紅一点3


今日、常葉が登校した時、想っている彼女が珍しく休んでいた。
連絡が入っていないらしく、教員が女子生徒に尋ねても誰も知らないと言う。
そのとき、常葉はおぼろげながらも嫌な予感を感じていた。
そんな予感を覚えたまま帰る途中、常葉の前に柄の悪い若者が立ち塞がった。

「おい、お前雨竜組の跡取りだよな」
「・・・そうだけど、何か用か?」
目の前の男は常葉を舐めまわすように見た後、口端を上げて笑った。
「携帯捨てて、大人しくついて来な。彼女がお待ちかねだぜ」
常葉は目を見開き、事情を察する。
次の瞬間には迷わず携帯を捨て、男の後ろをついて行っていた。




着いた場所は、あまり使用感のない倉庫で。
中には、さらに柄の悪い男が二人いた。
それよりも、中央にぽつんとある椅子に座らされている少女を見て、常葉はまた目を見開いた。
そこにいるのは、今日学校を休んだ彼女だった。
口をガムテープで塞がれ、体はロープで何重にも巻かれて固定されている。
少女は常葉の姿を見ると、縋るような視線を向けた。

「アイツと交換だ。綺麗な顔に傷付けられたくなけりゃ、言う通りにしな」
どうしてこんなまわりくどいことをしたのかはわからなかったが、常葉は素直に頷いた。
それを確認すると、男が少女のロープを解き始める。
体が自由になると、少女は自分でガムテープを剥ぎ取り、常葉の方へ駆け出した。

「あの・・・ごめん、こんなことに・・・」
言葉の途中で、少女は常葉を強い眼差しで睨んだ。
「わけわかんない、わけわかんないよ!何でいきなりこんなこと・・・」
堰を切ったように声を張り上げ、少女は外へ駆け出した。

「おい、逃がして大丈夫なのか」
「ああ、通報したら家族がどうなるかわからねえって脅しをかけてある。。
ほら、お前はあの椅子に座るんだよ」
男に背を押され、常葉は言われた通り椅子に腰を下ろす。
すぐにロープが巻かれ、完全に固定された。


「どうして、彼女を巻き込んだんだ。最初から僕をさらえばいいだろう」
「だって、ロマンじゃねえ?折角ヤクザになったんだから、一回女を好きにしてみたかったんだよ」
信じられない理由に、常葉は憤を通り越して呆れていた。
そんなくだらないことで、彼女との縁を断ち切られてしまったことに絶望する。
「なら、何で僕をさらったんだ、理由くらい教えてくれてもいいだろう」
尋ねると、男はどこか誇らしげに答えた。

「ま、お前のじーさんが組長の座に座ってることを、良く思ってない奴がいるってことだ」
おそらく、雛が言っていたいざこざが原因なのだろう 。
男の目的は、孫を人質におどしをかけるつもりらしい。
常葉は、どうぞ組長から引き摺り下ろしてくれと言わんばかりに平静としていた。

「驚かねえのかよ、面白くない奴だな。。
それに、生意気そうなツラしてやがる。ちょっと脅してやるか?」
一人の男が、常葉の眼前でおもむろにナイフを取り出す。
けれど、ヤクザの息子にはあまり効果がなく、常葉は表情を変えなかった。
「怖くねえのかよ、ほら」
男が、からかうようにナイフを常葉に近付ける。
そのとき、倉庫の扉が派手な音をたてて開かれた。


「何だ!?」
男達は、一斉に扉の方を向く。
「若、ご無事ですか!?」
聞こえて来た声は、常葉にとって馴染みあるもので。
その姿は、見まごうはずはなかった。

「・・・女?」
意外な珍客に、男はナイフを戻すのも忘れて呆気に取られていた。
そうして、さっさとそれを珍客に向けなかったのが命取りになるとも知らずに。
雛の表情は、常葉の置かれている状況を見たとたん、険しいものに変わった。

「テメー!うちの大切な若に何してくれてんだ!」
常葉に凶器が突きつけられている様子を目の当たりにしたとたん、雛は激昂した。
突然豹変した相手に、男だけではなく常葉も怯む。
雛は一気に駆け出し、一瞬の内にナイフを持つ男に接近する。
そして、男の手を思い切り蹴り上げ、続けて鳩尾に正拳突きを放っていた。

「ぐえ・・・っ」
男は変な呻き声を上げ、その場に崩れ落ちた。
「こ、このアマ!」
我に帰った残りの二人も、続けてナイフを取り出す。
それでも、雛は少しも怖じることはなく、自分より体の大きい相手に向かって行く。
振り下ろされる二本のナイフをひらりとかわす雛の姿は、まるで舞っているようだった。

「ぐうっ・・・」
「ぐ・・・っ」
二人分の呻き声がしたときには、もう男達は倒れていた。


「若、どこもお怪我はありませんか?痛むとろこはありませんか?」
先程の様子とはうってかわって雛はしおらしくなり、常葉のロープを解く。
「大丈夫だ、ありがとう。・・・よく、ここがわかったな。携帯もないのに」
「雨竜組の情報網をなめちゃあいけません。。
と、言っても白昼堂々誘拐する馬鹿のお陰ですけどね」
体が自由になり、常葉は立ち上がる。

「さ、帰りましょう、若」
「・・・うん」
いつも女々しい雛の変貌に、驚いてはいた。
けれど、今はそれよりも気がかりなことがあり、常葉の気は沈んでいた。




家に着くなり、常葉は皆の心配する声を無視し、自室に閉じこもっていた。
椅子に座り、じっと伏し目がちに床を見詰める。
暫くは一人でいさせてくれたが、夕飯の時間を過ぎたあたりで扉の外から声がかけられた。

「若・・・入ってもいいですか?」
気遣うような、控えめな声が聞こえてくる。
それが雛以外の相手だったら追い返していたが、助けてもらった恩があるので常葉は無言でいた。
了承も拒否もしないでいると、静かに扉が開けられた。

「失礼します。あの、ご夕食は・・・」
「いらない。食欲ないんだ」
常葉は、俯きがちのまま答える。
絶望感に打ちひしがれ、とても食が進む状態ではなかった。
雛は言葉を探しているのか、ただ心配そうな目で常葉を見ていた。

「・・・僕、どうしてこんな家に生まれてきたんだろう」
常葉が、ぽつりと呟く。
「ろくに恋愛もできない、友人を呼ぶこともできない、こんな家に・・・」
「若・・・」
雛の表情が、だんだんと悲しげなものになる。
それに気付かず、常葉は続けた。


「・・・早く出て行きたい」
独り言のように、本音を零す。
その言葉を聞いたとたん、雛は思わず部屋に踏み入っていた。
椅子に座っている常葉の前に膝をつき、腰元に手を回してすがりつく。
急に視界に飛び込んできた桃色の髪に、常葉は目を見開いた。

「そんなこと・・・そんなことを、どうかおっしゃらないでください・・・。
若が出て行かれたら、雛は生きる意味を失ってしまいます・・・」
雛は常葉の太腿の辺りに頭を乗せ、泣きそうな声で訴えた。
「そんな、大袈裟な・・・これも、言いつけられたことなのか」
猜疑心が忘れられず、常葉は非情なことを言った。

「言いつけられてなんていません!雛は、自分の意思で若のお傍に居るのです!」
雛は顔を上げ、真っ直ぐに常葉を見て言った。
その目に薄らと涙が滲んでいて、動揺する。
それは、とても演技には思えなかった。
「ああ、若・・・」
雛は再び、常葉にすがりつく。
これだけ積極的に引き止められると、少し心が揺らいだ。
これは大の男なのだと思っても、その表現はとうてい似つかわしくない気がした。


「・・・わかった。もう、そんなことは言わない」
そう答えると、雛の表情は一気に明るくなった。
「よかった・・・!若、約束ですからねっ」
あまりに切り替えの早い様子を見ると、さっきの悲哀は演技なのかと疑ってしまう。
それなら、そうでも構わなかった。
その方が、この家に執着しないですむから。




―後書き―
読んでいただきありがとうございました!。
誘拐シーンは、本当にさらっと流しています。
就活に向けていろいろとやっているので、なるべく短く済ませたくて・・・。
うすっぺらい物語になるかもしれませんが、いちゃいちゃだけはさせますので。