後輩攻めをさせてみたかった13


そろそろ、写真部恒例のミニ展覧会がある。
大々的に公開するのではなく、細々と、部員だけでお互いの写真を見せ合う気楽なものだ。
幸人は、自然風景を撮りに行こうかと、山にでも登ろうかと思っていたけれど、
その前に、純也に頼まれごとをされていた。

それは、家の掃除の手伝いをしてほしいとのことで、
展覧会で本格的に活動する前に、アルバムや備品を整理しておきたいらしかった。
手伝えば、今までに撮影した純也の写真が見られると期待する。
幸人は、休日を1日つぶすつもりで、午前中から純也の家に来ていた。


「先輩、ありがとうございます。オレ一人じゃあやる気が出ないんで、助かります」
「まあ、まだ写真の締め切りまでは時間があるからな」
もはや遠慮することなく、純也の部屋に入る。
そこは、本や写真や文房具などが散乱していて、以前に来たときよりだいぶ散らかっていた。

「・・・空き巣にでも入られたのか?」
「いや、これが本当のオレの部屋なんですよ。先輩が来るときだけ、全力で片付けてたんです」
そう言われると、少し機嫌が良くなる。
とりあえず床を綺麗にしようと、いろいろなものを拾い始めた。

「実は、リビングの掃除も頼まれてるんで、ここは任せてもいいですか?」
「わかった。とりあえず、適当に片付けておく」
純也が出ていくと、幸人はせかせかと整理整頓をしていく。
これだけ散らかっているのに、机や本棚には埃がないのが不思議だった。

とりあえず床に物が落ちていない状態にし、文房具を引き出しに整列させていく。
引き出しはスカスカで、物が溢れたから放り出したわけではなさそうだった。
少し奇妙に思いつつも、整理するついでに写真を拾ってまじまじと見る。
そのほとんどには人が写っていて、笑っていたり、和んでいたり、明るい表情が多い。
道行く人々や友人に、平気で被写体を頼める純也の性格が、羨ましかった。


物をあるべき場所におさめると、もう部屋はほとんど片付く。
午後も費やすつもりで来ていただけに、呆気なく終わって拍子抜けしていた。
リビングへ手伝いに行こうと思ったけれど、その前にアルバムへ手が伸びる。
ぱらぱらとページをめくると、人だけでなく動物の写真もあって頬が緩む。
けれど、思いの外枚数が少ないのが意外で、他にもあるのではないかと探す。
本棚には入っておらず、引き出しにもない。

もう物を隠せそうな場所はなさそうだったけれど、もしやと思いベッドの下に目が行く。
姿勢を低くして探ってみると、案の定分厚いアルバムがあった。
こんな所に隠してある写真は、どんなものが写っているのだろうかと期待してページをめくる。
その瞬間、幸人は硬直した。


「先輩、そろそろ休憩に・・・」
純也が入ってきたので、幸人は慌ててアルバムを閉じる。
その様子を見て、純也はにやりと笑った。

「それ、見つけちゃったんですか」
純也が背後に迫り、後ろからページを開かせる。
そこには、複数枚の写真が貼られていても、同じ人物しか映っていない。
それは、まさしく幸人自身だった。

純也と話している様子、漫画を読んでにやりとしている様子はいい。
けれど、明らかに普段とは様子が違って、頬を染めてぼんやりとしている姿まであり、見ていて赤面した。
「こ、この写真、消してくれたんじゃなかったのか・・・」
「デジカメのデータは確かに消しましたよ。プリンターに送ってから、ですけど」
そんなハイテクな機能があるのかと驚きつつ、ずるいことを言われて幸人は歯がゆくなる。
純也が次のページをめくると、そこにはセルフタイマーで撮ったキスシーンが堂々と貼られていた。
とても直視できなくて、幸人は目を逸らす。


「オレ、いつもこれ見てしてるんですよ。先輩のことを考えながら・・・」
何を、とは恐ろしくて聞けなかった。
純也はアルバムを閉じ、ベッドの上に放る。
両手が自由になると、すぐに幸人を抱きすくめた。
びくりと、肩の震えが伝わる。

「せっかく午前から来てもらったことですし、昼食食べて行きませんか?
簡単なものだったら作れますから」
「そ、う・・・だな。そうする」
良い返事を貰えると、純也はさっと腕を解く。
いきなり話が変わり、幸人はどぎまぎしつつもどこかほっとしていた。


昼食は冷凍のチャーハンを温めただけの、本当に簡単なものだった。
申し訳程度にクッキーが数枚ついてきたのでそれも平らげる。
チャーハンは結構量があって、食後は自然と瞼が重たくなってきていた。
「先輩、眠たかったら寝てもいいですよ」
「まさか・・・睡眠薬なんて入れてないよな」
「そんなわけないじゃないですか、第一不眠症でもないのに買えませんし」
これはただの自然現象なのかと、幸人は疑った自分を恥ずかしく思う。
純也の企てではないとわかると、眠ることにあまり抵抗はなくなった。

「午前中付き合わせたし、午後はゆっくりしてください。ベッド行きますか?」
「いや・・・ここでいい」
あまり心地良いと、何時間も眠ってしまいそうなので
幸人は、クッションもせずにその場に寝転がる。
フローリングがほどよく固くて、これなら熟睡せずに済みそうだった。


「あ、先輩、ちょっと向こう向いてもらえませんか」
「何で」
理由を尋ねると、腕を掴まれて、体ごと右に向けられる。
「っ、何する気・・・」
反転して、体勢を元に戻そうとしたけれど、もう遅かった。
背後には純也がいて、背に体が密着しているのがわかる。
幸人はさらに身を傾けて隙間を空けようとしたけれど、無駄なことで
ぴったりと体をひっつけてきて、抱き留められた。

「あ、あの、眠いから・・・」
「わかってます。フローリング、少し冷たいから温めようと思ってるんです」
襲われるかと心配したけれど、純也はそれ以上動こうとはしない。
本当に温めるだけなら、人の体温は安心感を与えてくれるものだった。
ただ、うなじの辺りに純也の息がかかってむずがゆい。

「あの・・・あんまり、息をかけないでくれないか」
「でも、この方が温かいと思いますよ」
話をすると、余計に吐息がかかって体が変に温まる。
こうなると、言っても聞かないだろうと、幸人は諦めた。


そのまま静かにしていると、うなじに息だけでなく柔いものが触れる。
それは、少しずつ動いて皮膚をやんわりと食む。
「あの・・・」
「襲いませんから、少しだけさせてください」
疑いながらも、幸人は抵抗しない。
気持ち悪いことはなくて、むしろ軽い触れ合いが好ましく感じる。
汚したくないのか、舌でなぶることもされなかったので、純也の好きなようにさせていた。

抱かれていることと、息をかけられていることで、眠気が増していく。
目を閉じると、意識が浮わつくのがわかった。
「先輩、あのアルバム・・・廃棄しろ、なんて言いますか?」
普段なら、そうしろと言っていたかもしれない。
けれど、今は睡魔が先行して、あまり強くものを言えないでいた。
否定も肯定もしないでいると。純也が幸人を包み込むように身を寄せる。

「オレ、先輩の写真でアルバムを埋めたいんです。
変態だって思われるかもしれませんけど、オレはそのために写真部に入ったようなもんなんです」
「被写体なんて、他にいくらでもあるだろ・・・」
「オレが一番撮りたいのは、先輩なんです。言いましたよね、オレはアルバムを見て・・・」
「み、みなまで言うな・・・」

改めて、純也の想いの強さを実感する。
あのアルバムは、はたから見たらストーカーのように見えるかもしれない。
それに、自分は、そこまで過大評価される人間ではないと思う。
それでも、純也にそれほど想われているのだと気付いたとき
感じたのは、嫌悪感ではなく、真逆の感情だった。

胸の内にも温かなものを覚え、幸人はやがて寝息をたて始める。
純也は、幸人の髪を軽く撫で、目を細めていた。




幸人が目を開けたとき、外はもう陽が落ちかけていた。
よくフローリングで熟睡できたものだと思ったが、場所はベッドに移動していた。
気付けば、純也もいなくなっている。
部屋を見回すと、出しっぱなしだったはずのアルバムがなくなっていることに気付く。
まさかと思い、幸人は部屋を出てリビングへ移動する。
そこでは、案の定純也がアルバムを開けていて、写真を並べているところだった。

「純也・・・僕が寝てる間に、撮ったんだな」
声をかけると、純也は悪びれる様子もなく振り向く。
「すみません、幸せそうな顔してたんで、撮らずにはいられなかったんです」
幸人は、純也の横に並んでアルバムを覗き込む。
追加されていた新しい写真には、何とも安らかそうに眠っている自分が写っていた。
良い夢を見ているんだろうか、微かに頬が緩んでいる。
それは、たぶん純也に抱き締められていたからだろうなと、薄々わかっていた。


「まさか、この写真を撮りたいがために午前中から呼んだんじゃ・・・」
「あ、ばれました?」
堂々と告げられ、幸人は溜め息をついた。
「でも、先輩の寝顔が撮りたいから寝て下さいなんて、正直に言ったら撮らせてくれましたか?」
見透かされていて、幸人は言葉に詰まる。
まだ羞恥心は持ち合わせているので、素直に寝転がりはしなかっただろう。

「実は、これで一冊埋まったんです。内心、感激してます」
確かに、以前からちょこちょこ撮影されてはいたが、
まさかアルバムを埋めてしまうほどとは思わず、恥ずかしいやら嬉しいやらで幸人は微妙な気持ちになる。

「じゃあ、もう恥ずかしい写真撮らないよな」
「何言ってるんですか、もう二冊目を準備してますよ」
自然と、小さな溜め息が漏れる。
けれど、好意を持たれていることは決して嫌ではなくて、強くは言えなかった。

「・・・そろそろ、暗くなるから帰るよ」
これ以上留まっていると、いろんなことを許してしまいそうになる。
そうなると、またアルバムに写真が増えるに違いない。
純也は、特に引き留めることもなく幸也を見送った。




その後、部室でミニ展覧会が開かれた。
幸也は広い公園や、観光地などの自然風景を何枚か揃えていて、
対照的に、純也は人ばかりを撮っていて、全て違う人物が写っていた。
そして、その中に居る一人の人物を見て、幸人は目を見開く。

その写真は、自然な笑顔が微笑ましいと評判だったけれど
被写体本人としては、恥ずかしいの一言しか言えなかった。
展覧会も終わった後、幸人はすぐ純也に詰め寄る。

「純也、お前・・・」
「すみません、かなり良い出来栄えだったんで、見せびらかしたくて仕方がなかったんです」
確かに、評判は良かったのでまんざらでもなかったところはある。

「でも、無許可で皆の前に曝すなんて・・・」
「じゃあ、お返しにオレの恥ずかしい写真見せますよ」
純也がデジカメを取り出し、写真を再生する。
そこに映し出された写真を見て、幸人は目を丸くした。

「ちょ、ちょっと、何撮ってるんだ、これ!」
「何って、先輩のことを考えつつしてるところですよ」
小さな画面でも、はっきりとわかる。
純也は、自室で、下半身の服をずらして、頬を紅潮させている。
それはまさしく自慰をしているところで、幸人はとっさに目を逸らしていた。


「デジカメが泣くぞ・・・」
「え、そんな醜い姿じゃないと思うんですけど、ほら」
純也は、次の写真を幸人に無理やり見せる。
つい、ちらりと目を向けると、純也は目をうっとりとさせていた。
もちろん、下肢に修正が加わっているはずはなくて、そのままのものが見える。

「このとき、先輩のことばっかり思い出してた。後ろからしたり、咥えたりしてる場面を」
「や、やめてくれ・・・」
顔を背けた幸人を、純也は後ろから抱き留める。
どん引きして、自分から離れて行かないでほしいと言うように。
「先輩の写真があったら何回でもできる・・・こんなこと言うと、気持ち悪いですかね」
複雑な心境になり、幸人は何とも返せなくなる。
じっとしていると、ふいにうなじに柔らかなものが触れた。

「じ、純也」
「すみません、少しだけですから」
うなじに温かな息が吹きかけられ、幸人は一瞬だけ肩を震わせる。
けれど、その温もりは拒むべきものではなくて、そのままでいた。
純也はうなじの皮膚を軽く食み、唇の柔らかさを伝えていく。

「は・・・」
体が密着していることもあり、幸人の吐息も熱を帯びてくる。
むずむずとして、くすぐったいようだったけれど
皮膚を軽く吸われ、呼気を感じると、他に思うところがあった。


「・・・実は、このカメラ、動画も撮影できるんですよ」
純也の呟きに、幸人はとっさに腕を振り払った。
「い、嫌だからな、そんなこと・・・それに、僕らは写真部だろ」
あくまで撮るのは静止画だと主張すると、純也は面白くなさそうに眉を寄せる。

「じやあ、オレがアニメーション部に行ったら、撮らせてくれるんですか」
「そういう問題じゃない!それに・・・純也が退部するなんて、嫌だ」
勢いに任せて言った言葉に、幸人ははっとする。
元々、懐いてくれる後輩を手放したくなかったから、撮られても許していた。
それだから、アニメーション部へ行くなんて言われてはたまらない。

幸人の発言に驚いたのか、純也は目を丸くしている。
そして、堪えきれないように頬を緩ませ、幸人の身を真正面から抱いた。
「幸人先輩、こんな変態みたいなやつのこと、引き止めてくれるんですか?」
羞恥心を感じつつも、幸人は純也の腕の中で頷く。
さっきの言葉は、抑制をなくした、自分の本心だとわかっていた。

「こんな・・・こんな嬉しいことってない。アルバムを埋めたとき以上です」
「そう、なのか」
「先輩は、いかがわしい写真で脅されないために一緒にいてくれるんだと思ってました。
でも、違ったんですよね、そうなんですよね」
肯定の返事を促すよう、純也はしきりに問う。
その声はやたらと弾んでいて、顔が見えなくとも期待しているのだとわかる。
ここでも嘘をつくことはできなくて、幸人はまた頷いた。
そのとたん、腕が解かれて体が引き離される。
そのまま遠ざけられるわけではなく、頬に手が添えられ、顔が上を向いた。


「アニメーション部には行きませんよ。動画よりも、ここぞという瞬間を撮る方が好きなんです。
それに、幸人先輩が写真部に居る限り、オレは離れませんよ」
「そ、そうか・・・」
熱烈な告白をされている気分になり、幸人は視線を逸らす。
そのとき、純也は身を下ろして幸人の口を塞いでいた。

「んん・・・っ」
唇を強く塞がれ、幸人は思わず目を閉じる。
まるで、自分の想いを押し付けているようだった。
背に腕が回され、体が密着すると鼓動の音が誤魔化せなくなる。
同じ音が純也からも伝わってくると、同じように高揚しているのだと気付く。
そうなると、とても拒むことはできなかった。

自分から手を回すことはできなくとも、受け入れることはできる。
唇がなぞられると、幸人は自然と隙間を空けていた。
その中へ、柔いものがするりと入り込み、舌を絡ませる。

「は、ふ・・・」
貪るような激しさはなく、ゆったりと触れる。
そこに心地良さを感じ、幸人は自分からも純也に触れ合わせていた。
舌の表面をなぞられると、背筋がぞくぞくとして、身を引きそうになる。
その前に、純也は幸人の後頭部に手を添え、軽く引き寄せていた。

「う、ん・・・」
幸人は抵抗せず、お互いがやんわりと混じり合い、呼気を共有する。
長く触れ合わせていると喉の奥に液が溜まり、幸人は反射的にそれを飲み込んだ。
もはや、液を嚥下することにも躊躇いが生まれない。
何だかんだで、自分はこの後輩を気に入っているんだと自覚すると、恥ずかしくもあり幸せでもある。
これで、とんでもない写真を撮ることさえ自重してくれれば言うことがない相手に違いなかった。


純也がゆっくりと絡まりを解き、唇を離す。
幸人が熱っぽい溜息をつくと、純也は少し温まっているその身を抱いた。
おぼろげな眼差しのまま、幸人は身を預ける。
誰かが戻ってきたらどうしようかと思う反面、別にばれてもいいかという思いもあった。

「先輩は、オレの恥ずかしい写真、撮りたいですか」
「何、言って・・・」
「いつも撮らせてもらってるお返しに、好きな格好しますよ。コスプレでも、女装でも」
純也が女装した姿を想像してしまい、幸人は苦笑した。

「純也の女装なんて撮ったら、ファインダーがひび割れるかもしれないな」
「何気にひどいこと言いますね、否定はしませんけど」
純也も苦笑し、幸人の後頭部を撫でた。
優しい手つきに、幸人は目を細めて純也によりかかるる。
いかがわしい写真を撮られても、やっぱり離れられないんだなと自覚する。
もしかして、被写体になることに慣れてしまったのだろうか。
これから先のことを想像しても、何の嫌気もささなかった。




―後書き―
読んでいただきありがとうございました!
今回は写真部にしては珍しくまったり系でお送りしました。