられてもおかしくはない。
教授のためとはいえ、不節操なことをした自分を恨んだ。

「・・・そろそろ行きましょう。あんまり休憩ばっかりしてると、スカーフェイスさんに睨まれます」
レオナルドがさっと立ち上がり、小銭を置いて出口へ向かう。
「っ、レオ」
森羅はいそいそと自分の支払いを済ませ、早足で後を追う。
レオナルドの歩みもだいぶ早くて、ほとんど走っている状態だ。


そうやって、お互い周囲に注意を払っていないのがいけなかった。
この街では、突然、何が起こってもおかしくはない状態だ。
レオナルドの右から暴走した車が迫り、左から流れ弾が飛んできて、上から植木鉢が落ちてくる。
一気に危険が迫り、森羅は叫んだ。

「レオ!」
森羅は全速力で走り、レオナルドに飛び付く。
反応できずにいたレオナルドは、唯一安全な前方に突き飛ばされた。
勢いよく倒れて、顔面から地面に突っ伏す。
「いてて・・・森羅さん、だいじょ」
後ろを振り返り、レオナルドは言葉を失う。
森羅は地面に横たわっていて、辺りには鮮血が流れ出していた。

「森羅さん!」
悲鳴を上げ、レオナルドが森羅に駆け寄る。
体を支えると、体温の低さにぞっとする。
脇腹に縦断を、頭に植木鉢をくらい、小さな血の池ができるほど出血していた。

「し、森羅、さん、しっかり、して・・・」
手も声も震えて、森羅に負けないくらいレオナルドも青ざめる。
森羅は薄目を開け、レオナルドの頬に指先で触れた。

「・・・怪我、してないな・・・」
レオナルドの無事を確認すると、森羅はぐったりと腕を下ろして目を閉じる。
「森羅さん!」
最後の叫びは、もう聞こえなかった。




どんどん血気がなくなってゆき、もう、死ぬと覚悟していた。
けれど、ふとしたときから血液が逆流して、体温が戻ってくる。
まるで誰かに抱かれているような温かみを感じて、目を開けた。
「よう、気付いたかよ」
すぐ近くでザップの声がして、横を向く。

「ザップ・・・」
「あんたもついてないな、流れ弾だけならまだしも、植木鉢のコンボまでくらうなんてよ」
頭に手をやると、一部に包帯が巻かれているのがわかる。
腕からは細い管が出ていて、それはザップの腕に繋がっていた。

「意識が戻ったから、もういいな。非常時ってことだったから、輸血させてもらったぜ」
腕から血の管が離れ、ザップの身に戻る。
この身に、ザップが交わったのかと自覚したが、何ら拒否反応はなかった。

「レオは、傷付いてなかったか・・・」
「起きるなり人の心配かよ。あいつはピンピンしてるぜ」
「そうか・・・。ザップがいなかったら、僕はきっとわだかまりを残したまま死んでたな。・・・ありがとう」
照れ臭いのか、ザップはくしゃくしゃと森羅の頭を撫でる。

「助けるのは当然だっての。・・・ライブラの、仲間だからな」
後半を強調して言われ、森羅はやんわりと微笑んだ。
「待ってな、愛しい愛しいレオの野郎を呼んできてやるよ」
ザップが出て行き、森羅は待ちわびる。
駆け足の音が聞こえてきたかと思えば、すぐに扉が開けられた。


「森羅さん!」
勢いをそのままに、レオナルドはベッドの横へ膝立ちになる。
「レオ、よかった・・・今生の別れにならなくて」
「縁起でもないこと言わないで下さい!俺、本当に、本気で心配して、俺のほうが生きた心地しなくて・・・」
気まずい雰囲気がなくなっていて、森羅は手を伸ばすが、手袋がないと気付いて躊躇う。
だが、レオナルドは両手でその手を包み込んでいた。
求めてやまない相手の体温を感じ、森羅は目を細める。

「・・・この街では、いつ争い事に巻き込まれて、傷付いて、最悪死んでもおかしくないんですよね」
「そうだな・・・」
「だから、今言います!次の瞬間には未確認飛行物体が飛び込んできて伝えられなくなるかもしれませんから、言います!」
自分を奮起させているレオナルドを、森羅は不思議そうに観察する。
レオナルドは大きく深呼吸して、声を振り絞った。


「俺、森羅さんを、ザップさんに取られたくないです!・・・身勝手なこと言ってるってわかってます。
でも、やっぱり身を引きたくない。森羅さんと一緒に居させてほしい、です」
一瞬、意味が理解できなくて、森羅は言葉を失う。
一秒、二秒、間を開けて、お互いに勘違いをしていたのだと理解した。

「そうか、レオ・・・そうだったのか・・・」
森羅は、ゆったりとレオナルドの頬を撫でる。
今度不思議そうな顔をしたのは、レオナルドの方だった。
「ザップには、教えてもらっていたんだ。どうやって、相手に接すればいいのかを」
「相手・・・接する・・・?」
森羅は、レオナルドの方へ体を寄せる。
そして、後頭部をぐいと引き寄せて、自分も身を起こして、一瞬だけ唇を重ねた。
まだ体を起こし続けるのは辛くて、森羅はすぐに横になる。

「あ・・・え、え・・・?し、森羅さん、ザップさんに教えてもらってたのって・・・」
「レオと、したかったから。・・・駄目かな」
「だ、駄目なんかじゃないです!ですけど、とにかくびっくりして・・・あー、何て言えばいいんだろう・・・」
困惑している様子が面白くて、森羅は笑う。


「レオ、傍に居たい。もっと密に接してみたい。・・・・・・好きなんだ」
「森羅、さん・・・」
森羅はもう一度、レオナルドを引き寄せて、身を起こそうとする。
けれど、今度は自分から近づく前に距離がなくなっていた。
レオナルドの方から身を下げて、先と同じ個所を、重ね合わせる。
よほど恥ずかしかったのか、レオナルドは顔を真っ赤にしてすぐに離れた。
けれど、森羅はレオナルドに手を回したままでいる。

「レオ、もっと触れていたい・・・」
「あ、あ、え、あう、はい」
森羅はレオナルドを引き寄せ、再び口付ける。
そして、慌てていて薄く開いている口へ、ゆっくりと舌を差し入れた。
「は、ふ・・・」
怯えさせないように、そっとレオナルドの口内へ触れる。
舌を撫でると、温かな吐息が漏れた。

なだらかに、長い愛撫をじっと続けていく。
レオナルドの体温が上がっていっているのを感じると、心音が鼓動を増した。
たまらなくなって、舌をやんわりと絡ませる。

「はう、あ、ぁ・・・」
レオナルドは小さく喘いだが、森羅を突っぱねようとはしない。
それで調子に乗ってしまって、もっと深くまで自身を進めようとしたけれど
その前に、病室の扉が開く音がしたものだから、お互い慌てて離れた。

「お、何だよ、復帰して早速お盛んだねえ。しっつれいしましたー」
ザップがからかい口調で言い、林檎を一つレオナルドに投げ渡して、出て行く。
森羅は少し申し訳なさを感じつつも、入って来たのがザップでほっとしていた。
「お見舞いのつもりなのかな・・・とりあえず、剥いてきますね」
「ああ、ありがとう」
レオナルドは、一旦病室を出ていく。
その背を見送った後、胸に湧き上がる幸福感に、森羅の表情は自然と和らいでいた。




―後書き―
読んでいただきありがとうございました!
ハプニングを切欠に仲直り、ありがちなネタでお送りしました。
原作が、いきなり突拍子もないことが起こってもおかしくない雰囲気でよかったです。