後輩攻めをさせてみたかった14


人は、プラスのエネルギーとマイナスのエネルギーを持つ種類で分けられる。
例えば、話が苦手で、集団に溶け込めなくて、コミュニケーションを敬遠する。
一度集まりの中に入ってしまえば、周囲の雰囲気までマイナスが働いて気まずくしてしまったり、気を遣わせてしまったりする。
自分の中にあるだけならまだしも、周りに影響までしては確実にマイナスだろう。

一方で、プラスは真逆だ。
そこにいるだけで場が華やかになり、皆の気が楽しくなる。
一度口を開けば、周囲は興味津々で話に聞き入り、どっと盛り上がる。
それが、新しく軽音楽部に入ってきた後輩だった。

「ねえねえ、テル君今日は私達とグループ組もうよ!」
「おい、お前ら割り込みすんなよな、火曜日は男グループとだろ」
今日も、その後輩がどのグループに入るかでもめている。
本人はというと、流れに任せるように、にこにこと笑いつつ様子を眺めていた。

皆川輝(かがや)、年度の途中で突然入部してきた1年生。
以前から音楽に興味があり、教室へも通っているらしく、腕は本物だ。
出る杭は打たれるというように、最初は先輩からかなり嫉妬されていた。
だが、ぱっつんと切られた前髪と、いつでも微笑んでいる柔和な雰囲気に癒されたようで
いつの間にかかわいい後輩の位置づけになっていて、今は、輝ではなく、テルという愛称で親しまれていた。
担当はベースで、ぱっと目立つ役割ではないものの、取り合いになることはしょっちゅうだ。


「グループをローテするってことは決めてあっただろ?お前らは明日明日」
「ちぇー、わかったわよ。全く、全体で合わせたかったのにベースがいないなんて」
女子生徒は、ちらともう一人のベース担当に視線を向ける。
けれど、そこには何もいなかったかのように、すぐ輝に向き直った。
「じゃあ、明日は私達につきあってね、テル君」
輝はこくりと頷き、にこりと笑う。

「そんじゃ、まずは個々人でアップしていくか」
リーダー各の男性が声をかけると、皆担当の楽器をセッティングする。
僕はというと、決して他の音の邪魔にならないよう、こそこそと倉庫の中へ避難する。
薄暗くて、やや埃っぽい空間でベースを取り出し、静かに弦を弾いた。


イヤホンをつけ、いつもの音楽に合わせてベースを弾く。
部室から聞こえてくるアップテンポな曲とは、まるで違うリズムが奏でられる。
不協和音を発してしまうベースは、部室に居ても鬱陶しいだけだ。
アルバムが一周するまで、同じように弦を弾く。
腕に伝わる振動が心地よくて、暫くの間夢中になる。
イヤホンから音がしなくなると、今度は自分でスローテンポな音を弾く。
夜中だったら何かを呼び寄せてしまいそうな不気味さがあっても、自分では気に入っていた。

普段なら、誰の気にも留められず部活が終わるはずだった。
けれど、部室の音が鳴り終わった後、珍しく人が入ってきた。
「瀬人(せと)さん、こんな所にいたんだ」
不法侵入者が入ってきたように、輝を見る。

「こんな薄暗い場所で、何か寄ってきそうだね?」
「・・・もう、部活終わったのか」
一人寂しくベースを弾いている先輩を、面白がりに来たのだろうか。
そうでなければ、人気者がわざわざほの暗い倉庫にやって来る理由がない。

「終わったんなら・・・早く帰った方がいい」
暗に、あまり会話をしたくないと諭させるように言う。
同級生ともまともに会話をしないのに、自分と真逆の相手との接し方なんてわからなかった。
「今日は早く解放してもらえたからさ、少し話そうよ」
輝は、相手の気などつゆ知らず、隣に腰を下ろす。
僕は反射的に、自分の身を守るように、両腕でベースを抱いていた。


「警戒心たっぷりだね。もしかして、対人恐怖症?」
「そういうわけじゃ、ないけど・・・」
「最近までは瀬人さんがいることさえ知らなかったけど、ずっとここにいたんだ」
黙って頷く。
不気味で寂しい奴だと、心の中では嘲笑っていることだろう。
この後輩がいる限り鍵がかけられないので、早く出て行ってほしかった。

「オレと同じベース持ってる人がいるって聞いてさ。いつも休んでるのかなって思ってたよ。
ね、瀬人さんはどんな曲聞くの。それ、ちょっと聞かせてよ」
音楽プレーヤーを取られそうになり、さっと鞄にしまう。
心象が悪くなろうが、滅多に接することなんてないのだからどうでもよかった。

「・・・門が閉まる前に、早く帰った方がいい」
交流を望んでいないと示すように、抑揚のない声で言う。
「いきなり、馴れ馴れしすぎたかな。うーん、じゃあ、素直に帰ります」
輝は立ち上がり、ズボンをぱたぱたと払って倉庫を出て行く。
相反する属性の相手が去って、ほっと胸を撫で下ろした。




次の部活の日も、一番早くに来て鍵を開け、倉庫へ閉じ込もる。
もしかしたら、万が一、輝に話しかけられてしまうのではないかと思った。
ほどなくして、部室からは賑やかな音が聞こえてくる。
たまに、軽やかな笑い声が聞こえてきたけれど、倉庫に人が入ってくる気配はなかった。
ほっとして、今日も今日とてベースを淡々と弾く。
重たく鈍い弦の音は、まるで精神安定剤だ。

そうして、安定していたのもつかの間。
ふいに倉庫の扉が開き、侵入者がやってきた。
「あ、瀬人さんやっぱりここにいた。部室には行かないの」
「・・・からかいに行ってこいって言われたのか」
「違うよ。この時間帯なら、早く帰れって言われないと思ってさ」
輝は、また隣に座り込む。

「もしかして、瀬人さん苛められてる?」
「・・・そんなんじゃない。ここにいた方が、落ち着くんだ」
部室と倉庫では、まるで光と闇のような対局な空間だ。
入部した時から、自分とは相いれない空気だとは感じていたけれど
ベースが弾ける環境を提供してくれる部活から、抜ける気にはなれなかった。

「そんな瀬人さんが、どんな曲聞いてるのかますます気になる」
昨日と同じく、輝は手を伸ばしてくるけれど、さっとイヤホンをしまう。
「きっと、部室で弾いてる曲の方が聞き心地が良い」
「あんなの、もう飽きたよ」
愛想のいいはずの笑顔が、さっと消える。

「同じような曲のコピーばっかりしてさ、ポップスだったら何でも万人受けすると思ってるんだもんな」
軽やかな笑い声をたてていた口が、さらりと悪態を吐く。
あまりに態度が変わったものだから、目を丸くして凝視していた。

「ろくに練習してないの、指見ればわかるよ。部活出てきても大半はだべっててさ。
あの人達はただ、軽音楽部の自分がかっこいいって、酔ってるだけでしょ」
これが、この後輩の本性かと、耳を疑う。
人懐っこい雰囲気は一切ない、とんだ毒舌家だった。
「ひどい、言い方だな」
「ひどい?実際に見たまま言ってるだけだよ」

呆然と、悪態に聞き入る。
すると、輝の視線が鞄を捕らえた。
「いただきっ」
素早く伸びてきた手が、鞄の中の音楽プレーヤーをひったくる。
慌てて取り戻そうとしたけれど、ふと、素直に聞かせてみたらいいのではないかと思い動きが止まる。
相手は自分と対局の位置にあるのだから、きっと敬遠するはずだ。
数曲聞けばイヤホンを投げ出すだろうと、再び定位置に座った。


少し経ったけれど、輝がイヤホンを取る様子はなかった。
曲が奇妙で仕方がなくて、放心しているのだろうか。
どんな反応をするだろうかとちらちら見ていると、目が合った。

「ああ、ごめん、はい」
返してくれると思いきや、輝は片方のイヤホンだけ取って、差し出してくる。
無反応でいると、急に距離が詰められて、イヤホンが耳につっこまれた。
肩が密接になって、怯えるようにベースを握る。

「これなら、瀬人さんも退屈しないよね」
退屈どころではないと、ベースを抱く腕に力が入る。
せめて音楽に集中しようと、意識を耳に傾けた。

しばらくは落ち着かなかったけれど、だんだんと触れている肩が気にならなくなってくる。
激しくて暗い曲が、鼓膜を震わせて、流れ込む。
一回聞いただけでは、まず歌詞が聞き取れないだろう。
意味もわからないに違いないけれど、メロディーに圧倒される。
これは、この人にしか作れない曲調だと感じさせてくれる。
輝は、遠くを見て、じっと音を聴いていた。


結局、輝は最後まで聞いていた。
もう音楽が流れなくなったところで、やっとイヤホンが外される。
「・・・わけのわからない、曲だっただろ」
「はい。でも・・・すごく、ぞくぞくした」
その感想は、いい意味だろうか、悪い意味だろうか。
大半の人は後者に違いないのに、ほんの少しだけ、願望を抱いてしまった。

「アーティスト名は・・・アサっていうんだ」
プレーヤーの画面で確認した後、輝はふらりと立ち上がる。
「あ、音楽プレーヤー・・・」
「一日だけ貸してほしい。明日、また、ここで返すから」
倉庫から出て行かれると、追いかける術はなくなる。
一日くらいならと諦めて、先の曲を思い出しつつベースを弾いた。




翌日、約束通り輝はやって来た。
鍵を開けたら、数分後に倉庫へ入ってきて、横に座る。
「瀬人さん、ごめん。充電なくなったんだ」
「えっ」
まさかと思い画面を見ると、何も映っていない。
満充電にしておいたはずの音楽プレーヤーが切れるほど、聞いたというのだろうか。

「この人どんだけマイナーなんですか!どこ行ってもCDなかったし」
「あ・・・通販でしか買えないんだ。普通のショップには出回ってない」
「貸してください、お願いします」
倉庫に居る亡霊みたいな部員は、こんな奇妙な曲を聞いてますと、広めたいのだろうか。
そんな猜疑心が、曲を気に入ってくれたのかもしれないという希望を覆い隠す。

「CDは・・・貸せない」
「じゃあ瀬人さんの家で聞かせてほしい。嫌だって言っても帰り道について行ってチャイム押しまくるから」
ストーカーじみたことを言われて、猜疑心よりも驚きが強くなる。
「音楽プレーヤーに入ってる曲全部聞いた。充電切れるまで繰り返しても足りない。
・・・この曲を、理解したいんだ」
開いた口が、塞がらなくなった。

気に入るはずはないと思っていたのに、自分と真逆の属性の相手が。
こんな異質な曲、趣味が悪いと言われて、敬遠されるだけだと思っていたのに。
ここまでして曲を聞きたいなんて言われていることが、信じられなかった。
「今日は、都合悪い?」
「え、あ・・・予定は、ないけど・・・」
「じゃあ、もう帰ろう」
腕を引かれて、出口へ連れて行かれる。

「あ、でも、鍵当番が・・・」
「そんなの、遊んでる人達に押し付ければいい」
気弱な性格が、押しの強い申し出を断れない。
僕はとうとう、正反対の相手と一緒に、明るみへ出た。




―後書き―
読んでいただきありがとうございました!
今度は軽音楽部、裏表のある後輩にたじたじな先輩。
次からどんどん押しが強くなります。