後輩攻めをさせてみたかった7
(この小説には体は学生、脳内は幼児といった先輩が登場します。
不快感を覚えそうなお方はバックプリーズ)


授業終了の鐘が鳴り終わった放課後、亮(りょう)は駆け足で部室へ向かっていた。
校舎の三階の一番端まで走ると、息があがる。
扉の前で一旦息を整えて、静かに開いた。

「あ、りっくーん。きょうもはいやんだねぇ」
すでに中にいた生徒が振り向き、気の抜けた笑顔で出迎える。
手には筆とパレットを持っていて、目の前に設置されているキャンパスには様々な色が塗りたくられていた。

「愁(しゅう)先輩、何を描いてるんですか?」
キャンパスには青、赤、黄色など明るい色が縦横無尽に塗られている。
一見何かはわからないけれど、楽しそうな雰囲気があった。
「これはねぇ、うきうきしてるんだ。いつも、りっくんがきてくれるから、うれしいんだー」
愁は満面の笑みを向け、ゆっくりと、舌ったらずな口調で告げる。
それは、まるで幼子のようだったけれど、愁はまさにそうだった。


「綺麗な色ですね」
大半の人は、何が何だかわからない、意味不明なものだとして見向きもしないだろう。
他の部員から見ても奇妙なものらしく、いつも敬遠されている。
けれど、自分の気持ちを素直に表しているような、そんな雰囲気がある愁の絵が好きだった。

「ありがとうー。りっくんも、何か描こうよー」
「そうですね、昨日の続きを描きます」
亮は、愁の隣にキャンパス一式を用意し、筆を取る。
その絵は、何の変哲もない花畑で、愁の雰囲気に負けないくらい明るかった。
花を描くなんて女子みたいだと、笑われたことはある。
正直に言うと、特に花が好きなわけでもないのだけれど。
こうして絵を描くのは自分ではなく、隣にいる愁のためだった。

「りっくんの絵もきれいだよー。もっとお花描いてほしいなぁ」
「わかりました。愁先輩の絵みたいに、楽しげにしたいです」
愁は屈託なく笑うと、ぺたぺたとキャンバスに明るめの色を塗っていく。
途中で扉が開き、他の部員が入ってきたけれど挨拶はしない。
皆、普通と違う愁のことを避け、さっさと別の部屋へ移動する。
礼儀も何もない態度を亮は咎めたくなるけれど、自分も人のことを言えたものではなかった。

お互いに暫く絵に集中し、カラフルな色を塗り、花を描いていく。
そうやって描いているときの愁はいつ見ても楽しそうで、ずっと口角が緩んでいる。
楽しいことを素直に楽しいと表に出せる素直さが垣間見えて、直視してしまう。
この学校に愁ほど純粋な生徒はいないと、亮は確信していた。


「あ、そうだ!りっくん、ちょっとまっててー」
愁が突然立ち上がり、部屋を出て行く。
突拍子もない行動は今に始まったことではないので、亮は黙っていた。
黙々と花を描いていると、ほどなくして愁が帰って来る。

「えへへ、お花もってきたよー」
愁は、オレンジやピンク色の花が活けられた花瓶を持っていた。
たぶん、これを見て描いてほしいのだろう。
愁は棚に花を乗せ、またキャンバスの前に座った。

「ありがとうございます、俺の為に?」
「うん、きれいだもんねぇ」
「実物に負けないくらい綺麗な絵にしますよ」
そう言うと、愁は頬を緩ませて笑う。
そんな純粋な笑顔のためなら、何時間でも描き続けようと思えた。




絵はまだ完成しないまま、下校時刻になる。
他の部員はとっくに帰宅し、続きはまた明日にしようと言って二人は別れた。
放課後、愁と共に居られる時間は、他の何物にも代えがたい至福の一時で。
単なる美術の授業より、だいぶ力を入れて絵を描くことができた。
同級生にはない雰囲気を持っている愁に合うと、心が癒される。
そんな存在が落胆している姿なんて、今まで想像できなかった。

翌日も、亮は授業後すぐに部室へ赴く。
先に愁が絵を描いているだろうと思ったが、今日は様子が違った。
部屋へ入ると、愁は棚の前で項垂れていて、何かあったのかととっさに駆け寄る。

「先輩、どうし・・・」
亮は棚の上を見て、はっと言葉を止める。
花瓶には花が活けられていたはずだけれど、残っているのは茎だけで、花の部分がなくなっていた。


「お花、なくなっちゃったね」
自然に落ちたのではないと、流石の愁も気付いているだろう。
さぞかし落胆しているだろうと思い、亮は励ましの言葉を探す。
けれど、愁が顔を上げたとき、その表情に悲哀はなかった。

「すっごくきれいだったから、ほしくなっちゃったんだね」
「え・・・?」
「きっと、おんなじように、お花すきだったんだろうなぁ」
本当にわかっていないのか、愁はそんなことを言う。
純粋すぎる心は、悪意に気付こうとしない。
それは、自分の身を守る為の、とっさの防衛本能のような気がした。
今まで、何度そうやってきたのだろうかと想像すると、いたたまれなくなって心が痛む。
目を離せないままでいると、視線に気付いた愁が亮の方を向いた。


「どうしたのー?」
愁は自然と顔を傾け、不思議そうに問う。
そのとき、亮はほとんど衝動的に愁の体を抱きしめていた。
両腕に力を込め、きつく抱く。

「りっくん、どうしたのー?」
愁は、相変わらず不思議そうに問いかける。
「愁先輩の傍には、俺がいます。だから・・・いつでも、頼ってきてください」
「ん・・・うん、わかったー」
嬉しいのか、愁は亮の首元に頬をすり寄せる。
純真な心の止まり木になりたい。
亮は心からそう思い、しばらく愁を抱き留めたままでいた。


いつまでも抱いているわけにはいかず、愁を離す。
男が男を抱きしめるなんて、嫌がられるかもしれなかったけれど。
愁は特に気にしていないのか、変わった様子はなかった。
ほっとして、亮は今日こそ絵を完成させようと、キャンバスに向き合う。
同じく愁も隣に座り、筆を手に取った。
暫くは黙々と描き続け、1時間ほど経ったところで亮は筆を置く。

「愁先輩、できましたよ」
「わーい、見せて見せて」
愁は身を乗り出して、亮のキャンバスを見る。
そこには、黄緑色の草原の中に色とりどりの花があり。
中心には、オレンジとピンクの花が大きく描かれていた。

「うわぁ、きれいだなあ」
「ありがとうございます」
単純な感想でも、美術の先生に褒められるより嬉しい。
それは、愁の言葉は嘘偽りがない、とても素直なものだからに違いなかった。

「ぼくがもってきたお花、描いてくれたんだー。うれしいな」
キャンバスを覗き込んでいるので、愁の笑顔がすぐ目の前にある。
それだけ距離が近いからか、亮は少しどぎまぎして、愁を見詰めたまま硬直していた。
目が離せない。
綺麗なのはこの絵ではなく、愁の笑顔だと思う。
気付けば、惹かれるように身を近づけていっていた。


「りっくん?」
鼻先が触れたところで呼びかけられ、亮は慌てて顔を引く。
「な、何でもありません。愁先輩の絵も、明るくて良いですね」
「ありがとうー」
気の抜けた声と微笑みに、亮もつられて頬を緩ませた。
なぜか、愁を直視できなくなって目を伏せる。
そのとき、袖口から見えた肌に、ちらりと痣があることに気付いた。


「・・・愁先輩、これ、どうしたんですか」
嫌な予感を覚えつつ、指先でその痣へそっと触れる。
また、悪意が向けられてしまったのだろうか。

「これ?きょう、工作のじかんのとき、ぶつけちゃったんだ」
「何だ・・・よかった」
花の一件があるのでひやりとしたけれど、悪意がなくてほっとする。
安心したものの、亮は愁の手を直視し続けていて。
自分でも無意識の内に、その手を両手で包み込んでいた。
優しく握ると、愁は不思議そうな顔をした後、目を閉じる。


「りっくんの手、あったかいなー」
心地いいのか、愁も亮の手をやんわりと握る。
そのとき、亮の手の温度は今以上に増した。
ずっと、こうして愁に触れていられたら幸せだろうと、そんな思いがよぎる。
けれど、部員が入ってきたのでさっと手を離した。

部員は二人を気に留めることもなく、そそくさと別室へ移動する。
また手を繋ぎたくなるけれど、いつ部員が入って来るかわからない。
邪魔の入らない場所で愁と接していたいと望んだとき、簡単な解決策が見つかった。

「愁先輩・・・良かったら、今度、俺の家に遊びに来ませんか」
「え、いいの?りっくんの家、行きたいなー」
何の警戒心もなく、愁は即答する。
下心がある提案に、亮はかすかに罪悪感を覚えたけれど。
湧き上がってきた思いは、止めようがなかった。

「じゃあ、今度の休みはどうですか?今度と言っても、明日ですけど」
「うん、いいよー。たのしみだなぁ」
すんなり了承され、亮は顔には出さずとも心躍っていた。




―後書き―
読んでいただきありがとうございました!
体は成長していても、心はまだ幼い少年設定。
こういう子は、とても純粋で綺麗な心を持っていると思ったので・・・一度、書いてみたかったんです。
不快に思った方がおられましたら、申し訳ありません。