後輩攻めをさせてみたかった6


テストが終わり、平常授業に戻った後、瑞樹は部室でひっきりなしに鉛筆を動かしてノートに文章をつづっていた。
室内には隼人もいて、静かに文庫本を読んでいる。
以前、大胆不敵なことをされたけれど、瑞樹はそれをただの冗談だと信じてやまなかった。
そう思わなければ、部活に来ることができなかっただろう。
静かなこの環境を手放すのは惜しすぎて、隼人がいるとわかっていつつも部室へ赴いていた。

周りが静かだと集中でき、どんどん文字がつづられていく。
そこへ、隼人が文庫本を閉じ、上から覗き込む。

「読書感想文っすか?」
瑞樹はとっさにノートを閉じ、文章を隠した。
「いや・・・小説なんだ。趣味で書いてる」
「マジすか!見せて下さい!」
隼人がノートに手を伸ばすが、瑞樹はさっと鞄にしまった。


「・・・完全に僕の趣味で書いてるから、完成度高くないし、面白くないと思うし・・・」
「そんなの、見てみないとわかんないじゃないっすか。瑞樹さんの文章読みたいっす!」
距離を詰めて迫られ、瑞樹はノートを掴んだまま静止した。

今までは自己満足で書いてきたけれど、誰かに批評してみてほしいという思いもある。
けれど、自分の世界が否定されるのが怖くて、どこにも公開はしてこなかった。
巧みな文章が書ける隼人なら、その感想は期待できるが、その分、辛辣なことを言われる可能性もある。
瑞樹はだいぶ悩んでいたが、そろそろとノートを取り出し、隼人に手渡した。

「ありがとうございます!」
隼人のテンションが急に上がり、いかにも楽しみだという様子でノートを開く。
渡したのはいいものの、瑞樹は期待を裏切ることにならないかと心配になった。


ページがめくられるたびに、瑞樹はちらちらと隼人の様子をうかがう。
顔をしかめはいないかと気が気でならなかったが、最初から最後まで、その表情はいたって真剣だった。
やがて、ノートが閉じられると、瑞樹は強張った面持ちで隼人を見る。

「これ、面白いじゃないっすか」
「えっ」
「主人公が夢の中を渡り歩くなんて、立派なファンタジーっすよ。。
外からの刺激が、どうやって主人公の夢に変換されるのか楽しみにさせてくれますし」
初めて、自分の世界が認められた。
感激が言葉にならなくて、瑞樹は茫然としていた。

「あ、ただ、同じような言い回しを減らして、語尾を変えるともっと読みやすくなると思うっすよ」
「そ、そうだな。物語は浮かんでも、構成がどうも上手くいかなくて」
一回読んだだけで、隼人は的確に欠点を指摘してくれる。
瑞樹が悩ましげに言うと、隼人はノートを机に広げた。

「ここの表現はもっと重々しい感じがいいんじゃないっすか。あと、語尾は・・・。
って、えらそーなこと言ってすみません」
「いや、いい。隼人は巧みな文章を書けるし、アドバイスしてほしい」
瑞樹は身を乗り出してノートを覗き、構成箇所にマークをつける。
自然と距離が近くなり、腕が触れ合ったけれど、
今は小説の方に集中していて、全く気にならなかった。


「それなら、二人で書いてみませんか。オレも一回、話作ってみたかったんすよ」
「えっ、いいのか?」
とたんに、瑞樹の表情がぱっと明るくなる。
その眼差しには大きな期待が込められていて、隼人は自然と微笑んだ。

「でも、いいんすか?瑞樹サンの世界にオレが踏み入っても」
「それで文章が良くなるんなら、むしろ歓迎する。じゃあ、早速明日から・・・」
言葉の途中で、隼人は瑞樹へと手を伸ばす。
そして、その体に両腕を回し、強く抱きしめた。
突然の行動に、瑞樹の表情が驚愕に変わる。

「ありがとう、ございます。・・・わくわくするような内容になるよう、全力で取り組むっす!」
「う、うん」
抱き留められている体が、とたんに温かくなる。
自分と同じように隼人も感激しているんだと思うと、胸の内まで温まるようだった。
以前のことがあるので緊張はしたけれど、腕を振り払おうという思いは湧いてこない。
きっと、小説を褒められて気分が良くなっているから。
だから自分は大人しくしているんだと、瑞樹はそう決めつけていた。




二人は、毎日のように部室へ入りびたり、小説の構成を練った。
現実で受けた刺激で夢の内容を変化させ、どんな世界観を創るか。
一人だけの夢ではなく、女の子を登場させて恋愛要素を入れたらどうかなど。
様々なことを話し合い、瑞樹が文章にし、隼人が構成を直す。
そうしているときは、一人で文章を考えているときよりも楽しくて。
気付けば夢中になり、数時間話し込んでいるときもあった。
そして、ノートがまるまる一冊埋まり、物語が完結した。

「出来た・・・完成した。これで、一区切りついた」
まさか、ノートを全て埋められるとは思わず、瑞樹は達成感に満ち溢れていた。
最初は夢の世界へ逃避していた少年だが、一人の少女と出会ったことをきっかけに、現実へも目を向けるようになる。
その少女は夢の世界にも現実世界にも出てくるが、少年はどちらかを選ぶことを決める。
最終的に、少年がどちらの世界を選んだのかは、読者が自由に想像できるようにしてあった。

「これ、データに残しといた方がいいっすよ。オレ、清書してきますか?」
「ありがとう、頼む」
「あ、読んでて思ったんすけど、この主人公って瑞樹サンっすか?」
ぎくりとして、瑞樹は一瞬沈黙する。

「・・・そうだよ。ファンタジーが好きだから、自分を投影してる部分は・・・ある」
今更隠すことでもないと、正直に言った。
夢の中でしか体験できない世界を、はっきりと覚えていられたらどんなに楽しいだろう。
そんな憧れが、この小説には込められていた。

「あー、だからオレは引き込まれてたんすね。場面を想像すると、瑞樹さんの姿が浮かんだんすよ」
「そ、そうか」
嬉しいやら恥ずかしいやらで、言葉が続かない。

「でも、これで完結なんすよね。もう、一緒に創作活動することもなくなるんすかね」
はっとして、瑞樹も目を伏せる。
物語が終わってしまったら、もう今までのように気兼ねなく話すことはできなくなるだろうか。
急に、物寂しさが込み上げて来る。
けれど、その寂しさを解消させる方法はすぐに思いついた。


「続きを書こう。第二部として、少年と少女の話を」
「いいんすか?オレとしては大歓迎っすけど、瑞樹サン恋愛もの書けるんっすか?」
「それは・・・」
書ける、と胸を張って言う事はできなかった。
ある程度は想像で何とかなると思うけれど、鮮明な描写はできそうになくて、。
もののはずみで言ったものの、自信がないのが正直なところだった。

「じゃあ、オレとしてみませんか。いろいろと」
「い、いろいろって・・・」
その、いろいろという言葉の中にどこまで含まれているのかわからず、瑞樹は警戒する。

「体験してみたほうが書きやすいと思うんすけど。創作活動の一環っすよ」
隼人は、創作活動ということを強調して言った。
それは、瑞樹にとって今一番魅力的に聞こえるもので、。
確かに、恋愛小説を読むより実際に感じた方が、リアリティーが出るだろうと納得してしまっていた。


「・・・あくまで、創作活動のため、だよな」
「まあ、瑞樹サンがそう思ってた方が楽なら、それでいいっすよ」
ちくり、と瑞樹の胸が痛む。
それでも、創作の為だと思い自分を奮起させた。

「じゃあ、協力してほしい。難しい場面になったら言うから」
「んー、まずはちゅーしてみないっすか?」
「まだ書き出してもいないだろ・・・」
本当に、小説の為なのだろうかと疑いたくなる。
けれど、疑ってしまったら、それは他の意図を持ってすることになってしまう。
瑞樹は、あくまで自分のペースを貫こうと決めていた。




最初の内は、平穏無事に物語を進められていた。
けれど、恋愛小説とあらばいつまでも進展させないわけにはい。
今のところ、少年と少女は仲睦まじく手を握ったり、抱擁したりしているけれど。
それだけでは、書いている瑞樹も展開に物足りなさを感じていた。

「瑞樹サン、そろそろ進展させてもいいんじゃないんっすか?」
「そう・・・だな」
そうしたいのは山々だけれど、いざ書こうとすると行き詰まる。
この先のことを、どう表現すればわからない。
以前、隼人に冗談半分でされたことはあったけれど、鮮明に思い出すことはできなかった。
鉛筆が全く動かないのを見て、隼人は察する。

「わかんないなら、協力するっすよ」
隼人は協力という言葉を強調して申し出たが、瑞樹はすぐに返事ができない。
好奇心や探求心に反発するように、羞恥心が渦巻く。
ノートに向き合うだけでは、話は進まないとわかっている。
続きを書きたいという、そんな思いだけが強まっていった。

「創作活動のため・・・小説のため・・・」
瑞樹は、自分に言い聞かせるよう小さく呟く。
そして、腹をくくって隼人をと向き合った。


「・・・協力、してほしい」
控えめな物言いに、隼人がやんわりと頬を緩ませる。
「ん、じゃあ、目閉じといてもらえますか」
言われた通り、瑞樹は隼人の方に顔を向けたまま目を閉じる。
緊張のあまり体が固くなって、背筋が真っ直ぐに伸びていた。

そんな様子をおかしく思いつつ、隼人は瑞樹の肩に手を乗せる。
そこにも力が入っているのがわかり、頬がまた緩んだ。
あまり間を空けすぎないよう、瑞樹に顔を近付ける。
唇に吐息をかけた瞬間に肩から震えが伝わったが、構わずそのまま重ねた。

「っ、ん・・・」
柔い感触に塞がれ、瑞樹は息を飲む。
これが隼人だと思わないようにして、その感触だけに集中しようとした。
触れる箇所が違うだけで、感じるものはだいぶ変わる。
接しているのはその一ヶ所だけなのに、体の中から熱が生まれていくようだった。


ものの数秒で、隼人は身を離す。
瑞樹が目を開けると、まだ目と鼻の先に顔があり、とっさに視線を逸らした。
「これで書けそうっすか?」
「え、あ・・・柔らかくて、頬が熱くなって・・・」
表現したいことはあっても、上手く言葉にできない。
正直、緊張のあまり、よく覚えていなかった。

「それだけじゃ表現が乏しいっすね。もっかいしましょっか」
「・・・・・・そう、する」
冗談めかした口調に反して、瑞樹は真面目な顔で頷く。
それは、あくまで小説を表現するためで、他の意図はないと物語っているようだった。

「ん、じゃあ、今度は瑞樹サンからしてもいいっすよ」
「え・・・」
「少年の視点で書くんなら、する側の気持ちも必要っす」
もっともなことを言われ、瑞樹は押し黙る。


「・・・・・・わかった。目を閉じておいてくれ」
隼人は瑞樹の方を向き、すぐに目を閉じた。
目の前の相手に完全に身を委ねられていると思うと、また別の緊張感が生まれる。
瑞樹は深呼吸をして気を落ち着け、隼人の肩に手を置く。
すでに心音が強くなっていたが、今更引くことはできない。
少しずつ顔を近付け、唇を寄せる。
もたもたしていると尻込みしそうなので、思い切って重ねていた。

触れ合うと、柔くて、温かくて、さっきと同じ感触のはずなのに、心臓がはちきれそうになる。
けれど、胸の内に湧き上がるものは変わらなくて、体温が上がっていく。
このままでいると、何かを抱いてしまいそうで、。
数秒ほどしか経っていなかったけれど、たまらなくなって口を離そうとする。
その直前で、腰元にやんわりと腕が回された。

「っ・・・」
引き寄せられるかと思ったが、腕はいつでも振りほどけるよう弱く回されている。
退くこともできるはずなのに、なぜか、身を引くことができなくなって、心音は確実に鼓動を増していた。


また数秒ほど経った後、瑞樹は唇だけをわずかに離す。
羞恥心がどっと湧き上がってきて顔を伏せると、体が軽く引き寄せられた。
頭が隼人の肩にぶつかり、自然ともたれかかる。
「何か違ったっすか?」
隼人の口調は、いたって平然としている。
今のことは、やはり創作活動の一環としてしか捕らえていないのだと、そう諭されている気がした。

「感触は同じだったけど・・・心臓が爆発するかと思った」
「あ、面白い表現っすね。それいいじゃないっすか」
隼人があっけらかんと笑うので、瑞樹はほっと安心する。

「いつでも協力するっすよ。話の続き、楽しみにしてます」
「ありがとう、これで・・・きっと書ける」
もう、キスシーンの描写は表現できると思うのに、隼人から体が離れようとしない。
きっと、自分はこの場面も小説にしようとしているんだと、そう信じていた。




―後書き―
読んでいただきありがとうございました!
文芸部ならば小説を書かせずして何とする、ということで自己投影させてみました。