紅一点1
(ごくせんに影響されて書いた代物ですので、設定がかぶっている部分があります)


普通の高校に通う、普通の成績の、普通の学生。
常葉(ときわ)は、周囲からそんな風に見られていた。
けれど、彼には他の生徒にはない秘密があり。
そのせいで、常葉は物心ついたときからずっと、家に友人を呼べないでいた。


「若、お帰りになられましたか!」
「・・・ただいま」
眼光鋭く、いかつい相手に若と呼ばれた常葉は、小さく言葉を返す。
立派な門構えの家に入ると、同じようないかつい相手に次々と声をかけられる。
常葉は、そのつど気の乗らない返事をしていた。

若という呼び名からわかるように、常葉の家は暴力団、いわばヤクザの一家だった。
友人を家に呼んだことがないのも、このせいだ。
家に行きたいと言われたときには、寝たきりの気難しい老人の介護をしていて大変だからと言って、ずっと断ってきた。

老人がいるにはいるが、介護とは一生無縁だと思えるような元気な老人で。
今は、雨竜組の三代目会長として名を馳せていた。


そんな家を、常葉はいつも出て行きたいと思っていた。
両親とは幼い頃に死別し、跡取りとなることが期待されている。
だが、勝手に自分の人生を決められるのは虚しかったし、何より暴力団という響きが嫌だった。

雨竜組は、ケチなカツアゲをしたり、非人道的な迷惑行為を行ったりするわけではないにしても。
ゆくゆくは、ヤクザという響きだけで周囲から敬遠されることは目に見えている。
特に、高校に入学してからは、家を出たいと思う気持ちが強くなっていた。

それというのも、クラスの一人の女子に一目惚れをしてしまったからだ。
さほど接点があるわけではないのだが、せめて友人になれたらどれだけ嬉しいだろうかと、そんなことを考える。
けれど、このままでは家に呼ぶこともできないので、大学生になったらすぐに独り立ちしたいと考えていた。
卒業するまで残り二年、常葉は絶対に彼女との関係を疎遠にしたくはなかった。




常葉が二階へ続く階段を上ると、自室に人の気配がすることに気付く。
いつものことなので構わず襖を開けると、そこにはこの家には似つかわしくない相手が掃除をしていた。

「あ!おかえりなさい、若」
「ただいま、雛」
部屋に居た、雛と呼ばれた相手は、満面の笑みで常葉を出迎える。
そこらの男なら、簡単に騙されてしまいそうな無邪気な笑顔だ。
「今日は何か進展あったんですか?想っているあの子と」

「あ、ああ、今日は、図書当番が一緒になって、少し話ができたんだ」
「よかったじゃないですかー!これでまた少し、仲良くなれましたねっ」
今までぶっきらぼうな返答しかしていなかった常葉だったが、雛にだけは調子を崩されてしまう。
それも仕方がない、目の前にいる相手は桃色の髪をしており、服装はまるで女性のようにひらひらとしているのだ。
いかつい男衆の後に見れば、まるで本当の女性のように見えてしまうから困りものだった。

「それじゃあ、雛は夕食の準備をしてきますね。今日は、若のお好きなハンバーグにしましょう!」
「ん・・・ありがとう」
雛は一時も笑顔を絶やさず、意気揚々と階段を下りて行った。
常葉は、綺麗に整頓された机の前の椅子に腰かける。
部屋は隅々まで丹念に掃除され、埃一つ落ちていない。
雛は、毎日常葉の部屋の掃除をし、皆の食事を作っている、まるで母親の様な存在だった。

祖父がどこからかスカウトしてきたと聞いたが、それは自分を引き留めるためではないかと常葉は思う。
孫がこの家系を快く思っていないことに勘付き、執着心を植え付けるためにわざわざ家政婦のような相手を引き入れたと考えるのが自然だった。
裏表がなく、年もさほど離れていない雛は、良い話し相手になっていることは確かだった。
しかし、常葉は祖父の思惑通りになるつもりなはなかった。


そんな反感を抱いている中、学校から不幸なお知らせが届いた。
普通の人からしてみれば、不幸でも何でもないものなのだが。
常葉にとっては、溜息をつかずにはいられなくなるものだった。

「父母参観のお知らせだ?」
常葉から学校のプリントを受け取った祖父は、眉間にしわを寄せて言う。
「ん・・・でも、うちは無理だし。一応、配布物を渡すだけ渡しただけ」
父母はいないし、祖父に来てもらうわけにもいかない。
勿論、この組の男衆なんてもっての他だ。

「そいつはいけねぇ、先生様はうちのことを配慮してくださっているんだ。。
学校行事には参加しねえといかん」
「でも、もしばれたら・・・」
ばれたら、初恋の相手にどんな目でみられるかわからない。
そう言葉を続けようとしたとき、元気な声が部屋に響いた。
「それなら、雛が行きます!」
雛は常葉の隣に正座し、怖いもの知らずの笑顔を祖父に向ける。

「おお、そいつはいい。こんな女々しい奴なら、まさかヤクザだとは思わねぇだろう」
「まさか、こーんなひらひらしたヤクザがいるとは思われないでしょう。ね、構いませんよね?若」
「え・・・・・・まあ、ばれないなら・・・」
雛の勢いに負け、常葉はあいまいな返事をしつつ了承していた。

「それじゃあ決まり!ばれないように、はりきってお化粧して行きますから!。
早速、かわいらしい色合いのものを買ってきますね」
雛は、うきうきとした様子で外へ出て行った。
できるなら、誰も来ない方が安全だと思っていた常葉だったが。
二人の言うとおり、雛なら大丈夫かもしれないと思い直していた。




そして、参観日当日。
いよいよ当該授業の時間になり、保護者がぞろぞろと入室して来る。
中年の人が多い中、雛が入ってきた瞬間、生徒の視線は一斉に釘づけになった。

授業の進行は完全に止まり、教員までもが雛に注目する。
あどけなさが残る控えめな化粧に、つやつやと輝く桃色の髪。
ただ年齢が若いだけではない、女よりも女らしく見目麗しい姿に、男性陣だけではなく女性陣も羨望の眼差しを向けていた。
男女の感嘆の溜息が聞こえる中、教師ははっとしたように教鞭を取った。

「ほ、ほら、授業を進めるぞ」
教師が焦ったように黒板に数式を書いてゆくと、生徒も渋々と言った様子で机に向き直った。
それでも、教師の隙をつき、ちらちらと雛を見ている生徒がいて、そのとき、常葉は少し誇らしげな気分になっていた。


そうして授業が終わった後、好奇心の強い女子グループが一斉に雛の元へ集っていた。
「お姉さん、そのメイクどうやって乗せてるんですか!?」
「そのかわいいお洋服、どこで買ったんですか!?」
「ピンクの髪なんて、どうやって染めてるんですか!?」
自分を磨くことに余念のない女子達は、雛を一斉に質問攻めにする。
その中には、常葉が想っている相手もいた。
無意識の内に、その相手をじっと見てしまう。
雛はそんな常葉を見て、周りにいる女子に言った。

「褒めてくれてありがとー。それなら、教えに行ってあげるよ!」
何を言い出すのかと、常葉は目を丸くする。
女子達が喜ぶ中、雛は続けて言った。

「でも、あそこにいる従兄弟も一緒っていうのが条件だけど。。
男の子でさえかわいくなれるテクニック、教えてあげたいからね」
そうやって指を差された常葉は、口を半開きにして呆けた。
「もちろんいいですよ!じゃあ、次のお休みに私の家に来てください!」
そう言ったのは、常葉が注視していた女子。
唐突な出来事だったが、常葉は雛に感謝の念を抱いていた。




待ち望んでいた日、常葉は雛と共に想い人の家を初めて訪れた。
常葉はかなり緊張していたが、雛が率先して場を盛り上げてくれたお陰で、集まっていた女子を退屈させることはもなかった。
常葉は、女子達にメイクを教えている雛を羨ましく思いつつ観察する。
暫くはただ様子を見ていただけだったが、その内に矛先が向けられた。

「それじゃあ、男の子もかわいくなれるってことを教えてあげる!」
常葉は雛に腕を引かれ、鏡の前に座るよう促される。
気は進まなかったが、周囲の期待の視線を感じると逆らうことはできなかった。
じっと制止していると、化粧水やゼリー状の液体が付けられてゆく。
そのとき、雛の肌が思いの他しなやかなことに気付き、それはやはり自分の家には似つかわしくない手だと思っていた。


肌色の粉を塗られ、鉛筆で目の輪郭をなぞられてゆく。
こんなもの自分に似合うはずはないと、常葉はそう思っていたが。
完成後は全くけばけばしくなく、上品で控えめな化粧が施されていて、見ていてあまり違和感がないのが不思議だった。
「常葉君、キレイ!」
「そ・・・そう、かな」
想っている女子にそう言われると、まんざらでもなかった。

「それじゃあ、目の保養をしたところで、そろそろ帰るね。。
またアドバイスが欲しくなったら、この子に言ってねー」
雛はそう告げ、自然な動作で常葉の両肩に手を置いた。
「ありがとうございました!常葉君も、ありがとう」
「あ・・・うん」
常葉は、想い人に感謝されたことが嬉しくて、気分が一気に浮ついていた。


その後、帰宅するなり、雛は常葉に向かって思い切り頭を下げた。
「若、数々のご無礼を、申し訳ありませんでした・・・」
さっきまでの態度の違いに驚き、常葉は一瞬言葉に詰まった。
「い、いや、謝らなくていい。お陰で、彼女の家に行けたんだし」
「雛を、許していただけますか?」
上目づかいで、いかにも遠慮がちに伺う。
雛の性別を知らない男性ならば、どんな重い罪でも許してしまうだろう。

「許すも何も、むしろ感謝したいくらいだ。化粧も、思ったほど嫌じゃなかったから」
「ありがとうございます、お優しい若大好きです!。
でも、後で、何かお詫びをいたしますからね」
よく、これほど簡単に表情を変えられるものだと、常葉はある意味感心する。
雛のこんな態度は、相手の心を開かせ、家に留めておくための手段だとわかっていたけれど。
好意を示す言葉を、ほんの少しだけ嬉しいと思ってしまう自分が可笑しかった。




―後書き―
読んでいただきありがとうございました!。
ごくせんと、己龍というビジュアル系バンドを見ていて思いついたネタです。
女装男性のケースはやったことがないなー、と思いつつ書いたものの、雛が女性にしか見えない・・・。
このままだとノマカプ小説かと勘違いされてしまいそうです。
ちなみに、主人公の名前は「常葉(ときわ)」です。