紅一点2


雛がクラスメイトにメイクを教えてから、常葉は想っている相手からよく話しかけられるようになっていた。
たいていは雛についての質問だったけれど、常葉はそうして会話ができるだけでも嬉しかった。
接点ができたのだから、あわよくば親密になれるかもしれないという期待を抱くが。
そのたびに家のことが脳裏をよぎり、溜息をつきたくなるのだった。

そんな風に溜息をつきたくなる家でも、帰らないわけにはいかない。
高校生でもアルバイトができれば、すぐにアパートの一室でも借りているところだ。
けれど、そんな考えを払拭させようとしているのか、雛はいつでも常葉に明るく接していた。


「若、今日、ご無礼を働いたお詫びをしますねっ」
「ん・・・わかった」
お詫びというからには、夕食がとびきり豪華にでもなるのかと思ったけれど。
体格の良い男衆がいる中でそれは大変なことなのか、何ら変化は見られなかった。
そのお詫びは、常葉が思ってもいないところで実行された。

「若、お背中お流ししに来ました!」
それは、常葉が一番風呂に入っているときだった。
「雛・・・!?」
一人の時間が満喫できるはずの空間に、突然響き渡る元気な声。
それが雛が言っていたお詫びなのだと気付き、常葉は若干うろたえた。

「はーい、ワビ入れに来ました。おじゃましますね」
雛は遠慮なく、常葉と向かい合う形で浴室に入る。
細い体が入って来ても、さほど湯は溢れない。
予想だにしていなかったことに、常葉は雛を注視できないでいた。


「何で・・・上までタオル巻いてるんだ。いらないだろ」
「えー。若、雛の裸を御所望ですか。・・・なーんて、気分ですよ、気分」
隠すものなどないのに、雛は恥じらう女性のようにタオルを巻いている。
相手の性別はわかっていても、やはり常葉は直視はできないでいた。

「一回、背中を流す役をやってみたかったんです。さ、若、座って下さい」
雛に腕を取られ、鏡の前へ座るよう促される。
これで気が済むのならいいかと、常葉は大人しくしていた。

「じゃあ、失礼しますね」
タオルを泡立て、雛は常葉の背中を優しく擦る。
その様子は、まるで親子のように睦まじかった。

「若って痩せ形ですねー。太らない体質なんですかね?」
「さあ・・・」
「そういえば、あの子とはどうなんですか?仲良くなれました?」
「ん・・・少しは」
常葉が返すのは、一問一答形式のような、単純な返答。
必要以上に話すと、心が揺らいでしまう危険を感じていた。
話題を投げかけてくれる雛に多少の後ろめたさはあったが、これは策略の一つなのだと自分に言い聞かせていた。

「改めて見ると、若は色白ですねー。腕とか・・・」
雛は、何気なく常葉の腕に指先で触れる。
それは恐れ多いことだと思っているのか、どこか遠慮がちだった。
指先でなぞられると、泡の滑らかさも加わり、常葉の肩がわずかに動いた。

「肩も・・・首も、お美しいです」
雛は呟きつつ、そっと常葉の肌を撫でてゆく。
触れているのは男の指のはずなのに、とてもそうとは思えなくて。
常葉は、変な緊張感を覚えてしまっていた。
「雛、まさかとは思うけど・・・僕を誘惑しようとしてるのか?」
肌をなぞっていた指が、ぴたりと止まる。
押し黙るような一瞬の間の後、雛はくすりと笑った。


「そんなわけないじゃないですかー。若がもう少しお年を召しておられたら・・・わかりませんけど」
そう言いつつ、雛は常葉の肩をそっと掴む。
そのとき、常葉は決してほだされてはいけないと必死に言い聞かせていた。
先程、誘惑するつもりはないと言われたけれど。
それは本当だろうかと思うことが、その翌日にあった。




常葉は、委員会の仕事で珍しく暗くなってから帰ってきていた。
この時間帯は部屋に誰もいないずだが、今日は誰かがいるようだった。
常葉は特に警戒することなく、自室に入る。
そこに居たのはいつもの相手だったが、掃除をしている様子ではなかった。

「雛・・・?」
声をかけても、反応がない。
それもそのはず、雛は常葉の布団の上で眠っていた。
猫のように背を丸くし、足を軽く折り曲げた姿勢で。
本人は無自覚かもしれないが、その姿は相手を誘惑するのに十分だった。

起こすつもりで、常葉は雛に近付く。
ひらひらとした服装からちらりと細い足がのぞき、ない胸が静かに動いている。
この相手の性別を忘れるなと、常葉は自分に戒める。
けれど、不思議と、手が桃色の髪のへ伸び、そっと前髪をすいていた。

指通りの良い、さらさらとした感触が心地良くて、目を細める。
そうして触れた瞬間、雛が軽く身じろぎ、薄らと目を開いた。
常葉は、反射的にさっと手を引っ込める。
雛は、まだ眠たげな、ぼんやりとした目で常葉を見た。
少しの間が空いた後、これは夢ではないと気付いたように目を見開き、雛は飛び起きた。


「わ、若、こ、これは・・・ごめんなさいっ!
枕にカバーを付けようとしたら、若の匂いがして、それで、うとうとしちゃって。。
あの、今日は、他の組とのいざこざがあって、少し疲れちゃってたから・・・」
雛はまくしたてるように、必死に言い訳を始める。

「僕の匂いって、ちゃんと風呂に入ってから寝てるけど・・・」
「あ、違うんです!汗臭いとか、男臭いとかそういうことじゃなくて、何だか・・・。
・・・うまく表現できないけど、雛にとっては安心する香りがするんです」
とっさの言い訳にしては、できすぎた台詞だった。
それを、喜ばしい言葉だと感じてしまう。
常葉は、また自分を抑えるのに必死になっていた。

「わ、若、お夕食まだですよね?今すぐ温めてきますから!」
雛は飛び跳ねるように立ち上がり、焦って部屋から出て行った。
その様子を可笑しく思いつつ、常葉は自分の考えを打ち消すように首を振っていた。
どんなに愛らしくても、あれは男。
この言葉が、誘惑から解放してくれる唯一のものだった。




―後書き―
読んでいただきありがとうございました!。
現実時間の都合上、展開早くなります(^−^;)。
それというのも、後々就活が始まりますゆえ・・・。
一応長編の方に入れていますが、他のものよりは短めになるかもしれません。