後輩攻めをさせてみたかった16


週の始まりの月曜日、早速退部届けを出した。
本来はどこかの部活に入部していなければならないはずだけれど、習い事があれば話は別だ。
そこは輝が話を合わせてくれて、同じ音楽教室に通っていることになった。
そして、放課後は早々に防音室へ行く。
アサのアレンジ曲を作ると言っても、夢物語のようだった。

「とりあえず、ベースが二人いても仕方ないから、オレはギターにするよ」
「アサのギター、だいぶ激しいけど・・・」
「毎日のように聞いているんだ、マスターしてみせるさ」
輝の発言は大口ではなくて、すでにギターをあらかた弾けていた。
曲によっては、手の残像が見えるほど高速で弦を弾く。
アサのギターについていっているのを聞いて、輝に尊敬の念を抱いていた。
同時に、自分には勿体ない相手だとも。

「輝、凄いや。アサの曲は難しいのに」
「オレからしてみれば、複雑なリズムに合わせられる瀬人さんのほうが、技術的には上だと思うけど」
真顔で言われて、照れ臭くなる。

「他の曲も合わせてみよう。アレンジしやすいのがあるかもしれない」
「うん、どんどん弾いていこう」
いつの間にか、かなり乗り気になっている。
それだけ、輝と一緒に音を奏でるのが、楽しかった。


数曲奏でると、へとへとになって座り込む。
激しい動作で輝も疲弊しているのか、隣に座った。
「はー、疲れた。でも、時間を忘れてたよ」
「うん、僕も」
「アレンジできたら、発表会でも開いてみようか」
「えっ」
とたんに、ベースを引き寄せる。

「そうだ、文化祭で披露するのもいいなあ。部員を驚かせてみようよ」
「そ、そんな」
恐ろしいことを言われて、縮こまらずにはいられなくなる。
こんな根倉を誰かにひけらかすなんて、考えられない。

「あはは、瀬人さんは不安になるとベースを抱き締める癖があるんだね」
「・・・安心するんだ。抱き枕みたいなものなのかも」
ボールは友達、なんて言葉があるけれど、自分にとってはベースが友達だ。
低い音は気を落ち着かせてくれて、いつも部屋に置いていた。
ベースを弾ける、ということが唯一のとりえで、自分の存在価値のような気がしていたから。


「ベースがなくなったら、生きていけない?」
「うん・・・」
力なく答えて、俯きがちでベースをじっと見る。
そうしていると、ふいに髪の毛が揺れた。
よしよしと、子供をあやすように頭が撫でられている。
少し恥ずかしいけれど、撫でられていると落ち着く。
相手が、この後輩だからかもしれない。

「何だか、瀬人さん見てるとさ・・・庇護欲っていうのかな、そんなのが生まれてくる」
「そう、なのかな・・・」
なぜだろうか、ベースを抱いているときと同じような安心感がある。
振り払うこともせず、しばらくの間、じっとしていた。
「今度、また面白そうな展覧会があるんだ。一緒に行こう」
「うん・・・」




それから、平日は毎日のように防音室で演奏する。
学校が終われば輝とアサの曲が弾けると思うと、気力が湧いた。
週末の休み、また輝が家まで迎えに来る。
今回連れて行ってくれたのは、寄生虫館だった。

「瀬人さんってキワモノが好きだからさ、気に入るかと思って」
「寄生虫・・・」
滅多に見られるものではなく、どんなものがいるのか想像できない。
とりあえず中に入ると、見たこともない奇形の虫が展示してあった。
本物だろうか、蝶の標本のようにピンで体を止められている。
巨大なミミズのような生き物は、本当に虫なのだろうかと疑わずにはいられない。
気味が悪い、けれど、自分の異常な感性はそんなものにひかれてしまっていた。

「瀬人さん、面白い?」
「うん、独特な形をしてて、昆虫図鑑を見てるより楽しい」
視線を横に移すと、輝と目が合う。
寄生虫ではなく自分が観察されている気がして、さっと視線を戻した。


その後、いろいろな奇形の虫を見て、満足感が溢れる。
何も言わずとも、輝は家まで送ってくれた。
「また、いい所に連れて行ってくれてありがとう。僕、やっぱり異質なものが好きなんだ」
「良かった。少し寒いから、玄関口に入ってもいいかな」
「うん、どうぞ」
快く、輝を招く。
母はいないのか、靴がなかった。

「そういえば・・・輝は、食虫植物や寄生虫に興味があるなんて驚いたよ」
「え?髪の毛先ほどの興味もないけど」
おかしなことを告げられ、開いた口が塞がらなくなる。

「え、じゃ、じゃあ、何でわざわざ誘って、つまらない展覧会に行ったの」
「展示品以外に、興味があるものがあったから」
輝が距離を詰めて、目の前に来る。
そして、いつかのように、指が耳に触れた。

「オレはさ、平々凡々は嫌なんだ。
だからかな、奇妙な物に目を輝かせてる瀬人さんを見るのが楽しかった」
耳に触れた手はするりと移動して、頬に添えられる。
顔が熱いのが、自分でもわかる。
「特に、不安気にベースを抱くところがいいんだよなあ。つい困らせたくなる」
「え、あ、う」
どう反応していいものか、視線がさ迷う。


「すごく、困らせること言ってもいい?」
「ど・・・どうぞ」
急速に口が乾き、生唾を飲む。
「オレ、好きなんだと思うな。瀬人さんのこと」
爆弾発言に、息が詰まった。

「平凡な自分を変えるために言ってるんじゃない。
そうやって、目を丸くしてるの見るとたまらなくなるし、それに・・・」
頬の手が少し移動し、指先が、唇に触れる。
呆けたままの口は、反射的に閉じられた。

「キスしたら、どんな反応するのか、すごく見てみたい」
くすぐるように、指の腹が上唇、下唇と撫でていく。
からかっているだけとは思えない行動に、心臓が爆発しそうになっていた。
「ど、どう、して」
「どうして、って・・・」
「輝と僕は、プラスとマイナスなのに」
焦って、よくわからないことを口走る。

「・・・もしかして、雰囲気のこと言ってる?」
輝が手を退け、さらに距離を詰める。
後ずさろうとしたときには、腕がやんわりと背に回されていた。

「だから惹かれたんだよ、お互いに、違う性質だからこそ」
「僕、みたいな、異常者に」
「じゃあ、展覧会に居た人たちは皆異常者かな?瀬人さんは異質だけど異常じゃないよ」
その言葉は、まるで救いのようだった。


「異常なのは、オレの方なのかもしれない。
だって、こうして至近距離まで迫って・・・本気で、いろいろしたいって思ってるから」
はっきりと聞こえているはずなのに、耳を疑わずにはいられない。
自分みたいな人間が、この人気者から大それたことを言われていることが信じられない。

「嫌なら、嫌だって言って跳ね飛ばしていいんだよ。逆恨みなんてしない」
言葉は喉元で詰まっていて、どんな返事も出てこなかった。
ただただ、目を見開いたまま硬直してしまう。
輝も黙り、答えを待っている。
けれど、僕は何も行動できないでいた。

「拒否されてないって、受け取ってもいいの」
そうなんだろうか、反射的に突っぱねないのは、そう思っているからなのだろうか。
輝の手が、後頭部に回される。
狭い距離が、さらに詰まってくる。
息継ぎをする余裕がなくなり、目を強く閉じた、その瞬間、玄関の鍵が回る音がした。

「ん、開いてる?」
「わ、わあああ」
母の声で我に返り、慌てて後ろに下がろうとする。
はずみで足が段差に引っ掛かり、思いきり尻餅をついてしまう。
母が入ってきたのは、その盛大な音と同時だった。

「あら、輝くんいらっしゃい。・・・瀬人、どうしたの?」
「あ、足、ひっかかって、尻餅、ついた」
裏返った声は、カタコトでしか出てこない。

「もう、何やってるのよ。輝くん、ゆっくりしていってね」
「いえ、もう帰るところだったんで、失礼します。
じゃあ・・・先輩、また、学校で」
輝の背を、じっと見送る。
明日から、どう変わってしまうだろうか。
期待のような、不安のような、微妙な感覚が渦巻いていた。




―後書き―
読んでいただきありがとうございました!
少し短めでしたが、次の場面を中途半端な区切りにさせないため、ここで区切らせていただきました。
じわりじわりと進んできましたが、ようやく次で発展しきります。