紅一点5


誘拐事件の噂が広まることなく、平穏無事に学園生活をおくることができていたある日。
何のイベントもない平坦な日に、一つの変化があった。
それは、常葉の下駄箱に一通の手紙が入っていたこと。
そこに手紙が入っているというだけで、だいたい中身は想像できる。
常葉は放課後、手紙に記されていた校舎裏へ赴いていた。

「と、常葉君、来てくれたんだ」
「あ・・・うん」
校舎裏には、すでに手紙の差出人と思われる女子がいた。
どこかで見覚えのあるような、そうでもないような気もする。

「あの・・・もう、こんな、古典的なことしちゃったから・・・わかってるかもしれないけど・・・」
女子の声は後半になるにつれて小さくなり、いかにも恥じらっている様子だった。
常葉も呼び出された理由をわかっていたが、もう答えは決まっていた。

「私、常葉君のことが好きです!つきあってください!」
女子は、思い切り頭を下げて告白した。
予測できていた台詞を、常葉は驚くこともなく受け止める。
たとえ、相手が絶世の美女でも、首を縦に振るわけにはいかなかった。


「・・・ごめん、僕、駄目なんだ」
理由を詳しく説明するわけにはいかない。
常葉がそれだけ言うと、女子は頭を上げた。
「・・・やっぱり、参観日に来たあのお姉さんが好きなの・・・?」
「えっ」
そこで、常葉はこの女子は一緒に化粧をしたグループの中に居たのだと思い出した。

「・・・うん、そうなんだ。僕、雛が好きだから」
断る口実を相手から与えてくれたことに、常葉は感謝する。
女子は、諦めたように目を伏せた。
「わかった・・・。でも、いつかあのお姉さんより綺麗になってみるから!」
女子は強く言い、その場から去って行った。
そのお姉さんは、本当はお兄さんなんだとは、口が裂けても言えそうになかった。




家に帰ると、常葉は今日の出来事を早速伝えようと雛の姿を探した。
雛は夕食の準備中をするところだったのか、台所に居た。
「雛、ちょっといいかな」
「若、お帰りなさい。何ですか?」
雛はいそいそと皿を取り出しつつ、常葉の方を向く。

「今日、クラスメイトに告白されたんだ」
常葉は、いたって平坦な口調でそう言う。
一方、雛はぴたりと動きを止め、手に持っていた皿を落としてしまった。
「あ、危ない!」
とっさに、常葉が皿を受け止める。
雛ははっとして、とたんにうろたえた。

「ご、ごめんなさい、あの、びっくりしちゃって」
目が泳ぎ、落ち着きが全くない様子が明らかにわかる。
これで、いつもからかわれているお返しができると、常葉は歩くそ笑む。

「でも、勿論断ったよ。雛が好きだからって言って」
堅気の相手との恋愛なんて、また事件が起こりかけないのでできないとい。
それは雛もわかっているはずなので、これでうろたえることはなくなると思っていた。
けれど、雛の反応は常葉が思っているものと違っていて。
両頬を赤く染めて、ぼんやりとした様子で常葉を見詰めていた。


「雛・・・?」
常葉が声をかけると、雛はさっと後ろを向いた。
「な、何、言ってるんですか、あんまり雛をからかっちゃいけませんよ。。
さー、お夕食の支度しなくちゃ」
雛は常葉の言葉を本気で受け取ったのか、明らかに照れていた。
けれど、常葉は訂正しなかった。
恥じらっている雛が可愛らしいと感じ、なぜか胸が温かくなる。
常葉はそんな様子を面白く感じ、もっと見たいと思っていた。




「雛、頼みたいことがあるんだけど」
「はっ、はい。何でしょうか」
夕食後、常葉に話しかけられ、雛はどこか緊張しているようだった。

「前、僕が望んだら肌を見せていいと言ったよな。だから、今日見たい」
「ええっ!?」
あからさまに驚いている様子を、常葉は楽しんでいた。
いつもと違う雛を見るのは、やはり面白くて癖になりそうだった。

「男に二言は無い、よな?」
雛は男という言葉に神妙な顔をしたが、観念したように頷いた。
「・・・わかりました。若が、お望みなら・・・。。
あ、後から入ってきて下さいね!」
今すぐ見たいと言ったわけではなかったが、雛はすぐに浴室へ行った。
肌に触れたらもっと動揺するだろうかと、常葉は楽しみだった。


常葉は雛が浴室へ入ったのを確認し、脱衣所で服を脱ぐ。
シャワーの音が聞こえてこないので、今は浴槽にいるのだろう。
驚かせないように、ゆっくりと扉を開く。
雛は入口に背を向けて、湯船に浸かっていた。
滑らかなうなじが目に入り、また見惚れそうになる。
浴槽に入る前に、シャワーを軽く浴びて汚れを落とす。
そして、常葉は湯に浸かり、雛の正面に座った。

「若・・・」
肌を見たいと言ったのに、雛は以前と同じく女性のようにタオルを巻いていた。
「タオル、取ってもいいか?」
少しの間を開けた後、雛は小さく頷いた。
常葉は、雛の体を隠すタオルを解いてゆく。
そのとき、わずかに心音が早くなっていた。
湯の温度が、やや高いからかもしれない。

タオルを完全に取り去ると、うなじに負けないほどしなやかな肌が露見した。
どんなに女っぽくても、やはり胸はない。
雛は、顔を赤くして俯きがちになっている。
もっとうろたえると思っていたが案外しおらしくて、常葉は拍子抜けしてしまった。
だが、今はそれよりも、目の前にある素肌に釘付けになっていた。
雛が狼狽する様子を見ることだけを望んでいたはずなのに。
常葉は、自然と雛の首筋に指先で触れていた。

「ひゃっ」
くすぐったかったのか、雛は軽く肩を震わせる。
これこそ、常葉が見たがっていた面白い反応だった。
「雛、くすぐったいのか?」
そう問いかけつつ、常葉は指先で鎖骨の辺りをなぞってゆく。
きめ細かく、滑らかな肌は触れていて心地良いものだった。

「わ、若・・・」
常葉は、胸部から腹部、太腿から足へと、優しく愛撫するようにして肌を撫でてゆく。
それだけでも、雛の頬が紅潮していくのが楽しかった。
「・・・恥ずかしいのか」
「あ、当たり前ですよ・・・絶対に下は見ないで下さいね!」
「ああ、わかってる」
思わず頷きそうになり、常葉は雛の顔を見詰める。
肌触りが良くて、愛撫の手を止めなかった。

丁度心臓の辺りにくると、音が早くなっているのがわかる。
自分が触れることで、こんなにも心音を高鳴らせているとわかると、不思議と嬉しくなった。
もっと、このしなやかな肌を感じ、もっと照れさせたい。
常葉は、雛ににじり寄る。
そして、ふいに、唇を雛の首筋に触れさせていた。


「は・・・っ、わ、若・・・」
唇で触れた瞬間、雛の口から熱っぽい吐息が漏れる。
それを感じると、常葉も自分の心音が反応するのを実感していた。
何度も、雛の首へ触れてゆく。
心地良い感触と共に雛の吐息を感じると、歯止めが利かなくなりそうだった。

「だ、駄目です、血迷っちゃいけません。堅気の相手との色恋沙汰が難しいからといって・・・」
「そんなつもりじゃない」
常葉は、雛の言葉をはっきりと否定した。
普通の恋愛ができないから、仕方なく雛に触れているわけではない。
ただ、自分の欲求に従っているだけだった。
常葉は、触れているだけだった首筋に軽く舌を這わせる。
雛はまた肩を震わせたが、常葉はその感触に陶酔するように目を細めていた。

「い、いけませんっ、使用人の雛と、こんなこと・・・」
雛は、たまらず立ち上がる。
そのとき、急に浴槽から出たからか、目眩を起こしたようによろけた。
「雛!」
常葉は、とっさに雛の体を支える。

「す、すみません、若・・・」
お湯のせいだけではなく、他の要因も相まってのぼせてしまったのか、雛の目はぼんやりとしていた。
自然と、視線が合致する。
常葉は、雛のそんな様子をとても色っぽく感じていた。
とたんに、欲望が芽生える。
この相手を、自分のものにしてしまいたいという欲が。
気付けば、雛を抱きしめ、熱を帯びた息を吐いている箇所を塞いでいた。

「ん・・・っ」
一瞬、雛が驚いたように身じろぐ。
けれど、深く重ねられると静かに目を閉じ、常葉に身を委ねた。
同姓で、こんなことをするのはおかしいのではないかと思う。
それでも、雛と口付けている今、常葉は紛れもない至福を感じていた。


「僕・・・雛が欲しい。こんな子供相手じゃ、嫌か?」
常葉が問うと、雛は恥ずかしそうに視線を逸らした。
「嫌だったら、のぼせるほどドキドキしませんよ・・・でも、きっとお爺さまがお許しになりません」
「・・・かもしれないな」
家の跡継ぎとなる孫が使用人と、ましてや同姓と関係を持ちたいなど簡単には許されないだろう。
しかし、祖父に首を縦に振らせる策は、案外簡単に見つかった。
常葉は、自分がこの家を快く思っていなくて良かったと初めて思った。

「雛、最後にもう一度だけ聞かせてくれ。。
雛は、お爺さんに言われて、お目付け役になったから僕を受け入れたのか?それとも・・・」
「いいえ!雛は、決して主従関係を意識してお応えしたわけではありません!」
雛は常葉の言葉を遮るのも構わず、力強く答えた。

「最初は、若がこの家から離れないよう、監視しつつ話し相手になれと言われておりました。。
けれど・・・いつからか、思うようになってしまったのです。。
若と、親しい仲になれれば、どんなに幸せだろうかと・・・」
雛の言葉に、常葉の胸が高鳴る。
もはや、自分の想いはごまかしようがなかった。

「けれど、やっぱりいけません。若には、ちゃんとしたお相手と一緒になっていただきたいのです。。
・・・雛、のぼせちゃいましたから、もう出ますね。若は、どうぞごゆっくり」
雛は常葉の腕から逃れ、浴室から出て行く。
雛の本心を聞き、常葉の心は、もう決まっていた。




―後書き―
読んでいただきありがとうございました!。
唐突に二人をくっつけた感じが否めませんな・・・
ボリューム足りないストーリーになってしまい、申し訳ないorz。