紅一点4


常葉は、登校するのが億劫だった。
先日の誘拐事件のせいで、自分がヤクザと関わりがあると知れ渡っているかもしれない。
そして、クラスの全員から白い目で見られるかもしれない。
そんな不安感を抱えつつ教室へ入ったが、生徒は誰が入ってきたのかを確認しただけに終わった。
一日、特に厳しい視線は感じず、転校するハメにならなくてよかったと、常葉はほっとする。
けれど、何も変化はないわけではなかった。

「お帰りなさい、若。あの・・・大丈夫でしたか?」
雛も常葉と同じことを懸念していたのか、心配そうに尋ねる。
「噂は広まってなかった。けど・・・・・・彼女から、無視されるようになった」
後半、常葉の口調は重々しくなった。
同じ図書当番になっても会話は一言もないし、挨拶すらしてもらえなくなった。
常葉は溜息をつき、また自室へ引っ込もうとする。
そこを、雛が腕を掴んで止めた。


「若、お祭り行きましょう!」
「お祭り?」
突然の提案に、常葉は目を丸くする 。
「今日、近所の神社であるんです。一緒に行きましょう!」
悲しい思いをさせる暇など与えないよう、雛は続けざまに言った。

「わ、わかった。どうせ、一緒に行く相手もいな・・・」
「じゃあ、早速準備してきます!若は浴衣を着て来て下さいねっ」
ネガティブな発言を掻き消すように言い、雛は嬉しそうな様子で襖の奥へ引っ込んだ。
そのとき、常葉は雛の浴衣姿を見てみたいと思っている自分をおかしく思っていた。




常葉は着慣れない浴衣を何とか着て、玄関口へ行く。
そこには、髪を結え、桃色の着物を着た雛がいた。
その姿はとても見目麗しく、雛の性別も忘れて一時の間見入っていた。

「あ、若、どうでうすかこの着物。ウィッグもつけてみたんです」
髪に合わせ、全体的に上品な桃色で統一された姿。
じっと直視し、常葉は言葉を失ってしまっていた。

「あれ、もしかして見惚れてます?なーんて、行きましょうか」
「あ・・・うん」
浴衣に合わせて下駄を履き、外に出る。
雛に先導されて歩いていると、道行く人々の視線が向けられるのがわかった。
その視線を感じ、常葉はどこか誇らしく思っていた。
神社の祭りは小規模ながらも、浴衣や着物を着た人で賑わっていた。
そこでも、雛に向けられる視線は多かった。

「若、金魚すくいがありますよー」
雛が、うきうきとした様子で常葉の袖を軽く引く 。
「僕はいいや。後ろで見てる」
どこか子供っぽく思えて、常葉は遠慮した。

「じゃあ、雛がやってきますね。おじさん、一回お願いしまーす」
雛が屋台の目の前にしゃがむと、店主は目を見張った後、鼻の下を伸ばした。
「はいよ、べっぴんさん」
雛は金魚をすくう紙を笑顔で受け取り、真剣な眼差しで水槽を見た。
そして、小振りの金魚をすくおうとそれを水に潜らせたが、力が入りすぎていたのかあっけなく破れてしまった。

「えー、もう破けちゃった」
残念そうな雛を見て、店主は金魚が入った小さな袋を差し出した。
「ほら、べっぴんさんにサービスだ」
「いいの?おじさん、ありがとっ」
雛は目を輝かせて袋を受け取った。


「ちょっと、そこの兄ちゃん」
その場を離れる前に声をかけられ、常葉は店主を見る。
「彼女に支払わせちゃいけねえよ。男なら、気前良くおごってやんな」
「はあ・・・」
実は同性同士なんですとは言わず、常葉は気の抜けた返事をした。

「やだなー、そう見えます?」
一方で、雛はまんざらでもなさそうに笑っていた。
常葉は、それはただ、女に見られたことが嬉しいのだろうと思っていた。
屋台をまわり、3回程同じ台詞を言われた後、二人は神社から少し離れた川原へ向かっていた。
そこで花火が打ち上げられるらしく、人だかりができている。

「こんなに近くで花火見るなんて久々で、すごく楽しみにしてたんです」
「ああ、そうだ・・・」
そうだなと言おうとしたとき、言葉が止まる。
常葉の目は、人ごみの中の一人に留まっていた。
それは、もう話しかけられることのない彼女が、背の高い男性を一緒にいるところだった。
とたんに、切なさが込み上げる。
常葉の様子をいち早く察した雛は、とっさに腕を絡ませた。

「ひ、雛」
「ふふっ、こうしてると、本当に恋人同士に見えるのかもしれませんね。
・・・あ、花火が上がりますよ!」
雛が指差した先に光の線が上り、次の瞬間には桃色の花火が上がった。
周囲からは、感嘆の声が漏れる。


「綺麗ですね・・・」
雛はうっとりとした様子で、常葉の肩に頭を乗せる。
気を紛らわせようとしてくれているのだと感じ、常葉は雛を拒まなかった。
そのまま花火を見上げつつ、常葉はふっきれたように考えていた。
雛と寄り添っているこの状況も、悪くないものだと。




帰宅すると、慣れない下駄を履いたせいか足が痛くなっていた。
浴衣も落ち着かないのでもう脱いでしまおうかと思ったとき、雛が常葉の袖を引いた。

「若、着物脱ぐのを手伝っていただけませんか?帯が解き辛いんです」
「ああ、いいよ」
何かと気を遣ってくれたせめてものお礼になればいいと、常葉は快く了承した。
そのまま、雛は常葉を襖の奥へ引き入れる。

「早速なんですけど、帯を解いてもってもいいですか?」
「わかった」
分厚い帯に手をかけ、苦戦しつつも少しずつ解いてゆく。
堅い帯は、確かに一人では簡単には解けそうになかった。
生地を傷めないよう慎重にしていたので多少時間はかかったが、何とか解くことができた。
そこで、雛がぽつりと呟いた。


「・・・実は、着物の下は何も着ていないんです。でも、若になら・・・」
「えっ!?」
帯が解けると、自然と着物がはだける。
常葉は、はっとしたように一歩退いた。
だが、はだけたときに見えたのは素肌ではなく、白い肌着だった。
着物を脱ぎ、雛は常葉の方へ向き直って笑う。

「あははっ、ごめんなさい。若の反応、面白くて」
思わず動揺してしまった自分に、常葉は溜息をつく。
最近は、雛にからかわれることが多くなったと思う。
それだけ親密になってきたことはいいのだが、ずっとやられっぱなしでは面白くなかった。

「でも、僕が本当に雛の体を見たいって言ったら、見せてくれるのか?」
思いがけない質問に、雛の目が点になる。
そして、ほのかに頬を紅潮させて答えた。

「若がお望みになるのなら、雛はおっしゃる通りにいたします。。
けど・・・どうか、下半身は勘弁してください。コンプレックスがあるんです・・・」
男が持つ下半身のコンプレックスにはだいたい予想がついたので、常葉は深く聞かなかった。

「・・・もー、何言わせるんですか。これ、セクハラですよ?。
さあさあ、若も着替えてきて下さい」
ぐいぐいと背を押され、常葉は部屋から出る。
そのとき、常葉には雛を動揺させてみようと、ちょっとした悪戯心を抱いていた。




―後書き―
読んでいただきありがとうございました!。
雛はあくまで男性として書いていますが、自分でも性別を忘れそうになります(^^;)。