心の空白期間8


アキヒロは先に温泉から上がり、部屋で待機していた。
机が隅に寄せられ、布団は二つ敷かれているが、一つしか使わないだろう。
一人になると、冷静にこれからのことを考えてしまって緊張する。
今の服装が楽な浴衣で、下着もはいていないから余計に。

男同士でのやり方は、だいたい想像がつく。
ノルに押し倒され、欲求のままにされては、おそらくとても痛いことになる。
けれど、そういう個所に触るなと言っておけばいい。
ノルはとても忠実だし、以前も、嫌だと言えば止めてくれた。
自分を安心させるように言い聞かせていたところで、ノルが浴室から出てきた。
じっと視線を交わらせ、目の前に座る。

「あ、あの、許可、したけど・・・余計な場所、特に後ろは絶対に触らないこと。いいな」
「口付けもいけませんか」
「それは・・・構わない」
言葉を言い終えた瞬間、ノルは待ちきれないようにアキヒロの唇を塞いでいた。

「ん・・・っ」
性急な行動に、身を引いてしまう。
そのとき、引き寄せられるのではなく、そのまま肩を押されて仰向けになった。
そこで、一旦口が解放される。
目と鼻の先にある瞳を直視すると、抑えていたはずの熱がよみがえってくるようだった。

ノルがもう一度近付いてくると、自然と目が閉じられる。
唇が重なると、緊張はするが、じんわりと体が温かくなっていく。
温泉に入っているときとは違う温もりが体を包み、力が抜けて行った。


口付けのさなか、アキヒロの浴衣の帯が解かれ、前面が露わになる。
ノルも自分の浴衣をはだけさせ、素肌を重ね合った。
胸部の辺りから、平常よりもやや早い心音が共鳴する。
気が昂っているのは自分だけではないと実感すると、不可思議な幸福感を覚えるようで。
唇をなぞられる前に、自ら隙間を開いていた。
ノルはアキヒロに応えるように、隙間へ舌を差し入れる。

「う・・・ん・・・」
口内でもお互いが触れ合うと、鼻から抜けるような声が出てしまう。
それが絡め取られても、怯えや抵抗する気が沸いてこない。
舌全体が愛撫され、液も吐息も交わり合うと、頭がぼんやりとしてきていた。
重なっている肌も、口内も、ノルの熱で満たされてゆく。
それは決して嫌悪するものではなく、むしろ手を伸ばして求めたくなるようなものだった。

ノルが舌を離し、間に伝う糸を、アキヒロの唇を軽く舐めて拭う。
腰を落とすと、下肢のものが触れた。
そこはひときわ熱を帯びていて、感じ合っていることを示している。
ノルは、それらを掌で包み込んだ。

「あ、う・・・」
大きな手に包まれ、刺激を受けたものがぴくりと反応する。
怯えさせないよう、ノルはゆっくりと手を動かしていった。
「っ・・・は・・・」
規則的な動きで、なだらかに愛撫される。
早急な行為ではないからか、以前のような怯えはなく。
少しずつだが、だんだんと体に欲がくすぶっていった。

「アキヒロさん、気持ち良いですか」
「ん・・・うん・・・」
恥ずかしながらも、軽く頷く。
下肢を擦られ続けていると、弱い力でも確かに感じるものがあって、息が深くなる。
それはノルも同じなのか、間近にかかる吐息が温かみを増している気がしていた。


気遣っているのか、平坦な愛撫が続く。
とても静かな交わり合いがだんだんともどかしくなってきて、欲求だけが増して来る。
体は楽だけれど、少しくらい、ノルの本能を見出したかった。

「ノル・・・もう少し、その・・・強く、しても、いいぞ・・・」
頼むのはかなり恥ずかしくて、声を小さくせずにはいられない。
「わかりました」
掌の力が強くなり、自身がやや強く握り込まれる。

「あ・・・っ」
自分から言ったことだけれど、刺激が強まるとやはり驚いてしまう。
触れ合うものがさらに密接になり、脈動が伝わった。
それは心臓まで直結しているようで、呼応しているように音が強まる。
加えて、動きは単調なものではなくなり、指先に先端が撫でられる。
ぞくぞくとしたものがアキヒロの背筋を伝い、その寒気は思考を麻痺させていった。

愛撫のさなか、ノルは再びアキヒロに口付ける。
開かれたままの唇は、差し入れられたものをすんなりと受け入れていた。
お互いはやんわりと絡み合い、液の音を立てる。

「は・・・っ、ぁ・・・ぅ・・・」
舌と共に下肢にも触れられ、とたんにアキヒロの呼気が落ち着かなくなる。
そのとき、まるで自分からも求めるように、口内のものをわずかに動かしていた。
たまに、ノルはやんわりとアキヒロの唇を食み、違う刺激を与えようとする。
一瞬絡まりが解かれることがもどかしくて、思わずノルの背に片腕を回す。
そうすると、ノルがふいに動きを止めた。


「アキヒロさん、僕との行為を望んでくれているのですか」
真顔で問われ、アキヒロはとっさに視線を逸らしたが、嘘は付けなかった。
「っ・・・・・・そ、そうだ、だって、こんな状態になって、望まない方がおかしい・・・」
それはただの一般論で、本心を告げることは羞恥心に抑制されている。
ノルに欲を覚えているなんて、アルコールが残っているからに違いないと思ったけれど。
もはや、要因なんてどうでもよくなっていた。

「嬉しいです、アキヒロさん・・・」
ノルは、そっとアキヒロに口付ける。
まるで、言葉で伝えきれない感謝の意を示されているようで。
アキヒロの胸中は、暖かなもので包まれていて、口が解放されるとすぐに告げていた。

「・・・もう、気遣わなくてもいい。・・・お前の、好きなようにしてみろ」
ふと込み上げてきた感情が、そんな言葉を発させる。
もう、ノルの欲求を指示で拘束したくなかった。
「・・・わかりました」
下肢に添えられている手が、動きを再開させる。
それは、さっきまでのゆっくりとしたものではなく、お互いを昂らせるような早い動作だった。

「あ、あっ・・・」
速度を増した動きに、相手が至近距離にもいるにも関わらず、あられもない声を上げてしまう。
掌だけでなくノル自身も動き、執拗にアキヒロのものと触れさせていく。
お互いのものの感触に興奮しているのか、起ちきっているものの先端がじんわりと熱くなり、どちらからともなく液が漏れ出す。
唾液とは違う、もっと淫猥な感触のものが、ノルの動きを滑らかにしていった。

「ひ、あ・・・ん、ぅ・・・」
一時も休まない掌に、自身が前後に揺さぶられる。
お互いの精が混じり合っているのだと実感すると、気が高揚してどうにかなってしまいそうだった。


「辛く、ないですか・・・」
吐息の合間に、ノルが問いかける。
「は・・・っ、大丈夫だ・・・。もう、達してしまいたい・・・」
無意識の内に、大胆な言葉が漏れる。
強まった欲求のあまり、思いがそのまま発されていた。

「わかり、ました・・・」
ノルも余裕がなくなってきているのか、息が荒い。
表情に変化はなくとも、同じものを感じているのだと、鼓動が教えてくれた。
今までで一番人間味を感じて、引き寄せずにはいられなくなる。
背に回した腕に力を込めると、下肢のものが強めに握られ、擦られた。

「あ・・・っ、は、あ、あ・・・」
包まれている個所から全身に悦楽が伝わって行き、アキヒロは羞恥も忘れて喘いでいた。
先端を指先で弄られると、脳が痺れて何も考えられなくなっていく。
少しずつ漏れ出す液は、もう限界が近いことを示していて。
下肢のものは、お互いの精が絡まり合う音を立てていた。

「っ・・・は・・・・・・アキヒロ、さん・・・」
ノルの息が、熱を帯びて荒くなる。
その名を呼ぶ声には、強い感情が含まれているように聞こえて、アキヒロは手を伸ばしていた。
そっと、頬を包み、優しく撫でる。
猫やラットに触れるときよりも、それ以上に慈しみを込めて。
理性が掻き消えた今、この気持ちはごまかしようがなかった。


その手は下ろさず、ノルの背中に回される。
両の腕に求められたとたん、ノルはお互いの下肢を激しく擦り合わせた。
荒々しい愛撫に、アキヒロの体が跳ねる。
抑制など無くすよう、ノルは先端から根元まで、全てを余すとこなく触れていく。
指の腹が弱い個所をなぞった瞬間、今までにない衝動に全身を襲われていた。

「ノル・・・っ、あぁ・・・っ・・・!」
力を込めずにはいられなくなって、ノルを引き寄せる。
高まり切った欲は抑えようがなく、抑えたいとも思わない。
体がびくりと跳ね、収まることを忘れた欲が下肢から散布されていた。

「っ、は・・・あ・・・」
ノルは静かに声を発し、身を震わせる。
そして、アキヒロとほとんど同時に達していた。
お互いのものが白濁にまみれ、液が混じり合う。
自身がノルの精に覆われても、アキヒロは微塵も嫌悪しなかった。

「・・・っ・・・・・・ノル・・・」
アキヒロに名を呼ばれると、ノルは条件反射のようにその口を塞ぐ。
背に回された腕は、まだ解かれないままだった。




やがて、ほとぼりが収まり、体が落ち着いていく。
脱力感があって、もう寝てしまいたかったが、下腹部を濡らしたままではとても安眠できそうになかった。
お互い、さっと風呂に入り直し、一つの布団に寝転がる。
隣に敷かれている布団は意味を成さなかったが、こうして肩を並べることはとても自然なことのように思えた。

「ノル、その・・・行為をしているとき、何を感じていた?」
「とても、幸せな感情に満ち溢れていました」
「そうか・・・」
明確に言われなくとも、それだけ聞ければ十分だった。

「アキヒロさんは、何を感じていましたか」
「・・・たぶん、同じだ。上手く言えないけど・・・満たされていくような、そんな感じがした」
先のことを思い起こすと、また頬に熱が昇る。
けれど、それは決して拒むべきものではなかった。
アキヒロは手を伸ばし、今一度ノルの頬に掌を添える。
胸の内から込み上げて来るものが、そうさせていた。

ノルは、じっとアキヒロを見詰める。
そして、自分の頬が包まれたとき、微かに、口端を緩ませていた。


「ノル、お前・・・」
それは、毎日接しているものでしか判別できないような微細な変化だったけれど、アキヒロははっきりと感じ取っていた。
ノルが、表情を表すほどに満たされていることを。

「どうかしましたか」
自分で気付いていないのか、ノルが不思議そうに問いかける。
アキヒロは手を離し、微笑した。

「何でもない。もう、寝るか」
「はい」
そう言ったとたん、ノルはアキヒロに腕を回し、抱き寄せた。
もはや驚いて硬直することもなく、身を任せる。
アキヒロは、ノルに完全に信頼感を寄せ、行き過ぎた感情を抱いてしまっていることを実感していた。




―後書き―
読んでいただきありがとうございました!
あまり激しくなく、ゆったりとした感じの雰囲気で書けて一安心。
物語の雰囲気がのんびりとした感じなので、それに合わせてみました。