後輩攻めをさせてみたかった4
幽霊部員というのは、どこの部活にも一人や二人はいる。
瑞樹(みずき)が所属している文芸部には、特に多かった。
その人数はもはや把握しきれないほどで、出席しているのは二人だけ。
部活動はほとんどできておらず、読書をしたり勉強をしたりと、自由な時間を過ごしていた。
何とも寂しい部活だったけれど、瑞樹は毎日のように部室に来ていて。
瑞樹がいるときは、必ずと言っていいほど隼人(はやと)も出席していた。
二人が座るには勿体ないほどの長椅子に座り、瑞樹はノートと参考書を開き、
隼人は、少し離れた場所で文庫本の続きを読んでいる。
本来の部活動の内容は、隼人のように読書をし、感想文を書き、皆で語り合うものだ。
けれど、今は中間テスト前で余裕がなく、瑞樹は試験範囲を見直していた。
部室はとても静かで、瑞樹が計算式を書く音だけがする。
ほどなくして隼人は本を読み終え、鞄にしまう。
次に取り出したのは2つの小さな菓子パンで、それを持って瑞樹に近づいて行く。
「瑞樹サン、そろそろ脳が疲れてきたんじゃないっすか。今日はどっちにします?」
隼人は、瑞樹のノートの上にクリームパンと餡パンを置く。
「・・・ありがとう。じゃあ、クリームの方にする」
「ん、どーぞ」
隼人は餡パンを取ると、隣に腰を下ろしてすぐに食べ始める。
瑞樹は一旦鉛筆を置き、クリームパンの袋を開けてかじりついた。
隼人は、文芸部という文科系な部活には、あまり似つかわしくないような存在だった。
髪は金色、耳にはピアス、着崩した制服は、真面目な生徒の風貌とはかけ離れていて。
正直に言うと、瑞樹は最初見た時から警戒していた。
「ん、瑞樹サン、ここの公式間違ってますよ。xじゃなくてyじゃないっすか」
「あ・・・そ、そうだな」
瑞樹はパンを置き、元の式を消す。
後輩と言っても隼人は同学年で、ただ瑞樹が先に入部していただけで、さん付けをされていた。
その先輩後輩の雰囲気を感じたいのか、隼人はたまに菓子パンを買ってくることがあり、
瑞樹が何度も代金を払おうとしても、断固として断っていた。
パンを食べ終えると手持無沙汰になったのか、隼人はぼんやりと外を見る。
瑞樹も食べ終えると、また鉛筆を手に取った。
「・・・隼人、暇ならさっき読んだ本の感想文でも書いてみたらどうだ?」
「んー、オレ、読むのはいいけど書くのは面倒なんすよね」
「そうか・・・」
それ以上勧めるのは怖くて、瑞樹はノートに目を向けた。
本当なら、本のことで語り合いたいとは思う。
けれど、自分と風体の違う相手と接するのは慣れていなくて、しつこくは言えなかった。
「あ、でも、ご褒美くれるなら書きますよ」
「ご褒美?用意できるものなら部費を使って買ってこられるけど、何が欲しいいんだ?」
「瑞樹サンとちゅーしたいです」
ふざけた発言に、瑞樹は良い顔をしない。
からかって、焦る様子を見て面白がりたいんだろうとしか思えなかった。
「いいぞ、最低でも原稿用紙一枚は書いて来いよ」
隼人の思惑通りにはいくまいと、瑞樹は参考書に目を向けたままさらりと言った。
「マジすか!そんなアナログじゃなくて、パソコンで書いてきますし。
さっき読んでたやつでいいっすか」
「・・・ああ。ただし、適当な文章だったら褒美も何もないからな」
「そんじゃ、早速書いてきますし、お先っす」
急に隼人が乗り気になり、瑞樹はどことなく不安を覚える。
けれど、真面目に仕上げてきても気に入らないと一蹴すればいいと、気楽に考えていた。
翌日、隼人はもう感想文を持ってきた。
一日で書いたものなんて、適当にスペースを埋めただけだろうと思い軽く見ていたが、
文章を読み終えたとき、瑞樹は唖然としていた。
「どうっすか?結構張り切って書いたんすけど」
「え、ええと・・・」
気に入らないなどと、とても言うことはできなかった。
どこかの評論家が書いたのかと思うほど、文章は整然とまとまっていて。
他の感想文をコピーしてきたとは思えないほど、自分の心理描写も巧みに表現されている。
隼人が選んだ本は自分も読んだことがあるだけに、この感想文は文句のつけようがないとわかっていた。
「合格っすか?」
「・・・ま、まあ、いい出来だ」
素直に認めるのは少し悔しくて、控えめな感想を言う。
「じゃあ、ご褒美下さい」
隼人は瑞樹ににじり寄り、距離を詰める。
「ちょっと待て、あれは冗談だろ?」
「冗談に聞こえたんすか」
その声がやけに真剣で、瑞樹は思わず立ち上がって距離を置いた。
隼人も立ち上がり、瑞樹に迫る。
「寝る間も惜しんで書いたんすよ。約束、破らないでほしいんすけど」
言葉に詰まり、瑞樹の足が止まる。
約束を破ってしまったら、この先何をされるかわからないし。
正直に言うと、この感想文を表彰したい気持ちがあった。
「・・・わかった、するんなら、しいたらいいだろ」
諦めがちに言うと、隼人が瑞樹の眼前に迫り、見下した。
「そんじゃ、遠慮なく」
隼人が、躊躇いなく顔を近づけていく。
男の顔を、目と鼻の先の距離で見たことなんてなかったけれど。
不良のような外見とは裏腹に傷一つついていなくて、ほんの一瞬だけれど、綺麗だと思っていた。
変に緊張してしまい、反射的に目を閉じる。
すると、すぐに唇に柔い感触が重なった。
瑞樹は、今の状態を考えないようにして、ひたすら耐える。
唇に完全に覆い被さられ、鼻息がかかることも恥ずかしくて息を止めていた。
おそらく、隼人は目を開けて、羞恥心を感じている相手を見て面白がっているんだろう。
数秒間が、とても長く感じる。
やっと解放されたとき、瑞樹は大きな溜息を吐いた。
目を開けると、まだすぐ近くに隼人の顔がある。
その表情がやけに真面目で、見ていられなくなって、瑞樹は椅子に座って机に突っ伏した。
「満足したか・・・」
隼人が隣に腰かけると、瑞樹は肩を強張らせる。
まだ頬が熱くて、みっともなくて、顔を上げられない。
伏せたままでいると、ふいに隼人の指が髪をくぐった。
まだ何かする気なのかと、瑞樹は堪えるように手を握る。
かなり緊張している様子を見て、隼人はくすりと笑った。
「瑞樹サン、かわいいっすねー」
茶化すように言い、子供をあやすように瑞樹の頭を撫でる。
馬鹿にされている気がして、顔を上げて隼人の腕を叩き落とした。
「ふざけるのもいい加減にしてくれ!こうやって、僕をからかうために入部したのか」
つい、声を荒げて訴える。
大人しそうに見える外見をしている人は、何かといじられやすい。
特に、文芸部は静かな文科系のイメージが強いので。
隼人が入部したのも、そんな相手をからかうためだとしか思えなかった。
「からかってるつもりはないんすけど、そう見えます?」
「そうとしか考えられないだろ、男同士でこんなこと・・・」
フィクションならありえる展開が、自分の身に降りかかるなんて考えられない。
ましてや、自分と属性が明らかに違う相手と仲睦まじくなるなんて、信じられなかった。
もう集中できそうになくて、瑞樹は鞄を持ち、部室を出ようとする。
「今度、読書感想文コンクールあるじゃないっすか。オレ、それにも出します」
意外な発言に、瑞樹は隼人に向き直る。
「コンクールって・・・あれは結構レベルが高いし、締め切りまで1週間もないぞ」
「難易度高いのはわかってますって。だから、選ばれたらべろちゅーさせてもらえないっすか」
昨日に続いて自重していないことを告げられ、瑞樹は言葉をなくす。
ふざけた発言のはずなのに、本気のように聞こえてしまうのが怖かった。
正直に言うと、隼人の感想文を読んでみたい。
コンクール用に出すのであれば、さっき読んだもの以上の完成度になるだろう。
けれど、万が一入賞したら、今以上のことをされる。
入賞するのは確かに難しいことだけれど、佳作に選ばれる可能性は大いにあった。
「・・・そんなこと、できない」
隼人の文章を読みたいのはやまやまだったけれど、やはり怖かった。
気まずい沈黙が流れた後、隼人は小さく溜息を吐く。
「んー、でも、一応書いてみますんで、アドバイスもらってもいいっすか」
「まあ、それくらいならいいけど」
「じゃあ、今日も書いてくるんで、お先っす」
隼人が出て行った後、瑞樹は全身の力を抜いて椅子にもたれかかった。
それから、隼人は頻繁に文章を見せに来た。
文章構成がおかしくないか、美辞麗句を使っていないか、客観的に見てどう思うか。
一緒に直していくうちに、文章はどんどん整然としたものになってゆく。
真剣に取り組む隼人の相談に乗ることを、瑞樹は内心楽しんでいた。
文章を読むのも書くのも好きで、完成度を増していく感想文を見る度に心が躍る。
ただ、一抹の不安はあったが、何とか締め切りぎりぎりに投稿することができた。
投稿したのが締め切り直前とあって、結果が出るのは案外早かった。
入賞したかそうでないかは隼人の様子を見れば一目瞭然で、部室には気まずい沈黙が流れていた。
「折角、瑞樹サンと何度も見直したってのに、佳作にも入ってないとか・・・」
隼人は、いつかの瑞樹のように机に突っ伏したまま、重々しく呟く。
「今回はそれだけ応募者のレベルが高かったんだ、また次がある」
気休め程度の励ましでは、隼人は顔すら上げない。
手抜きをしたつもりはなかったけれど、受賞することはできなかった。
明らかに落ち込んでいる様子に、瑞樹は憐れみを覚える。
そのとき、自分が頭を撫でられたときのことが脳裏に浮かんだ。
瑞樹は隼人の隣に立ち、そろそろと手を伸ばす。
そして、綺麗に染まった金髪に掌を添えていた。
振り払われるかと思いきや、隼人はじっとしている。
恐る恐る手を動かして軽く撫でると、ふいに手首を掴まれた。
子ども扱いをされて機嫌を損ねたかと、瑞樹は腕を引こうとする。
けれど、逆にぐいと引き寄せられ、掌を仰向けにされた。
そこへ、隼人の唇が触れる。
「何してるんだ・・・」
慰めてほしいのか、柔い感触が何度も押し付けられる。
男に触れられて嬉しいはずはないのに、瑞樹はどぎまぎしていた。
「佳作にでも入ってれば、喜びのどさくさに紛れてちゅーしようと思ってたんすけど・・・」
隼人が話すと、掌に吐息がかかってむずがゆかった。
どっちみちする気だったのかと、瑞樹は呆れて手を引こうとする。
けれど、まだ手首が掴まれたまま離されない。
「ふざけてるわけじゃなくて、本気なんすよ。瑞樹サンに触りたいんっす」
どうしても嘘をついているようには聞こえなくて、瑞樹は息を飲む。
隼人の口は掌から下がってゆき、指の隙間へ舌を滑り込ませた。
「な、何して・・・」
柔らかいだけでなく、湿っぽいものも感じるようになり、瑞樹は動揺する。
それは指先へ向かって這い、ゆっくりとなぞってゆき。
先端へ辿り着くと、爪先から口内へ誘った。
「っ、な・・・に・・・」
瑞樹は息を深くして、隼人を凝視する。
上からでは様子が見えないものの、指が徐々に含まれて行っているのは感じていた。
舌に弄られ、指がしっとりと液を帯びて、そこだけ温かみが増す。
その温度が逆流するかのように、頬がかっと熱くなると、どうしていいかわからなくなり、
指は完全に硬直して、逃れようと身を引くこともできないでいた。
指が解放されると同時に腕も離され、瑞樹はとっさに後ずさる。
手を見ると、人差し指は根元から先端まで濡れていて、すぐにハンカチで拭う。
拭き取っても、まだ、舌の感触が残っているようだった。
隼人が立ち上がり、瑞樹と視線を合わせる。
その表情はいたって真剣で、瑞樹は鼓動を抑えきれなくなった。
「気持ち悪かったっすか」
「・・・気持ち悪くはないけど、こんなの、普通じゃない・・・」
自分でも、嫌悪感が沸いてこないのが不思議だった。
けれど、同性愛なんて、一部の小説の中でしか見たことはない。
非現実的なことが自分の身に降りかかり、信じられないという気持ちが大きすぎた。
「普通じゃないと駄目なんすか。男は絶対、女を好きになんないといけないんすか」
「絶対、ってことじゃないけど・・・」
そこで、瑞樹は言葉を止める。
ここで否定したら、迫られてしまうのではないかと危惧していた。
「・・・いい加減、からかうのは止めてくれ。
隼人が体を張っても、僕は面白いリアクションなんてできないんだから」
まだ、現実に起こったことが受け入れられなくて。
こうやって、遊び半分でやったことだと信じ込むしかなかった。
そんな態度に、隼人はとたんに眉をひそめる。
けれど、それ以上何も言わずに部室を出て行った。
部屋に誰もいなくなると、瑞樹はいつかのように、椅子に座って項垂れていた。
―後書き―
読んでいただきありがとうございました!
先輩後輩三組目。文芸部は私の勝手なイメージですorz。
とりあえず、不良っぽい生徒×大人しめな生徒をしてみたかった。
思いついたままに書いているので、どの組み合わせが優先されるかはわかりませぬ。